第20話 桃源郷と小象
今回は若干の下ネタを含みます。
嫌いな人は注意してください。
パタン。
……………………。
部屋から出たのは良いものの、ニールは若干途方にくれていた。
どうしよう、風呂の場所がわかりません。
柄では無いと思いながらも若干気取って出てきてしまった手前、部屋に戻ってウィムに聞くのは躊躇われます。
だって、自分あれ以上一緒にいたら絶対ウィムの耳にしゃぶりつく自信ありますもん。
仕方がありません、誰かを捕まえて聞くしかないですね。
しかし、なぜこんなに暗いのでしょうか。
先程カメリに案内された時には明かりが灯っていたはずの燭架は全て消えていました。
ニールがいる廊下は両サイドが部屋になっているため、窓の無い廊下には月明かりが入ってくることは無く真っ暗だった。
経費削減でしょうかね。
部屋の空調は28℃、窓際の(部下がいる所の)無駄な電気は切る、下っ端の接待費は認めない、みたいなもんですね。
わかります。
おそらく、来客や新人が来たときにだけつけるのでしょうね。
まあ、幸い暗闇でも目を凝らせば見えるくらいに夜目が利くこの体ですので、明かりが無くても困りません。
それに廊下には人がいませんが、エントランスホールには数人いるようです、そこで聞きましょう。
ニールは明かりを持たず暗い廊下を歩き始めた。
冷たい板張りの廊下を素足で歩くと、ペタペタと音がした。
何だか小学生の時に教科書を忘れて夜に学校に忍び込んだことを思い出しますね。
あの時は、親のカンテラをこっそり拝借して忍び込んだものの、揺れる明かりがお化けに見えて何度も泣きそうになったのを覚えています。
今は明かりが無くてもあの時以上に見えるのですよ、なにか変な気持ちですね。
便利な体ですが、何かいろいろな物をなくしてしまっている気がしますね。
まあ、これは体のせいというより、心が老いているせいでしょうか。
過去に想いを馳せていると、後ろの方で勢い良く扉が開いた。
振り返ると明かりが漏れる室内から少女が飛び出してきた。
こちらに向かってくる少女の手には仄かに光る何かが持たれていた。
それは蝋燭の火のような暖色の明かりではなく、切れかけた蛍光灯のような青白い明かりだった。
少女はニールに気がついていないのか、真っ直ぐにこちらに向かってきた。
このままでは、ぶつかりそうですね。
ニールが横に避けて回避すると、ビクッと驚いた少女も足を止めた。
「うわぁ、ビックリしたぁー」
少女はニールに向かって光る物体を向けた。
「あーっと、ゴメンねー、気がつかなかったよー」
少女はペコリと頭を下げた。
頭を下げた時に、小脇に抱えていた籠からドサッとタオルや着替えが落ち、ややそばかすの目立つ顔を薄紅色にしてアハハと照れ笑いを浮かべながら拾い集めていた。
ニールが足元に落ちていた薄い布切れを差し出すと、少女の顔が一瞬固まり慌ててニールの手から布切れをひったくった。
先程とは打って変わって真っ赤に染まったそばかす少女は、茶色い短めの髪の毛を後ろで纏め、やや太い眉が凛々しい。決して美人ではないが愛嬌があった。
どこかで見たことがあると思っていたら、先程ノーマと握手をしていた少女だった。
えーと、名前なんだっけ。
「こちらこそ、ゴメンなさい」
ニールも頭を下げると少女は光る手で頭をかいた。
「いやー、前方不注意はあたしの方だしねー。でも、発光石を使わないと危ないよー?」
「発光石?」
ニールは首を傾げた。
「ありゃー、もしかして、発光石知らない?」
「ゴメンなさい」
「いやいや、謝らなくてもいいんだけどね。」
謝るニールを見て、エスミットは発光石を持った手をブンブン振った。
「あー、そーか。あなた、さっきカメリさんの後ろにいた新人ちゃんだねー?」
「ニールです。よろしくお願いします」
