第9話 地下と水
森から帰ってきました。
大量に手に入れた岩塩は、当分アイテムボックスの奥底に死蔵することになりそうですが、妖精の牙の知り合いの冒険者に貰ったと言って1kgだけ、姉に渡しました。
もちろん喜んでくれましたが、姉は自分もお礼をしたいと言い出しました。
当然そんなことが出来るはずも無く、偶然会っただけと必死に誤魔化しましたが。
その日の食事は、いつもより塩の効いたスープが出てきました。
おかげで、いつも無理やり流し込むだけのマイスーが、少しだけおいしく感じられるようになったのがうれしいです。
食卓はほんの少しだけ改善されました。
そこで、次は道具作りです。
狩りに行くのには、やはりナイフや弓といった最低限の道具が必要です。
しかし、問題はどこでそれを行うかですね。
初めは、森の中に小屋でも作ってとも思いましたが、何かあったときにすぐに村に帰れないのは大変ですし、魔物が跋扈する森では落ち着いて作業することはできません。
できたら村の近くがよいのですが、見通しのよい草原の真ん中で何かをしようと思ったら隠す方が難しくなります。
かと言って、雲の上で行うことも出来ませんし。
どうしましょう。
だったら、地下しか無いでしょうに。
極力近いところが良いですし。
…地下だけに。
結局、秘密の地下基地は我が家の真下に作ることにしました。
まずは入り口の設置場所です。
目の前に広がる頑丈そうな壁に隠し扉というのはどうでしょうか。
押せばクルリと回る忍者屋敷風の隠し扉や一見何の変哲もなさそうな凹みが取っ手になった引き戸、暗証番号を入力するとそれまで何も無かったところに広がる自動ドア。
どれも男のロマンを感じますが、そもそも、この無駄にでかい壁にどれほどの厚みがあるのか分りません。
それに、おそらく防衛の為に築かれた防壁に穴を開けていたなんてばれたらえらいことです。
壁に細工を施すのは却下ですね。
入り口は、倉庫の中にします。
いくら我が家があばら家だといっても、倉庫くらいはあります。
そもそも、家族六人が生活しようと思ったら、農機具を家の中に置けるほどのスペースはありません。
早速倉庫に向かうと、扉が開いていました。
中に誰かいるのかと思いましたが、誰もいませんでした。
いくら我が家が貧乏で取られるものが無かったとしても、戸締りくらいはしっかりして欲しいものです。
若干家族のルーズさを見た気がして憤りを感じ、勢いに任せて扉を閉めました。
バタンッ……キィィィィ……。
どうやら、自動ドアだったようです。
家族のみんなごめんなさい。
心の中で疑ったことを謝り、お詫びの印に立て付けの悪い扉を『修理』しておきました。
倉庫は三畳程の広さがありました。
しかし、貧乏な我が家にそのスペースが埋まるほどの道具はありません。
雑に置かれた農機具を跨ぎ、何も置かれていない奥の方に入り口を作ることにしました。
早速『掘削』で掘り始めようとしましたが、ここは地盤の固い山ではありません。
もしかしたら誰かが上に乗っただけで崩れる可能性もあります。
掘りながら崩落しないように壁の強化をしなくてはなりません。
どんな方法があるか考えたら、トンネルを掘りながら周囲にコンクリートの壁を取り付けていくシールド工法が思い浮かびました。
土建屋の面目躍如といったところでしょうか。
思いついたら即実行です。
『掘削』で穴を掘り、錬金魔法で土壁を石に変えていきます。
地下十数メートルまで掘り終わると、その階段はまるで岩をくりぬいて作ったようでした。
その後も、同じ要領で部屋をいくつか作っていきます。
まずは玄関です。
脱ぐ靴はありませんが、素足なので、足を洗う水場を作ります。
これで、部屋の中が汚れる心配はありません。
潔癖な日本人の性でしょうか、土足で家の中に上がりこむのは許せません。
次はダイニングキッチンです。
