第21話 反省と理由
3日ぶりに見てみたら、なんと200000PVを軽く突破していました。
お気に入り登録も900件を超えています。
いったいこの3日で何があったのでしょうか。
とても嬉しいのですが、それ以上に作者の豆腐メンタルがつぶれてしまいそうです。
チリンチリンリチン…………。
遠くで何か音がする気がします。
耳を澄ませば何かはわかるでしょうが、どうしてでしょうか、そんな気にはなれません。
いったんは布団から顔を出しましたが、再び暖かい布団の中にもぐってしまいました。
ゆさゆさゆさ…………。
気がつくと、何かに体を揺すられていました。
「……あと五分」
寝ぼけたニールの言葉で揺さぶりは止まったが、次の瞬間には快適な夢の世界へ誘うモコモコ掛け布団は剥ぎ取られてしまいました。
手を伸ばすが掛け布団には手が届かず、「あぁ……」と声を漏らして絶望的な目覚めを感じるニールだった。
目を開けると、目の前には見覚えの無い景色が広がっていました。
我が家はこう、もっと薄暗く汚い天井があるはずなのに、低い天井があります。
まだボーっとする頭を無理矢理働かせました。
「うーーーん」と伸びをすると、真新しい白い袖が見えました。
そういえば、僕は奴隷になったんですね。
思い返してみると、昨日はとんでもない一日でした。
生まれて初めて父に起こされたと思ったら、外に出るとそのまま荷馬車に積まれた牢屋の中。
気がついたときには奴隷になっていました。
長時間なれない荷馬車のうえで揺られ、見知らぬ館の前で襲撃されました。
商館で説明を受け、初めて見た獣の少女達に浮かれてのあれやこれや。
…………思い返してみれば、酷いものです。
ウィム達には改めて謝罪しなければいけませんね。
それにしても、年甲斐も無く浮かれてしまいました。
孫を連れて、生まれてはじめてネズミのテーマパークに行った同僚を思い出します。
なにやら完全にその世界に魅了され、熱に浮かされたような中年の男の鬱陶しさは半端なく、うんざりさせられた覚えがあります。
……自分もああだったのでしょうか。
猛省しなくてはいけません。
完全に目が覚めると、目の前には着布団を剥いだエルンが立っていました。
エルンはすでに着替えたようで、すでに頭には帽子を被っていました。
残念で……はありません。
朝起きたら着替えてその日一日に備えて準備する、当然のことですね。
まったくまだまだ若いのに関心なことです。
しかし、どうやらエルンに起こされたようですが、なぜでしょうか。
心当たりがありません。
「……おはようございます」
「………………おはよ」
とりあえず朝の挨拶をしてみると、なんと返事が返ってきました。
驚きです。
返事なんて返って来ないと思っていたので、二の句が告げませんでした。
目を丸くしたニールは、しばしエルンと見つめあう形になったが、エルンはそっと目を逸らした。
「……………………ご飯の時間」
呆然としているニールの耳に透き通るような澄んだ声が届いた。
昨日も聞きましたが、鈴を転がすような声とはこのような声のことをさすのでしょうね。
なんとなくベルの音が聞こえたような気がしますが、もしかしたらその合図だったのかもしれません。
「起こしてくれたんですね。ありがとうございます」
ニールがお礼をすると、エルンは仄かに顔を赤らめてウィムのベッドへむかう。
エルンがまだ目を覚ましていないウィムの体を揺すっているのを尻目に、ニールは布団をたたんだ。
そうです、布団です。
藁束にシーツを敷いただけの寝床ではありません。
布団皮に羊毛を詰め込んだ、歴とした布団です。
若干使い込まれた感はありますが、まだまだ現役のふかふかモコモコですよ。
此奴のせいで今朝は目覚められなかったと言っても過言ではありません。
時として睡眠導入の最高のパートナーであり、また、時として暁を覚えさせない悪魔だったりもします。
六年ぶりの此奴との再会は、どうやら僕の完敗のようですね。
そんなことを考えている横では、布団を剥ぎ取られたウィムがうんうん唸っていました。
コンコン……ガチャッ。
部屋の扉がノックされたと思ったら、誰も返事をしていないのに扉を開けられました。
「ニールちゃーん、エルちーん、ウィムっちー、起きてるー?」
扉の隙間からヒョコッと短い茶髪を後ろで纏めたエスミットがそばかす顔を覗かせた。
ニール達を確認したエスミットはニパーッと笑うと、部屋の中に入り込んできた。
エスミットの手には二人分の食事が乗せられたお盆があった。
