第33話 その名は…
困りました。
買い物用に渡されたお金を紛失し、その損失を補填するために稼いだお金をさらに使い込んでしまいました。
今生が始まってから初めての買い物でテンションが上がってしまい、さらに思いがけない大金を得たことで有頂天になってしまっていたのかもしれません。
自分のポッケに入りきらないお金は身を滅ぼす、ですか。
確かにその通りなのかも知れません。
反省です。
とりあえず買いすぎた物を売り払えば何とかなるのではないでしょうか。
今日手に入れたものですか。
まずは食料。
そして食料。
さらに食料。
次いで短剣。
最後に謎の鉱石です。
食料多すぎですね。
まあ、金額的には大半が食料というか香辛料なのですが。
もちろん手放す気はありませんよ。
当然後悔もしていません。
豊かな生活の第一歩は食事からですよ。
QOLの充実は人生の課題ですよね。
それはさておき、まずは金策です。
香辛料を少し手放せば簡単に十分なお金を手に入れることは出来るのでしょう。
しかし自分が望んで入れたものを手放すというのは、何か負けた気がします。
ここはまた岩塩でも売りますか。
岩塩でしたら需要があるので簡単に売れますし、何より元手が只で売却額=利益という等式が成立するのが素敵です。
さてさてもう一回塩を商う商人を探しましょうか。
『ガーンゴーン』
そんなことを考えていると、鈍い鐘の音が聞こえました。
職人達の休刻の鐘……もうそんな時間ですか。
この都市では1日に鐘が5回鳴ります。
初めは朝一番人々が起きはじめるころに、それからは個人的な間隔ですが概ね3時間ごとに鐘が鳴り、最後は日が暮れる頃に一日の仕事の終わりを告げる鐘が鳴ります。
これは起床時間から終業時間までを伝えるもので、人々はこの鐘に従って生活リズムを刻んでいます。
そして職人達の休刻はだいたい午後の3時くらいでしょうか。
職人達が手を休めて一息つく時間、つまり3時のおやつの時間ですね。
まあ職人達は水で薄めた果実で喉を潤す程度で、おやつを食べるのなんて貴族と呼ばれる方々だけのようですが。
思いのほか時間が経っていました。
早く用事を済まさなくては、次の鐘が鳴ると商人も農民も仕事を切り上げ夜の時間が始まってしまいます。
四層外門も次の鐘が鳴ってしばらくすると閉門してしまうので、流入する人の数も段々増えてきている気がします。
今も外門を抜けていくつかのグループが入ってきました。
どのグループも後ろにリヤカーを引き、中には獣や魔獣の死体が積み上げられています。
中でも大量の成果で山積みのリヤカーの前を歩いているグループは周囲から畏怖や尊敬の眼差しを向けられています。
防具は所々に血の染みが付いていましたが、少しも痛んだところは無さそうです。
おそらく返り血を浴びたのでしょう。
外見が血や埃で汚れていてもその顔には生気が宿り、彼も彼に続く仲間達の顔も活き活きとしていました。
アレは仕事がうまくいった人間の顔です。
そんな集団の中にあって一際目立つのが先頭を切って歩く一際大きな大男でした。
その他大勢も金属製の重そうな全身鎧を着ている性別不明のものや、マントにフードを被って前世でしたら変質者扱いでお巡りさんに職務質問を受けそうな優男、とんがり帽子のお姉さんとまるでちんどんやのような個性豊かな服装をした集団の中にいても目立つ大男が目から離せませんでした。
他の者よりも頭三つ以上大きな体を揺らして歩く大男は身の丈よりも長い大槍を背負い、頭には何かの革でしょうか、少し汚れて黒ずんでいますが白い頭巾を被っています。
