第30話 金策
久々の連休頑張りました。
長々くどくどと書き進めた結果、ボリュームが当初の倍に。
何処かにコンパクトに文章を纏めるセンスって売っていないでしょうか。
お金を調達する方法がわかりました。
手持ちの導具の中からそれにあった各種専門店に出向いて売ればいいのですね。
もっといえば適正価格での売買を求めるのなら専門店、とりあえずの売買でよければ総合取扱店といったところでしょうか。
しかし商品に垣根の無い商売をしているのは小さな村にある商店くらいのようですね。
つまりは田舎の個人商店のようなものって事ですかね。
他に店が無いがゆえに手広く扱うが、その代わりに商品に厚みが無い広く浅くといった感じですか。
流石に数万人が暮らす王都にあってそんな何でも屋のような店は無いようですが。
まあ、適正価格といっても結局そこは需要と供給のバランスや店主の匙加減であり目利きの腕次第のようです。
同じ品であっても店主の求める物や需要のある物であれば高くなり、逆にどんなによい物でも店主の求めていない物や需要のない物は必然的に安くなるのはどの世界でも同じようです。
こうなると、今度はこちらの見る目が試されるというものです。
正直買い物というのは得意ではありませんが、良い物を安く買い高く売りたいと思うのは仕方の無いことでしょう。
何だか俄然やる気が出てきました。
ですが、そのためには少し準備が必要のようです。
まずは外見です。
子供の姿では相手にされませんし、もし自分が資金繰りをしている姿が見られたらおかしな噂が立ちかねません。
まぁ、それ以前に奴隷であることがばれると売ることすら出来なくなってしまうのですが。
久しぶりに『偽装』を使おうと思ったのですが、『偽装』には大きな欠点があります。
それは、見た目を変えることが出来ても実際の姿は変えられないために起こる齟齬です。
例えば身長が180cmに見えるようにしたとしても、実際には130cmしかないので何かを持ったりすると途端におかしなことになるのです。
何かないでしょうか。
そうです『変身』にしましょう。
すっかり忘れていましたがそんな魔法もあったのでした。
変身なら実体も伴いますし不具合もないはずですよね。
しかし、なんでこんなに便利そうな魔法を忘れていたのでしょうか。
前回使えなかったのですっかり念頭から外れてしまっていたようです。
いつどこで何が使えるかもわかりません。
もっといろんなことを気に留めておかねばいけませんね。
ちょっとだけ反省し、物影に隠れて魔法を使いました。
そして、現在。
前世の老人姿です。
ごま塩頭に深いしわ、少し日に焼けた肌に着慣れたグレーのスーツ姿です。
いろいろ試してみたのですが結局細部までイメージを固めることのできたのは、前世の自分だけでしたが、過去の自分の姿に至っては自由に年齢を変えることができました。
他人の姿になるためにはその人をきっちりと細部まで頭の中に思い浮かべなくてはいけないようで、縁があった人達を思い浮かべて変身してみたのですが、どこと無くぼやーっとした印象のある別人になってしまいました。
これは失敗ですね。
スーツにネクタイはこの世界では浮きそうですが、上着を脱いでシャツを出したらやや奇抜ですが商人のように見えるかもしれません。
この『変身』ですが、姿を変えるだけでなく、服も変わるというのが良いですね。
当然服だけ変えることも出来ましたが、やはりしっくりくるのは長年愛用したサラリーマンの戦闘服であるスーツになってしまいました。
上着をとネクタイをアイテムボックスに片付けました。
次はアイテムボックスの中身で売れそうな物を物色します。
久しぶりにステータスを開くと、いろいろとスキルが増え、ステータス欄にも変化があることに気がつきました。
増えたスキルは、錬金魔法や工作魔法をはじめ普段よく使う魔法のスキルが目立ちますが、中にいくつか気になるものが混ざっています。
詐術:人を騙しやすくなる。
偽装:外見だけでなく内面も誤魔化せるようになる。
創造力:生産系スキル使用時の仕上がりに上方修正。
何でしょうか、心が痛くなるようなスキルが混ざっています。
確かに、人を欺くばかりの人生を再スタートさせてしまったわけですが、望んで欺いているわけではないのです。
