第33.5話 振り回す者と振り回される者
コンコン
私は逸る気持ちを抑えて一息ついてから主のいる部屋の扉をノックしました。
「開いているよ」
「失礼します」
許可を得て扉を開けると、膨大な書類の壁に囲まれている主がいました。
一つの書類に対して数秒で目を通し要不要の判断をつけ採決の印を押していく姿は、流石我が主と言いざるをえませんが、何故そんなに仕事ができる男がこんな書類の壁に囲まれているかといえば、我が主にはサボり癖があるからにほかなりません。
溜まる前にこなしてしまえば良い物を、急ぎの書類以外は放置し溜まるまではやる気を見せず趣味や新しい仕事の構想に当ててしまうのです。
それでも仕事を翌日に持ち越すことを是としないお方ですので、寝る前には一日の仕事をきっちり片付けてから眠りに付けられるのですが、その理由が「今日できる仕事を翌日に残していると気持ちよく寝られない」とのことです。
こちらとしてはあまり多くを言うことは憚られるのですが、それでもできる能力が有るのですからさっさと仕事をこなしてしまえばよいのにと思うことはやめられません。
「こんな時間にどうしたんだい?」
おっと、いつもと変わらぬ姿に少し考え込んでしまっていたようです。
今はそれどころではありませんでした。
「……ウザーレ様はニールさんのことを知っていたのですか」
「もちろん知っているとも。なになに?リストは毎日教えている生徒の名前も知らなかったのかい?リストともあろうものが可哀想に。まだまだもうろくする歳でもないでしょうにね。あっそれとも、もしかしてリストの皮を被った別物かい?なんだかそれはそれで面白いからありだね。ねぇねぇどっち?」
「……めんどくせぇ」
「えっ?なになに、聞こえなかった。もう一回言って」
おっと、ついつい言葉遣いが乱れてしまいました。
服装の乱れは生活の乱れ、言葉の乱れは心の乱れです。
ふー。
一息ついて心を落ち着けましょう。
我が主ながら面倒くさいですが、ウザーレ様は普段は猫を被っているだけで基本は面倒くさがりで口が悪いです。
他人の前では好青年ぶってお利口そうに見せていますが腹の底は真っ黒でおそらく腐っているのではないかというのが長年そばに仕えてきた私の見解です。
ただ残念ながらものの本質を見る目は確かで、人としてはどうかと思う部分もありますが利に聡い商人としては一流だとしか言いようがありません。
そんな主ですが、こんなに露骨に何かをはぐらかすように面倒くさく絡むことはなかなかありません。
身近な者にしか見せることの無いこの悪癖は先代がいなくなってからは私くらいにしか見せることはなくなりましたが、悪戯小僧のような清々しい位にいやらしい笑顔を浮かべ面倒くさい位にからむ時は隠すつもりが無いが教えるつもりも無い時だということは長年の経験則で理解しています。
こんな時はこちらからオープンクエスチョンを投げかけてもまともな答えが返ってくることは無いので、クローズドクエスチョンで聞きだしていくしかありません。
「ウザーレ様は初めて会った時からニールさんのことを特別扱いしておりました。男部屋に空きがあるにもかかわらずわざわざウィム様と同じ部屋にしたり、私に預けて教養を学ばせたりしました。弓が得意だと自称するただの子供にそんな特別扱いをするはずがありません。ウザーレ様はニール様の特殊性を初めから理解しておられたのではないのですか?」
「そんなことあったかな?まあでもほら、女豹の住む部屋に叩き込まれた少年がどうなるのかなんとなく気になるじゃない?そんな感じだよ。ボクならまず間違えなく男豹になっちゃう自信があるけどね」
「下衆な発言は慎んでください。品性を疑われます」
「なんだよケチ。二人しかいないんだからいいじゃないか」
「それとも、エルン殿がいる前で同じ事を口に出来る自信がおありですか?」
「はっはっはー。面白いことを言うじゃないか。こう見えてボクは武芸一般からっきしだよ?魔法の才能もからっきしだし、世界がひっくり返ったって勝てるわけ無いじゃないか」
「その自覚が在るのでしたら不穏な発言は控えていただきたいものです」
「ぶーぶー。だからリストはボックスヘッドなんて呼ばれるんだよ、この石頭」
「だ、誰がボックスヘッドですか!!……ごほん。今はそんなことは置いておいてですね」
「誤魔化した(ボソッ)」
「なにか?」
「何でもないよ」
「それで、どうなのですか?」
「どうもこうもないけどね。でもリストがそう思うのならそうなのかもしれないね」
「まぁ、そうでしょうね。そういうと思っていました。そこで今日はニールさんにちょっとしたお使いを頼みました」
「あー、そういえばそんなこと言っていたね。で?只のお使いじゃなかったんでしょ?」
「……えぇ」
ウザーレ様はニヤニヤしてこちらを眺めていました。
あの笑いはいつまでたっても癪に障ります。
いったいいつあんな人の気持ちを逆なでする笑いというものを身につけたのでしょうか。
「なにか?」
「ううん。なんでもない。で、なにしたの?」
「まず、必要な金額よりも少ない額を渡してお使いにだしました。用心深い者なら難癖をつけられないように中身を確認する物ですが、ニールさんは渡された金額を確認することも無く出て行ってしまいました。親に売られて人間不信になっていてもおかしくは無い状況でも他人を無条件で信用できるというのが只のお人よしなのか馬鹿なのか、はたまた器が大きいのか、私には判断出来ませんが、少なくとも私に対する警戒心は一切感じられませんでした」
「それでそれで?まずってことは、次もあるんでしょ?」
「……はい。」
「で?」
ニヤニヤしやがって、腹立つな……おっと冷静に冷静に。
「スリを仕掛けました」
「うっわー、エグイ事するね。だからむっつり腹黒なんて言われるんだよ」
あなただけには言われたくありません!
