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30 眠れぬ夜

「ぅおいっ!初対面だってのになんて事言いやがる」

「事実を述べたまでだ」

 さらに言い争う二人とは対照的に、ユウリは言葉を発することができずにいた。元凶、という強い言葉を直接投げかけられたことで、身がすくんでしまったためだ。かばってくれるリュウの気持ちは嬉しいが、アイリの件はユウリ自身が引き起こした事態だという自覚があるので、否定する気は端からない。ユウリはアオガの師匠に向き合ったまま、膝をついて深く頭を下げた。

「非難は甘んじて受けるつもりです。ただ今はどうか、アイリをお救いください。お願いします」

 一瞬、あたりはしんと静まり返った。リュウたちがどんな顔をしているのかわからない。ややして、頭上から声が降ってきた。

「安心するといい。この娘は必ず助ける」

 それは思いのほか優しい響きの声だった。ユウリは肩の荷をひとつ下ろせた気がした。

 リュウとの言い争いが一段落したとみて、今までユウリの後方で縮こまっていたアオガが師匠のところへ駆け寄っていった。それと入れ替わりでリュウが棚状の岩から降りてきた。

「お疲れさん。大変だったな。荷物ありがと」

 言われて、リュウの荷物を預かっていたことを思い出した。ユウリは背負っていた荷物を渡した。そこでやっと無事に合流を果たせたという実感を得られた。

 アイリに対してできることは今のところないので、そちらはアオガたちに任せてしばらく休むことにした。リュウが彼らからあてがわれた宿所に向かう。

 道すがらにも、常にどこかから川のせせらぎなどの水音が聞こえてくる。それだけこの地が水に恵まれているということだろう。国有地とすることでこの水を手に入れた都は、おかげで随分発展したのだという。

 二人がたどり着いたのは、木造の簡単な小屋だった。マナに着いたときからわかっていたことだが、ここには宿屋らしきものはない。そもそも外から来る人間が少ないというのもあるが、リアナが言っていたように住人のほとんどは日々修行のような生活を送っているため、商業があまり発達していないのだ。旅人は住人の家に一晩間借りするか、野宿することになる。

 小屋は中も簡素だった。靴脱ぎのための土間の奥に木の板間があり、布団が端に畳んで寄せてある。戸で仕切られた先に身を清めるための水場が付いている。

「はぁー、なんか居心地悪いとこだな。余所者は歓迎しない空気がだだ漏れだ」

 リュウはほとほと疲れたというように、布団を乱暴に敷くとその上に倒れこんだ。

 行商を生業としているリュウは、元々人の顔色を伺うことに長けている。扱っている荷が薬種ということもあって、露店を開くと住人たちには歓迎されることが多い。もちろん大きな街には医者や薬局を開いている者もいるから、煙たがられることもある。そうした正規の医療機関に比べてリュウが売っている薬は格段に安価だからだ。だが街の住人が全て医者にかかれるほど裕福ではない。リュウのような行商は、そうした者たちのライフラインという側面も持っている。しかし、今までにいろんな街を渡り歩いたリュウも、ここまでの疎外感を味わったのは今回が初めてだという。

「どうもアタシ、あいつが苦手ってのもあるけど。マナの住人を実質まとめてんのもあいつみたいだし。教祖かっつうの」

 あいつ、というのはもちろんアオガの師匠のことだ。ロウシュというらしいその人を名前で呼ぶ気は、リュウにはさらさら無いらしい。アオガも以前言っていたように、弟子は彼一人ではないのも確かなようだ。まさかマナに住む全ての人が門下とまでは思っていなかったが。それだけの求心力を持った人物なのだろうか。

 ユウリもひとまず身体を休めるために旅装をといて床についた。歩き通してひどく消耗した体力を回復するため、休息は絶対に必要だ。リュウは隣で既に寝息をたてている。だがユウリは寝付くことができなかった。身体は疲れているはずなのに、頭が妙にさえてしまって眠気が飛んでしまっている。アイリのことも心配であるし、結局ユウリは布団から起き出し、小屋を出た。

 星明かりと水の音。見上げれば木々の隙間から、今にも降り注いできそうな星の群れが見える。まるで広大な美しい庭のようなマナの街。

 ユウリはリュウと合流した棚のような岩の場所まで戻ってきた。岩の上には変わらずアイリが寝かされているはずだが、今は見えない。そのかわりに見えているのはロウシュの背中だ。アイリの脇に座っているのだろう。必ず助ける、と言った言葉は信じてよさそうだ。

 近づいていくと、ロウシュがこちらを振り返った。最初の印象もあって、目が合うとユウリに緊張が走った。立ち尽くしていると、

「眠れないのか」

 ロウシュの方から静かに声をかけてきた。ユウリはどう応えたものか考え、下を向いた。

「私がいても、何もできないことはわかっているのですが」

 するとロウシュは立ち上がり、棚の岩から降りてきた。初めて同じ高さのところで向き合う。

「私がなぜそなたが元凶と言ったか、理解しているか?」

 初対面のときのような厳しい表情ではないが、その問いは容赦がなかった。ユウリは声を発することができず、ただ首を横に振った。ロウシュが言っているのは、ただアイリのことばかりではないと思ったからだ。それ以前の、大事な何か。なぜユウリが狙われるのかの、根本に関わること。

「ついてきなさい」

 ロウシュは先に立って歩きだした。ユウリはちらとアイリの寝ている方を見やり、後に続いた。

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