何かを上手くできるようになるというのは嬉しいことのはずなのですが、人を上手く騙せるようになったというのはあまり喜べません。
今後を考えれば確かに必要なスキルなのかもしれませんが、それを習得してしまった時点で若干人の道を外れ始めている気がしてなりませんが。
偽装は魔法からスキルに昇華したということでしょうか。
しかし、ステータスを見ることができる人はほとんどいないということなので必要性が感じられないのですが、折角ですので少しいじってみましょうね。
まず、現在の見た目に合わせて年齢を60歳に偽装します。
いつの間にか奴隷に変更されている職業を勇者に戻そうとしましたが、奴隷からは変更できませんでした。
とりあえず村人と見えるように偽装。
気がついたら増えていた各種の数値は、すでに父の数値の数倍になっていました。
特に毎日欠かさず続けていたトレーニングの成果かMPはすごいことになっています。
とりあえず、成人男性よりも少し低く設定しておきましょう。
スキルは当たり障りの無い料理と剣術を残して全隠しです。
普通の人が2~3個しか持っていないスキルを何個も持っていたら目立ちますもんね。
それにしても創造力ですか。
できたら、想像力の方が欲しかったです。
貧困な想像力の鍛え方って無いものですかね。
まぁ、それはそれとして、本題に入りましょう。
無造作に乱立するアイテムボックスの中身の項目を整理しながら確認していきます。
素人レベルを脱しない武器は置いておくとして、売れそうな物は薬、食材、魔導具くらいでしょうか。
改めて見ると、食材の多さが異常ですね。
これを全部放出したら、いったい何人分の食事ができるのでしょうか。
それでは、在庫を確認したところで、価格を決める基準を知るためにもマーケット・リサーチに出発です。
前に、このプラテリア王国で使われている貨幣は銭貨、銅貨、大銅貨、銀貨、大銀貨、金貨、大金貨の7種類が使われているとリストから習いました。
銭貨1枚が1プラテリア。
銭貨10枚が銅貨1枚と等価で10プラテリア。
銅貨10枚が大銅貨1枚と等価で100プラテリア。
と、それぞれ10枚で繰り上がるようです。
ただ、商売の様子を見ていると誰もプラテリアなんて単位は使わず、リアとよんでいるようでした。
串焼きなどの軽食は銅貨1枚から。
エールは1杯銅貨2枚から。
安い剣は新品で大銀貨1枚、中古で銀貨5枚、高いものは金貨数枚以上物も。
麻やウールでできた古着は状態によって銅貨1枚から、革の物になると大銅貨1枚から。
本は安くて大銀貨数枚から。
薬は状態によって様々だが、飲むだけでお腹を壊しそうな状態の物が銭貨数枚から、状態のよい物では大銀貨数枚のものまで。
薬に加工されていない薬草で1束銅貨数枚だったので腕の良い人によって加工されると価格が跳ね上がるようでした。
岩塩は色や大きさにもよる1kg程の大きさ1塊で銀貨1枚から。
砂糖に至っては岩塩の10倍ほどもしました。
羊毛で生計を立てているだけあって肉と衣類については安いですが、あきらかに一部の魚介類や塩はかなりの高額で取引されていました。
魚介類は鯰や鯉のような淡水魚は安く並んでいましたが、海洋の魚介類については氷魔法が使える一部の商人や冒険者によって運び込まれるだけで絶対数が少ないようです。
何でも大量需要、大量供給であった前世とは大分条件が異なるために何とも言えない価格設定でしたが、庶民の生活を見る限りでは大まかに銅貨1枚が100~200円くらいでしょうか。
庶民が使うのは大よそ大銀貨までで、貧しい者の中には生涯に金貨を見ることがない者もいるそうです。
一枚で100~200万円とか一体どこに使いどころがあるのかという話しなのですが、紙幣が無いこの世界では持ち運べる重量に制限のある行商人や税収が集まってくる貴族にとって必要不可欠な硬貨らしいですよ。
この国では人頭税が採用されているようなのですが、この王都だけでも数万人の人が住んでいます。
大人の一人頭が大銀貨1枚だったとしても数万枚、かなりの重量になってしまいますね。
それにしても、塩が1kgで1万円というのは高すぎではないでしょうか。
砂糖なんて1kgで10万円ですよ?