「やー、ニールちゃん。朝ごはんの時間になっても起きてこないお寝坊さんを起こしに来たよー」
エスミットは机の上にお盆を置くと、朝食に釘付けになっていたエルンにおもむろに抱きついた。
嫌がるというよりは迷惑そう顔を歪ませたエルンは、エスミットの抱擁を振りほどこうとするが、体格差のせいか力及ばず若干抵抗した後は、なされるがままになっていた。
いいなー。羨ましいーなー。
ニールは、エルンの頭を撫で回し頬ずりをするエスミットを見て羨望の眼差しを浮かべ、ややもするといけるのではないかとスーッとエルンの頭に手を伸ばすが、キッと睨まれ顔面パンチをもらった。
「あははー。ニールちゃん朝から強引なのはいただけないなー。レディーには優しく、しかし、時に激しくだぜー」
これ基本ね、エスミットが人差し指を立ててニッコリ笑うと、腕の力が緩んだ一瞬の隙をついてエルンは拘束から抜け出した。
わきわきと手をグーパーさせるエスミットを無視して、エルンは運ばれてきたご飯を食べ始めた。
エルンは、いつも食いしん坊の腹ペコさんのようだ。
そんなエルンを微笑ましそうに眺めると、エスミットはウィムに一言声をかけ、ニールの腕を掴んで部屋を出た。
扉が閉まり、部屋の様子が見えなくなるまでウィムが起きる気配は窺えなかった。
食堂までの道すがら、ニールはエスミットに疑問をぶつけた。
「そういえば、ご飯はいつもは扉の外に置いてあるってウィムが言ってましたけど、何で今日は部屋の中まで持ってきたんですか?」
「うーん。まぁ、エルちん達は獣人だからねー。あまり堂々と仲良くしているといろいろあるのさー。でも、今はニールちゃんがいるからね、言い訳も出来るのよー。これはニールちゃんのおかげかなー」
エスミットは少しだけ苦い顔をし、それから小さく笑った。
やはり、獣人差別は根強いものがあるようですね。
あまり公には話すことも出来ないようですが、三人はそれなりに仲が良いみたいです。
二人のことを楽しそうに話すエスミットからも、それが嘘ではないことがよくわかりました。
その後もエスミットからエルン達の話を聞きました。
雑談をしている間に二人は食堂に到着しました。
すでに食事を終えて仕事についている人も多いのか、歯抜けに埋まった席は疎らで厨房の方では忙しそうに後片付けをする人が見えました。
エスミットについていき、厨房との境にあるカウンターで朝食を受け取りました。
朝食を手渡してくれたお姉さんはエスミットと顔見知りなのか、気さくに話していましたが、僕のほうを見ると「明日からはもっと早く来るように」とお小言をくれました。
反省してます。
食堂も男女の区別があるようで、部屋を区切るように配置された長細いテーブルを境に分かれていました。
エスミットは男性側に行こうとする僕の腕を掴み笑顔で自分の前に座らせました。
どうやら、完全に女性サイドで生活することになりそうな気がします。
朝食は全粒粉を使った黒いパン、薄緑色のポタージュのようなスープ、鶏肉のような肉片の入った澄んだスープ、サラダでした。
なぜスープ系が二つもあるのでしょうか。
「どうぞ召し上がれ」と言って、エスミットは僕が食べるのをニコニコと眺めてきます。
若干食べにくいのですが、尋ねても首を傾げてかわされます、エスミットはいったいどうしたのでしょうか。
まずはパンです。
少し固めのパンを齧ってみるとサクサクとした食感とともにパンらしからぬ風味が口に広がり、やがて口の中にかすかな苦味が広がりました。
焦げているところは無いのにどうして苦いのでしょうか。
何でしょう、違和感がありますね。
もう一口齧ってみても、やはり違和感です。
……わかりました。
パンなのにイーストの香りがしないのです。
昨日までにたまに食べていたパンも全粒粉のパンでしたが、確かにイーストの香りはしましたし、こんな変な苦味も無かったと思います。
おそらく、膨らし粉を使ったパンなのでしょう。
もそもそと咀嚼し飲み込むと口直しに薄緑色のポタージュを流し込みます。
…………ポタージュではありませんでした。
これ、マイスーですね。
すり潰した豆が練りこんであるようで、ただでさえ食べにくいマイスーの不味さがグレードアップしていました。
しかも、味がつけてありません。
一口だけ口にしてそーっと横に避けるのを見て、エスミットは苦笑を浮かべました。
こうなると、もう一つのスープも怪しいですね。
先にサラダにします。
雑草のような葉っぱとトマトのような赤い実、よくわからない緑色の物体が乗っています。