「ニールちゃんかー。よろしくねー。私はエスミットだよ。ニールちゃんは貧民街出身?」
ニールはコクンと頷く。
「そっかー。それじゃー、知らないかもしれないねー。発光石はね、マナに反応して光るんだよー」
村では魔法を使う人を見たことが無かった。
もしかしたら、魔法が使えないから村には発光石が無かったのでしょうか。
「それでは、エスミットさんは魔法が使えるんですか?」
エスミットはキョトンとしたが、すぐにアハハと笑った。
「違うよー。マナに反応して勝手に光るんだよー。だから、マナさえあれば魔法が使えなくてもダイジョーブ。でも、魔法使いの人が使うともっと明るいみたいだねー」
へー、と頷いていると、エスミットは首を傾げた。
「同じ部屋の人、教えてくれなかった?」
「そうですね、ウィムお姉ちゃんにもエルンにも何も聞かずに出てきちゃいました」
二人の名前を出したら、エスミットは少し驚いていた。
エスミットも獣人を侮蔑するタイプの人なのだろうか。
「あー、なるほどねー。ウィムちゃんもエルンちゃんも獣人だからねー」
うんうん、と頷くエスミットにニールは少し怪訝そうな顔をした。
「獣人の人はマナを持っていないから、発光石が使えないんだよー。普段使わないから言うの忘れちゃったんだねー。ウィムちゃん達の部屋には蝋燭が常備されているけど、うるさい人もいるから二人とも使わないのよねー。使っていいって言ってるんだから使えばいいのにねー」
ねーと同意を求めるように小首をかしげるエスミットにあわせてニールも小首を傾けた。
なるほど、だから部屋の中も暗かったのか。
そういえば、エスミットはウィムたちのことを何とも思っていないようだ。
「エスミットさんは獣人を嫌わないんですか?」
「あー、あたしはマーレの人間なんだー。あっちにはたくさん獣人の人とか魚人の人もいたし、友達もいたからねー。ニールちゃんは獣人の人は嫌い?」
「大好物です!!」
「……大好物?」
「失礼、間違えました。大好きです」
「まー、そーだよねー。ウィムお姉ちゃんだもんねー。なんなら、あたしのこともスミお姉ちゃんって呼んでもいいのよー?」
エスミットはニヤニヤして言った。
「わかりました。エスミットさん」
「あらあら。まぁーいいや。そういえば、ニールちゃんは何でこんなところにいたの?」
「ウィムお姉ちゃんとエルンに暖かいお湯を運ぼうと思って、お風呂の方に」
「あー、なるほどねー」
エスミットはフム、と発光石を持った手を顎に当てて考え込んだ。
顔を下から薄明かりで照らすため、暗闇に薄っすらと顔が浮かび上がり、地味に怖かった。
先程まで眉間にしわを寄せていたエスミットの表情がパッと耀き、いいことを閃いたとばかりに拍手を打った。
「それじゃー、一緒にお風呂入っちゃおー」
「えっ、いや、ウィムお姉ちゃんにお湯を持っていかないといけないので」
「大丈夫だよー。帰りに運べば問題ないよー」
「いえ、僕も体を拭くだけで―――」
「それじゃー、れっつごー」
ニールはエスミットに腕を組まれ、風呂場までズルズルと引きずられた。
振りほどくことは容易いが、自分作詞作曲の鼻歌を歌いながら楽しそうに歩く少女の手を振り払うことがニールには出来なかった。
お湯を手に入れたら、隙を見て逃げるしかないようです。
エスミットは風呂に向かいがてら屋敷内を案内してくれました。
まずここはノーイッシュ・ウザーレ会頭の治めるノーイッシュ商会の商館らしい。
苗字が先にくるのは日本と一緒みたいですね。
屋敷は玄関から入って右側が男子棟、ニールの部屋がある左が女子棟になっているようだ。
二階は一般奴隷の住居スペースになっており、基本的には四人部屋だがニールの使っている部屋など複数違う仕様の特別室があるようだ。
一階は風呂や洗濯場の他に元貴族などの上級奴隷の住居スペースになっている。