甘い者に眼が無い世の婦女子が泣いてしまう金額です。
まあ、それだけ希少価値が高いということなのでしょうが。
味の薄い謎が解けましたね。
まったく関係ないですが、謎といえばずっと思っていたことがあります。
何かの大会のテレビ中継を見るたびに思っていたことなのですが、金メダルはゴールドメダル、銀メダルはシルバーメダル、これはわかります。
でも、なんで銅メダルがブロンズメダルなのでしょうか?
ブロンズは青銅のことですよね。
なので、銅とは別物だと思うのですが。
小銭の入った袋から羊の刻印された銅貨を見ていたらなんとなくそんなことを思い出しました。
結局謎は謎のままでした。
調べればわかったのでしょうが、いつでも調べられると思うと忘れてしまうものです。
やはり、気になったことはすぐに調べないといけません。
そんなことはさておき、大体売る物は決まりました。
大量に持っていて、かつ単価の高い物。
そうですね、塩を売りましょう。
アイテムボックスの中にはまだ精製していない岩塩が数トンと全ての不純物を取り除いた食塩が数十キロ、それに遊び半分でミネラルなどを混ぜ込んで作ったなんちゃって天日製塩も数十キロありました。
アイテムボックスの中にある塩だけでも数千万円分です。
考えても見れば途方も無い額ですね。
そんなに簡単に大金を手に入れられるようになると、ダメ人間になってしまいそうなので、必要な時以外は正攻法で稼ぐように心がけたいと思います。
それに、これを全部放出したら値崩れを起こしてしまうかもしれません。
とまあそんな決意もしてみたのですが、必要があればいいんですよ。
必要があれば。
塩や砂糖を売っていたのは大通りにあって一際大きな店舗を構える商会でしたが、岩塩こそあれども、製塩された白い粉状の塩は見かけませんでした。
岩塩は交渉次第では売値の7~8割ほどで売れるとしても、食塩はどうでしょうか。
ミネラルなど不純物を一切取り除いた食塩ですので、前世ではむしろ安かったのですが、この世界の人はおそらく見たことも無いはずです。
一体どんな値段がつくのか気になります。
好奇心で顔が緩みそうになるのを堪えて、瓶詰めの食塩2kgを取り出して袋に入れました。
さて、交渉開始です。
ああ、ちなみにアイテムボックスの中に上着とネクタイはありませんでした。
もし残っていたら着まわしようにいくつかと思っていたのですが……少し残念です。
それと今さらですが、別人になるという目的を達成するためだけでしたら知っている人に寸分たがわず同じである必要は無かったことに今気がつきました。
「すみません」
店先にいた店員に声をかけました。
店員は気のよさそうな糸目の優男で短く刈り込んだ群青の髪が印象的でした。
群青の髪と糸目が相まって冷たい印象であるのに、その男の愛嬌がそれを許しませんでした。
人のよさそうな店員は、嫌そうな顔ひとつせずにこちらに近寄ってきました。
「へい、どんなご用件で」
「少し、見て欲しい物があるのですが」
「あぁ、持ち込みっすね?」
「そうなりますね」
「あっしはラヴォラと言いやす。それで、旦那は?」
店員は見た目とは違い鍛えられた筋肉質な腕を差し出しました。
交渉開始ですね。
気合を入れて差し出された手を軽く握りました。
「失礼しました。私はニールと申します」
ラヴォラはニヤッと笑いました。
「それで、ニールの旦那。失礼ながらあっしには旦那の見覚えがありやせん。当ディメント商会のご利用は初めてで?」
「そうですね。今まで取引をしたことはありませんね」
「なるほど、そっすか。申し訳ないんすが、当商会では専属の商人が多数いるんであんまりそういうのはやっていないんすよ。なんか紹介状とかあるっすかね?」