白地のシャツの上に黒い胴丸のような皮鎧、鈍色の籠手を装着して、下はやはり白いダボッとしてゆとりのあるニッカポッカのようなズボンを穿いています。
……弁慶だ。
思わず独り言を呟いてしまうほど、その佇まいは武蔵坊弁慶でした。
しかし惜しいです。
何故に編み上げのブーツなのですか。
百歩譲って薙刀ではなく槍なのには目を瞑りましょう。
しかし、そのブーツはいただけません。
弁慶を目指すのでしたら、弁慶らしく草鞋を履きなさい。
丁度良い物が手元にあります。
どう見ても力で押すタイプですし、鈍重そうです。
それなら尚更この草鞋がキラリと光ると思うのです。
これさえ履けば鈍重なあなたでも橋の上で華麗に舞う牛若丸に翻弄されることも無くなるかもしれません。
もし牛若丸に弁慶が服従しなかったらどうなるのでしょうか。
そんな想像をするとなんだかワクワクしてきますよね。
まあ、あくまでも個人的な妄想の話で弁慶に草鞋を履かせて完成させたいという自己満足でしかないのですが。
それでも居ても立っても居られず気がついたらふらりと彼らの前に歩み出ていました。
「ご老人、我らに何か用でござろうか」
得物を見せびらかせて意気揚々と凱旋していた弁慶さんでしたが、突然飛び出てきた老人に水をさされる形になってあきらかにムッとした表情でこちらを睨みつけていました。
これはいけません。
思わず動いてしまいましたが、まずは頭を下げ謝罪をして機嫌を直していただくしかありません。
「失礼いたしました。私はニールと申します」
「で、拙者たちに何か用でござろうか」
「えぇもちろんです。その出立ち、その貫禄、何より後ろに積み上げられた得物の山。さぞかし高名な武芸者の方なのだとお見受けします。となれば一商人としましてはそんな方々と縁を結びたく思うのもまた当然といえましょう」
昔見た時代劇を思い出すのです。
さあひょうきんな商人を演出しさり気なく彼らの自尊心をくすぐり、そして懐に潜り込むのです。
「なるほど。お主の言いたいことはわかった。されど、それと我らの道を塞ぐことは話しが別でござる。当然拙者らが納得できる理由があるのでござろうな?」
「当然ですとも。私これでも商人です。商人たる者無駄なことはしません」
「ほう。それで拙者らに用とは何でござろう」
「当然皆様と顔つなぎをしておきたいのは山々なのですが、今回ご用事がありますのはあなた様です」
「……拙者に、でござるか?」
「えぇ、そうでございます。……あなた様にえーと……」
困りました。
このベンケイさん名前はなんと言うのでしょう。
交渉相手の名前がわからないというのは困りものです。
こんな時は刺交換という風習が無いことが悔やまれます。
「拙者はゲーベン・ケイオスでござる」
腕を組んだベンケイさんが胸を張って名乗りを上げました。
こちらの考えを察したのか自分から名乗ってくれましたが、やっぱり弁慶じゃないですか。
「失礼しました。ベンケイ様に是非とも見ていただきたいものがありまして」
「……ベンケイとは拙者のことか?」
「そうでございますが何か?」
「拙者の名はゲーベン・ケイオスでござる。人をそんな珍妙な呼び方はやめるでござる」
「それは失礼しました。ベンケイ様」
「……おぬし馬鹿にしておるのか?」
「いえいえ滅相もございません」
「いいじゃないのさ。……ベンケイ……プッ」
ベンケイさんの右後ろを歩いていた女性が前に出てきました。
ベンケイさんの腕に左手を当てて諌めましたが、俯き反対の手で口元を覆っていては説得力がありません。
お姉さん援護射撃になっていませんよ?
