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第31話 買い物

 

 大通りを四層に向って歩きます。

 高さ十メートルもある門がまだまだ小さく見える大通りの両脇には切れ間無く店舗が並んでいました。

 八百屋、肉屋、魚屋、服屋、薬屋、武器屋、防具屋、宿屋、酒場、本屋、雑貨屋。

 いろんな店が並び、活気に満ちています。

 それでは懐も暖かくなりましたし、買い物を始めましょう。


 まずは食材から行きましょう。

 一番近いところにあったのは肉屋だったのですが、日中に保冷設備も無い中で直射日光と虫に曝されている物を買う勇気はありませんでした。

 もしかして普段から食べている肉も……これ以上考えるのは止めておきましょう。

 肉屋のラインナップといえば、兎や羊、鳥をメインに他は蛇や蜥蜴の肉なんていう物もありましたが、一番高価なのはオーク肉でした。

 見た目はおいておいて、その入手の難易度と柔らかい肉質で他の肉の倍以上の値段になるようです。

 

 次に魚屋ですが、やはり海から遠いようで淡水魚と思われる地味な色合いの魚や鯰のような奇妙な形の物が多いようです。

 うなぎのような物がいて蒲焼を想像してしまい、お昼にはまだ少し在るのにも関わらずお腹が鳴ってしまいました。

 店主に笑われてしまいましたが、生理現象なので気にしても仕方ありませんね。

 それにしてもうなぎですか。

 グッとくるものはありますが、この町の下水事情を知っている者としては産地もとい生息地が気になって仕方ありません。

 名残惜しいですが今回はパスです。

 いつかは綺麗な水に住む魚達に出会える日が来ると信じてここは我慢です。

 

 ……寿司食べたいです。


 八百屋には、木箱が三段ほどに積み上げられて並び、蓋が開けられた上の木箱からはジャガイモ、人参、玉ねぎのような保存のききそうな根菜から、小松菜やキャベツのような葉物、ピーマン、カボチャ、ナスのような野菜まで多種にわたり顔を出していました。