ラヴォラの表情は初めから一貫してにこやかだったが、ワザとらしく申し訳なさそうに表情を曇らせました。
しかし、表情とは裏腹に事務的な対応でした。
一度そう思ってしまうと、その困り顔も迷惑そうにしているようにしか見えません。
交渉というのは最初に強気に出て、順に譲歩していくように見せかけるのが鉄則です。
結果、自分の設定した値よりも上なら万々歳、設定値通りなら良し、それ以下なら相手と妥協点をすり合わせ設定値にいかに近づけるかが大切になってきます。
勿論これは自分のやり方で、他にもたくさんやり方があると思います。ただ、自分にとってはそれが一番成果が出やすいと思うだけです。
今回の場合では、無理に引き下がっては相手に足元を見られるだけです。
いかに相手に興味を持たせることができるか、最悪他の店に持ち込めばよいだけの話しですし。
「そうですか、生憎紹介状の類は持ち合わせておりません」
「そっすかぁ。申し訳ないんっすが規則ですんで、ご容赦くださいっす」
「いえいえ、こちらこそお忙しいところ申し訳ありませんでした。大変珍しい物なのでお喜びいただけるかと思ったのですが、残念です。他をあたってみることにします」
頭を下げながら、手提げの口からチラッとだけ瓶の蓋が見えるようにした。
ラヴォラの目に一瞬だけ興味の色が浮かんだように見えました。
これで、釣られてくれたら良し、釣られなければ……そのときはそのときです。
また考えましょう。
「それでは、今回は縁が無かったということで。失礼します」
踵を返そうとしたら、腕をつかまれました。
釣れました。
商人ならこんなに簡単に引き下がる同業者が気にならないはずは無いですよね。
「ちょっ……それで、一体どんな物をお持ちになったんで?」
「それは、取引していただけるということですか?」
「……まずは、物を見てみないことには何ともいえんっすね」
「わかりました。物を見ていただけたら納得していただけると思いますよ」
奥にある部屋に通されました。
八畳ほどの部屋の中には大商会には似つかわしくない簡素なテーブルと椅子があるだけでした。
若干もったいぶって、袋の中から取り出した瓶詰めの塩をテーブルの上に置きました。
ラヴォラは興味深そうにビンを眺めています。
「……手にとって見てもいっすか?」
「えぇ、もちろん」
ラヴォラは瓶を揺らしてみたり、逆さにひっくり返してみたりしました。
瓶の中では真っ白な食塩が重力に引っ張られてサラサラと形を変えています。
「なるほど、これはいいものですね。引っ張っても逆さにしても中身がこぼれることはありませんね」
何かおかしくないですか?
「それで、この不思議な蓋はどうやって開けるんですか?」
差し出されたビンを受け取ると、蓋を反時計回りに捻って開けました。
その様子を見ていたラヴォラはしきりに頷き感心していました。
「なるほど、そうやってあけるのですね。それで、このビンをいかほどで私達にお売りになるつもりですか?」
「……ビンですか?」
「違うんで?」
どうやら、ラヴォラが興味を引かれていたのは話術ではなく、ビンの形状のようでした。
何だか恥ずかしいですが、なるほど発明品を売りに来たと思われたのですね。
まぁ、思わぬ方向に転がりましたが、結果オーライです。
これはこれで、儲けが出せそうな気配です。
そういえば、見える限りにあるビンの蓋はコルクのような気をはめ込んでいる物しかありませんでした。
この手の蓋がスタンダードだと思っていた粗忽者の新たな発見でした。
それにしても、興奮したラヴォラの口調、何だか変わっていませんか?
