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第15話 苦節一ヵ月、そしてこれから

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

これで、一章が終了です。

 


 人間とは罪な生き物ですね。

 塩が手に入って少し食が改善されると、貪欲に次を求めてしまうのです。


 そう、味噌汁が飲みたい。


 塩だけの食生活には飽きたんです。

 味のバリエーションが欲しいのです。


 日本人とは何でしょうか。

 黄色人種?

 短足?

 顔が平たい族?

 いいえ、違います。

 味噌と醤油をこよなく愛する者の事です


 我が家のスープにいつも入っていた、あの豆ですが、おそらく大豆です。

 形も味も大豆に近いので、塩が手に入った今、おそらく味噌作りも夢では無くなりました。

 米はありませんが、麹を作るのには麦でも代用が効くはずです。


 まずは麹を作ります。

 普通は蒸した麦に種麹を振り掛けるのですが、そもそも種麹がありません。

 そこで、蒸した麦をいくつにも分け、条件を変えて『成長促進』をかけていきます。

 麦は、見る見るうちに青や赤、緑のふわふわとした毛が生えてきました。

 普通は、どんなカビなのかは分りませんが、僕には『解析』があります。

 誰もいないのに得意げな顔をつくり、カビた麦を見ます。

 カビカビカビアオカビカビカビアカカビカビカビカビカビカビカビカビカビアオカビカビカビアカカビカビカビカビカビカビカビカビカビアオカビカビカビアカカビカビカビカビカビカビ。


 全滅でした。

 そんなにうまく行くはずがありませんよね。

 分っていました。

 分ってはいたんですが、どうしても諦められません。

 ここから、僕の挑戦が幕を開けました。

 来る日も来る日も麹カビを見つけるためだけに全力を注ぎ、麦がなくなりそうになると、森に行って増産し、帰ってきたら、再びカビを量産し続けます。

 温度を変え、湿度を変え、器を消毒し、唾をかけてみたり、手で触ってみたり…。

 何度も何度も挑戦し、幾度とカビが生え、そして腐敗する麦たち。

 何度も挫折し、心が折れて立ち上がれなくなりそうなこともありました。

 八つ当たりで偉そうに指示する大きなオークの頭を吹き飛ばしたりもしました。

 ヤサグレて、メープルシロップをがぶ飲みした日もありました。

 一縷の希望に賭け、無謀に挑戦し、腐らせた豆も少なくはありません。

 今考えると、もったいないことをしたと思います。

 しかし、それがあったからこそ、今が在るのではないでしょうか。

 幾度の苦難を乗り越え、幾度の挑戦の果てに、幾多の失敗を礎にして人々は何かを作り上げてきたのです。

 そして、その偉大なる人類が作り上げてきたものに、僕は今手をかけたのです。



 そうです。

 麹カビの繁殖する麦が出来たのです。

 カラフルに彩る他の器とは明らかに違い、白一色の綿毛を生やしたそいつは、明らかに異彩を放っていました。

『解析』の結果は、間違いなく麹カビでした。

 震える手を何とか抑え、落とさないようにそっと器を持ち上げます。

 折角培養に成功した麹カビが他のカビに侵食されたら、目が当てられません。

 アイテムボックスに収納すると、カビ達を一箇所に集めて焼却処分。

 君達がいたからこそ、僕はこの高みに達することが出来ました。

 これまでのことを想い、涙を流しながら、燃えていくカビ達に敬礼しました。


 苦節一ヶ月。

 やっとで努力が実った瞬間でした。

 たかだか一ヶ月かもしれません。

 しかし、何度も積み重ねた試行錯誤は数十年という年月に相当する濃密さであったと僕は信じています。



 ここからの作業は、割とスムーズに行きました。

 麹カビを新たな苗床に移し更なる繁殖を続けます。

 軽く我を失う程の過剰な喜びは、さらに過剰な量の麹を増産することに繋がりましたが、そこらへんは少し大目に見てください。


 まずは味噌から。

 まずは、豆を水につけてふやかします。

 十分水を吸ったら、煮ます。

 煮えた豆を潰し、塩を混ぜます。

 そこに、塩を混ぜた麹を混ぜ、壷に移します。

『成長促進』をかけて、ハイ、味噌の出来上がり。


 何でしょう、このお手軽さ。

 麹で躓いたのが嘘のようです。

 少し、涙が出てきました。


 いえ、違うんです。

 決して、味噌があっけなく完成してしまったからじゃないと思うんです。

 そう、これは、むしろ、あれです、えーと、嬉し泣きってやつです。

 そうです、嬉し泣きです。

 苦節一ヶ月と数時間。

 ついにその成果が実った瞬間なんです。

 男泣きしないほうがおかしいんです。


 話題がそれてしまいましたが、味噌が出来上がりました。

 そのまま、舐めたい衝動を抑え、念願の味噌汁を作ります。


 水を火にかけます。

 ダシ…は入れれず、野菜…も無く、味噌を溶き、ワカメ…も無く、薬味…も無し。

 出来ました。

 味噌だけ汁です。


 それでは、頂きます。

「味噌だ!!!」

 それは、紛れも無く、味噌でした。

 お椀から暖かい汁を口の中に注ぐと、涙が出てきました。

 決して不味かったからじゃないんだからね。

 どうしてでしょうか、なぜか誰もいないのに強がってしまいました。

 味噌汁は不発でしたが、味噌自体は完成しました。

 まだまだ改良の余地はありますがまずまずと言ったところでしょう。


 