上級の方が二階のようなイメージがあるが、諸々の設備に近く、階段を登らないでいいようにということらしい。
それと上級奴隷の部屋は基本個室らしく、普段の生活の中でも多少扱いに差はあるが、別に命令を聞かないといけないと言うことはないらしい。
結局は同じ奴隷に変わりは無いようですね。
エントランスホール奥にある先程ウザーレたちが出てきた部屋は食堂で、ニール達の紹介後にウザーレが食堂に戻っていったのは、夕食中だった為らしい。
奴隷は朝、昼食が出るらしい。
食堂の奥には厨房があり、地下は倉庫、二階はホールや応接室になっており、来客は二階に通される。
他にも棟があり、商人達の居住スペースに執務室がある棟、来客を泊める客間のある棟があった。
上から見ると、食堂のある胴体部分に手足がついているようだと言えばわかりやすいだろうか。
ざっくりとした説明を受けている間に、風呂場に到着した。
中に入らなくても、扉の向こうからは姦しい女達の声が聞こえていた。
おかしいですね、僕の知っている限り、お風呂は青い暖簾がかかっているものなのですが。
エスミットはニールから手を離し、扉を開けました。
そこにいるのは当然男達のはずで、僕が行くべきところは当然男風呂であるべきなのです。
エスミットが開けた扉の向こうから、湿気を大量に含んだ暖かい空気と一緒に、若干の獣臭さと噎せ返るような女性の匂いが流れ出しました。
だから、目の前にこんなにたくさんの全裸の女の人がいるようなところは僕の来ていいところではないはずなのです。
「ありがとう。それじゃあ、また後でね」
何事も無かったかのように片手を挙げて自然体を装い逃走を図ったが、エスミットの腕がニールの首をガッチリとホールドした。
ムニュッ。
ニールの後ろから回されたエスミットの腕が絞められると、ニールの後頭部は未だ女性にはなりきれない少女の控えめな双丘に押し付けられた。
む、胸が当たってます。
抵抗むなしく、微かながら確かな弾力を後頭部に感じながら、顔を真っ赤にしたニールは女風呂へと連れ込まれた。
扉の向こうは脱衣所になっていた。
床は浴室から地続きの石造りで、板の間より少し暖かかった。
壁には簡単な棚があり、女達の着替えの入った籠が並んでいる。
使用済みのタオルなどを入れる回収箱もあった。
鏡や洗面器、ドライヤーが無いだけで、なんとなく銭湯の脱衣所に近い印象を受けた。
さて、お風呂の感じもわかりましたし、失礼おば……。
「ニールちゃん、どこに行くのかなー。まだお風呂入ってないよー?」
ダメでした。
ニールの右肩はガッチリと掴まれ、逃げることは出来ません。
いつの間にかすでに下着だけになっているエスミットがこちらを睨んでいます。
いやいや、無理無理無理無理、無理ですって。
だって、女の人しかいないんですもの。
脱衣所には今から入る人、すでに上がった人、様々ですが、みんなスッポンポンなんですよーーー。
お風呂なんですから当然なんですが、目のやり場に困るんです。
だって、男の子だもん。
そりゃ、女の人の裸を見たい放題なんて男のロマンではありますが、実際にそうなってみると、小心者のチキンハートがガンガン警鐘を鳴らし続けます。
報われない人生でしたが、それでも犯罪だけは犯すことはありませんでした。
それなのに、こんなところで覗きだなんて、御天等さまが許しても、僕が許しません。
「ちょっとー、ニールちゃん、いつまで突っ立ってるのー? それじゃーお風呂には入れませんよー」
すでに全裸になったエスミットがニールの前で仁王立ちしていた。
ちょっっ、大事なところまで丸見えじゃないですかー、やだー、タオルで隠してくださいよー。
言葉にならない悲鳴を上げ、パクパク口を開けているニールの前にかがんだエスミットは、ニールの服の裾を掴むと、容赦なく引き上げた。
いやーーー!!