普段は人を油断させるために別人を演じているということでしょうか。
「おや?この技術を売りにきたのではないんですか?」
若干困惑したこちらを見て、今度はラヴォラが困惑しました。
「いえ、見て欲しかった物はビンの中身なのですが、容器も気にっていただけたようで幸いです」
「……中身ですか」
いや、普通はビンを持ってきて中に物が入っていたらそちらが本命だと思うのではないでしょうか。
まぁ、彼にとっては、そう思うほどの革新的な技術だったのかもしれませんが。
ラヴォラは匂いをかいでからビンのふちについていた塩を指で掬って口に入れました。
「っ!!……塩ですか。しかも、ただ岩塩を挽いたものではではありませんね」
「ええ、その通りです」
「海塩ですか。確かに珍しい物をお持ちですね」
商談において嘘をついてはいけないことですが、勝手に勘違いしてくださるぶんにはこちらの責任のしだいではございません。
嘘はついていません。
ただ、黙っていただけです。
「ありがとうございます」
「しかし、これは……」
「どうかされましたか?」
「いえ、私も何度か海塩の取引をさせていただいたことがありますが、どの塩も苦味などの雑味がある物でした。しかし、この塩からは一切それらを感じることはありません。もしかして、私は今まで勘違いをしていたのでしょうか。それとも、この塩が特別なのでしょうか」
「まぁ、そういう塩もありますね」
手提げ袋の中からもう一つのビンを取り出して開けました。
ラヴォラは再び塩を口に運びました。
「確かに。今まで扱った塩はこちらと似ていました。この二つは何が違うのでしょうか」
「簡単に言えば、製法の違いですか」
「製法ですか。それはどんな?」
「それは、企業秘密です」
「キギョウ?何ですかそのキギョウヒミツとは」
企業が通じませんでした。
「失礼しました。東の方の言い回しで隠し事のことですね。門外不出の製法のようなので私も知りません」
いや、正直食塩の製法なんて知りませんよ。
魔法が無かったら自分にも作ること出来ませんし。
「失礼。取り乱しました」
オホンと咳払いをしてラヴォラは続けます。
「それで、こちらの塩の入った『ビン』をいくらでお売りいただけますか?」
「そうですね……」
ラヴォラはあきらかに塩よりもビンに惹かれているようにみえました。
実際、あの手のビンを製造販売したら確実に売れることでしょう。
すぐに真似をされるとは思いますが、資金力のある商会なら先行したぶんで十分に儲けが出せるはずです。
原理はわかっているといっても、参考資料は欲しいはずです。
それにしても、価格ですか。
正直、実物が売っていない以上値段の設定がわかりません。
ただ、岩塩よりも低いということは無いでしょう。
取り扱いが少なければ希少価値という新たな価値が生まれ、貴族と呼ばれる特権階級の人たちには希少価値だけでも売れる可能性は十分にあります。
それだけでも、10倍はいけるでしょうか。
元手がただだけに吹っかけすぎな気もしますが、これがこちらでの初交渉です。
強気で行きましょう。
「そうですね。塩のみで片方につき大銀貨1枚でどうでしょう」
「……話しになりませんね。銀貨3枚です。足元を見すぎなのではないですか」
「そんなことはありません。銀貨9枚です。海から遠いこの地で海塩が出回ることなんてほとんど無いでしょう。お金を遊ばせている貴族様にとってはよい自慢の種になるのでは?」
「確かにそうかもしれませんね。銀貨4枚。ただし、貴族なんてのは我侭な豚ばかりですよ。難癖をつけられて代金を渡さない者も少なくありません。そう思うのでしたら自分でお売りにいくといい」
「いえいえ、私のようなただの行商人では、貴族様にお目通りすることも敵いません。銀貨8枚です。あなた方のように力のある商会ならばこそそんな交渉もできるというものです」
