第26話 お母さんとお姉ちゃん?
製作二日目にして秘密の屋根裏部屋の存在がばれてしまいました。
しかし、魔法を使えることがばれていない可能性も否定はできません。
二人と見詰め合っていると、ウィムが口を動かしましたが、口は動いているのに、なにも聞こえませんでした。
こちらが理解していないのを悟るとウィムは小首を傾げました。
この時になって初めて『消音』がかかっていることに気がつきました。
これは完全にばれていますね。
慌てて魔法を解除しましたが、そんなことにも気がつかないほど気が動転していたようです。
「……入ってもいい?」
「……どうぞ」
若干躊躇うニールから許可を得ると、二人は屋根裏部屋に上がってきました。
二人はキョロキョロと部屋を見回しながらこちらに近寄ってきます。
そんなに見回しても、狭い八畳間にはそんなに見るものはありませんよ。
二人は近くまで来ましたが、所在なさげに立ち尽くしています。
何かを口にしようとしては口ごもっているウィム達に座るように促しましたが、一向に座る気配は無くキョロキョロするばかりでした。
「どうかしましたか?」
「どうって、どうもこうもないでしょ。なんなのここ?」
ウィムは少しムッとしていました。
「……偶然見つけまし―――」
「嘘」
食い気味で否定されました。
しかも断定です。
「な、なんでですか?」
「鏡を見てみたほうがいいわよ。君の顔には嘘ついてますって書いてあるよ」
ウィムに指摘されて咄嗟に無表情を装いましたが、どう考えても遅すぎました。
しかし、このまま全てを話すわけにはいきません。
「そんなことあるはず無いです。何の証拠も無いのに言いがかりは止して下さい」
「証拠ならあるわよ。昨日の夜、私達は布団から消えたあなたを確認しているもの」
ウィムは嘘をついています。
一度寝たら梃子でも起きず、あんなに寝起きの悪いウィムにそんなことができるはずがありません。
「……ウィムには、そんなことが出来るはず無いです」
「…………エルンが」
反論されたウィムは、目を逸らして聞こえるか聞こえないかの小さな声でボソリと呟きました。
「それに、こんなところがあったらエルンにわからないはずがないわ。実際に昨日の昼の時点では無かったはずだもん。それと、ウィムお姉ちゃんでしょ」
エルンにどんな力があるのかは知りませんが、実際にここを見つけたことからも、嘘ではないのだと思います。
伊達に大きな耳ではないということですか。
しかし、こちらもはいそうですかと認めるわけにはいきません。
それにしても、ウィムはお姉ちゃんにこだわりますね。
大人ぶりたい年頃と言うやつでしょうか。
「エルンがどれだけ優秀かは知りませんが、気がつかなかっただけじゃないですか。それを僕が偶然見つけただけです」
ニールの言葉を聞いて、聞き捨てならないとばかりにエルンが歩み出た。
「……ここに初めて来た時に全部ちゃんと調べたもん。そのときには屋根裏に部屋なんて無かった」
驚きました、人のことを言えた義理ではありませんが、まさか事前に天井裏まで調べているとは思っても見ませんでした。
しかし、今はそれどころではありません。
何とかして誤魔化さなければいけないのですが、どうしていいのかわかりません。
知らないうちに部屋が出来ているなんて、誤魔化すには少し大きすぎました。
自分の考え無しの行動には呆れ返るばかりです。
言葉を探していると、またエルンが一歩近寄りました。
「なら、見落としたんじゃないですか」
咄嗟に口をついて出てしまいましたが、流石にこれは無いです。
これ以上は隠し続けられるはずがありません。
もしこれで追求が無くなれば良し、さらに追求されたら適当に誤魔化すしかありません。
そんなことを考えていると、目の前にいたエルンの顔は真っ赤に染まり、肩がプルプルと震えていました。
体調が悪いのでしょうか。
「どうし―――」
エルンに一歩近寄ったニールの顔面には、今までで一番の狐パンチが炸裂していました。
吹き飛ばされたニールは、そのまま背後の壁に頭を強打しました。
この体が頑丈できているとはいえ、かなりのダメージでした。
おそらく、普通の人間なら大人でも昏倒する威力だったと思います。
これがエルンの本気だとしたら、今までは相当加減されていたのだと思います。
「なにする―――」
「こんなの見落とすはずが無い!」