「……おぬし今笑ったじゃろ」
「そんなこと無いさベンケイ。むしろケイオスなんてすかした名前よりもしっくりくるじゃないのさ」
ベンケイさんに眼が行って先ほどは気がつきませんでしたが、うなじ辺りで切りそろえられた短めの白髪に赤い瞳というおめでたい組み合わせが特徴的なきつめの美人さんがそこにいました。
美人さんは褐色の肌をピチッとしたシャツとスパッツで覆い、胸、腕、下腹部、脛だけを革の防具で覆った動きやすさを重視した装いでした。
しかし胸当てで強引に押し込められている天然の装甲がその動きを阻害してしまいそうな気がします。
「そんで、爺さんはウチのベンケイに何のようなんだい?」
「いや、だから、ベンケイではござらんくて、拙者にはゲーベン・ケイオスという立派な名前が……」
「いいじゃないのさ。それにベンケイの方が男らしそうじゃないのさ」
「……そうでござろうか。いやしかし、拙者には……」
「なぁミアもそう思うだろ?」
美人さんが向けた視線の先にはベンケイさんの影になっていて気がつきませんでしたが、淡い緑色の外套を着た小さな女の子がいました。
少女は小首を傾げていましたが、少ししてコクンと頷きました。
「ミア殿も言ってやってくだされ、拙者にはゲーベン「……いい」」
「…………ミア殿?」
「な?ミアもそう思うだろ?この面のどこにケイオスなんて要素があんのさ。あんたにはベンケイのがあってるよ」
「失礼でござるな。この名は拙者の父上がならず者どもに襲われ命を落としそうになった時にどこからともなく現れ救ってくれた恩人の名を頂いた物でそれはそれは由緒ある……」
「……ベンケイ、かっこいい」
「「え?」」
鈴を転がすよう少女の声が聞こえました。
その澄んだ声は呟きのような小声ではありましたが、十分に皆の耳に届き一瞬時が止まりました。
ミアさんの言葉に二人とも困惑しているようですが、ベンケイはカッコイイですよね?
「ベンケイ、かっこいい、と思う」
自分の言葉が聞こえなかったと思ったのでしょうか、頬を赤く染めたミアが重ねて言いました。
若干意表を突かれた感の美人さんでしたが、すこし間をおくと我が意を得たりと悪そうな笑顔をうかべてベンケイさんの背中をバシバシと叩きました。
からかいすぎておもち・・・もといベンケイさんが怒り出してしまうのではないかとややハラハラしましたが、とうのベンケイさんの方は渋面で何かをぶつぶつと呟いているだけでした。
風はこちらに向いているような気がします。
しかし、これでそっぽを向かれてしまっては当初の目的を果たせなくなってしまいます。
「お気に召しませんでしたでしょうか?私の故郷では剛の者の事を弁慶と呼ぶこともありますのでケイオス様に丁度良いと思ったのですが、失礼いたしました。それではケイオス様」
「……いいでござる」
ベンケイさんは口の中でもごもごと何かを言っていましたが、不明瞭すぎて聞き取ることが出来ませんでした。
「何か申されましたか?」
「……ベンケイでもよいでござる」
「いえしかし、ケイオス様の気に障ってはいけません」
「ベンケイがよいといっているのでござる」
ついに本人がベンケイを認めました。
本人公認です。
これで草鞋を履かせたら、そこはかとなく武蔵坊弁慶の完成です。
「それで、見せたい物とは何でござろうか」
よしきた!そんな心の叫びを内に押し込めて冷静な対応を心がけます。
「これなのですが」
「……なんだい、これ?」
食いついたのは美人さんのほうでした。
「これは草鞋と言いまして、植物の茎を乾かして編み上げた物を使った履物です」
「そんなのは見ればわかるわ。王都ではあまり見ないけど、村なんかに行けば履いている人もいるもの」
あーやっぱり農家さんは草鞋をはいているのですね。
そんなことを考えていると、美人さんに手の中から草鞋を奪われてしまいました。
美人さんはひったくった草鞋をしげしげと眺め、そしてひらひらと振り回しながらこちらに問いかけてきました。
「そんなことじゃなくて、私が聴きたいのは何でそんな村人が履くような物を冒険者であるケイ……ベンケイに進めているのかってことなのよね」
美人さんの口調は柔らかですが、その瞳からは剣呑な色が見て取れます。
これは冗談でもただ履かせてみたいだけとは言えなくなってしまいました。
「も、もちろん只の草鞋ではございません。私が見るに、ベンケイ様は力で押すタイプの戦いを好まれるのではないでしょうか」
「えぇそうね。見たままの力馬鹿ね」
「ちょっ、力馬鹿とはいいすぎではなかろうか。拙者の槍捌きは蝶のよう」
「しかしその力を発揮するのに恵まれた体躯は、逆に重くなりスピードを殺してしまう」
「そうね。いつもケイ……ベンケイの鈍足のおかげで二~三匹は逃しているわね」
「流石にいつもではないでござる。今日はたまたまなので」
「でもそれがケイ……ベンケイに草鞋を進めるのと何か関係が在るのかしら?」
「……ルゥ、呼びにくいのなら無理してベンケイと呼ぶ必要も無いではなか」
「もちろん関係あります。こちらの草鞋、見た目は只の草鞋ですが、韋駄天の草鞋と申しまして履いている人の足の速さを格段に上げる効果が在るのです」
「……それはスキル持ちということかしら?」
「その通りでございます。よろしければお試しになられますか?」
「そうね。ケイ……ベンケイ試してみなさいよ」
美人さんがベンケイさんに韋駄天の草鞋を差し出しましたが、とうのベンケイさんは何故かいじけて地面にのの字を書いていました。
一体どうしたのでしょうか?
