41 都の夜
日が暮れたあとも、都は賑やかだった。通りのそこここにある外灯はマナで見たものと同じ造りのようだった。ただ、マナよりもずっと密に設置されている。おかげで夜の始まりとは思えないほどに明るく、人通りも昼間と変わらない。
一行は今夜の宿を探すため、都の奥へと進んだ。人通りが途絶えるわけではないが、路地に入っていくにつれてその数は減っていった。早めに夕食を済ませたため、まだ宿にも余裕がありそうだ。旗をあげている宿も少ない。リュウはその中から中程度の宿を選んで入った。
都に来るのはリュウも初めてのため、宿の良し悪しは直感で見定めるしかない。フロントには係員が男女一人ずついたので、リュウは女性の方に声をかけた。
「今晩の宿を頼みたいんだが。女部屋と男部屋で」
「承知いたしました。受け付けをさせていただきますのでしばしお待ちください」
やたら丁寧な物腰にこちらが恐縮してしまう思いだった。今まで泊まった宿はもう少しくだけた言葉遣いだったし、接客にも温かみを感じたものだ。これが都会の違いなのだろうか。
手続きをしていて、はたとリュウが何かに気づく。
「そういや、アンタって金持ってんの?」
背後に控えていたロウシュを振り返る。確かにマナではほとんど貨幣経済は発展していなかった。先のレストランでは重湯しか頼んでいなかったから大した額ではなかったが、一泊の宿代となるとさすがにまとまった額になる。ロウシュに払えないとなるとこちらで立て替えなければならない。しかしロウシュは憮然として応える。
「そなたは私を乞食か何かと思っているのか?宿代を払うくらいの余裕はある」
「さいで」
リュウは呆れたように言って会話を終わらせた。心配で訊いていることにいちいちケンカ腰で応えられるから衝突するのだ。もうロウシュとやり合う元気はリュウには残っていなかった。ロウシュが宿代が払えるのであればそれでよかった。
フロントでの手続きが終わり、ロウシュは男部屋に、残りの三人は女部屋に引っこんだ。小さなテーブルセットと二段になった寝台が備え付けられたこぢんまりとした部屋だった。狭いながらも水場があるので、順番に汗を流した。それだけでも疲れが削ぎ落とされる思いだった。
人心地つくと、三人とも眠気でぼぅっとしてきた。宿の部屋に落ち着いて、身体が完全に休むモードになっているのだった。そこで問題になったのがそれぞれの寝場所だった。寝台は二段なので、自然二人と一人にわかれることになる。
「リュウが一人で使ってくれ。いろいろ手配してくれたのはリュウなのだから」
「ふぁぁ……。そうかい?じゃあお言葉に甘えさせてもらうよ。アタシ一人なら上でも大丈夫だろ。二人で寝るなら下を使っとくれ。危ないから」
眠すぎてあまり頭は働いていなかったが、それで話はまとまった。一番うとうとしているのがアイリなので、寝る支度をするよう促した。
「おやすみなさい」
「うん、おやすみ」
いつもよりも随分早い時間のはずなのに、寝台に横になると三人ともあっという間に眠りに落ちてしまった。
ユウリが次に気がついたのは、まだ真夜中のことだった。なにやら物音がして、気になって目が覚めてしまった。
「……?」
おかしいと思ったのは、隣で寝ていたはずのアイリの姿がなかったからだ。物音の正体も気になる。ユウリはそろそろと寝台から出た。アイリに何かあったのではないかと思うとヒヤリとした。宿に入って一安心だと思っていたのに。
侵入者がいることも考えて、できるだけ足音を抑えて歩く。耳を澄ませると、どうやら音は水場のほうから聞こえてくる。ザァァ、という音。水道から水が出ているようだ。境目になっている壁から中をそっと覗いてみる。見えたのは、水を手で掬っては顔を洗う小さな後ろ姿。
「……アイリ?」
「えっ?あ、ごめんなさい、起こしちゃった?」
そこにいたのがアイリだったことに胸を撫で下ろしたが、今度は別のことが気になった。目の周りが赤く腫れてしまっている。アイリは顔を洗っていたのではなく、目の周りを水で冷やそうとしていたのだ。必死にごまかそうとしているが、泣き腫らしたのは明らかだった。
ユウリはアイリの前にしゃがみこんで、下からその目を覗く。
「何か辛いことがあるなら、話してほしい。私に力になれるかはわからないけど」
「そ、そういうんじゃないんだけど」
「怖い夢でも見た?」
「ええっと……」
思えばレストランで夕食をとっていたときから様子がおかしかった。やはり何か気がかりなことがあったのだ。
ユウリが目をそらさないので、根負けしたのかアイリはひとつ大きく息をついた。年相応とは思えない、大人のようなため息だった。
「アタシが中央に来たのは、お父さんのことを調べたいからって言ったの、覚えてる?」
「もちろん」
ひょっとして、アイリは自分の目的がないがしろにされていると感じたのだろうか。だとしたら申し訳ないが、今日のところは早めに休むというリュウの判断は正しかったと思っている。ユウリでさえ疲れを感じているのだ。アイリが疲れていないわけはない。
その辺りをどう説明したものかと思ったのだが、どうやらそういうことでもないようだ。目を泳がせながら迷った挙句、アイリはつかえながら言った。
「さっきね、街の中を歩いてたとき、聞こえてきちゃったんだ。街の人が、お父さんの、話してるの」