服を剥ぎ取られ、パンツ一枚になったニールはパニックのあまり、両腕で自分の胸を隠してしまった。
キラーン。
その一瞬の隙を見逃さなかったエスミットの瞳が光ったのをニールは見た。
エスミットの指は、ニールの踏み出した文明人の第一歩に掛かり、ニールの尊厳は呆気無く引き降ろされた。
ぱおーん。
将軍様の御成りであーる。
屈んだ状態から一気にニールの尊厳を引き降ろしたエスミットの眼前10cmには、六歳児の小象が現れていた。
その場で硬直したエスミットはニールの小象をガン見していた。
ニールとエスミットのやり取りをほっこりと見守っていたお姉さんがたも、いつの間にかニールの小象を見ていた。
いやーーーーーーーー!!!
もう、終わりです。
六歳にして変質者確定です。
いっそ殺してください。
目の奥からなにやら熱いものが込み上げてきました。
一番初めに動いたのはエスミットだった。
エスミットは、小象から視線を外すと、だんだん上に上がってきた視線は、ついにニールの瞳を捕らえた。
目が、目が怖いです。
僕はこれから女風呂に入り込んだ勇者、もとい変態として一生を過ごしていくしかないんです。
「ニールちゃん、男の子だったの?」
小首を傾げたエスミットに、手で顔を覆ったニールはコクリと頷くことしかできなかった。
「なーんだー、一瞬変な病気かと思ってビックリしちゃったよー」
謎が解けたとばかりにニコニコしたエスミットは、何を思ったのかニールの小象をツンツンと突いた。
NOーーーーーーーーーーーーーーー!!!
魂が抜け、真っ白になったニールの事なんか気にすることなく、エスミットはツンツンしました。
興味深そうにしていたお姉さん方もいつの間にか近寄っていて、興味深そうに見ていました。
流石にツンツンはしませんでしたが。
もう、お婿にいけません。
気がつけば浴室に運ばれ、エスミットやお姉さん方にオモチャにされ、体を洗われていました。
お湯をかけられ、無駄に柔らかいふやけた石鹸を体に塗りたくられました。
何この石鹸臭っ!!
悪臭で意識を取り戻すと、目の前には大小様々な果実が実っていました。
まだまだ青いスモモから熟して芳醇な香りを放つメロンまで、ゆらゆら、ぷるんぷるん、ぷかぷか、ぷりんぷりん、たゆんたゆん。
果実が揺れ動きます。
手を伸ばせば、触れる事だってできます。
硬いの、弾力があるの、柔らかいの。
白いの、黄色いの、褐色の。
なだらかな曲線、しなやかな曲線、豊かな曲線、どれも良い。
みんな違って、みんな良い。
何処ここ、なんて桃源郷?