「……どうせ拙者なんかいない方がいいのでござる」
どうでもよいのですが、大男がいじけている姿というのは可愛くともなんともありませんね。
「これは快適でござるな~。まるで自分の体では無いようでござる~」
韋駄天の草鞋を履いたベンケイさんは子供のようにはしゃぎ、往来を縦横無尽に駆け回っていました。
美人さんはやや呆れて、ミアさんは少し羨ましそうに眺め、その他大勢ははやし立ててバク転や側転、匍匐前進をさせていました。
それは韋駄天と関係在るのかわかりませんが、身軽に成ったおかげか難なくこなせていて本人も喜んでいるようなので良しとしましょう。
それはそうと、ミアさんそんなに羨ましそうに見てもあなたの足には大きすぎて履けないと思いますよ?
「どうでしょう、気に入っていただけたでしょうか?」
「ふむ、まあまあでござるな」
あれだけはしゃいでおいて『まあまあ』とは。
照れ隠しなのだとは思いますが、本当に『まあまあ』なのだとしたらベンケイさんにこれ以上の興奮を与えたらどうなってしまうのでしょうか。
気になりますね。
「ご老人。拙者にはこんな効果は必要無いのではござるが、この履き心地が気に入ったでござる。これはいかほどで譲っていただけるのでござろうか?」
ご老人。
先ほども言われていましたが、聞き捨てなりません。
自分はまだまだ若いつもりですが、そんなに老けているのでしょうか。
ちょっとショックです。
いえいえ、今はそんなことで悩んでいる場合ではありません。
値段ですか。
目的はベンケイに草鞋を履かせる事で、草鞋を売ることにあらず。
その達成感はぷらいすれす。
ごめんなさい、正直考えていませんでした。
値段、値段、値段……正直わかりませんね。
スキル付きの道具が高価なのはわかりますが、所詮は草鞋です。
ベンケイさんのような大男が履いて走り回ったらすぐにダメになってしまうでしょう。
ほぼ使い捨てのような道具に高い値段設定をするのもどうかと思いますし、どうせ銅貨五枚で手に入れたものです。
ここはスキルを加味しても倍額の大銅貨一枚でも貰えたら十分ではないでしょうか。
いやいや、しかしそんな弱気では商人は名乗れません。
強気で行きましょう。
ベンケイの目を見ながら右手の人差し指と中指を立てて大銅貨二枚を示しました。
「むぅ、それは少し高すぎではござらんか?」
ベンケイさんは難色を示しました。
やはり草鞋に大銅貨二枚は吹っかけすぎだったかもしれません。
何も言わずに中指を折りたたむことにします。
これでダメなら買った値段の銅貨五枚で引き取っていただきましょう。
流石にブーツを履き続けていたベンケイさんが使用した草鞋を履く気にはなれません。
主に水虫的な意味で。
「……それでいいでござる」
失礼なことを考えていると、少し考えてから頷いたベンケイさんが手に一枚の硬貨を押し付けました。
予想よりも若干重たい手応えに恐る恐る手を見ると大銀貨が一枚乗っていました。
……あれ?