「銀貨4枚半です。これ以上は出せませんね。気に入らないのでしたら他所に持っていくといいですよ?」
「そうですか、それでは他の商会に持ち込むことにします。もちろん『ビン』込みで」
ちらりと道路向かいに目をむけました。
ラヴォラはギロリとこちらを睨みつけてきました。
大きな店舗が軒を連ねる大通りにあって、この店と向いにある店だけがとりわけ大きかった。
おそらく、お互いに張り合うように店を拡張していったためではないでしょう。
「……わかりました。このビン込みで大銀貨1枚でもいいです」
ラヴォラの言葉に小首を傾げてみせます。
「何を言っているんですか?ビンを入れるのでしたら大金貨1枚です」
うわぁ、自分で言っておいてあれですが、大金貨1枚って1000万円じゃないですか。
「バカな!!それはボッタクリです」
「そうですか?あなた方が同じ物を作って売り出したら簡単にそれくらい取り返せるのではないですか?」
「そんなわけないでしょう?そんなビンくらい簡単に複製可能です。すぐに同じ物が出回るようになるでしょう」
「おそらくそうなるでしょうね。ですが、あなた方のような力のある商会が本気を出して取り組んだら、初動だけでもかなりの儲けになるのではないですか?」
「そんなことにはなりません。ビンなんて所詮は二束三文です。そこまで利益が出るような物ではありません。それに、私はすでにそのビンの構造を知ってしまいました。同じようなビンを作り上げるのにそんなに時間はかからないでしょう」
「そうでしょうね。しかし、それならあなた方のライバル商会に持ち込むだけの話しです。実物のあるのと無いのではどちらが早く作れるのでしょうね」
「……わかりました」
ラヴォラは両手を軽く挙げて降参した。
「ですが、金貨3枚です。これ以上は出せません。本当に利益が出ないのです」
「では、何故そんなにこだわったのです?」
「……商品を真似て作ることは簡単です。ですが、確実にそれは弱みになります。あなたも商人でしたご存知でしょう?厚顔無恥な商人といえどもそこにはルールがあるのです。いつどんな形で返ってくるかわからないようなリスクは背負うべきではありません」
「そうですか。しかし、大金貨1枚は譲れませんね」
苦しそうに話すラヴォラの言葉を一笑にふして切り捨てました。
「あなたは本当に面の皮の厚い人ですね。申し訳ありませんがこれ以上は出せません。どうぞ、お引取りください」
困ったように笑うしかないラヴォラはだるそうに出口を示しました。
「まあそう言わずに。最後まで話を聞いてからでも遅くはないでしょう?」
「これ以上この私に何を聞けと?」
「まぁまぁ」
ラヴォラに落ち着くよう促して続けます。
「私はこの瓶自体をお譲りしようとしているのです。この瓶もこのままではただの瓶ですが、これをあなた方がディメント瓶と銘打って売り出したらどうなるでしょうね」
「…………」
「おそらく多くの人がこの瓶の利便さに気が付くでしょう。そうして世界中にこの瓶が普及していくでしょうね」
ラヴォラは確信を持ってそう述べる自分を訝しげに見てきましたが、実際に普及しているのを知っている自分はその自信に揺るぎはありません。
もしかしたら、その姿こそがラヴォラには夢見る男の慢心に見えるのかもしれません。
「そして、多くの人が気が付くのです」
「…………何にでしょう」
「ディメント瓶のディメントとは何かと」
そこでラヴォラはハッとしました。
紙も羊皮紙も高価な時代の宣伝は口コミしかありません。
瓶を広告代わりに使用しようとしていることにラヴォラも気が付いたようです。
「いずれはシャ○ハタの作った浸透印、TO○Oの温水洗浄便座、は○ろもフーズのツナ缶のように瓶といえばディメント瓶、ディメント瓶といえばディメント商会と呼ばれるようになる日が来ます」
「え……?シャチ…トート…はごろ???」
「オホン。失礼。取り乱しました」