赤い実は酸味が強く甘みは薄いですがトマトでした。
緑色の物体は口に入れると、若干の青臭さと共にまったりとした食感が口の中に広がります。
アボカドですね。
切るのに失敗したのでしょうか、ぐちゃぐちゃになった外見からはアボカドを想像するのは出来ませんでした。
あまり料理が上手くない人がいるようですね。
最後の葉っぱですが、葉っぱの味がしました。
しかし、あれですね。
この世にはドレッシングというものは存在しないのでしょうか。
もう、ここでの食事に希望が見つかりません。
最後のスープを前に躊躇っていると、エスミットがニヤニヤと笑っています。
やはりこのス鶏肉片の入ったスープも不味いのでしょうか。
スープ皿を置きましましたが、エスミットに促されて一匙だけ掬い口元に運びます。
口元に運ばれたスープの一匙から立ち上る香りが嗅覚を刺激すると、減退していた食欲が復活し、お腹がぐるぐるとはしたない音をたてました。
すごく良い香りがします。
急き立てる気持ちを抑え口の中に運ぶと、塩味は薄めだが濃厚なブイヨンの香りが広がり、胡椒のピリッとした仄かなアクセントが効いています。
うまいです。
すこし味に物足りなさは感じますが、十分に上手いといえる味です。
久々に他人が作った料理と呼べるものを堪能しました。
ニールが舌鼓を打つと、エスミットがドヤ顔で見ています。
えっ、これエスミットが作ったの?
人は見かけによらないものだと驚いていると、横から声をかけられた。
「私の作った料理はいかがでしたか?」
自信満々に胸を張るノーマが立っていました。
あれ、このスープはエスミットが作ったんじゃないの?
エスミットはドヤ顔を引っ込め、困ったように笑い肩をすくめました。
あれ、結局どっちなの?
「え、えぇ、このスープは絶品でした」
困惑するニールが正直に答えると、そうだろうそうだろうと頷いていたノーマの首が止まり、ニールが一口しか口にしなかった豆風味のついたマイスーを見て項垂れた。
どうやら、このまず……独創的な料理を作ったのがノーマだったらしい。
項垂れるノーマをエスミットがよしよしと慰めています。
どうやら、新しく入ってきた人間のレベルを計るために、厨房に新人が来ると自信作を作らされるらしい。
そして、ノーマは見事に砕け散ったようです。
ちなみに、スープはやはりエスミットが作ったものだったようです。
「ま、まぁ、独創的な味でした。でも、もっと料理を練習すれば、きっとなんとかなりますよ」
ノーマは俯いたまま上目遣いでニールのことを見上げると、大きな瞳が見る見るうちに潤っていった。
「やっぱり、不味かったんだーーーー! 家族はみんな美味しいって言ってくれたけど、全部嘘だったんだーー」
ついに突っ伏して泣き始めたノーマにどうしていいのかわからず、ニールはあたふたした。
周囲から突き刺さるような視線を感じます。
泣いているノーマ、慰めるエスミット、あたふたしている僕。
これじゃあ、まるで僕が泣かせてしまったみたいじゃないですかー。
そうなんですけど。
正直、女の人の涙に勝てる男なんていないと思います。
僕が我慢するしかないのでしょうか。
だからといって、あのまず……独創的なマイスーを美味しいと言って食べきる自信もありませんし、それではノーマのためにもならない気がします。
人間、出来ないことはたくさん練習して上達する以外に方法は無いと思うんです。
ニールが困っていると、ウザーレが食堂に現れました。
こちらに気がついたウザーレは急ぐことなくゆっくりと近寄ると、この状況を見ただけで現状を理解したようです。
そっとノーマに近づくと、ノーマの耳元で何かを囁きました。
ノーマ以外の耳には届くことがありませんでしたが、ウザーレの言葉はノーマの心には届いたようです。
頭を上げたノーマの顔は、ピンクに染まり、目は赤く涙も鼻水も流れていましたが、輝いていました。
ノーマの顔を見て、ふわっと笑みを浮かべると、ウザーレはノーマの頭を優しくなでて去っていきました。
女達はキャーキャーと、男達は白けて、ニールは呆然としていました。
あの人は、いったい何をしにわざわざ食堂まで来たんでしょうか。
ウザーレは①突然食堂に現れ、②ノーマに囁き、③頭を撫でて去った。
理解は出来ませんが、ノーマが泣き止んだので良しとしましょう。
何事も無かったかのように、食器を下げようとしたら、まだ一口しか手をつけていないマイスーの皿を見つめる泣きっ面のノーマと目が合ってしまいました。