そう叫んでしまいそうになりましたが、何とか堪えることに成功しました。
はい吸ってー吐いてー。
気持ちを落ち着けて、リラックスリラックス。
「……誰がそんなことを言っているんですか?」
「おもにボク?」
あんたか!!
「何とでもおっしゃってください」
「まぁそんなにいじけなくてもいいじゃない」
「いじけてなんていません」
「まぁ、そんなことはどうでもいいんだけど、話が脱線してるよ。でどうなったの?」
「どの口でそんなことを言いますか」
「この口?」
ニッコリと微笑んだ我が主は小首を傾げて己の唇を指差しました。
「バッ……はぁー。スリは成功、ニールさんは無一文で町の中を歩いていました」
おっさんが小首をかしげる姿を見て誰が喜ぶんですか、気持ち悪い。
「うっわー、カワイソー。鬼ー。人でなしー。仕方が無いなー。明日悪いのはこの悪人面したリストですーって言って慰めてこようかなー」
「その必要はありません」
「えー、なんでー?」
「お使いは無事に達成されました」
嬉しそうに悪そうな笑顔を浮かべるアホ主の目の前にニールさんの持ち帰ってきた袋を置きました。
アホ主は袋の中身を確かめることもせずキョトンとしていました。
「ご覧の通り、ニールさんは無一文でお使いを達成して帰ってきました。しかも、「財布を落としてしまい、これだけしか残っていません」と言って渡した額の倍近くのお金を持って帰って来たんですよ? 」
「へー、それはすごいね」
「それだけですか?おかしいと思わないんですか?どうやったら無一文の子供がたった一日で十枚も銀貨を稼ぐって言うんですか。しかも彼は町の外に出ることはできず得意の狩りも出来ない状態です。何を元手にしてどれだけのお金を稼いだというんですか。商人は信用すらもお金に変えるとはいいますが、元手も無しに商いが出来る商人なんてありえません」
「じゃあ、商人じゃないんじゃないかな」
「ッ・・・・・・」
アホ主は、何の疑いも無く静かにこの話しを聞いていました。
ふー。
柄にも無く熱くなってしまいました。
目の前のアホ主の落ち着きを見ると、自分だけ熱くなっている状況が滑稽に思えてきました。
そうです、彼は商人ではないのです。
だからと言って、彼が稼いだ謎については何もわからないのですが、おそらく目の前のこの男だけは何かを知っているのでしょう。
商人としても人としてもこの男にはかなわないと思い知らされてしまいます。
あー。
悔しいなー。
きっとこの男の口からは答えを聞き出す事はかなわないのでしょう。
それでも、聞かずにはいられません
「では、何者なのでしょう」
「さぁ。なんなんだろうね」
そう言って私の主は優しくしかし憂いを帯びた目で微笑みました。
「……まったく、あなたと言う人は」
「あ、怒った?」
「怒ってなんていませんよ」
「怒ったー」
「怒っていません」
「もう、そんなんだから老けるんだよー」
「あなたが変わらなさ過ぎるだけです」
「たまに親子と間違えられるとか笑うしかないよね。もう同い年なのに一人だけそんなに老け込んじゃってー」
「誰のせいだと思っているんですか」
「誰だろね?」
「貴方です!!」
幼馴染のこの男と長年そばにいるといろいろなことを思い知らされて嫌になることも多々あります。
才能とか器とか歳とか歳とか。
それでも私がこの男から離れられないのは、きっとこんなくだらない日常が愛おしく思えるからかもしれません。