 次は醤油ですね。

 まずは、麦を炒ってから砕きます。

 豆を蒸したら、砕いた麦と麹を混ぜて醤油麹を作ります。

 できた醤油麹に塩水を加え、かき混ぜながら『成長促進』を使います。

 そうすると、あら不思議、見る見るうちに醤油に変わっていくじゃありませんか。


 そんなわけで、醤油も完成しました。

 完成品を少し舐めただけで、ぶわぁっと涙が出ました。

 しかし、それでは終らせません。

 同時進行で秘かに作り上げたあいつとタッグを組んだら、最強のコンビネーションを見せるのですから。

 別の壷を開けると、中からは藁束が現れました。

 強烈な匂いのするそれを開くと、現れました糸をひく豆です。

 そうです、こいつは納豆、否、納豆様です。


 ニールは納豆様をお椀に移すと、木の枝から削りだした箸でおもむろにかき混ぜます。

 匂いを撒き散らし糸を激しく引きまくるこの豆をこちらの世界の住人が見たら、いったいどんな反応を示すのでしょう。

 ふと、そんなことが頭をよぎりましたが、今は目の前の納豆です。

 お椀に顔を近づけ、「ズズズ」と音を立てて啜ります。

 もしかしたら、納豆は飲み物なのかもしれません。

 鼻に抜ける匂い、口内にまとわり付くネバネバ、そして、このグニュっとした食感。

 間違いなく納豆様でした。

 一通り素材の味を楽しんだら、ついに真打登場です。

 木のスプーンで一匙だけ掬い、納豆に投入します。

 納豆様の風味を損ねるので多すぎてはいけません。

 だからと言って、少なすぎては、納豆様の可能性を最大限に引き出すことは出来ません。

 これは、納豆様と僕との真剣勝負なんです。

 真剣に木匙に集中し、ふわりと浮かんだ納豆の糸が鼻をくすぐるのも気にしません。


「っくしゅん……。」


 あっ……。


 何事も、気にしすぎてはいけません、世の中ほどほどが一番大切なんです。

 いやー、それにしても、こいつらは日本人の心を激しく揺さぶりやがりますね。

 少し醤油が効きすぎた納豆を頬張ると、少し涙が出てきました。

 醤油差しは、なんて偉大な発明なんだろう。




 そんなこんなで、発酵食品の製造に成功しました。

 その勢いで、麦焼酎、エールを開発し、いくつかの果実酒も作り上げました。




 本日の夕食は、オーク肉の照り焼きステーキと麦飯です。

 副菜はありませんが、この世界に来てから一番の食事であることは間違えありません。

 熱々の肉を頬張り、麦飯をかきこむ、最後はエールで流し込み、大きなゲップを出します。

 野球中継が見れたら最高のシチュエーションじゃないですか。


 久方ぶりの和の味を堪能し、その日は久しぶりに遠い昔の夢を見ました。

 幼い頃のことだったような、年老いてからのことだったような。

 はっきりとは覚えていませんが、ただただ懐かしかったような。

 目が覚めると、枕がほんのりと湿っていましたが、悲しいことではなかったように思います。

 まだ外は薄暗く、空は白み始めたばかりです。

 しかし、いつまでも寝床にいても仕方がありません。

 子供らしく飛び起きると、外に出てこれから登ってくる太陽を待ちます。

 流石に、まだ誰も起きてはいませんが、この世界が夜から朝に徐々に変わっていく光景を独り占めしているような気になりますね。

 遠くの地平線から太陽が頭を覗かせ、温かいオレンジの光が目に刺さりました。

 眩しいですが、目が離せません。

 少しずつ日は昇り、太陽が全身を現すと、優しいオレンジの光は眩しい陽光に変わりました。

 こうして、今日もまた、いつもと変わらず新しい太陽が昇ります。

 大きく深呼吸すると、冷たく新鮮な空気が肺を満たしました。

 大きく伸びをすると、家の中で誰かが起きる気配がしました。

 さて、今日は何をしようかな。


 今日もまた新しい一日の始まりです。













 そして、月日は流れ、僕も6歳になりました。

 明日は、年に一回の祝いの日です。

 母は、数日前に僕の為にお祝い用の一張羅を作るのだと、採寸してどこかに行き、毎日忙しそうです。

 姉も「明日はご馳走を作ってあげるね」と喜んでくれました。

 父は16の祝いを受ける長男とどこかへ出かけ、次男は明日のご馳走にしか興味がないようです。


 6年目にして初めて参加する、こちらの世界のお祭りに胸が躍ります。

 しかし、そんなことよりも、です。

 明日からは、誰の目を気にすることも無く、堂々と畑仕事に従事できるのです。

 こんな素晴らしいことはありません。

 すぐには無理でしょうが、肥溜めを使った肥料もみんなに披露しようと思います。

 少しずつですが、無理の無い範囲で農業技術も広めていき、少しずつこの町を豊かにして行こうと思います。

 この技術を使って成り上がろうなんて思いません。

 ただ、畑を耕して大地の恵みを得る。

 狩猟をして肉を食べ、素材を剥ぎ取って道具を作る。

 薬草を採取して薬を調合し、みんなが健康で暮らす。

 釣りができないのは残念ですが、それは、高望みというものでしょう。

 全ての物に感謝して、全ての者に感謝して、多少我慢することがあったとしても、幸せに生きて逝けたらそれで十分です。



 僕のスローライフがやっとで明日幕を上げるのです。




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