27 マナへ
ユウリの言葉を、リュウもアオガも微妙な顔つきで聞いていた。それもそうだろう。ヒュウゴウは人語を操らない。それなのにユウリが「ヒュウゴウが言った」と語ったのだ。ユウリにしても、それが初めての経験だったのなら信じられなかっただろう。酷い頭痛に苛まれながらもそれがヒュウゴウの言葉だとユウリが確信したのは、以前見た夢に起因している。それこそ初めてヒュウゴウと対峙した後、夜通しの峠越えの疲れにうとうとと寝入ったときに見たあの夢。「お前の望みは叶わない」とひたすら繰り返された……。
結果的に、ユウリが言ったことは一旦保留にされた。今目下の問題はアイリのことだ。こうなってしまった以上、このまま家に帰すわけにもいかない。現状、できることはリュウが持っている薬を飲ませるぐらいだが、それは既におこなっている。医者に診てもらうにしても、宿場に医院はない。一番近いのはトウキだが、戻るには一昼夜かけて歩き通すことになる。先に進んだとしても次にあるのは別の宿場で、その先の街はもう都の一つ手前の街だ。さらにまだ問題はある。リュウでさえその街を訪ねたことはなく、医者がいるかどうかが定かでないのだ。そこでしゃしゃり出てきたのがアオガだ。
「やはりここは、皆さんでマナへ、師匠の元へ来ていただくのが得策かと」
もっともらしくアオガが言うのを苦虫を噛み潰したような顔で見るリュウ。確かに今、それが一番現実的な道なのだった。
あと少し行ったところで道は二手に分かれている。一方は都まで続く街道、そしてもう一方が、アオガが何度も口にする師匠がいるというマナへ続く道だ。街道をこのまま進んで次の宿場に行くよりは遠いが、その次の街まで行くよりは断然近い。休憩もそこそこに進めば、おそらく日暮れ頃までには着けるはずだ。アオガの師匠がどういう人物なのか、本当にアイリのこの状態を診断できるのか、確信をもてないことが多い。リュウとしては危機回避という点でも積極的に選びたい道ではない。道先案内がアオガというのも至極頼りない。
「アイリのために、最善の選択をしよう」
しかし、ユウリのその一言でリュウも腹をくくった。
「ちゃんとマナまで案内できるんだろうな」
リュウが凄むと、アオガは憮然として請け負った。
「お任せなさい。必ずやマナまでお連れする」
そんなわけで、今までは最後尾からついてくるのがやっとだったアオガを先頭にして進むことになった。リュウはアイリを背負って歩くため、リュウの荷はユウリが自分のものと一緒に背負った。売り荷である薬種はさほどの重さではないが、共に渡された短弓と矢筒はいろんな意味で重みがあった。もちろんユウリ自身には扱うことのできないものだ。もしものときはリュウへ渡すことになる。長年リュウの身を守ってきたのだろうその弓は使いこまれて鈍い艶をまとっている。相棒ともいえるような大事なものを預かっているのだという感覚。
元々荷物の少なかったアオガはそのままで、それでもそれぞれ負荷が増えているユウリとリュウが楽についていけるほどの速さでしか歩いていない。小柄で一歩の幅が狭いので仕方がないのかもしれないが、このペースでは今日中に着けるか怪しい。街道ではないのでマナまでの間に宿場はなかったはずだ。
「あまりにも遅かったら追い抜くからな。案内は後ろからしろ」
「あぁ、いやそれは……」
リュウがアオガに並んで追い抜く素振りを見せると、小走りになって速度を上げる。やれやれとため息をつき、リュウがぼやく。
「まったく、こっちは人一人背負ってるってのに」
考えてみれば不思議な道連ればかりなのだった。リュウ自身が「神の采配」と評したように、リュウと出会っていなければここまでつつがなく旅を続けることはできなかっただろう。一方アオガやアイリは、一見すると旅の足を引っぱる存在だ。しかし彼らがいたことで旅の方向が定まったのも確かだ。宿でぽつりとリュウがつぶやいたように、それすらも神の采配だったとしたら……。
ユウリがこうして旅をしているのは、人智を超えたなにか大きな力が働いているのだろうか。
――お前は同じ匂いがする。世の秩序を乱した者と同じ匂いだ。
さっきヒュウゴウから聞いた言葉も、意味深で謎めいている。すべてのことは繋がっているのだろうか。今はまだ見通すことが難しい大きな流れが、マナで明らかになるのだろうか。
それは、ひどく不吉な予感だった。
夕暮れの頃、ようやくその街の門が道の先に見えてきた。アイリはまだ目を覚まさない。他に行き交う人のいない道で、四人の影だけがゆらゆらと頼りなく揺れていた。




