第12話 ジャガイモと水で薄めたメープルシロップ
あのあと、日が昇るまでの時間を気合と根性で乗り切り、味気ない朝食をほんの少しだけ口にして、地下室にこもりました。
母や姉には体調を心配されましたが、なんでもないでと言って乗り切りました。
今日はあれを食すのです。
余計な物は食べていられません。
ばれないように地下室に入ったニールは、早速台所で鍋に水を張り、火にかけました。
アイテムボックスからジャガイモを取り出すと、洗います。
足の付いた落し蓋を鍋に設置して即席蒸し器の準備ができると、手早くジャガイモに十字の切れ目を入れセットし蓋をします。
十数分が待ちきれず、何度も蓋を開けていまい、結局串が通るようになったのは三十分後でした。
熱々のジャガイモを取り出すと、我慢できずに齧りつこうとしますが、あまりの熱さで持っていることができず、お手玉します。
ジャガイモを置こうとしたのですが、お皿すら準備していなかったことに気が付き、お手玉しながら何とかアイテムボックスからお皿を取り出しました。
フーフーと息を吹きかけ、まずは素材の味を。
ジャガイモです!!
やっぱりジャガイモでした。
魔物の跋扈する森で何を栄養にしていたのか分りませんが、丸々と太ったと表現してもおかしくない大きさのジャガイモは、もっちりホクホクのジャガイモでした。
形は男爵のようなでこぼこで丸い形でしたが、食感はメークインに近いような気がします。
数年ぶりのジャガイモに涙が出そうになりましたが、それだけでは今まで食べてきた食事とそんなに変わりません。
ニールはアイテムボックスから瓶に入った薄いピンク色の粉を取り出しました。
粉を一つまみジャガイモにかけて齧り付くと涙が溢れました。
いつも食べる食事とは違う濃い味が口の中に広がりました。
感動のあまり、さらに一つまみふりかけ、もう一口かじりました。
濃い、と言うより、もうしょっぱいと言った方がよいくらいの塩味が口に広がり、やがてそれは甘みに変わって行きました。
そうです、この粉は岩塩を石臼できめ細かくひいた塩でした。
勢いで二つ食べきると五歳児のお腹は十分に満たされましたが、こうなるとメープルシロップも試してみたくなるのが人と言うものです。
薩摩芋でつくった大学芋があるのだから、ジャガイモにメープルシロップを絡めたとしても問題は無いはず。
天啓のように思い立ち、蒸かしたジャガイモに赤黒いメープルシロップをトロトロとたらしていきます。
ややかけ過ぎな気もしましたが、甘い香りの誘惑に負け、お皿にメープルシロップの水溜りができてしまいました。
メープルシロップを絡めたジャガイモを口にすると、メープルシロップの甘さが口の中に広がり、その特徴的な香りが鼻から抜けて行きました。
その後しばらくの記憶が無く、気がついたときには、猫のように皿を舐めている自分がいました。
蒸かした五つのジャガイモは姿を消しており、二つ食べた時点で満たされていたお腹はパンパンに膨らんでいました。
事務の女の子が「甘いものは別物だ」といっていましたが、今ならその気持ちが分りそうな気がします。
お腹が満たされたところで次の作業です。
昨日手に入れたもので何ができるか。
そう考えたときに、閃きました。
塩の効いた肉が食べたい!!