拳を握り締めたエルンの瞳は濡れていました。
考えても見れば、ウィムの言葉はエルンを信頼するものに対して、自分の言い訳全てエルンが無能と言っているようなものでした。
今エルンはニールの吐き出した侮辱に怒りで震えているのかもしれません。
ニールは、頭の芯がスーッと冷えるのを感じました。
意図していなかったとはいえ、傷つけてしまったことは確かです。
「……ごめんなさい。言い過ぎました」
倒れこんだまま、持ち上げた頭を下げましたが、エルンはそっぽを向いてしまいます。
「エルン、ニールは謝っているわよ」
いつのまにか歩み寄っていたウィムがエルンの頭にやさしく手を置きました。
「悔しかったのはわかるけれど、手を出すのはいけないことよ。エルンはどうするの?」
「………………。」
黙り込むエルンはこちらを一瞥して、ウィムと目を合わせました。
ウィムが無言でジッとエルンを見つめると、次第にエルンの表情は歪み、大きな瞳からはじわりじわりと涙が溢れてきました。
「…………なさい……ごめんなさい」
ウィムに抱きついたエルンは、ウィムの胸の中で泣き出しました。
「私に謝っても仕方ないでしょ?」
ウィムはエルンの耳元で囁きましたが、エルンには聞こえていないようでした。
「ごめんなさい。これで許してあげてくれないかな」
ウィムに頭を下げられ、ニールには頷くしかありませんでした。
「あ…いえ、悪いのは僕ですし……」
頭を下げられてしどろもどろしていると、ウィムが頭を上げました。
上げられた顔には、悪戯が成功した子供のような笑いがうかんでいました。
「……で、どんな魔法を使ったの?音を消す魔法?匂いを消す魔法?それとも、何処かから物を出し入れする魔法かしら?」
どうやら、既にいろいろ手遅れのようでした。
ニッコリと笑いかけるウィムを前に、ニールには降参する以外の道は残されていませんでした。
エルンが落ち着いて離れると、ウィムは微笑みました。
「それで、君はどうやってこんな部屋を作ったの?」
「……手で」
「ふむふむ。どうやら私は質問を間違えてしまったようね」
話すウィムの笑顔が一段階素敵な笑顔になりました。
普段の笑顔が2ウィムスマイルなら、今の笑顔は3ウィムスマイルでしょうか。
しかし、素敵ながら並笑顔が上笑顔にランクアップしたはずですが、そこには今までに無かった有無を言わさない威圧感が込められている気がします。
「ニールちゃんは、どのような方法で私とエルンの鼻と耳を誤魔化し、どんな方法で木材を準備し、何の目的で部屋を作ることを考え、どうやって二日で部屋を作り上げ、先ほどまで何をしていたのでしょうか?」
どうやら経緯から全て話さないといけないようです。
しかし、全てを話す必要はありませんし、できるだけ隠せることは隠しておくべきでしょう。
「……わかりました。その前に、どこから見ていましたか?」
「それを聞いてどうするの?」
「いえ、ただ単純に自分が気がつくまでにどれほどかかったのかと思いまして」
「ふうん。そうね、わかったわ。私たちが見ていたのはニールちゃんが火のついた石を消したところかな」
なるほど、あそこからですか。
となると、回復魔法は見られていないはずです。
見られているのは、『消臭』『消音』『アイテムボックス』の三つでしょうか。
『消臭』『消音』は結界魔法というカテゴリーのはずですが、『アイテムボックス』は勇者の特有スキルということなので空間魔法ということにしておいた方がよいと神様から聞いた気がします。
「そうですね、それではまず理由から―――」
曰く、いつも風呂で臭い石鹸に辟易していたこと、書斎で偶然にも石鹸の製造法を記した本を見つけたこと、そのためには作業する場所が必要だったこと、過去に母の命を助けてくれた冒険者に習った結界魔法と空間魔法を使ったこと、建材は冒険者に連れて行ってもらった森で木材などの素材を集めたことなどを話した。
どうしましょう。
語ってから思ったのですが、自分の過去と神に関係するところを適当に誤魔化したら、実際に行動したことは本当でも、そこにいたる道がほぼ嘘で塗り固められていました。
真剣に話を聞いているウィムの素直で真っ直ぐな瞳が、今の自分には眩しすぎます。
そんな真っ直ぐな目で見つめないでください。
ニールが話し終わると、ウィムは少し腑に落ちない顔をしていました。