ニールは再び何事も無かったかのように椅子に腰を落ち着けると、若干引きつる口元に薄緑色の物体を近づけていった。
食器を返却すると、ノーマを連れたエスミットは厨房に入っていき、忙しく仕事を始めていた。
もしかしたら、仕事の邪魔をしてしまったのかもしれないと思い、心の中で謝罪し、ニールはそこらへんにあった机で突っ伏した。
どうして皆あんなものを平気で食べられるのでしょうか。
謎です。
ニールが机に突っ伏して世の不条理を感じていると、声がかけられた。
体を起こして振り返ると、そこには、カメリが立っていた。
「ニールさん、どうかなされましたか」
背筋をピシッと伸ばして立つカメリさんは今日も完璧に給仕服を着こなしています。
「い、いえ、なんでもないです。それより、なにか用でしょうか」
「本日なのですが、まだニールさんにはなにができるのかわかりませんので、屋敷内の維持作業に参加していただきたいと思うのですが、いかがなさいますか」
「維持作業ですか。どんなことをするのでしょうか」
「主に屋敷内の清掃、補修、中庭の芝刈りや庭木の剪定作業になります」
ウザーレが言っていた雑用というやつでしょう。
あまり専門的なことは出来ませんが、簡単なことでしたら問題なさそうです。
「わかりました。それでは、どうしたら良いですか?」
「それでは、エントランスホールに向かってください。そこに担当のものがおりますので。初めは大変かもしれませんが、がんばってくださいませ」」
「ありがとうございます」
カメリさんはスカートを翻すと優雅に歩いていきました。
カメリさんの一挙手一投足からは使用人ですのに、なにか気品を感じます。
ニールが食堂を抜けてエントランスホールに着くと、すでに役割分担を振った後なのか集まっていた人たちがばらばらに散っていくところだった。
集まっていた人たちは皆女性で、男性はいなかった。
後から聞いた話だと、男達は基本的に職人や戦闘奴隷、鉱山などでの労働奴隷になることが殆どのようで、中庭スペースで戦闘訓練や基礎トレーニングをしているようだ。
確かに戦闘奴隷がお腹の出たメタボだったり、ガリガリに痩せ細っていたりしたら売れないですよね。
あれー、僕も一応男の子なんですが?
女性達が姿を消した後に、一人だけ残っていました。
なぜか一段高いところに上がり、腕を組んで仁王立ちをした、他の人と比べると若干ふけ……年嵩のい……お姉さまな女性がいました。
……怖いので睨まないでください。
ニールは重い足取りで、おずおずと女性に近づいた。
「すみません。カメリさんに言われて来たんですが―――」
「おそーーーーーーーーーい!! もう、皆仕事に取り掛かっていますよ。いったい今まで何をやっていたんですか。これだから最近の若い者……いえ、なんでもありません」
基本三十代以下の奴隷しかいない中で、確実に四十代だと思われるおばさ……おねえさんが偉そうな顔をしている。
世に言うお局というやつだろうか……ゴメンなさい腕を振りかぶらないでください。
そんなふと…逞し…母性に溢れた腕で殴られたらひとたまりもありません。
おねえさんはわざとらしくコホンと咳をした。
「あなた、初めて見る顔ね。私はメッツァよ。あなた達奴隷女中の指導をしているものよ。でも、新人だからって甘やかしたりしないからね。遅れてきた者には相応の罰を与えますわ。覚悟しなさい」
えー、言われた通りにしたのに罰って流石におかしくないですか。
このおば…おねえさん少しヒステリック過ぎやしないでしょうか。
まるで、出もど…。
「何か、文句でも?」
「いいえ、ありません」
「それでは、あなたには屋敷内の鏡磨きをしていただきます」
「鏡磨き?」
なぜ鏡磨きが罰になるのでしょうか?
「そうです。男性棟のものはやらなくても良いですが、女性棟及び共有スペースにある鏡を全て磨いていただきます。少しでも曇りがあったら許しません。全て磨き上げるまでは逃がしませんので、覚悟してくださいませ。わかりましたか」
「…はい」
「もっと大きく」
「はい!!」
鏡は全部で十枚あるようだが、その内三枚は商人達の区画にあり、カメリ達奴隷ではない職員が担当らしい。
理由は社外秘のものや貴重品が多いため、奴隷達には立ち入らせたくない商人達の要望らしい。
男性棟にも一枚あるらしいが、そちらはやらなくてもいいらしいので、全部で六枚磨けばいいみたいです。
まぁ、窓を磨くだけなら簡単ですよね。
ニールはメッツァからたらいと雑巾を受け取ると、水を汲んでエントランスホールに飾ってあった鏡の前に立ち尽くしました。
これが鏡?
