24 悩める道程
「おはよう。昨日はよく寝れた?」
出発の準備を整えて受付に出ると、アイリが元気に声をかけてきた。リュウは少し面倒そうに見ただけで応えないので、ユウリが応えた。
「うん、よく寝れたよ。ありがとう」
アイリはニカッ、と笑ってカウンターの内側へと走っていった。主の女性がまた小言を言うが、気にしてはいないようだ。
シュリというその女性は、ほとんど一人でこの宿を切り盛りしているのだった。宿を開いたのは先代で、シュリの夫の両親だったそうだが、早くに亡くなったため夫婦で跡を継いだ。ところがその夫までも、不慮の事故で帰らぬ人となってしまったとのことだった。まだ幼い娘を抱えたシュリは、一度は宿を畳むことも考えたが、他に仕事のあてがあるわけでもなかったため、ここで宿を続けているのだった。
「今となっては、この子とここだけが、あの人の形見みたいなものですから」
宿のことを話してくれたシュリはそう言って笑う。笑えるようになるまでに、多くの苦労があったことは想像に難くない。娘であるアイリはそれをわかっているのかいないのか、手伝いの真似事をしては宿の内外を元気に走り回っている。
アオガが合流したところで宿を発つことになった。遅くの客だったにも関わらず快く迎え入れてくれたシュリたちに感謝の気持ちでいっぱいになった。宿場の外れだというのに、温かくていい宿だった。
宿場から街道へ出る。昨夜着いたときにはもう暗くてその先を見通すことはできなかったが、ここからしばらくはなだらかな下り坂が続いているようだ。一日で峠越えをした三人にとっては楽に歩ける道はありがたかった。それでも昨日の時点でユウリたちに遅れをとっていたアオガは後方をぽてぽてとついてくるのがやっとの様子だ。
「アイツの師匠んとこに行くならアイツに先導させなきゃならないのにな」
振り向きながらぼやくリュウにユウリは申し訳ない気持ちになった。そもそもユウリが言い出さなければ、アオガの申し出など却下して進むつもりでいたのだ。それどころか、峠ではアオガが同道することの是非すら問うていたところだ。
確かにユウリも、自分よりも体力のないアオガにこの旅は酷なような気がしている。それでも、リュウの意に反するとわかっていても、ユウリはアオガの申し出に乗ろうと思った。それはこの旅のはじめからずっと引っかかっていることがあるからだ。リュウと出会うきっかけとなった、ヒュウゴウの一件。その直後に仮眠の中で見た夢。「お前の願いは叶わない」と何度も繰り返したヒュウゴウ。もちろん夢の話だから、単純にユウリの不安な気持ちがあらわれただけと捉えることもできる。だがアオガにしても、ラッカで会ったジオウにしても、異変は他にも起こっているという。ユウリが向かっている、ユナがいるはずの都と関わる形で。トウキの門前では新たにグイルの被害にも遭遇している。偶然と思うには、すべてが重なり過ぎている。異変を調べているアオガが事の真相を知っているなら話が早かったが、どうも彼は師匠の言いなりになっているだけで核心的なことは知らないようだ。ではその師匠という人物は、何故にそんなことを調べさせているのか。この一連の異変について、何か知っているのではないか。そんな一縷の望みのようなものが、ユウリの心の奥底で疼いているのだった。
「これは私のわがままだがら、リュウには申し訳ない。予定が変わると困るだろうけど」
「なぁに。アタシはユウリの用心棒なんだから気にすんな。元々身軽な行商稼業だしな。しかし本当にそろそろ水先案内がいるぞ」
参ったというように頭をかくリュウ。実は街道はこの先で分かれ道に差しかかる。街道自体は都まで続いているのだが、アオガの師匠がいるというマナへは、この分岐で横道に入った方が早いはずなのだ。しかしその道がどういう風にマナまで繋がっているかまではリュウも知らない。地図で辿ったことはあっても、実際に通ったことはない道だった。リュウですら不安を覚える道なのだから、ユウリに自信をもって進めるはずがない。仕方がないので少し歩を緩めてアオガが追いつくのを待つことにした。すると。
「あぁ、君……」
背後の方で、アオガが何やらうろたえたような声をあげる。一体何事か、とユウリとリュウが顔を見合わせ、振り返ると。
「お姉さんたち、アタシも連れてって!」
「アイリ!?」
二人で同時に声を裏返した。そこには、先ほど宿場で別れたはずの宿屋の娘、アイリがニカッと笑って立っていた。