 自分の知っている陳列を考えられているような店とは違い、値札も無く品物が無造作に並ぶ様がとても新鮮に感じます。

 それぞれの箱には大きく値段が書かれていましたが、客はそんなことを気にすることも無く、店主と交渉して値切っています。

 知っている野菜と似ているようでも少し違う野菜、見たことの無いような野菜もいろいろありましたが、一部の例外を除きどれも鮮度はイマイチのような気がしますね。

 中にはしわしわになったトマトのような赤い野菜や傷の入った物もしばしば見られました。

 果物に至っては、半分以上がドライフルーツでした。

 やはり飛行機や車、船が無い世界では流通に限界が在るのでしょうね。

 物流がしっかりとしていた前世とは比べるまでも無いようです。

 しかし、生鮮食品だろうがなんだろうが関係ありません。

 当然全種類を買えるだけ買い込みます。

 もちろん、腐りや傷みが入った物、萎れている物は除きました。

 御代は占めて大銀貨4枚になりましたが、購入したボリュームを考えたらなんらおかしいことはありません。

 ウィムやエルンがいることを考えても数か月分はありそうな量ですがアイテムボックスに入れてしまえばなんら問題はありません。

 荷馬車も無くふらっと現れた老人が尋常じゃない量を買う姿に恰幅のいい女店主は目を丸くしていましたが、支払いさえまともに済ませたらお互いにニコニコです。

 気をよくした女店主はサービスで食材を麻袋に入れてくれました。

 どう持ち帰るのかと興味深そうにしている女店主と二人の丁稚の前で、サービスのお礼に麻袋に入った食材をアイテムボックスに収納しました。

 正直なところを言いますと、買った後にどうやって持ち出すかなんて考えていませんでした。

 気がついたら、麻袋数十袋になっていた購入品を返すこともできず、仕方なくアイテムボックスに収納することになったのでした。

 まぁ、今はニールであってニールではありません。

 姿を変えてしまえば、謎の商人として噂になるくらいでしょう。

 大丈夫……たぶん、問題ありません。

 店主は再び驚き、そして「旦那、空間魔法が使えるのかい?」と羨ましそうに訊ねられました。

 空間魔法を使う行商人も少なくは無いという話しでしたが、やはり絶対数は少ないようです。

 店主と話している間中、丁稚は狐に摘まれたようにポカンとしていました。

 必死に運んだ数十袋の荷物が一瞬で姿を消してしまったのですから仕方がありません。

 全ての麻袋を収納した時点で店主は軽く拍手をしていました。


「それにしてもすごい量が入るんだね。羨ましいよ」


 空間魔法には収納できる体積や重さが魔力に比例するらしいので、なかなか大容量を収納できる商人はいないのだそうです。


「またよろしくお願いします」

「こちらこそ頼むよ」


 女店主は気持ちの良いくらい豪快な笑いで見送ってくれました。




 八百屋を出ると、次のターゲットを探します。

 今の自分はまさに狩りをする鷹のごとくです。

 目を皿のようにして周囲を警戒し、己の欲求を満たす何かを探してセンサーを張り巡らせています。

 余裕のある資金に物を言わせて買い漁る姿はむしろハゲタカと言ったほうが正しいかもしれません。

 ふと視線を感じました。

 八百屋に入る前には気がつきませんでしたが、八百屋と隣の肉屋の間にボロを着た兄妹がいました。

 ボロを着ているといっても、貧民層の住人とは比べるまでも無く上質な物なのですが、長年使われているのでしょう着古されて袖や襟元はヨレヨレになっていました。

 兄妹の側には妹の方の胸ほどの高さの甕が置かれ、木の蓋の隙間からは柄杓が覗いていました。

 甕の中身が気になり歩みを緩めると、兄妹と目があいました。


「……1杯いる?」


 小首を傾げる妹ちゃんのしぐさは大変可愛らしいのですが、肝心の何を売っているのかがさっぱりとわかりません。

 つい微妙な顔をしてしまうと、兄ちゃんが妹ちゃんの頭に軽く拳骨を落としていました。


「っ……痛い」


 妹ちゃんは兄ちゃんを恨みがましく見上げました。


「コラ、プティ!それじゃあ、何を売ってるのかわかんないだろ」


 兄ちゃんは腰に手を当てて屈み、妹ちゃんに視線を合わせるようにして注意しました。


「ゴメンなさい」

「わかればよろしい」


 偉そうにウンウンと頷いた兄ちゃんはこちらを見上げました。


「おっちゃん、今朝絞りたてのミルク飲まないか?今ならなんと1杯1リラだよ」

「ふむ、牛乳ですか」


 そういえば、何度か見ましたが口にする機会はありませんでした。

 貧民層でも家畜の放牧をしているのでそこまで珍しい物ではないのですが、自分の住んでいた集落付近ではかつてあった魔獣の襲撃で家畜が全滅していたため、容易に手に入る物ではなくなっていたのでした。

 ……原因?