少しくつろげるスペースと、その奥に簡単に煮炊きできる台所を作ります。
水道やコンロが欲しいですが、魔道具を作るまではとりあえず人力です。
それと換気用の空気穴を数箇所は必要ですね。
何処にしましょう。
壁の向こうに通した方が匂いでばれる可能性はへりますね。
地上の穴は雨水が入ってこないようにしなければいけません。
そうなると通風孔は高いところに無いといけません。
先ほどは壁には手をつけないと決めましたが、前言撤回です。
分厚い壁に小さな穴が数個開いたところで問題ないですよね。
……たぶん。
通風孔は壁の向こう側五メートルほどのところにあけることにしました。
それでは続きです。
ダイニングキッチンにはさらに三つの部屋に繋がる扉を作ります。
一つは道具や物を作る作業場です。
実際は魔法で何でも出来てしまうので、多少のスペースだけあれば良いのですが、簡単な作業であれば自分の手で行う予定なのでこれは譲れません。
もう一つは寝室兼貯蔵庫です。
当然夜は、あばら家で寝るため寝室は必要無く、貯蔵庫についても、アイテムボックスがありますし、地下が見つかった時のことを考えて物を置く予定はありません。
気分です気分。
そして、最後の一つ。
これが一番重要な施設です。
扉を抜けるとちょっとした棚が置いてある狭いスペースがあり、さらに奥へと続く扉が現れます。
さらにその扉を開けると、棚のあったスペースの倍くらいの広さがある部屋があります。
扉から一段下がったスペースの足元には小さな椅子と桶があり、その先には大人が二人足を延ばせそうな広さの窪みがあります。
そう、目の前に在るのは、風呂です。
日本人なら風呂は譲れません。
元から長湯をするタイプの人間ではありませんが、毎日井戸から汲んできた冷たい水で体を拭くだけの生活には耐えられないんです。
本当を言えば、もっと深くまで穴を掘って、温泉を引きたかったのですが、地下という立地ゆえ、排水の問題でできませんでした。
入浴剤を作る必要がありそうですね。
野望が増えていく一方です。
早速、水魔法と火魔法を組み合わせて湯船にお湯を張り、熱めのお湯につかりました。
入浴前に古くなった麻の布で体を擦り、綺麗にしてから浸かったつもりでしたが、年季の入った垢は落としきれていなかったようで、湯船はすぐに濁ってしまいました。
これは、早急に石鹸を作らなければいけません。
諦めて湯船の中で全身を擦り、お湯に浸かって緩んだ垢をはがしました。
茶色く濁ったお湯を排水し、再びお湯を張りなおします。
排水は、深めに掘った穴に流し込み、自然に吸収するのを待つだけの簡単なものになりました。
いやー、気持ちよかったです。
毎日お風呂に入れるということが、これほどまで贅沢なことだとは思ってもみませんでした。
しかし、お風呂にもシャワーが使えるような魔道具が欲しいですね。
お風呂から上がると、先程脱いだ汚い服を手にします。
本当は選択をしてから着なおしたかったのですが、洗濯をするのは母か姉なので、ここで洗っては不信感を煽ってしまいそうです。
少し逡巡して諦めました。
思いのほか長湯してしまったようで、気がついたら、家に家族が集まっていました。
他にもやりたいことはありますが、今日はここまでのようです。
風魔法でしっかりと頭を乾かし、石造りの階段を登っていきます。
外に出るとすでに太陽は沈んで、辺りは真っ暗でした。
これは、大変です。
きっと姉はぷんぷんです。
なんて言い訳しましょう。
この前の首の無いウサギでなんとか水に流していただけないでしょうか。
……風呂だけに。
テストの前日や大切な仕事の前日は身が入らず、かと言って寝付けず、なぜか掃除や洗濯を始めてしまったりして、当日寝不足なんてことも。
まさか、話が煮詰まらなくてそんなことになるなんて思ってもみませんでした。