23 宿にて思うこと
アイリは得体が知れない娘ではあるが、ひとまずは宿屋の娘だという本人の言を信じるしかない。今夜の宿に困っていたのは事実であるし、まずはその宿を見てみようということになった。
先を行くアイリについて、三人は宿場の奥へと進む。中心の通りから路地へ入り、明かりが届かないため足元もおぼつかない。
果たして、その宿に到着した。宿場のはずれ、ひどく寂しいところに建ったこぢんまりとした宿だった。アイリが言った通り、ソウカ屋の看板がかかっている。中へ入ると、アイリの親であろう女性が迎えてくれた。
「いらっしゃい。こんな奥地までようこそ」
柔らかな物腰はいかにも宿を営む者らしい。アイリはカウンターの内側に走って入っていく。
「アイリ、また客引きに行ってたのかい。無理言って来てもらったわけじゃないだろうね?」
「違うよ。宿がなくって困ってた人たちだよ」
「本当かねぇ。夜に出歩いたら危ないって言ってるのに」
「いいでしょ。ちゃんとこうやって帰ってくるんだから」
アイリと似た目元を曇らせて、女性は困ったねぇとぼやく。どうやらアイリが勝手に客引きをしてくるのはよくあることのようだ。女性は三人に向き合った。
「お騒がせしてすみません。今部屋を手配しますね。男性のお部屋と女性のお部屋ね」
「ああ。あとできれば何か食べるものを用意してくれると助かるんだけど頼める?軽くでいいからさ」
「わかりました。では後でお部屋にお弁当をお持ちします」
「悪いね」
悪路を経ての峠越えをした三人は既に疲労困憊だ。リュウにしてもそれは変わりなく、これから連れだって食事に出ていく元気は残っていなかった。それでも宿をおさえることを優先したのはリュウの判断だ。最悪食事にありつけなくても、身体を休める場は絶対に必要だったからだ。結局宿の好意で食事は用意してもらえることになったので、三人はそれぞれ通された部屋でようやく息をつくことができた。
「あーっ、わかっちゃいたけどやっぱきつかったな」
部屋の長椅子にどっかと座り、リュウが音をあげた。峠越えはただでさえ旅の難所となりやすいのに、いつもなら平坦であったはずの前半の街道までもひどい有様だったのだからそれも当然といえた。とにかく三人ともが無事に宿にたどり着けたことは幸いだった。ユウリもなんとかついてくることができてほっとしている。これがもし自分ひとりの旅だったとしたら……と想像すると恐ろしい。おそらくトウキからこの宿場まで一日ではたどり着けなかっただろうし、峠で危険な目に遭っていたかもしれない。
「リュウはすごいな。判断は的確だし、迷いがない。だからちょっと心配になったんだ。リュウがあの子が童鬼かと疑ったとき。私はまた迂闊なことをしたんじゃないかって」
旅慣れない自分の判断など、自分でも信じきることができない。特に今回は疲れも溜まっていて、間違った選択をしてしまう危険だって大いにあったのだ。それをユウリが言うと、リュウは豪快に笑った。
「あっはははっ、いやいや、今回はお手柄だったじゃないか、ユウリ。おかげで宿に入れたんだし。むしろアタシが疲れすぎてて疑心暗鬼になってたんだよ。急に都合よく宿が空いてるなんて言われたもんだから」
行商である以上、リュウは荷を安全に運ぶ責任を負っている。そのためには自分が危険な目に遭ってはいけないし、細心の注意を払う必要がある。うまい話にはたいてい裏があるということも身に染みているからこそ、アイリのこともはじめは疑ってかかったのだ。
「ユウリは本当に自信ないのな。まぁでも悪いことじゃないよ。初めての旅なんだし、そうやっていろいろ考えながら動いた方が経験になるしな」
「リュウといるだけですごく勉強になるよ」
「そりゃよかった」
話していたときに宿の女性が部屋に弁当を持ってきてくれた。宿に食事処があるわけではないので、近くの軽食屋で頼んできてくれたようだ。濃いめに味付けされた鶏の甘辛煮に、豆と雑穀を柔らかく炊いたものが野菜とともに彩りよく詰められていて、思った以上に満足できるものだった。
弁当を食べ終えて人心地つくと、ユウリはひとつ気になることを思い出した。
「そういえば、アオガが師匠の元に来て欲しいって言ってたけど」
「あー、アイツそんなこと言ってたな」
正直なところ、宿に入るまではそれどころではなく、頭の隅に追いやられていた。それにアオガのことを話題にするのはなんとなく気が引けるものだった。しかしそれは今後の旅の行く末に関わることなので、避けては通れなかった。
「ユウリはどう思う?妹さんのこともあるし、先を急ぎたいだろ?」
リュウが一番気にしたのは実はユウリのことだった。それはここまでの旅路でも感じていたことではあった。行商であるリュウは本当ならもっと商売に重きを置きたいはずだ。それでも今は最低限の露店での商売をしながら、旅路を急ぐ方へ舵を切ってくれている。そこに多大な恩義を感じながらも、アオガの言には引っかかっていることがあった。
「アオガは、師匠に言われて異変を調べているってことだっただろう?その異変が都と関わっているとも。私には、そのことが気になっていて……。確信があるわけじゃないけど、都へ行く前にそれを確かめた方がいいような気がするんだ」
その予感に確信などとてももてない。だか引っかかっているのは事実だった。その師匠とやらに会えば、何かわかるのだろうか。考えながら話していると、リュウがぽつりと呟いた。
「アオガと引き合わされたのも神の采配、か……」