 さぁ何のことでしょうか。


「牛乳?なんだいそれ?」


 またですか。

 どうやら、牛の乳ではないようです。

 そういえば、草原を駆け回っているときも放牧されている動物は羊しか見たことがありませんでした。

 羊といっても羊の2倍近くあるようなモコモコした生き物で、角は尖り若干攻撃性が高いです。

 今まで確認した限りでは、白、灰色、黒、赤の固体があり、順に赤に向うほど攻撃性が、白に向うほど協調性が高くなっているようでした。

 羊の用途は羊毛と肉しかないと思っていましたが、乳も飲むのですね。

 まあ、ヤギの乳も飲むのですから当然といえば当然ですか。


「いえ、東の方では牛という家畜の乳を搾った牛乳を飲むのでつい」

「ふーん。東の方にはそんなのがいるんだな。」


 兄ちゃんは興味深そうに頷きました。


「その牛乳ってのがどんなのかは知んねーが、これはペコラの乳だぜ。腹いっぱい草を食ってるから濃厚で美味いんだぜ」

「なるほど。それでは、1杯いただけますか?」

「まいどあり~」


 ポケットから銭貨1枚を出して手渡すと兄ちゃんはニッコリと笑いました。

 兄ちゃんが小さな袋に銭貨を入れるのを確認した妹ちゃんは甕から木の蓋を外し、柄杓でよくかき混ぜてから素焼きのカップとも丼ともいえない器にペコラの乳を注ぎました。

 ペコラの乳を口にした感想を一言で言えば、かなり濃厚でした。

 初めに口の中に濃厚な脂肪分が広がり、そして後からほんのりと甘くサラサラとした液体が入ってきました。

 妹ちゃんは注ぐ前にかき混ぜていましたが、ペコラの乳は生クリームの部分を取り除いていないため2層になっていたようです。

 個人的には生クリームだけを飲む機会は無かったので微妙な感じではありましたが、若干の難はあるもののペコラの乳自体は悪くはありません。


「美味しいですね」


 正直に告げると、兄ちゃんも妹ちゃんもパァーっと顔を輝かせました。


「当然だ。なんて言ったって赤ペコラの乳も混ざっているんだからな」


 兄ちゃんは鼻の下を人差し指で擦りながら、さも当然だと言わんばかりに胸を張り、隣で見ていた妹ちゃんも真似して胸を張りました。

 どうやら、攻撃性が上がるにつれて乳の品質も上がっていくようです。

 やはり縄張りが広くなればそれだけ上質な食事ができ品質も高くなるのでしょうか。

 兄妹の話しでは、乳から作るバターも絶品でパンにつけると美味しいらしいのですが、すぐにダメになるそうで家庭で楽しむだけで販売はしていないそうです。

 他にも聞いてみたところチーズも作るそうでしたが、やはり各家庭の保存食で大量にできたときに少し売る程度だそうです。


「……しかし、ぬるいですね」


 確かに美味しいのですが、昼も近づきつつある街中で容器に入っているとはいえ野ざらしにされたミルクは生ぬるくなり若干の生臭さが気になりました。

 続いて飛び出した正直な感想に、兄妹は顔を引きつらせました。


「お金は返さないからな」


 もしかしたら、過去にも同じクレームを言われたことがあるのかもしれません。


「いえいえ、そんなことはいいませんよ」


 ホッとする兄妹の目の前で人差し指を立てると、氷魔法で作り出した氷を器に入れ行儀が悪いですが人差し指でかき混ぜます。


「これでもっと美味しくいただけます」


 目の前で起こった出来事を理解が追いつかずキョトンとする兄妹を見ていると笑いが込み上げてきました。

 クスクスと忍び笑いをしていると我に返った兄ちゃんが口を開きました。


「スッゲー!おっちゃん魔法使いか?その魔法、俺にも教えてくれよ!」

「おっちゃんはただのおっちゃんですよ。申し訳ありません。残念ながら私には魔法を教えるだけの時間がありませんので」

「ちぇー。ケチだなおっちゃん」


 兄ちゃんは少しだけ残念そうな表情をしましたが、すぐに納得したようでした。


「魔法は教えて差し上げられませんが、ペコラのミルクをその甕ごと買い取らせていただけませんか?」

「え?」

「ですから、残りのミルクを甕ごと売っていただけませんか?」

「いや、ほら、でも、もう時間がたってるし」


 後から聞いた話では、これくらいの時間になると売れないらしく、残りは家に持って帰って家族で頂くそうです。