縦一メートル、横五十センチメートルの鏡は見事に黒ずんでいました。
いやー、驚きました。
すでに何度かエントランスホールに足を踏み入れていますが、この黒ずんだアンティークの置物が鏡だとは思いませんでした。
これは、銀ですね。
鏡は銀板に飾り細工をしただけのもので、すぐにくすんでしまうようです。
銀のくすみは汚れではなく硫化なので、磨いて硫化してしまった表面を削り取らないといけないのですが、これを雑巾だけで磨き上げるとなったら、そりゃ重労働です。
試しに擦ってみますが、まったく綺麗になる気がしません。
ダメですね。
仕方がありません。
自分だけズルしているようで申し訳ないですが、魔法に頼らせていただきます。
周囲を確認して誰もいないのを確かめると、錬金魔法の『抽出』を使い、硫化銀から硫黄だけを取り除いていきます。
抽出できる硫黄は少量ですが、近くに置いておくとすぐに銀がくすんでしまいますし、何より臭いので、布に包んでアイテムボックスへしまいます。
あとはざっと表面の汚れを雑巾で拭き取りましょう…………。
そういうことですか。
鏡には見知らぬ少年が映っていました。
赤茶けた髪。
やや垂れ下がった目はパッチリと開いていても少し眠たげにも見えるが愛らしさがあった。
細めの眉は凛々しさには欠けるが相手に好感を持ってもらえるようだった。
鼻筋は通っているが、けっして高くは無い。
ほりは深くなく、全体的に丸顔。
一言で表せば、日本人顔。
ラテン系の顔つきの父と母の面影が一切ありませんでした。
唯一髪の色だけが、お腹を痛めて生んでくれた母の色同じと言うくらいでしょうか。
もしかしたら、家族の不和は自分の存在が大きかったのかもしれません。
父もまったく自分と似ていない日本人な子供が生まれたら、そりゃ母を疑ってもおかしくはありません。
父が僕を見て不機嫌になるのも無理ないのかもしれませんね。
そう考えると、自分さえ生まれてこなければ良かったと、母には申し訳ないことをしたという罪悪感に苛まれ、それと同時に、神に対する怒りが湧いてきました。
神のアホーーーーー!!
まぁ、自分さえいなければあの家は何とかなるのかもしれません。
そうじゃなきゃ、自分は生まれていないはずです。
胸の奥のほうがズドーンと重くなるのを感じながら、意気消沈のニールは清掃作業に戻って行きました。
ニールが六枚目の鏡を磨き終わった頃、メッツァが働きぶりを監視しに来ました。
すでにピカピカになった鏡を見てメッツァは魔法だ何だと騒ぎ出しましたが、昔知り合った冒険者に銀の装備の手入れの仕方を習ったと言い訳してやり過ごしました。
気分が落ち込んでいたニールは、掃除道具を片付けると、何か他の仕事を押し付けられる前に部屋に戻りました。
それにしても、気になることが一つだけあります。
どうして温泉でもないのに銀がこんなにもすぐにくすむのでしょうか。
まったく掃除をしていないなんてことはないと思うのですが。
しかも、女性棟や客間ではそれほどでもないのに、共有スペースのものだけが真っ黒に黒ずんでいたのです。
しばらくして理由がわかりました。
昼食を終えて部屋に戻ろうとすると、エントランスホールの鏡の前に人がいました。
男奴隷のナルさんというマッチョのおにいさんです。
彼は鏡に映る自分の眺め頬を染めると、ほんのりと赤く染まった頬を擦りつけ、べたべたと銀鏡に触りまくっていたのです。
銀は皮脂でも曇るのでやめて欲しいなあ。
頬をポリポリとかくと、ニールは部屋に戻っていった。
最後が駆け足になってしまいました。
もっと精進が必要ですね。
ニールは今まで自分の姿を確認したことが無かった衝撃の事実。
水鏡を見たことが無いなんておかしい。
そんな意見も多々あると思いますが、それは無しの方向でお願いします。
人間気になる子でもできない限り、意外と自分の姿なんて気にしないもんだ。
鼻毛が出ているのを指摘した時のとある人物の発言を参考にこの話が出来上がりました。