「……一つ聞きたいことがあるんだけど」
「なんでしょうか」
「ニールちゃんは、貴族の出身?」
「違います。正真正銘の貧民街出身ですが、なぜですか?」
「うーん。魔法の素質は親から子に受け継がれるらしいの。だから、普通の人でも魔法は使えるんだけど、そこまで実用的な魔法になると魔法の力で特権階級にのし上がった貴族の血筋としか思えないのよ。もちろん、普通の人の中にも魔力が強い人は稀にはいるんだけどね」
思っていた以上に魔法というのは目立つようです。
これからはもっと気をつけなければいけません。
「それと初級魔法の呪文は出回っているけれど、それ以上になるとそれぞれの家によって独自に改良され秘匿されているの。まぁ、ニールちゃんの場合は冒険者に教えてもらったってことだけど、きっとその人は家督を継げなかった貴族の子供だったのでしょうね。それにしても、初級魔法ならともかく自分の家に伝わる呪文をほいほいと簡単に教えるなんてありえないことなのよ。いったいどんな人だったの」
ウィムの話で思い出したのはフィリアでしたが、よくよく思い出してみれば彼女が魔法を使ったのを見たことがありませんでした。
彼女達と別れてからしばらくたちましたが、彼女達は元気にしているでしょうか。
ニールの心をちくちくと寂寥感が苛みました。
「……あぁ、エルフでした」
「エルフって、あのエルフ?」
ウィムは少し呆けた声で聞き返しました。
「えぇ、どのエルフがあるのかは知りませんが、エルフです」
「驚きました。彼らはほとんど森から出ることは無いと聞いていたけど、冒険者をやっている方もいるんだね。でも、それなら納得。彼らはみんな強力な魔法が使えて、最も精霊に近い存在だと言われているからね。人間みたいに頓着しないのかも知れないわね」
「あれ?前に見た本だと、元は同じ人間だったと書いてありましたよ?」
ウィムはキョトンとしていました。
鳩が豆鉄砲を食ったようなとは、この事を言うんでしょう。
少し間をおいて正気に戻ったウィムは笑いました。
「うふふ。確かにそういう話もあるけどね、それはただの御伽噺よ。でも、ちょっとだけ安心したなぁ」
「何故ですか?」
「ほら、いつも大人みたいに難しいことを話すから、こっちもそんな対応になっちゃっていたけど、御伽噺を信じるなんて、ニールちゃんも子供なんだなぁって」
あからさまに子ども扱いされると、流石に少しムッとしました。
まぁ、実際見た目は子供なのですが。
「それで、あの魔導具はどうしたの?」
そもそも、なんで尋問をされているのでしょうか。
一度胸に宿った苛立ちは、なかなか消えるものではありません。
自分はべつに悪いことをしているわけではありませんし、何でも感でも答えなければいけない理由も無いはずです。
心に燈った苛立ちの火は、様々な燃料に移り燃え広がります。
「貰いました」
「え……いくら初級の安い魔導具だといっても、それなりにするはずよ。そんなものを簡単にくれるものかしら」
「それでも、貰いました」
ウィムは明らかに機嫌が悪くなったのを感じたのか、困惑していました。
「……そう。それじゃあ、他には何を持っているの?」
「…………それ、言わなければいけない事ですか」
この質問は、部屋にはあまり関係ない気がしますし、自分が無いと言ったらそれ以上は探りようがないと思います。
ウィムは自分のことを探り、一体何をさせたいのでしょうか。
いくら弱みを握られたとはいえ、唯々諾々と全てを受け入れられるほど捨てられないものがあるわけでもありません。
「ごめん。少し調子に乗りすぎたね」
ウィムは困ったように笑いましたが、弱みを握った相手の力を根掘り葉掘り知ろうとするからには何かがあるに違いありません。
どんなに善良そうに見える人でも、心の中では何を思っているかわかりませんし、利用できるものがあるのなら利用する、人間なんてそんなものです。
それは、ウィムだって例外ではないでしょう。
「それで、僕の弱みを掴んで僕に何をさせたいんですか」
「っ……。」
ニールの言葉にウィムは言葉を失いました。
その顔は驚きと屈辱で歪んでいました。
「ここから逃がせと言うのでしたら、僕にはそんな力はありません」
「馬鹿にしないで!! 確かに君の弱みを見つけて調子に乗って聞かれたくも無いことをあれこれ聞いてしまったことは謝るわ。でも、それは君の事を知りたいと思ったからよ!君は私の事をそんな風に見ていたの」