 兄妹がそろそろ帰ろうかと話していた時に丁度通りかかったようです。


「いえ、私には関係ありませんし」


 そう言って、再び小さな氷を目の前で作り出して見せた。


「それで、おいくらですか?」

「……どうせ売れ残りだし、50リラでいいぜ」


 少し悩んでから兄ちゃんが言いましたが、妹ちゃんは少し驚いて兄ちゃんの服の裾を小さく引いていました。

 妹ちゃんの若干必死な表情からは「なにいっちゃってんのよ、明日から仕事どうするのさ」と書いてあるようでした。

 流石にボロイとはいえ甕の分も考えたら少し安すぎる気がします。

 妹ちゃんもそれを言いたかったのでしょう。


「それでは、交渉成立ですね」


 ポケットから銀貨を1枚取り出して兄ちゃんの手の平に乗せると、二人とも手の平に乗せられた銀貨に釘付けでした。

 先ほどまでの威勢はどこえやら、兄ちゃんと妹ちゃんは思わぬ大金に困ったようにこちらを見上げてきました。


「……わりい、おっちゃん。えっと、お釣りが無い」

「いえいえ、お釣りなんて必要ありませんよ。ミルク代の50リラと残りは甕の分です。壷が無かったら明日からあなた達が困ってしまうでしょう?」

 兄ちゃんはハッとして妹ちゃん振り返り、妹ちゃんが「まったくもう」といわんばかりに腰に手を当てて頬を膨らましているのを見て頭を掻きました。


「いやでも、それでも多すぎるよ」


 首を振って頑として銀貨を受け取らない兄ちゃんはとても微笑ましいですね。

 子供達にこの仕事を振った大人の策略に嵌められている気がしないでもないですが、頑張って仕事をする姿を見てしまうと手を差し伸べてしまいたくなるのです。


「うーん、そうですね。それでは、また今度会ったときにサービスしてください」


 そう言うと、しばらく唸っていましたが、自分の中で折り合いをつけたのか兄ちゃんはおずおずと右手を差し出しました。


「うん、それなら仕方ねーな。絶対また来いよな、おっちゃん」


 小さな手に収まったずっしりと重い銀貨を受け取った兄ちゃんは、ニカッと笑うと右手で銀貨を握り締め反対の手で妹ちゃんの手を握って走りだしました。

 途中で妹ちゃんが立ち止まると振り返って頭を下げました。

 つられて振り返った兄ちゃんも頭を下げると、二人は再び走り去りました。

 やはり女の子の方がしっかりしていますね。

 そんな兄妹をみて思わず笑みがこぼれてしまいます。

 子供に大金を渡すのはあまり良いことではないかもしれませんが、おそらくあの二人なら大丈夫でしょう。

 周囲の人の目を盗みアイテムボックスに収納すると次の得物を探しましょう。


 


 食材は手に入れました。

 砂糖、塩、酢、味噌、醤油の基本調味料がある現在、次に欲しい物といえば香辛料でしょう。

 食材はたくさんそろいましたが、香辛料は胡椒といくらかのハーブくらいしか持っていません。

 調味料があれば味は調いますが、やはり香りも料理の重要なファクターだと思うのです。

 香辛料は食材を扱うような店ではなく、薬屋の領域になるようです。

 カレー粉に使われるターメリックなんかも漢方で使われるウコンですし、別段おかしくないように思えますが、何件も梯子をしなくてはいけない買い物客からしたら若干不便に思えてしまうのはスーパーに慣れている弊害なのでしょうか。

 それでも今はいろいろな物が見られてワクワクする以外に無い現状なのですが。

 店内には、種々の匂いが混ざり合い不思議な匂いとなって漂っていました。

 いろいろな匂いが混ざり合っているのに不快な気分にはならないというのが不思議ですね。

 しかし、気になることがあります。

 どこの店にも独特の雰囲気はあるのですが、その中でも群を抜いているといっても過言ではないでしょうか。

 店内はやや埃っぽく怪しい雰囲気が漂っていました。

 しかし、それは店番をする店員のせいではないでしょうか。

 全身を真っ黒な布で包み、顔には黒縁の瓶底眼鏡、頭にも真っ黒なとんがり帽子を目深に被っています。

 インドなんかで見かけるサリーとは違うような気がします。

 イスラム教の女性が着ている黒い服にも近い気がしますが、こんなに怪しくは無かったと思います。

 あれはマントと言うのでしょうか?

