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22 宿屋の娘

 少し無理はあったがなんとか峠を越えることができた三人は、夜遅くに麓の宿場に着いた。街と違い閉門しないので、遅い時間まで開いている軽食屋もあるし、よほど混んでいなければ宿にも泊まれる。ただ今夜については、トウキやその先へ向かっていた旅人や行商たちが早めに宿に入っているようで、宿探しは思いのほか苦戦した。街道の状況は既に広く知られているようで、峠越えをどうするかここで考える者も多いようだ。

 宿泊について危機感を覚えたリュウは、まず第一に宿の確保に動いた。宿場というのは入り口に近い方からいい宿が建っている。街道からも見える宿場の玄関口はその宿場のいわば顔だ。ある程度力のある主しか宿を開けないし、ここで成功をおさめて街へ進出する者もいる。旅人の受け入れ数も多いが人気も高く、大概ははじめに埋まってしまう。部屋が空いていない宿は赤い旗を軒先に掲げるのが決まりで、三人が着いたときには当然のように旗がかかっていた。リュウもそれは見越していたので、宿場の奥へと急ぐ。しかし今回はなかなか旗のあがっていない宿が見つからない。

「こりゃ地当たりに出たほうがいいかな」

 思わずリュウがぼやく。地当たりというのは、既に旗をあげている宿に直談判することを言う。宿によっては人手や仕入れの関係で部屋が空いていても旗をあげて受け入れをやめていることがある。そうした宿に世話役を省いて部屋だけ貸してもらえないか交渉するのだ。行商を営む者たちはまれに使う手ではあるが、ユウリとアオガを連れていることもあり、今積極的に使いたい手ではなかった。

 旗のあがっていない宿を探してユウリもキョロキョロと視線を彷徨わせながら歩いていた。そのとき。

「お姉さんたちっ」

「え?」

 路地の方からこちらへ呼びかけるような声を聞いた。こんな時間に聞くにはあまりにも若い、というよりも幼いという印象の少女の声。だがどうやらそれに気づいたのはユウリだけのようだ。宿や軽食屋から漏れている明かりで中心の通りは見通せるが、逆に路地は闇が深くなっている。その狭い闇に目を凝らすと、おかっぱの髪を頂点でちょんまげに結っている、ユウリよりも背の低い少女がこちらを意味ありげに見ている。

「君は……?」

「あ、気づいた」

 少女は周りの目を気にするように通りをうかがいながらこそこそと路地から出てきた。ニカッ、と笑う少女があまりに無邪気に見えて、ユウリは心配になった。様々なところから旅人が集まる宿場だ。中にはよからぬことを企てる者が紛れていないとも限らない。しかし当人はそんなことは気にしていないようで。

「お姉さんたち、宿を探しているんでしょ?よかったらうちへ来ない?奥まったところだから空きはあるよ」

「君は宿屋の子なんだね」

 考えてみれば当然のことだ。宿場を使わなければならないほどの長旅に、こんな年端もいかないような子どもは普通連れて行かない。となればこの子は宿場に住んでいることとなり、自然宿屋か軽食屋の子ということになる。

 少女の提案は願ったり叶ったりのものだ。ユウリは先行していたリュウを引き止めて、その申し出を伝えた。するとリュウは一時、少女をじーっ、と見つめた。その目が厳しく見え、ユウリはまた別の意味で不安になった。少女はものおじすることなく笑顔をみせ続ける。

「……アンタ、名前は?」

「アイリ。うちの屋号はソウカ屋だよ」

「なるほど。どうやらちゃんと人の子みたいだね。気配が薄いから童鬼かと思った」

「あはは、ひどーい。ちゃんと人間だよぅ」

 アイリと名乗った少女は着ている服をひらひらとなびかせておどける。

 童鬼というのは子どもの幽霊のようなものだ。幼くして亡くなった子どもの魂や、攫われるなどして閉じこめられているような子どもの生き霊が、人のいる場所を求めて彷徨い出たものといわれている。寂しさからか、童鬼は生きた人間を冥界に引きこんでしまうとされている。リュウはアイリが路地から出てきたこともあり、その童鬼に見えたと言ったのだ。言われて嬉しい言葉ではないが、アイリはそこまで気にしていないようだ。その辺は宿を商っている家の娘らしい。

「ね?今日はどこも宿が混んでるみたいだし、悪い話じゃないでしょ」

 ユウリは自分が引き合わせた手前、責任を感じている。夜は更けていくばかりで早く宿を見つけたい思いは共通していると思うが、子どもであるアイリの言葉に簡単に乗ったのはまずかっただろうか。

 しばしの沈黙。固唾をのんで見守っていると。

「わかった。アンタのとこで世話になるよ、アイリ」

「わーい!ありがとう!案内するね。こっちだよ」

 アイリは嬉しそうに先導のために走っていく。そのあとに続きながら、リュウは後ろを振り返った。

「おいアオガ」

 疲れすぎたのか、二人についてくるのがやっとという様子のアオガを小声で呼ぶ。重い身体を引きずるようにやってきたアオガにリュウはアイリの背中を指す。

「アンタから見てもあの子は人間か?童鬼じゃなく」

 リュウが自己の判断についてアオガに意見を求めるのは初めてのことだった。ようやく二人に邂逅の兆しがみえたか、と一瞬喜ばしく思えたが、裏を返せばそれだけアイリの正体が知れないということでもある。アオガはウンウン唸って目を凝らした後。

「並人ではありますまい。あの様子、どこか怪しいものがある」

「だから何がどう怪しいかを訊いてんだよ!アンタに訊いたアタシがばかだった」

 結局今まで通りリュウを怒らせたアオガに、ユウリはひそかにため息をついた。

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