「所詮、他人は他人です。利用できるものがあれば、利用するのが人間でしょう?」
「そんなこと無いわ!!」
「そうですか? 血の繋がった家族でさえお金のためなら平気で売るのに、他人なんか信用できるはずが無いじゃないですか。他人の心を覗き見ることができないかぎり、相手のことを諸手で信用するなんて無理に決まっているじゃないですか。それとも、あなたには他人の心の中を覗くことが出来るのですか?」
ニールはウィムを睨め付けました。
はじめは適当に誤魔化すだけのつもりで、こんなことを言うつもりは無かったのに、気がついたら堰を切ったように言葉があふれてきました。
貧しいのだから仕方が無い。
父と上手くやれなかったから仕方が無い。
自分は異質な人間だから仕方が無い。
本当の家族ではないから仕方が無い。
そう思っていたし、考えていました。
でも、諦めたふりをして考えないようにしていただけで、どうやら心の奥底では肉親に売られたことが相当堪えていたらしい。
目頭が熱くなって、なにか熱いものが溢れてきました。
どれだけ袖で拭っても、次から次へと溢れ出します。
あっという間に袖はビショビショになり、許容量を越えた袖は溢れてくるものを拭き取ることが出来なくなりました。
それでも、目の奥から溢れ出すものは止まりません。
ギュッと目を瞑ると、何か柔らかいものがニールを包みました。
ニールはウィムに抱きしめられていました。
目を開いても何も見えませんでしたが、ウィムからはとても優しくて好い匂いがしました。
振りほどこうとしましたが、なぜか力が入らずニールには涙でウィムの胸元を濡らすことしか出来ませんでした。
「他の人が何を考えているかなんて、私にもわからないよ。でもね、出会う人みんなが悪い人だと思っていたら、誰とも仲良くなれないじゃない。そんなのつまらないわ。私は楽しい方がいいわ。確かに良い人もいれば、悪い人だっているわ。でもね、全部が悪い人なんていないのよ。ニールちゃん、他人っていうのはね、全てあなたを写す鏡なの。あなたが悪い人だと思えば悪い人に見えるし、良い人だと思えば良い人に見えるものよ。疑うこと自体は別に悪いことでは無いと思うの。全部が良い人なんていないからね。でも、ニールちゃんはもう少し肩の力を抜いても良いんじゃないかしら。私は、その方がきっと良い人生を送れると思うわ」
ウィムはニールの背中をポンポンと優しく叩きながら耳元で囁きました。
優しさに包まれると張り詰めていた緊張の糸が切れてしまい、気がついたときには箍が外れたニールはウィムに縋り付いて泣いていました。
今まで溜め込んでいた不安や遣る瀬無い想いを全て吐き出すように声を出して泣きました。
しばらくどうしようもなく泣き続けましたが、トクントクンという心臓の鼓動に包まれていると、どうしてか心が落ち着きました。
落ち着いて正体を取り戻すと、まだ十代の少女に抱き竦められてあやされていることに面映ゆいさと不甲斐無さに苛まれ、その優しい拘束から逃れようとしましたが、強くしかし優しく抱きしめられていて離れることは出来ませんでした。
こんな少女に慰められるなんて、大人失格ですね。
大人って何なのでしょう。
前世では人に弱みを握られないように、多少の損をしたって誠実に後ろ暗いことの無いようにやってきましたが、人には言えないことがあると途端にダメです。
年をとれば自動的に大人になれると思っていましたが、自分自身では二十代の頃から何も変わっていないように思います。
確かに、あの頃よりは辛抱強くなったのかもしれませんが、考えてもみればそれはただ諦めていただけだったのかもしれません。
大人になるとは一体何なんでしょうかね。
学生の時には、一つ二つしか年の違わない先輩をやけに大人だと思えることがありましたが、自分自身は上級生になったところで大人になれた実感はありませんでした。
体が大きくなり力が強くなることでしょうか。
権謀術数、手練手管で人を操れるようになることでしょうか。
年を重ねても根本的なところは子供の頃とあまり変わっていないような気がする私は、はたして大人ではないのでしょうか。
腹が立つことをされたら、腹が立ちます。
頭にくることをされたら、頭にきます。
