37 ロウシュが負うもの
アイリが小屋から出ていくと、リュウはやれやれというように深く息をした。かなりシビアな話をしていたし、機嫌を損ねているのではないかと思っていたが、意外と穏やかな顔をみせた。アイリに語ったことがちゃんと伝わったようなので、リュウも一安心したのかもしれない。
そんなこんなで、ようやく都行きの準備が整った。しかしここでちょっとした足止めを喰うことになる。
マナにとっては、ユウリたちはただ流れていく旅人だが、ロウシュは違う。彼がマナの外に出るのは久方ぶりということもあり、他の住人たちが殊更不安がったのだ。それにはマナでのロウシュの立場が大きく関わっているようだ。
このマナという地は、水が絶え間なく湧き出ていることから、古より神聖な土地とみなされていた。今の国が成立する前から先住民が大切に守ってきた場所で、彼らは水自体を神格化するという特殊な宗教観をもっている。国有地となった後も、マナの住人には特別にその信仰を許されている。ここの人々は他では見ないような道服を着ているが、それはマナの水に対する信仰心を示すものだ。そしてロウシュは、そんな住人の信仰をまとめる宗主のような存在なのだった。
アイリの護衛として旅に加わることになったロウシュが、ユウリたちと合流したときのことだった。マナの住人が数名、合流場所にした小屋の前にやってきた。
「ロウシュ様……本当に都に行かれるのですか?」
代表して訊いてきたのは、四十代くらいの男性だった。ロウシュよりも歳上に見えるのに、不安そうな顔はまるで留守番を言いつかった子どものようだ。一緒に来た者たちも皆似たような表情をしている。だがロウシュは毅然としていて、
「心配はいらない。そう長く留守にするわけでもない。いつもと変わらぬよう日々の勤めに励みなさい。不安に思っている暇などないはず」
「ですが……」
「留守中のことを従者のアオガに頼んである。彼は私が戻るまで留まるから、何かあれば頼りなさい。私が信頼して託すのだ。それを疑うのはすなわち私への不信とみなす。これでもまだ不安を言うか?」
ピシャリと言われ、さらにうなだれてしまった面々をかわいそうに思う。今までずっと、そこにいてくれるのが当たり前だった存在が急に離れるのだから、不安は当然だろう。足止めをされている身としては早く話をつけてほしいとも思うが、ロウシュの言も少し厳しすぎるのでは、と思ってしまう。
しかし、彼らには別の事情があったようだ。それが知れるのは、再び口を開いた男性の発言からだった。「そういうことではないのです」と、消え入るような声で呟くと、男性は迷うように目を泳がせたあと、意を決したようにロウシュを真正面から見た。
「ロウシュ様が都に行かれるということは、とうとうこのマナが国へくだる、という意味にとられはしませんでしょうか。今までは、あくまでマナは自治を重んじる姿勢を崩してはおりません。国のやり方とマナのあり方には、埋めることのできない隔たりがございますから。ロウシュ様は、その象徴というお立場。そのロウシュ様が直々に都へ足を運ぶとなれば、見る者によってはそのように捉えるのではないでしょうか」
思ったよりも重い話が出てきたので、ユウリとリュウは目を見合わせた。あんな簡単に「自分がアイリの護衛をする」と言い出したわりには、ロウシュの背負っているものが重すぎやしないか。一体ロウシュは何を考えているのか。これではロウシュが同行するというのは難しく、議論は振り出しに戻ってしまう。そう思ったのだが、当人のロウシュは深いため息をついて、
「私にそこまでの権限はないよ。皆も知っているはずだ。確かに今、マナは自治を守っている。しかしそれは私の力ではなく、皆が努力して守ってきた結果にすぎない。私は国から認められた首長ではない。何にせよ、そなたらは心配のしすぎだ」
ロウシュの主張はなんら変わらなかった。それは早く出発したいユウリたちにとってはいいことなのだろうが、マナの人々にとっては辛い選択なのではないか。こちらからロウシュの言を覆させるようなことを言うわけにもいかず、ユウリたちはただ黙ってことの成り行きを見守った。
彼らにとっては、先のことが最後の切り札だったようで、どう言ってもロウシュを引き留めることはできないと悟ったらしかった。まだ萎れてはいるが、最後に言った。
「失礼な発言を致しました。申し訳ありません。ロウシュ様のお考えが正しいことと存じます。我々は日々の勤めに戻ります」
「それでよろしい。私への言を謝る必要はないよ」
「……ではこれで。道中の皆様のご無事をお祈りいたします」
彼らは踵を返して街中へ戻っていった。まだ不安そうではあったが、ロウシュが言うのだからと、自分たちを納得させようとしているのだろうことは、しゃんと伸びた背中を見れば伝わってきた。彼らを見送ったあと、ロウシュはユウリたちに向き合った。
「待たせてすまない。出発しよう」
こうして一行は、都へ向けて旅立った。