僕は夢の世界に来てしまったのでしょうか。
綺麗なお姉さんがたくさんいて、果実がたわわに実っていて、石鹸が臭いですが目の前で甲斐甲斐しく体を洗ってくれるそばかす少女は…………エスミットでした。
やっぱり、現実でした。
しょぼーん。
身も心もしょぼーんでした。
これだけ素敵なシチュエーションなら、前世の枯れた老人でも元気になったはずなのに、若く新しい体はしょぼーんでした。
まだまだ使う予定は立っていませんでしたが、この事実でさらに打ちひしがれました。
もしかしたら、一生しょぼーんなのかもしれません。
己の人生に思いを馳せているうちに、僕はいつの間にか脱衣所にいました。
体の水気は綺麗に拭き取られ、今まで着ていたボロとは比べ物にならないくらい上質な(と言っても麻には変わりないのですが)服を着せられていました。
しっかりパンツを穿いているのに、股間がスースーするのは何故でしょうか。
あまり考えたくありません。
何とか我に返ったときには浴室も脱衣所も大分人が減っていました。
エスミットももういませんでした。
早く布団に入って寝てしまいたい。
わずか数刻たたないうちに、煤けてしまった己の背中を感じながら、自分の部屋への帰路にたちました。
「あ、お湯忘れた」
部屋の前に立って初めて自分がお湯を忘れてしまったことに気がつきました。
しかし、もう気力がありません。
ウィムには申し訳ありませんが、今日は謝って許してもらいましょう。
ガチャッ。
何も考えず扉を開けると、月明かりのなかに美女と美少女がいました。
月明かりを濡れ羽色と小麦色の艶やかな髪が反射し、磁器のような白く滑らかな肌は月光を受けて青白く艶かしく光ります。
濡れた肌から薄っすらと蒸気が昇り、艶やかな濡れ羽色の髪から伝った水の雫は、しなやかな背筋を伝い尻尾の生えた薄い尻にたどりつき、または、鎖骨の窪みから流れた雫は豊かな曲線を伝いピンク色の蕾から床に落ちた。
小麦色の髪から流れた水の雫は、なだらかな草原を走りぬけ、草一つ生えていない裂け目に消えていきます。
月明かりのなか、裸の美女が裸の美少女の体を拭いていました。
ゴクリ。
そのあまりにも美しい光景に思わず唾を飲み込んでしまいました。
パオーーン!!
ニールの小象は人生で初めてのおっきをした。
よかった、僕の象さんは死んではいませんでした。
二人の視線は侵入者に向けられ、ピンと立った二対のケモノミミはこちらを向いていました。
先程までご機嫌にゆらゆらと揺れていた尻尾はピタリと止まり、常時よりも太くなっている気がします。
喜びに震えたニールはそんな二人の様子に気が付くことも無く、感謝を述べるべく二人に駆け寄り、怒りに震え涙を浮かべた赤い瞳の美少女に殴り飛ばされました。
正気に戻ったニールは部屋から飛び出し、美女の許しを得て部屋に戻ると同時に土下座した。
怒り冷めやらぬ美少女の拳を何度も全身で受けとめ、何とか許しを得ることに成功しました。
多少は気が晴れたが怒り覚めやらぬ美少女はそのまま二段ベッドの上に飛び上がり、布団に潜り込みました。
美女は笑っていない笑顔という器用な表情を浮かべ「次は無いからね」と言って美少女が使うベッドの下のベッドの中に消えました。
今日はいろんなことがありすぎました。
心も体もボロボロです。
もう、寝ましょう。
ニールも空いているベッドに潜り込むと、やがて眠りに落ちて行き―――――
グーーーーー。
ませんでした。
お腹がすき過ぎて眠れません。
よく考えたら、今日は一日何も食べていません。
布団の中で目を瞑ってもぞもぞとしますが、一向に眠くなる気配がありません。
困りました。
対面のベッドでは、二人の獣人の微かな寝息が聞こえます。
二人を起こさないように息を潜め、窓際の椅子に座ります。
自分がよく知る窓ガラスとは違う製法なのでしょう、少し歪んだ窓ガラスから屈折した月光が差し込んでいます。
ニールは雲ひとつかかっていない満月が歪んで見えるのが、少しだけもったいなく感じて窓を静かに開けました。
夜の冷たい空気がじんわりと部屋に入り込みました。
ゆっくりと大きく深呼吸するとニールの肺を新鮮な空気で満たし、女達の微かな香水の香りが鼻孔に流れ込んできました。