「どうかしたでござるか?」
キョトンとしていると、ベンケイさんが訝しげにこちらを見ていました。
傍から見ればそれはまさにはとが豆鉄砲を喰らったようなと評されてもおかしくは無い表情だったのではないでしょうか。
「……何でもありません。お買い上げありがとうございます」
「拙者の方こそなかなか良い買い物をさせてもらったでござる」
「いえいえ、こちらこそ。また何かありましたらよろしくお願いいたします」
「うむ。ではでござる」
何とか返事をすることが出来ましたが、それだけです。
ベンケイさんは意気揚々と先頭を歩き、美人さんは軽く手を振って、ミアさんは軽く頭を下げて通り過ぎていきました。
物を買ってそれを売る。
ただそれだけ。
赤字にならないよう計算さえ出来たらなんとなくで商人なんて出来る物だと思い込んでいました。
それで今回はプラスに出ましたが、逆だとしたら完全なる大赤字でした。
すこし思い通りに売り買いが出来たことで調子に乗っていたようです。
この世界に生を受けてまだ数年。
精神、記憶は引き継いでいても自分はまだまだ物も道理も知らない世間知らずの子供であるということを痛く理解させられました。
やったー。予想外の儲けが出て得した。
そんな気分にはなれるわけもなく、気が付けば周囲は帰宅や宿に向う人で溢れていました。
その後、物影に隠れて姿を戻しました。
デフォルメされた執事さんの地図のおかげでワイナリーには問題なくたどりつき、用事を済ませ雑貨屋に向いました。
帰りに雑貨屋によって頼まれていた羽ペンとインクを購入しました。
やや大きめな羽ペンは鳥の羽の根元を少し加工しただけのものなのに銀貨四枚もしました。
自分でも作れてしまいそうなそのクオリティは工賃、手間賃がそんなにかかっているとはお世辞にも思えません。
この羽はそんなに良いか貴重な素材なのでしょうか。
マジマジとその羽ペンを眺めていると、なにやら引っかかる物がありました。
解析をしてみると、
羽ペン
ボスケバードの羽を利用したペン。
風切り羽を痛めることなくボスケバードを捕らえることは難しく、貴重な一品。
その大きさからインクのもちがよく、また長時間の使用に耐えられる強度とそれに反して優しい使用感で腕への負担を減らす効果も期待できる。
物書きや商人にとって垂涎の品であり、一度使用した者の心を掴んで放さない。
これはアイテムボックスの中に死蔵している在庫を使えば自作できたのではないでしょうか。
それにしても、卵にしか価値がないと思っていたボスケバードにこんな価値があるとは思いませんでした。
まったくもうですね。
なんだかいろいろ思い知らされてしまいました。
はぁ。
自分の浅薄さに溜息しか出ませんね。
何はともあれ用事は全て終わりです。
なんとなく足が重くなった気がしますが、きっと疲れたせいだと思います。
さあ、屋敷へ帰りましょう。
屋敷に着いたのは日が沈み始めた黄昏時でした。
沈みかけた夕日に照らされて赤く染まった二人の門番の男が階段に座って話をしています。
話しの邪魔にならないように近づくと、一人の男がこちらに気が付きました。
「よう、ガキンチョ今帰りか?」
「はい、今戻りました」
「いつまでも帰ってこねえから探しに行こうかって話してたんだぜ。お前らがいなくなるとこっちの商売も上がったりだからな」
「すみませんでした」
にやにやと笑いながら話す男に素直に頭を下げて謝りました。
冗談だったのでしょうか、素直に謝るとばつが悪くなったのか男はそっぽを向いてしまいました。
「ま、まぁいいけどよ。しかし、あれだ。今くらい薄暗くなるとお前さんみたいなガキンチョを狙う人攫いがいるからなこれからは気をつけな。リストさんも心配してたぜ。早く顔を見せてきな」
そっぽを向く男の表情は見えませんでしたが、ぶっきらぼうな言葉の端々からは優しさが滲み出ていました。
「ありがとうございます。今度からは気をつけます」
「おぅ。わかりゃぁいいんだ」
もう一度頭をさげて門扉を潜り抜けました。
「お帰りなさいませ、ニールさん」
「……ただいま戻りました」
門をくぐりホールに抜けると、そこにリストさんが立っていました。
驚きながらも返事を返すことが出来ました。
「少し遅いお帰りでしたね。どうかなさいましたか?」
「すみません。少し迷ってしまいました」
「そうですか。やはりあの地図ではわかり難かったですね」
「いやいや、あの地図がわかり難かったなんて言ったら、世の中にあるほとんどの地図がわかり難いことになってしまいますよ」
「いえいえ、そんな大層な物ではありませんが、そうですか。ありがとうございいます」
やはりあのデフォルメされた絵には秘かに自信があったのでしょうか、リストは地図を賞賛するとニッコリと笑いました。
「しかし、そうしますと何か別の理由がおありのようですが」
「すみません。初めてこんなにも大きな町を歩いた物ですからいろいろ知らないものを見て歩いていたら少し迷ってしまいました」
「……そうですね。ニールさんは同年代の皆さんよりもずいぶん聡いものですからついそのことを失念していました。申し訳ありません。それでは、頼んでいたものの方は」
「それは大丈夫です」
リストが申し訳なさそうな表情を見せ深々と頭を下げるので、話の腰を折る様になってしまいましたが、安心させるためにも今日の目的は達成していることを見せることにしました。
「……それは?」
買ってきた羽ペンやインクが入っている袋をを見せると何故かリストさんは戸惑っています。
あれ?