「えーと、つまりは世界中の人々にディメント商会が認知されるようになるということでしょうか」
「そうです」
ラヴォラはフムフムと顎に手を当てて何かを考え込んでいます。
「……そうなると冷やかしで来の客にも何かしら売りつけることができたらその分売り上げも上がりますね。それに知名度があれば支店を作りやすくもなりますね。……うーんしかし……」
「どうです?乗っていただける気になりましたか?」
「いえ。確かに全てがその通りに運べば凄い儲けになることでしょう。しかし一店舗を任されるものとしては、そんな御伽噺のようなことを簡単に信じるわけにはいきません」
「そうですか。では……」
流石に宣伝効果なんて概念がないようなので、むしろよくここまで食いついてくれたというところでしょうか。
それでは奥の手を出すことにしましょう。
手提げ袋に手を伸ばすと、袋の中をあさるふりをしてアイテムボックスから三つ目のビンを取り出しました。
「……まだ何かあるんですか?」
態度とは裏腹に次は何が出るのかと瞳に興味の色を隠せないラヴォラの前に蓋をあけたビンを置きました。
ビンの中はこげ茶色の液体で満たされ、独特な甘い匂いが漂ってきます。
「まあ、味見してみてください」
ラヴォラはビンのふちに着いた液体を拭い取って口に入れ、目を見開いた。
「……甘い。蜂蜜……のようですが風味が全然違います。なんですかこれは?」
「これはメープルシロップと呼ばれる物ですが、聞いたことはありませんか?」
「……いえ、無いですね」
「ふむ。それでは、ラヴォラさん。あなたならこのメープルシロップにいくらの値をつけてくださいますか?」
「……ふむ」
「深い意味はありません。あまり出回っていない物ですので、正直なところを聞きたいだけです」
ラヴォラはこちらを胡散臭そうに見ながらも考え込んでいた。
「砂糖なら…」とか、「この風味が…」などと呟いているのが聞こえましたがしばらくして結論が出たようでした。
「そうですね、私ならこのメープルシロップなる物に大銀貨を支払っても惜しくは無いですね。場合によってはそれ以上をつけることもあるかもしれません」
「なるほど、ではこの蜜を量産できたらかなりの儲けになるわけですね?」
「まあ、そうなりますね。ですが、私もそれなりに商人をやってますがこんなものは見たことがありません。何処か遠国の特産品なのですか?」
「いえいえ、そんな物ではありませんよ。これはこの国で採取された物です」
「そんな!!……そんな話は聞いたことがありません」
今度こそラヴォラの瞳には驚愕の色が浮かんでいました。
「そうですか?実際にこれは私が採取した物ですよ」
「いったいどこで?どうやって?」
「それは、秘密です」
「……つまり、その情報料込みでの大金貨ですか」
「話しが早くて助かります」
「しかし、大金貨とはいえ、そんな美味しい商売を他人に譲るなど毛頭信じられません。誰にも明かさずに一人で商ったら大金貨分くらい簡単に稼げるでしょう?」
「ええ、確かにそうでしょうね。しかし、この通り私ももう歳です。これまでにある程度稼がせて貰いましたし、このまま一人で作業するにも限りがあります。私が死んだら絶えてしまう技術です。それならば誰かに引き継いでいただこうと思いまして。あなた方がこのメープルシロップを扱うようになれば、もっと多くの人が甘味を味わえるようになるでしょう。私は、多くの子供達が菓子を食べて喜ぶ姿が見たいのです」
「商人が自分の飯の種を売ろうとしているなんて馬鹿げた話しは聞いたことがありません。そんな話しを信じろといいますか?」
「信じるか信じないかはあなた次第ですので。しかしながら、見たことの無いような形状のビンで、誰も知らない甘味を、あなたの商会のみが販売するようになったとしたら、どれだけの儲けが出るのでしょうね?」