 あの衣服が何物かはわかりませんが、一つだけ言えることは、本当にこの店は真っ当な店なのか不安にさせるということです。

 店員のことは忘れて商品を見てみましょう。

 きっと、店員の人となりと商品の良し悪しには何の関係も無いはずです。

 薬屋の商品は大きく分けて三つでしょうか。


 一つ目は薬屋の本分である薬です。

 ビンに詰められた調合済みの丸薬や粉末薬が多く並び、少ないですが軟膏やポーションもありました。

 ポーションはどれも状態が良く、コンディション的には今日作られた物だと思われます。

 残念ながら、普通のビンに入っているため少しずつ劣化しているのですが数人の冒険者が買いに来ていました。

 冒険者かどうかの区別は正直わかりませんが、防具を着込み武器を持ち歩いていたら勝手ながら冒険者と判断しています。

 それにしても、街中を凶器を持って歩くなんて狂気の沙汰ですよ。


 ……ごめんなさい。


 日本なら銃刀法違反で捕まりますがこれがこの世界での日常なのでしょう、誰も気にしていませんでした。

 初めて街中で抜き身の武器を持って歩いている人を見たときには驚きましたが、周りが動揺するそぶりを見せることは無かったので必死に動揺を隠しました。

 あの人が急に暴れ出すとは誰も考えないのでしょうか。

 鞘が壊れていたので修理に行くところだったのでしょうが、突然後ろから切りつけられたとしても反応できないのではないかと思います。

 薬屋を訪れる冒険者の中には薬草を持ち込むものがいましたが、黒服の店員は薬草の状態を確認すると支払いを済ませ、近くにあった木箱に雑多に投げ込みました。

 よく見ると薄暗い店の隅には木箱が積み上げられており、その中には乾燥処理済みの薬草が紐で束ねられていました。

 なかなかの状態で処理されているようですが、もっと大切に扱っても罰は当たらないと思いますよ。


 二つ目は、嗜好品です。

 煙草、お茶、コーヒー、酒などが売られていました。

 お茶は数種類売られていましたが、紅茶など発酵の進んだ物で緑茶はありませんでした。

 酒は酒場で売られているような物ではなく、消毒に使えるような高濃度の蒸留酒でした。

 しかし、嗜好品の類はどれも高いですね。

 どれも塩の数倍から数十倍、下手したら砂糖よりも高い物もありました。

 まあ、お茶とコーヒー、煙草は購入することは決定済みなのですが。

 緑茶は無いのは残念ですが、お茶や毎朝飲んでいたコーヒーが手に入るのは嬉しいですね。

 あと煙草は吸わないのですが贈答品には喜ばれるということですし、もしかしたら今後お世話になることもあるかもしれないので一応。

 もちろん、健康のことを考えて子供のうちは控えるつもりですが、昔は煙草は鎮静剤として重宝されていたと聞いた事があります。

 持っていても劣化しないのでしたら持っていてもいいでしょう。

 もしかしたら、探せばカカオの類もあるのかもしれませんね。


 そして三つ目が香辛料です。

 香辛料も漢方など薬として重宝されていますし、不思議は無いですね。

 まあ、漢方自体は薬というよりも代謝をあげたり、臓器の機能を助けることで病気になりにくい体を作るという意味合いが強かったような気がしますが。

 知っている物では唐辛子をはじめ、シナモンのなど形状や匂いでわかるものもいくつかありましたが、他の木の実のようなものはどれも同じように見えます。

 香辛料の使い方は知っていても、普段使うときには粉末になっていたりネームラベルが貼ってあったので、現物を見ても何が何かわかりません。

『解析』を使っても、こちらの世界の名称なので結局わからないままでした。

 ですが、当然全買いです。

 店員も眼鏡がずり落ちる勢いで驚いていましたが、気にしません。

 今気がつきましたが、この眼鏡店員さん女の子なんですね。

 声は、まだ幼さの残る少女のものでした。

 こちらを見て頬を赤く染めていましたが、きっと恥ずかしがりやさんなんでしょうね。

 店員のいる机の上には、少し黄ばんだような色の紙が置いてありました。

 少量だったら、この紙に包んで販売するのかもしれません。

 流石に高価な物のためか、こぼさないように一つ一つ慎重に小瓶に移していました。

 大量に購入したため、眼鏡店員の女の子は内職のように一生懸命に瓶詰めを続けています。

 そんな彼女を微笑ましく思いながら見ていると、その側には黒い棒状の何かがぎっしり詰まった小箱が置かれていました。


「あの、それは?」


 指を差して訊ねると、店員の女の子は一瞥して作業を続けながら答えました。


「あぁ、これですか。先日、南の方から持ち込まれたものなのですが、珍しい物だったので買い取っては見たものの何なのかさっぱりわかりません。とてもいい香りがするのですが、食用に使えるかもわかりませんし、さて、どうしたものかって感じですね」

「少し見せてもらっても?」

「ええ、どうぞ」


 黒い物体を一つ手渡すと、女の子は興味深そうにこちらを見ています。

 黒い棒状の筒の中には真っ黒な粒がびっしりと詰まっていました。

 その粒は強烈な甘い芳香を放っていました。

 間違いありません。

 これはバニラビーンズですね。

 甘い匂いがするのでよく製菓に使われますが、砂糖が流通していない以上、菓子に使うという発想がないのでしょうね。


「こちらもいただけますか?」

「これが何か知っているんですか?」

「おそらくですが、バニラビーンズではないかと。南の方ではお菓子を作るときの香り付けなんかに利用するのですよ」

「……なるほど、こんな良い香りがする甘いお菓子でしたらさぞ美味しいそうですね。ですが、そうなるとこちらで売っても買い手がつかない可能性が高いですね。なにか他に使い道はご存知ではないでしょうか?」


