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29 マナの奥地へ

 女性はリアナと名乗った。彼女が招き入れたのは簡単な造りの食堂のような部屋だった。四人掛けくらいのテーブルと長椅子の席がいくつかつくられていて、ところどころに休んでいるらしい人が座っている。リアナはユウリに手前の席をすすめた。

「ここはどういった場所なのですか」

 気になって訊ねると、リアナは穏やかに応えた。

「旅のお方に向けた、ちょっとした休憩所のようなものです。基本的に私たちは日々の生活が修行と共にあるので、外から来られた方が休める場所が少ないのです」

 リアナもまた、他の道行く人々と同じように道服のような白っぽい服を着ていた。アオガが以前、師匠のことを求道の方と表現したが、どうやらマナの人々は皆その道を行くということのようだ。

 ユウリは荷物から筆記用具を出した。そもそもはユナのことがわかったら両親に手紙で知らせるつもりで持っていたものだ。便箋を前にすると、自然に手が震えた。ユナがいるはずの都へ近づくにつれて不安は募っていくばかりだ。己の旅は、一体どういう結末を迎えることになるのだろう。

 なんとか心を鎮めて手紙を書き終えると、ユウリは席を立った。周りを見回してみても、リアナの姿はない。また表で作業をしているのだろうか。そう思って外へ出てみると、リアナは表の外灯に火を入れているところだった。見渡してみると他の軒先にもぽつぽつと同じように灯りがともされている。油を燃やすものだが、他のものへ飛び火しないようにガラスの囲いがつけられている。素朴なつくりの建物が多いなかで、それらの外灯だけが不自然に都会的だった。

「お手紙書けました?」

 作業が終わるのを待っていると、リアナのほうから声をかけてくれた。

「あ、はい。ありがとうございました。あの、どなたに預けたらいいでしょうか」

「こちらにも運び手がいますから、よければ私が預かりますよ。もう閉門してしまったので、明日の朝に出る便になりますが」

 日はとっくに暮れているので異論はない。ユウリは手紙と運び代をリアナに預けた。

 ちょうどそのとき、アオガがこちらへ向かってくるのが見えた。慌てているのか、珍しく走ってくる。小柄な身体が左右に揺れ、苦しそうに見える。

「はぁ、はぁ、そ、そちらの用事は済まされたか」

「うん、ちょうど終わったところ。そんなに慌ててどうした?」

 このときユウリの頭に浮かんだのは、アイリのことだった。まさか容体が悪化したとか?それとも他の問題が起きたのか。アオガは息を整える間も惜しいというように切れ切れに言った。

「し、師匠と、リュウ殿が、口論に」

「え?」

「と、とにかく、来て欲しい。オイラでは、とても」

「わ、わかった。行こう」

 相変わらずアオガの話は要領を得ないが、この様子だと急いだ方が良さそうだ。事によってはアイリの命に関わる。

 ユウリはリアナに改めて礼を言うと、先導するアオガについて街の奥へと向かった。その間、リュウには悪いことをしたかもしれない、と少し後悔した。アオガと徹底的に反りが合わないリュウのことだ。その師匠という人物と反りが合うはずもなかった。

 街の人々が灯していた外灯も途切れ、ただ星明かりだけが道を照らす。その奥には、

「うわぁ……」

 思わず呻るほどに壮麗な滝があった。ゴォーッ、ともザァーッ、とも聞こえる轟音を辺りに響かせながら、水がしぶきとなって落ちていく。星明かりがわずかに水をきらめかせて、えも言われぬほど美しい。

「ここが、聖なる泉?」

「いや、それはこの滝の奥で、険しい崖を登った先にある」

 思わずユウリが訊ねると、アオガは少し誇らしげに言う。マナはアオガの故郷ではないはずだが、それに近い思い入れがあるのかもしれない。

 滝を左に逸れると、大きな岩がまるで棚のように重なっているのが見えた。人工的に削られているかのように、上部が平らになっている。そんな岩がいくつも段違いに重なり合い、不思議な光景を形作っていた。その姿がはっきりと見えてきた頃。

「お前の言ってること訳わかんねぇんだよ!」

「それはそなたの理解力が欠如しているからだろう」

「はぁっ!?」

「とにかく静かにしたまえ。この娘の身体に障る」

 なるほど、アオガの言うように言い争う声が聞こえてくる。どうやらリュウはかなりヒートアップしているようで、今まで聞いたことがない程に声を荒らげている。

 さらに近づいていくと、リュウたちの姿が見えた。棚のようになっている岩のひとつに、アイリが寝かされている。それを覗くように立っているのがリュウ。そして、アイリの傍らに跪くような格好をしているのが、どうやらアオガの師匠ということのようだ。ここから見ても苛立っている様子のリュウに、どうしたものか、と思っていると。

 それまでアイリのほうを見ていたアオガの師匠という人物が、視線を上げてユウリをひた、と見据えた。街の人々のような白っぽい道服に濃い色の羽織を重ね、玉のような首飾りをかけた男。精悍な顔立ちだが、その目は厳しそうに細められている。その表情のまま、彼はユウリに向けて言った。

「そなたか。今度の件の元凶は」

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