まさか自分が注文した物を忘れるわけ無いですし……何か失敗したのでしょうか。
「あの、それは?」
「頼まれていた商品で間違えないと思うのですが」
「……拝見させていただいても?」
「ええ、もちろん」
袋を受け取ったリストは慎重に袋の中から商品を取り出しました。
商品を手に取り検分するリストの顔は険しいものでした。
「あの……何か間違えたでしょうか?」
「い、いえ、そんなことはありませんよ。お願いしていた物で間違えありません」
どうやら買い間違えたわけではないようです。
しかし、商品の検分を終えたリストさんはなにやら深刻そうな表情でこちらを見ていました。
どうしてでしょう、何かが引っかかります。
………………あ。
そうです。
お釣りがありません。
どうして初めに渡されたお金が丁度だったのだと思い込んでいたのでしょうか。
不足が無いように多く持たせるのが普通でなのではないでしょうか。
困りました。
せめて最初にいくらあったのかだけでも確認しておけばこんなことにはならなかったのですが。
いえ、今更こんなことを考えても仕方ありません。
ここは大人しく謝るしかありません。
「ごめんなさい。途中でお預かりした財布を落としてしまい、あとこれだけしか残っていません」
せめて誠意を見せなければと思い、頭を下げてポケットの中にあった残りの硬貨を両手に乗せて差し出しました。
叱られることを覚悟していたのですが、一向にリストさんの声が聞こえません。
恐る恐る顔を上げてリストさんを盗み見ると、何故か口をパクパクさせていました。
もしかしたら声が出ないくらいに怒っているのかもしれません。
沙汰が言い渡されるまで大人しく待っていたのですが、リストさんは何故か何も言わずに立ち去ってしまいました。
何かをぶつぶつと呟いていましたが、この瞳にはこちらは写っていないようでした。
あれ?
せめて何か言ってください。
なにやら今日のリストは少しおかしい気がします。
それにしてもこれからどうしたらよいのでしょうか?
その後、特に何かをするということも無く部屋に戻ることにしました。
部屋に戻るとウィムに優しく迎え入れられましたが、どうしてかエルンは終始不機嫌でした。
夕食の準備をしている時もいつもなら興味深々でこちらを覗っているのに、そんな気配すらありません。
夕飯はいつも通りに食べていましたが、デザートに出した今日手に入れたばかりのバニラとミルクを使ったアイスにも興味を示しませんでした。
おかしいです。
エルンが食に興味を示さないなんて何かあったに違いありません。
ウィムに聞いてみても微笑むだけで何も教えてくれませんでした。
一体どうしたというのでしょうか。
あまり口に出していえないことなのでしょうか。
もしかしたらはじめて頂いた仕事で失敗をしてしまったのかもしれませんね。
いや待ってください。
そういえば、昔嫁さんがあんな感じで不機嫌だったことがあった気がします。
あれは確か…………女性の日?
もしかしたらエルンも……。
いけません。
これではただの下種の勘繰りです。
必要の無いことだから話さないのでしょう。
もし必要なことでしたらきっと話してくれるはずです。
それまで待つことにしましょう。
今日は疲れました。
おやすみなさい。
…………ハッ!!
とんでもないことに気が付いてしまいました。
あんなに大量買いしなくても香辛料って成長促進魔法で増やせたのではないでしょうか。
結局その日は物凄く有名かつ恐ろしいお化けが出てくる悪夢にうなされ続けることになりました。