 バニラビーンズの用法ですか。

 他には香り成分を抽出してバニラエッセンスを作ることは知っていますが、結局のところ用法といえば製菓しかないように思います。


「残念ながら」

「……そうですか」


 店員の女の子は小さな顎に手を当てて考え込み、少し待ってくださいと奥に引っ込みました。

 少しして女の子は戻ってきました。


「わかりました。サンプルとしていくらか取り置きしたら、残りはお譲りしてもいいということでしたので。どのくらい入用ですか?」

「できたら、あるだけ欲しいのですが」

「全部ですか?」

「ええ、全部です」

「……わかりました」


 バニラビーンズを小瓶に少し取り分けると、小箱ごとこちらに渡してきました。


「たくさん買っていただけましたし、おかげさまで売り物にならない物を鑑定にかける時間と労力も節約できました。今回は特別にサービスさせていただきますね」


 小箱を差し出す女の子が微笑すると、そこには今までの怪しい雰囲気から一転して花のような可愛らしい女の子がいました。

 思わぬ変化につい見とれてしまいました。

 しかし、ただより高い物はありません。

 何かお礼できる物はないでしょうか。

 そうです。

 アレをプレゼントしましょう。

 手提げの中を探るふりをして、アイテムボックスからメープルシロップの小瓶を取り出しました。

 もちろん取り出すときにビンの形状は変えて、木で栓をしてあります。


「それでは、お礼にこちらをプレゼントさせてください」


 小瓶を差し出すと、女の子は首を傾げました。


「これも見たこと無いですね。これは何ですか?」

「これはメープルシロップと言います。どうぞ、蓋を取って味見してみてください」


 店員の女の子は蓋を取ると、恐る恐るクンクンと匂いを嗅ぎます。

 やはり、初めて見るものには抵抗があるようです。

 警戒する女の子に、「失礼します」と声をかけて、先に小瓶の中身を味見して見せます。

 こちらの様子を窺っていた女の子も恐る恐ると指で掬い舐めました。


「……甘い!すごい!すごい!甘いです!!」


 女の子は驚き、そして、さらに一掬いして口に運び、今度は恍惚とした表情を浮かべました。


「気に入っていただけたようで、何よりです」


 余韻に浸っていた女の子に声をかけると、ビクッと肩を震わせて正気に戻り、やがて顔を林檎のように赤くしました。


「あの、ごめんなさい。こんなに甘い物は初めてだったので、驚いてしまいました」

「いえいえ、初めは皆さん驚かれるんですよ」

「この、めーぷるしろっぷですが、本当にいただいてしまってもよいのですか?」

「ええ、かまいませんよ。貴重な物を融通していただいた、ほんのお礼です」


 女の子はスッと目を細めると、商人の顔になりました。

 可愛らしくても、商売人のようですね、油断なりません。


「それで、このメープルシロップなのですが、もっと量は無いのですか?」

「申し訳ありません。今はそれほど手持ちがないものでして」

「あ、あの、頭を上げてください。突然こんなことを言ってしまって、こちらこそ、ごめんなさい」