「……なるほど、よい話しです。しかし、どれほど採取できるかによってその話しも変わってきます。話に乗りました、しかしろくに収穫できませんでした。ではお話しになりません。ある程度の情報を頂かなければ簡単に頷ける類のものではありません」
「確かにそうですね。場所は……そうですね、国内としかいえませんが、獣が出るのでオークくらいは倒せる実力が無いと厳しいですね」
「オークくらいなら、私にでも倒せる。問題は無いでしょう」
「収穫量は私独りで作業しても一日にこのビンで100本ほどは簡単に収穫できると思います」
「100本もですか?」
「ただし、濃縮させなければいけませんので、実際には10本ほどでしょうか」
「いやいや、それでも十分に儲けは出る。人が増えればそれだけ多く収穫できるということでしょう?」
「そうですね。人を増やしたり、もっと効率良くしたら収穫量は増えるでしょうね」
「なるほど。しかし、それだけの量を収穫していながら市場に出回っていなかった理由がわかりません」
「それは……市場には卸していませんでしたので」
「何故です?商人でしたら儲けのためには他人の命すらもお金に変えるはずです」
「それでは、私は商人ではないのでしょうね」
人の命もお金に変えるって、なにそれ、商人怖いです。
そして、当然自分は商人ではありません。
「…………。」
変な汗が出そうになりながらも二カッと笑うと、ラヴォラは無言でこちらを見つめました。
「まぁ、これ以上は契約をしてからになりますが、このひっくり返してもこぼれないビンでこの蜜を売り出したら売れるでしょうね。いかがいたしますか?」
ラヴォラは黙って右手を差し出した。
そして、こちらが黙ってその手をガッチリと握ると、どちらとも無く頷いた。
交わす視線、感じる体温、初めての交渉は無事に成功を収めた。
成果は上々ではないでしょうか。
その後、契約書を交わしました。
契約内容は、塩2ビンとメープルシロップ1ビン及びメープルシロップの採取場所・方法の情報を金貨10枚で支払うこと。
先払いで金貨3枚の支払い。
その後、こちらの情報の真偽を確かめ、話しの通りだったら残りの金貨7枚が支払われるということでした。
残りの金貨7枚は契約書と引き換えになるようです。
契約書にサインをして、ラヴォラから差し出された羊皮紙にメープルシロップ採取をしていた森の砂糖楓の場所を記した地図と作業工程を記したメモを書いて渡しました。
ずっと作業をしていたので、木肌についた傷ですぐにわかるはずです。
ラヴォラは手下を呼んで、確認に走らせました。
「すぐに結果がわかると思うっす。まさかあんな森にこんなお宝が眠っているとは思わなかったっす。また何か儲け話があったら、よろしくっす」
「機会がありましたら、是非」
再びがっしりと握手し、店を後にした。
頭を下げて送り出してくださいましたが、少しして振り返るとラヴォラはすでにいませんでした。
忙しい方ですね。
でも、なかなか楽しい一時でした。
味気ない食事ばかりですが、メープルシロップが広まればお菓子くらいは美味しい物は食べられるようになるのではないでしょうか。
岩塩鉱脈のことを話そうかとも思ったのですが、採掘となると国が関わりかねません。
話しが大きくなりすぎますし、一人でどうやってあそこまで掘り進んだのかも問題になりそうですので止めました。
もともと資源不足っぽい雰囲気はありましたし、あの森がもっと賑わって安全になればいずれは採掘なんかも始まるのではないでしょうか。
ここから先は偉い人たちのお仕事です。
それでは、資金も手に入りましたし、次はいつ外に出られるかわかりません、気になる物をできるだけ買って行きましょう。
幸い資金はたっぷりありますし。
ただし、財布の中には銅貨だけです。
また無くしたら大変ですからね。
もっと面白く読みやすくなるよう精進したいと痛感しました。
お読みいただきありがとうございました。