アイテムボックスから、パンを取り出しカットし、ベーコン、野草、香草を挟みます。
ガラスのコップにエールを注ぎ、月明かりの差し込む窓辺でニールは一人遅い夕食を始めました。
サンドウィッチに齧り付き、エールで流し込みました。
二個作ったサンドウィッチのうちの一つを食べ終えると、お腹は満たされますが心は満たされませんでした。
イマイチです。
トマトとマヨネーズと胡椒が欲しくなりますね。
二つ目に手をつけようか迷いましたが、食指が動かなくなり満月を眺めながらちびりちびりとエールを口にしました。
「くぅぅ」
なにやら可愛い音がして振り向くと、二段ベッドの上の布団の中から輝く二つの瞳がサンドウィッチをロックオンしていることに気がつきました。
二つの瞳はニールの視線に気がつき布団を被り直しますが、しばらくすると誘惑に抗いきれないのか、鼻先だけを露出させ、すんすんと匂いを嗅いでいます。
その少し間抜けな光景に思わず顔が綻んでしまいます。
「良かったら、食べますか?」
小さく声を出すと、もぞもぞとしていた布団の中も、ヒクヒクさせていた鼻も動きを止めました。
ニールには、なんとなくそれが首を傾げているように見えた。
「僕はもうお腹いっぱいなので、もし良かったら、ですが」
ニールが再び声をかけると、いつの間にか音も無くベッドから飛び出したエルンがサンドウィッチを手にして立っていました。
エルンはそのままニールを見るように立ち尽くしています。
淡い月の光を反射する小麦色の耳は、無表情の顔とは裏腹にそわそわと動き回っていた。
普段は帽子を被って耳を隠していますが、流石に寝るときには脱ぐようですね。
眼福です。
ニールが何も言わずサンドウィッチを持ったまま立ち尽くすエルンに声をかけようとすると、ビクッと体を震わせサンドウィッチを隠そうとしました。
食べたいけど食べてはいけない、返さないといけないけど返したくない。
そんな少女の心の内の葛藤が透けて見えるようで心がほっこりしてしまいます。
「どうぞ、もしエルンが食べないのでしたら捨ててしまうだけですので」
もちろん、ニールにはそんなつもりは無かったのだが。
そして、出来ることなら御礼にその素敵な狐耳を触らせてはいただけないものでしょうか。
若干の打算が込められたニールの言葉はエルンには届くことは無く、エルンは首を傾げた。
「ホント?」と聞こえたような気がしてニールが頷くと、エルンは静かにサンドウィッチに噛り付いた。
「っ……おいしぃ」
片手で小さな口を隠し、目じりを下げる表情はまさに幸せと表題をつけて飾っておきたくなるほどの極上の笑顔だった。
頬を緩めて自分のことを見つめるニールに気がつき、エルンは初めて自分が思わず呟いてしまっていたことに気がついた。
ハッとして顔を引き締めるが、口の中に詰めこみすぎたサンドウィッチを嚥下することができず顔が熱くなるのはどうしようもなかった。
エルンはツンとした表情をつくり、月明かりで赤面がばれないことを祈ることしかできなかった。
小さな口でサンドウィッチを頬張りながらも、不本意ですが仕方ありませんと言わんばかりのすまし顔とは裏腹に、エルンの尻尾は千切れんばかりに左右に振られていた。
その器用な様子をニールは静かに眺めていた。
手元のサンドウィッチが無くなると、エルンは切なそうに空のお皿を見たが、ニールでも聞き逃しそうになるくらい小さく「ごちそうさま」と呟いてベッドに戻っていった。
ベッドの階段で立ち止まってこちらを振り向いたエルンにニールが軽く手を振ると、ハッとして布団の中に戻っていった。
ニールの持つエールの入ったコップを名残惜しそうに見つめているような気もしたが、子供に飲ませるわけにはいかないので気がつかなかった振り。
幸せそうなエルンの尻尾と耳を見て癒されたが、ニールは溜息をついた。
早く新たな調味料の調達をしたいですね。
明日の朝食に期待です。
ベッドの中からそんな二人の様子を優しく見守っていた視線があったことをニールだけは気がついていた。
何故でしょう。
こんな話の時だけは筆がいつもより早く進むんですよね。
それでも、キャラクター達の魅力を余すことなく伝えることは出来ないのですが。
ここまでのお付き合いありがとうございました。




