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32 夜の底

「キンシュ?」

 初めて聞く言葉だった。ただ、文脈から不穏な響きは感じ取れた。ロウシュが静かに説明を加える。

「危険性や倫理観から、はるか昔に禁じられたまじないのことだ。もちろんほとんどの人間はその存在すら知ることはない。遠い昔に封印されているのだから当然だろう。ただ、その禁呪が密かに受け継がれていてもおかしくない場所がある。そなたらが中央と呼ぶ宮中だ」

 ロウシュには元々、国の皇族への遠慮という概念がないようだ。それはこのマナのありようからしても自然に見える。国有地化されたとはいえ、マナの人々は国のやり方に染まる気はないという本音があらゆる場所に透けて見えている。

「今回の異変の拡がりからみても、宮中の者が関わったとみられる。そなたの身内で宮中にいた者はいなかったか」

「……妹が。腹違いですが」

 身内と聞いたときからずっと心を占めているのはユナのことだ。ユウリの旅の目的。音信が途絶えたユナの消息を確認すること。

――アオガと引き合わされたのも神の采配、か……。

 宿場で呟いたリュウの言葉がよみがえる。あのとき、ユウリもまた直感的にマナへ来た方がいい気がしていた。ロウシュが都の異変について知っていることを期待したからだ。それがまさか、ユナに直接関わる話を聞くことになろうとは。それも、かなり不穏な方向の。

 ユウリの記憶の中で、ユナはよく笑う、愛らしい少女だった。女らしさに欠けるユウリとは対照的に、細やかに気遣いのできる娘だった。母が違うこともあって、ユウリは妹に引け目を感じていた。中央にユナが行ってしまい、残ったユウリは出稼ぎに出ることを心に決めた。

 本当は、もっと仲良くしたかった。せっかく姉妹になれたのだから。変な遠慮だったのか、それとも嫉妬だったのか。うまく打ち解けられないまま送り出してしまった。その心残りがあったのも、親の反対を押し切ってまで旅に出た理由のひとつ。

「その、禁呪の鍵となった人間は、どうなるんだ……?」

 それはロウシュへの質問だったが、まるで独り言のように口から滑り出した。こたえを聞くべきなのだろうが、聞きたくはなかった。あれだけロウシュが言うのをためらっていたのだ。いい返答のはずがない。

「まず、私が宮中の人間を疑ったのは、護らねばならぬ者が多いからだ。内部の事情は推察するしかないが、おそらく世継ぎが誰かの命が危うかったのだろう。その命を継ぐために禁呪に手を染めた。その方法は……」

 ロウシュはそこでひとつ大きく息をした。よほど口が重くなるような話なのだと覚悟した。

「命を継ぎたい人間と鍵となる人間の、命に見立てた蝋燭を用意する。鍵となる人間の方だけに火を灯し、神を祀る聖域でその火をもう一方の蝋燭へ移すことで、鍵となる人間の命を、命を継ぎたい人間に移すことができる。移された元の……鍵となった人間は、死ぬ」

 重い、あまりにも重い言葉で説明は締めくくられた。滝の轟音が辺りを呑みこんでしまいそうに思えた。目の前に立つロウシュを見ているはずなのに、見ていないような変な感覚に襲われる。

――ブツリ。

 頭のどこかで、ユウリを動かしてきた何かが断ち切れる鈍い音を聞いた気がした。


 気がつくと、小屋の中に戻っていた。隣でリュウはまだ寝ているが、朝日は既に昇っているようで、白い光が差しこんできている。

 昨夜、あの後からの記憶がなかった。ここへいつ帰ってきたのか、どうやってきたのか、それから少し眠ったのか、すべてのことがわからない。ただ、ひどい身体の疲れと無気力だけが今のユウリを支配していた。

「うーん……、おはよう、ユウリ。ちょっとは疲れとれた、か……?」

 目を覚ましたリュウがまだ眠そうな声で問いかけてきたが、ユウリはまだぼんやりとしていた。その様子を不審に思ったリュウが顔を覗きこんでくる。

「どうしたユウリ?あの野郎に何かされたのか!?」

 当然のようにリュウはロウシュを疑う。ついに「あいつ」から「あの野郎」に呼び方が変わってしまった。しかしユウリは力なく首を横に振った。確かにロウシュと話したことに起因しているが、問題の根本は彼ではないからだ。

 ひどく口が重かったが、ユウリはロウシュの話をかいつまんで説明した。リュウは難しい顔をしていたが、横槍を入れずに最後まで聞いてくれた。

「私は……何のために旅してきたんだろう」

 最後に呟いた言葉が、今のユウリの心を占めている思いだった。ユナがもうこの世にいないのだとしたら、ユウリがしていることは全くの無駄だ。

 ずっと黙っていたリュウは、ひとつ息をついて言った。

「でもそれはあくまであいつの推測なんだろ?」

 ユウリが顔を上げると、労るような顔のリュウと目が合う。

「ユウリ、最初に言ってただろ?自分で確かめなきゃ信じられないと思ったから、自ら中央へ行くことにしたんだ、って。可能性はかなり高いのかもしんないけど、それを実際に確かめたってわけじゃないんだよな。だったらユウリのやることは変わんないんじゃないか?」

 言われて、ユウリは自分でも思い出した。人伝に聞いたままを信じられるなら、出稼ぎに出る男衆に調べてもらえばいい話だった。それでは納得できないと思ったからこそ旅に出た。ならば今の状況は、ロウシュという人伝に話を聞いたというだけなのだから、旅の目的は達していないし、失われてもいないということになる。

 まだ気力はわかなかったが、少し前を向けたことがわかったのか、リュウがニカッと笑う。

「まぁ心配すんな。アタシはユウリの旅に最後まで付き合うから」

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