 こちらが申し訳なさそうに謝ると、女の子も申し訳なさそうに頭を下げました。


「これがあれば、バニラビーンズとあわせて何か美味しいものが作れるのではないかと思ったらつい……」


 最後の方は尻すぼみになって聞こえませんでしたが、商人としてではなく、乙女の本能がほんの少し暴走していただけのようでした。

 ふむ、バニラビーンズが常備されるようになればいいのにな、くらいにしか思っていなかったのですが、ここからお菓子が広まるのもいいかもしれません。

 少し考えてから、メープルシロップのビンを一つとクッキーのレシピを書いて渡しました。

 うろ覚えなので分量まではかけませんでしたが、工程がわかれば、あとはやる気と試行錯誤で何とかなるでしょう。


「このメープルシロップですが、先ほどディメント商会のラヴォラさんに製法をお譲りしましたので、そのうち出回るようになると思いますよ」

「そうなんですか?」

「ええ、近いうちにかならず」

「では、うちもバニラビーンズを扱ってもよいかもしれま――――」


 女の子は何かに気がついたようにハッとしました。


「もしかして、これが狙いですか?」


 じと目で目線だけ上げてこちらを見上げました。


「いえいえ、私は美味しいものが広まればいいな、と思っただけです」

「わかりました。そういうことにしておきます」


 丁度全ての香辛料を小分けし終わった女の子は、全てのビンを丁寧に袋詰めて渡してきました。


「本日はありがとうございました。またのご利用をお待ちしています」


 丁寧に頭を下げる女の子に別れを告げて店を後にしました。




 いやー、いいものがたくさんありました。

 満足です。

 結局全部で金貨2枚が無くなりましたが、それがどうしましたか?

 資金はまだまだ十分にあります。

 大銀貨6枚、銀貨5枚、その他の硬貨が少し。

 ……あれ?

 意外と少ない気がします。

 少し自粛して必要な物だけにしましょう。




 布や服も買ってしまいましょう。

 綺麗な服を買って行ったら二人は喜ぶでしょうか。

 気がついたら自分の物以外にも子供用の薄い水色のワンピースと女性用の純白のワンピースを購入していました。


 いい時間ですし、お昼は買い食いすることにしましょう。

 串焼きなどの露店で売っている料理を買って、気に入った物があれば大量購入。

 どんなに買ってもアイテムボックスの中に入れておけば腐ることは無いので問題無しです。

 気が向くままに購入していましたが、基本どれも味が薄めで微妙でした。


 さて午後からは何をしましょうか。

 そういえば解体用のナイフを売ってしまったのでした。

 武器屋でナイフを買いましょう。

 今後のナイフ作りの参考にもなりますし、いくつか買っておいても損は無いでしょう。




なぜか買い物がまだ終わりません。

予定だともう終わっていたはずなのですが。

お読みいただきありがとうございます。

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