年をとったからといって仙人のように達観できるわけでもなく、経験則で行動できるだけで器量がよくなるわけでもありませんでした。
結果がこれです。
自分の不甲斐無さに泣きそうになります。
ごめんなさい、もう泣いたあとでした。
自分はこれまで他人を疑うばかりでしたが、もう少し他人を信じても良いのでしょうか。
この優しい女の子に抱きしめられていると、それも良いのではないかと思えます。
「ごめんなさい」
腕の中でニールはそう呟いていました。
別に謝るつもりなんて無かったのですが、いえ、勿論あとから謝るつもりだったのですが、その時は気がついたら口をついて出ていたのです。
自然と言葉がこぼれ出たことに驚きました。
その呟きはとても小さくウィムには届かなかったかもしれませんが、それが自分の純粋な気持ちだったのかもしれません。
「私こそ、ごめんね。」
ニールを抱きしめる両手の拘束を緩めると、ウィムはニールの目を見て謝りました。
お互いにそれ以上の言葉は続かず、しばらく見詰め合っているだけでしたが、ふいに恥ずかしくなってしまいました。
顔が熱くなり今の自分の顔が赤くなっているのがわかりました。
「ウィムって、なんだかお母さんみたいだね」
照れ隠しでなんとなく思ったことを呟いてしまいました。
「お姉ちゃんでしょ。私はこんなに大きな子供を産んだ覚えはありません」
少し怒った口調でしたが、その表情はとても柔らかく、むしろ笑っているようでした。
そして、今度は自分自身で言葉を紡ぎました。
「ありがと。ウィムお姉ちゃん」
「うん。どういたしまして」
ウィムは少し驚きましたが、すぐに笑顔になりました。
二人だけの世界に浸っていると、ふいにトントンと肩を叩かれました。
振り返るとそこにはエルンがいました。
今まで気がつきませんでしたが、背中にもぬくもりの残滓がありました。
どうやらエルンもずっと背中から抱き締めてくれていたようです。
ウィムの両手から開放されてエルンの方に向き直りました。
エルンは両手を組んでもじもじしていましたが、意を決したようにニールと視線を合わせました。
「…………エルンのことも、お姉ちゃんって、呼んでいいよ?」
言い終えたエルンは小首を傾げてそわそわしていました。
どうやらエルンもお姉さん風を吹かせたいようですが、どうにもエルンをお姉さんだとは思えません。
ウィムも決して年上だとは思えないのですが、自分より体が大きなウィムをお姉さんと呼ぶことには何故か抵抗がないんです。
「エルンはエルンだよ」
別にお姉さんと呼んであげてもいいのですが、なんとなく、ただなんとなくですが悔しい気がして意地悪してしまいました。
エルンはお姉さんと呼ばれる事を確信していたのか、一瞬何を言われているのかわからないようでした。
凍りついた表情は、やがて驚愕に変わり、そして盛大に頬を膨らませて剥れてしまいました。
エルンは怒りながら肩を落とすという器用な行動をしながら部屋に戻ってしまいました。
自分の布団の中に篭ってしまったエルンの機嫌を直すために、ニールはアイテムボックスの中の食材を放出することになりました。
甘いメープルシロップがたっぷりとかかったパンを口にして幸せそうな表情を浮かべるエルンを見ながら、ニールとウィムも遅い遅い夕食を食べました。
機嫌を直したエルンが満足して自分の布団に戻ると、すぐに規則正しい寝息が聞こえ始めました。
考えたら、すでに大人にでも十分に遅い時間でした。
ニールが食事の片づけをしているのをウィムは黙って眺めていました。
片づけが終っても、何か考え事をしているのかウィムは黙り込んでいました。
ニールは「おやすみなさい」とウィムに挨拶して自分のベッドに戻ろうとしましたが、ウィムはニールの前に立ちふさがり耳元で囁きました。
「それじゃあ、おやすみ」
クスリを笑って自分のベッドに潜り込むウィムを見て、ニールはそれがウィムの冗談だと理解しました。
「さようですか。お姫様」
苦笑するニールも自分のベッドの中に潜り込みました。
ふかふかの羊毛布団がすぐにニールを夢の世界に誘いました。
眠りに落ちる間際、何故かウィムの冗談が頭をよぎりました。
――――私の秘密も教えてあげるね。私ね、こう見えても本当はお姫様なのよ
とりあえず今回はここまでです。
ある程度書き溜まったら投稿する予定です。
ご迷惑をおかけします。




