13 身の上話と宿場
その日の晩は、ラッカの街中にある宿屋をとって泊まった。さすがにほとんど寝ずに動いていたので今回はしっかり休むことを優先した形だ。今後は節約のために野営することも考えているが、まずは身体を整えることも大事だとリュウに諭されたので、多少の出費には目を瞑ることにした。二人で一部屋を借りたので宿代も安く済み、ユウリにも払える額だったので助かった。
そして翌日、二人はラッカを後にした。街に着いたときと同じ門から出て、街道を都方面へと進む。ラッカまでの峠道とは違い、起伏や急なカーブの少ない歩きやすい道が続いている。この辺りは平地が広がっているので、街道もわりとまっすぐ敷かれているためだ。天気にも恵まれて、風が心地よく吹き渡る。ユウリとしてはできるだけ先に進んでおきたいところだ。しかし用心棒をしてくれるというリュウは行商人だ。道中で商いをしなければならないし、そう先を急ぐわけにもいかない。リュウには大きな恩があるし、彼女の商いの邪魔にはなりたくない。リュウにとってユウリの用心棒など、本来は余計な仕事のはずなのだ。それを破格の条件で引き受けてくれているのだから、できる限りの協力はしたいと思う。
「ユウリの出身地のアヌカってどんなとこなんだ?」
道中、会話のタネにとリュウが尋ねてきた。ユウリは少し首をひねって、
「どんな、というほどのところでは。すごく田舎ではあるけれど。先のラッカみたいに門で区切られてるというわけでもないから、正直どこまでをアヌカというのかもわからないような」
「放牧でもしてんの?」
「うん。高原で草地が広がってるから、出稼ぎに出ていない者はだいたい家畜を世話している。数えるくらいの集落だから、全部合わせても大した頭数にはならないけれど」
「ユウリの家も家畜がいたのか?」
「いや、うちは義母が来るまで女手がなかったから、家畜を育てる余裕はなかったんだ。野菜や麦を自分たちが食べる分だけ育てて、余ったらよそへ分けたり物々交換したり」
「自給自足の生活かぁ。ちょっと憧れるな」
「ははっ。そんないいものでもないよ」
不思議とリュウと話していると、言葉がどんどん滑り出してくる。自分の個人的なことを話すのは何となく気が引けていたはずなのに、気づけば随分とこみ入ったことまで喋ってしまっている。リュウはそんな風に会話を持っていくのが上手いのだろう。行商の傍らで情報屋としても活動しているから、自然とそういう流れをつくれるのかもしれない。
ユウリは五歳になるまで、父と祖父との三人で暮らしていた。物心がつく頃にはすでに生みの母はおらず、だから顔も覚えていない。その後父が再婚し、義母が家族に加わり、やがてユナが生まれた。それはユウリにとって大きな変化だったが、嬉しい変化でもあった。静かでどこか陰気だった家の中が明るくなったから。一人っ子で周りにも同世代の子どももいなかったので、義妹ができたことも嬉しかった。
そんな身の上話を交えて徒然に話しながら街道を行く。天気にも恵まれているせいか、人通りは多い。馬車の往来だけでなく、歩きで次の街を目指す者も少なくない。リュウによれば次の街まではそこまで離れていないので、金銭を節約するために歩く者も多い通りなのだそうだ。街道自体は広く、馬車が通っても歩くのに不便はない。ただだいぶ往来が増えたため、少し先が見通しづらくなってきた。そのとき。
「何かつけてきたな」
今まで朗らかに喋っていたリュウが、急に声を低くした。驚いて後ろを確かめようと振り返りかけたユウリの袖を掴んで引き止める。
「さて、この調子なら昼頃に宿場に出るな。茶屋かどこかで昼にしよう。何食べたい?」
「わ、私はなんでも」
リュウはユウリに目配せを送り、普通の会話を続けるよう促す。急なことに動揺したユウリだったが、なるべく自然に振る舞えるように努力した。その裏で後ろの気配を探ろうとしたが、人通りが多くてリュウの言う「つけている」者がどれなのか判別できない。ここはリュウに任せて指示通り動くことにする。
やがてリュウが言っていた宿場が見えてきた。宿場はラッカのような街とは違い、人が住んで生活することを目的としていない。旅人が立ち寄って泊まるための宿や、休憩するための茶屋がひとところにまとまっているような場所だ。街のように門があるわけではなく、気軽に立ち寄ることができる。規模は宿場によってまちまちだが、ラッカが近いここはわりと大きな部類で、茶屋も何軒かがずらりと並んでいる。
時間も時間なので、宿場に寄る人も多い。リュウは並んでいる茶屋を選ぶ風を装いながら、宿場の奥へと進んでいく。しばらく相手を泳がせた結果、二人をつけていることは決定的になった。リュウは再び目配せをして、茶屋の間の裏路地に滑りこむ。ユウリを奥へ押しこむと、リュウは息を潜めて追手を待ち構える。そして。
「うげっ」
その者の首根っこを引っ掴み、壁に押しつけるように拘束する。間抜けな悲鳴をあげたその姿を見て、ユウリはまた驚き、そのせいで逆に気の抜けた声が出てしまった。
「……子ども?」
押さえられていたのは、小柄な方であるユウリの肩にも届かないくらいの小さな男だった。




