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幕間――影

「お前、今日の使者からの報告をどう見る?」

 薄暗い廊下を二人の男が歩いている。一方は背がひょろ高く、柳の精霊を思わせるような容姿をしていた。明かりの少ないこの廊下において真っ白な衣に身を包んでいるのが余計そんな風に見せるのだろう。もう一方はその男より頭一つ分背の低い、狡猾なハイエナを思わせるなりだった。黒っぽい上下の上にえんじ色のベストを纏っており、隣の男よりはこの宮中にふさわしい服装であるはずなのに、どこか嘘くさい雰囲気が漂う。背の高いほうの男が冒頭のように訊くと、ハイエナの男は下卑た笑いを浮かべた。

「ふん、あんなのは下層民の戯言だろう。たとえそれが事実だったとして、国庫を割くような案件とは思わん。困るというなら己らでどうにかすればいいのだ」

 この二人はミルダの指揮の下、執政をつかさどる高官だった。柳のほうがラウル、ハイエナのほうがギルドといった。二人は先だって、地方から帰った使者から市井の様子について報告を受けたところだ。曰く、トウキ周辺の街道に異変あり、と。ラウルはもともと細い目をさらに細める。

「まぁお前ならそう言うだろうな。だがしかし、市井の者たちを甘く見ていると痛い目に遭うぞ。奴らは追いつめられると殊に国の責任を叫びたがる」

「そんなもの、言いたい奴らには言わせておけ。よもやトウキから中央に攻め込んでくるような阿呆もおるまい。またそんな余力もないだろうよ」

 その見た目に違わず何かと心配性のラウルの言に、ギルドの返答はにべもなかった。

 二人は現在ミルダの下で働く者たちの中でも群を抜く古株だった。前帝の一人娘であるミルダが幼い頃から執務に就いていたのだから、今や皇族の誰よりもミルダの傍にいる者たちともいえた。前帝が崩御した後、まだ若かったミルダを次期皇帝に推したのもこの二人だった。男子がいなかった前帝が病に伏したとき、後継の座を争うことになったのはミルダと前帝の妻、つまりミルダの母だった。一時は宮廷内を二分するほどの後継者争いが巻き起こったが、二人の暗躍によって事は表面上、おさまった。彼らが主張したのは、血の正当性だった。前帝の妻は皇族の出身ではなかった。ならば帝の座を継ぐのは、血のつながった娘のミルダであるべきだ。この一点で、前帝の妻に付いていた者たちを説き伏せて賛同させたのだ。その強引なやり口に反発した者もいなくはなかったが、そうした者たちはいつの間にか宮廷から姿を消していた。

 現在、前帝の妻は中央から離れた国有地に建てられた離宮で侍女たちと共に暮らしている。何不自由ない生活は保障されているものの、言い換えれば体のいい軟禁状態である。万が一にも帝位を脅かすことがないよう、最低限の護衛以外には兵士も国政に関係する者も側仕えを許されていない。同じような状態におかれている人物はしかし、もう一人いる。それはミルダの夫だ。こちらは都のはずれに離宮がある。夫である以上、ミルダが望めば訪ねていくことはできるが、夫がミルダのいる宮廷まで訪ねてくることはできない。

「私の目下の課題は、このことをミルダ様のお耳に入れるべきかどうかということだ」

 ラウルが言うと、ギルドはとんでもないという顔をした。

「なぜわざわざその程度のことをお耳に入れねばならん。余計な心労を増やすつもりか」

 吐き捨てるように言うギルドに、ラウルはなおも思案顔だ。

 前帝亡き今、ミルダは二人にとっても娘のような存在だ。執務に関して重要なことについてはもちろん当人に承諾を得るが、国政の汚い部分などにはできうる限り触れさせたくないというのが心情だった。二人が直近でミルダからの承認を得て進めたことはただ一つ。荒事ではあったがこればかりはミルダの意思なく進めることはできなかった。それはミルダの一人息子である皇子に関することだったからだ。そして今、ラウルの眉を曇らせているのもそれが起因していた。

「このようなことを言えば、現実主義のお前には笑われるかもしれないが」

「……そう思うなら言わなきゃいいと思うが。まぁ、聞いてやらんでもない。なんだ?」

 二人ほどの古株はもはや他に残っていない。何かで悩めば、お互いが一番の相談相手だった。口は悪いが、ギルドはラウルを見下しているわけではない。そのことはラウルもわかっているからこそ、自分の中で引っかかっていることを話す気になったのだ。

「最近、この手の報告が増えている気がしてな。もしかしたら……」

「もしかしたら、なんだ?」

 それでもラウルの口は重かった。ギルドもこんなに言い渋るラウルというのはあまり見ないので、いつもとは様子が違う、と少し心配になった。ギルドに訊き返されたことで、ようやくラウルは言った。

「一連の出来事は、彼の者の呪いではないのかと」

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