25 小さな追跡者
「なんでアイリがここに?」
面食らってユウリが尋ねると、アイリは不服そうに目を細くした。
「だから、一緒に連れてってほしいから追いかけてきたの。アタシの話聞いてた?」
「いや、そういう問題ではなくて……」
返答に窮していると、リュウがスタスタと歩いてアイリの目の前に来た。そして。
「うわっ」
まるで猫の子でも掴むように首根っこを掴んでヒョイと持ち上げる。
「ちょっと!何すんの?」
「決まってんだろ。宿まで送り届ける」
「い、嫌だ。やっと追いついたのにっ。それにっ、戻るなんて無駄じゃんっ」
「誰のせいで無駄足使ってると思ってんだよ。悪いと思うなら一人で帰れ」
「だーかーらー!アタシは一緒に行きたいのー!」
「連れてけるわけねぇだろうが。そんくらいわかれっての」
ジタバタと暴れるアイリを軽々と持ち上げているリュウはやはり只者ではない。ユウリは感心しつつ、自分が甘かったことを改めて思い知った。これでも体力をつけて旅に臨んだつもりだった。しかし今は感心や反省をしている場合ではない。街道を戻り始めたリュウを追いかける。
アイリを連れて行けない、という方針はユウリも変わらない。しかしなだらかな下り坂とはいえここまで後を追ってきてしまったアイリだ。自分たちは決してゆっくり進んでいたわけではない。現にアオガは後方からついてくるのがやっとだったのだ。そこまでしてやって来たのには、相応の理由があると推測できる。
「アイリは、どうして私たちと行きたいんだ?」
「おい、ユウリ……」
リュウにぶら下げられているアイリへの質問を止めようとするのを、目線で謝りつつユウリは言う。
「このまま帰したところで解決しない気がする。納得しなければまたついて来ちゃうかもしれない。とりあえず話を聞いてから判断したらどうだろう」
ユウリとしては、アイリの話を聞いたところで連れて行けないという結果には変わりないだろうと思っている。もちろんアイリの身の安全を考えるからこそそれが妥当な判断だと思うが、一晩で見えたアイリの性格からして、こちらも気合いを入れて説得しなければ諦めてはくれないように思う。
アイリはユウリの方が話がわかると思ったようだ。ニカッという笑顔を浮かべて言う。
「アタシの話聞いてくれるの?」
「できるだけ簡潔……わかりやすく話してくれると助かる」
まるで勝ち誇ったようにリュウを見るアイリ。リュウは仕方ないというようにひとつため息をつき、アイリの首を解放した。そのときちょうど、アオガがその場に合流した。
往来の邪魔になってはいけないので、街道の端に敷物を狭めにひろげて車座になる。今まではしゃいだ様子だったアイリは座ると表情を引きしめた。話を聞いてほしいというのは嘘ではなかったようだ。リュウはいまだに胡散臭そうに見ているが、ユウリは真剣に聞く体勢になった。アイリはひとつ咳払いをすると、低い声で話し始めた。
「アタシ、お父さんは事故で死んだんじゃないって思ってるの」
「……どういうこと?」
思ったよりも剣呑な話題だったので、ユウリは戸惑った。リュウも同じように感じたようで、片眉を上げた微妙な表情をつくる。アイリはその小さな手をぎゅっと握る。まるで何かに耐えているように。
「お母さんは詳しく話してくれないし、アタシが小さかった頃だから、わからないことがたくさんあるけど……でも今思うとおかしなことがあるの」
アイリはまだ十分小さいが、子どものときというのはそういう言い方をすることがままあるものだ。特にアイリなどは母の手伝いと称して宿の客と話すことも多かったようなので、なおさらその傾向は強いだろう。俯きがちに話していたアイリはちゃんと聞いてくれているか確かめるように、一度三人をゆっくりと見回した。
「お父さんが死んじゃったとき、お葬式をしなかったの」
それはひどく微妙な話だった。もちろん幼かったアイリが葬式の如何を理解していたわけではない。しかし後に宿場のどこかで葬式がおこなわれたことがあり、そこで奇妙だと思ったとのことだった。母にその疑問をぶつけてみても、「そんな話をするものじゃない」と叱られただけで相手にされなかったという。ユウリが聞いたところでも、葬式をしなかったということにもシュリの態度にも確かに疑問があるが、それよりも奇妙なのは。
「どうしてそれが、お父さんが事故で亡くなったのではないことになるんだ?」
まだアイリの話の要領が掴めていない。おそらく本人もこうして他人に話すのは初めてなのだろう。小さく拳を握りしめているのも、緊張しているのかもしれない。
「この前うちに来たお客さんが、お父さんのこと知ってたの。……中央で会ったことがあるって」
つまり、アイリの父は都にいたということだ。しかし。
「そのときに、お母さんがぽつって言ったの。あの人が、中央にいたなんて、って」
「シュリさんは、お父さんが都にいたことは知らなかったってこと?」
ユウリが訊くと、アイリはコクリと頷いた。
ますます謎は深まってしまった。アイリの父は、つまりシュリの夫だ。夫がいない間宿を切り盛りしなければならなかったのに、シュリがその行き先を知らなかったというのは不自然だ。
どういうことか、と考えてこんでいたとき。
「伏せろ!」
リュウの鋭い声と共に、隣にいたユウリは背中を強く押された。次の瞬間、頭上を風を切る勢いで何かが掠め飛んでいった。後には獣臭いにおいと大きな羽根。
ヒュウゴウ……?
頭を上げるとその後ろ姿を捉えた。その一瞬後、異変に気づいたユウリが叫んだ。
「アイリ!?」
その場からアイリの姿が消えていた。