そこで、手に入れた大量の肉を使ってベーコンとソーセージを作りたいと思います。
あまり詳しくはないですが、確かベーコンはハーブやスパイス、塩で塩漬けにし、洗い流して塩抜きした後で燻製にして出来上がりのはずです。
そうなると、まずは塩ですね。
岩塩のままでは使えませんので、岩塩を石臼で挽いて粉状にします。
スパイスはありませんが、ハーブなら昨日採取した薬草の中で香りの良さそうな物をいくつか入れられそうです。
刻んだ薬草と塩を丁度良い大きさに切り分けたオーク肉に擦り込みます。
肉には塩が浸み込みやすいように、あらかじめ串を刺します。
やばいです、これだけで食べてもうまいんじゃないでしょうか。
誘惑に負けて『ファイアーボール』でステーキにしそうになりましたが、すでにお腹はパンパンで、泣く泣く諦めることになりました。
ちょっと控えておけばよかったです。
このまま一週間漬け込みます。
一週間ほど漬け込んだ肉を水で洗い、数時間水につけて塩抜きしたらよい香りのする桜のような木の破片で燻製にします。
ソーセージ作りです。
ソーセージは、ひき肉に塩、砂糖、スパイスで味を調え、硝石を混ぜ込んでよく練り、動物の腸に詰めたら、形を整え、茹でて完成のはずです。
まずは、砂糖を作ります。
煮詰める作業は時間も手間もかかりますので、今回は水魔法の『ドライ』を使います。
『ドライ』は火魔法かと思いましたが、水を分離するということで水魔法のようです。
スパイスはベーコンと同様だとして、硝石ですか…。
あまり気が進みませんが、村の土壌に染み込んだ硝石を抽出して使うことにします。
材料がそろったところで、氷で冷やしながら材料を捏ねます。
十分に捏ねたら、猪の腸に詰め、くるりと捻って形成、空気が抜けるように何箇所か串で穴をあけます。
オークの腸を使おうかと思いましたが、ギリギリ腸詰めは基本的に草食動物の腸を使うことを思い出して、何を食べているか分らない生き物の腸を使うことはやめました。
これを茹でて完成です。
後は、その時その時で、これを焼いたり燻製にしたり食べ方を変えるだけです。
結果、両方とも美味かったです。
美味すぎて右手にベーコン、左手にソーセージを持って二時間狂喜乱舞してしまいましたが、その姿は誰にも見せられません。
残りの大量に作ったベーコンとソーセージは全てアイテムボックスに入れました。
これで、いつでもどこでも食べられますね。
けど、やっぱりスパイスが欲しいですね。
今度森で探してみますか。
あ、そういえば、小瓶に詰めたメープルシロップをこっそりとナイショの食料庫に忍ばせておきました。
姉が中を覗く時にこっそりと後からついて行きました。
初めは見知らぬ小瓶に戸惑う姉でしたが、意を決して小瓶のふたを開けると、なぜか匂いをかいで戸惑っていました。
どうも、それが何なのか分らなかったようです。
よくよく考えたら、自分はこの世界に生まれてから一度も甘いものを見た記憶がありませんでした。
もしかしたら、姉も生まれてから一度も甘いものを食べたことが無かったのかもしれません。
だとしたら、その甘い匂いを嗅いだとしても、分らなくて当然ですね。
僕があれこれ考えていると、蓋についていたメープルシロップが姉の手に垂れました。
驚いた姉は瓶を落としてしまいそうになりましたが、何とか捕まえることに成功しました。
姉は、周囲を見回し、誰もいないことを確かめると恐る恐る手についたメープルシロップの雫を舐めとりました。
その瞬間、姉の動きが止まりました。
どれ程の衝撃が姉を襲ったのかは分りませんが、顔の表情筋は緩みきり、焦点は合っていませんでした。
なにやら良くない薬でトリップしている危ない人のようで、決して人様には見せられないような顔をしていました。
そのまま数分して、やっとでどこかから帰って来た姉は、さらに数滴手に落として舐めとると、再び周囲を確認して、一番奥へ押し込みました。
「お姉ちゃん、どうしたの?」
ナイショの食料庫の蓋を閉めた姉に声をかけると、飛び跳ねて驚いた姉が振り返りました。
「な、なな、なんでもないよ。さ、さー、おとーさんたちいないし、ご飯どうしようかなー」
わざとらしく呟いた姉は、何事も無かったかのように蓋を開け、オークの肉を少し取り出して去っていきました。
数日後に確認すると、小瓶のメープルシロップは半分まで減っていました。
頻繁にナイショの食料庫に行っているのは知っていましたが、隠れてつまみ食いしているようでした。
その後、しばらくして、僕は姉の元気が無いことに気が付きました。
こちらを見て、何か言いたそうな顔をするのですが、目が合うとどこかに行ってしまいます。
何か姉の嫌がることでもしてしまったのでしょうか。
少しショックを受けましたが、何もした記憶はありません。
日に日に元気が無くなる姉のことが気になり、ある時、後をつけました。
まだ種蒔きの始まっていない畑を眺めるように座る姉は、畑を見ているようで違うものを見ていました。
姉の膝の上には小さな瓶があり、その瓶は薄っすらと色づいた透明の液体で満たされていました。
どうやら、日に日に減っていくメープルシロップを見て、ナーバスになってしまっていたようです。
そして、今あの瓶の中にあるのは、水で希釈されたメープルシロップなのだとおもいます。
希釈されすぎて味もしなさそうなメープルシロップの小瓶を、悲しそうに眺める姉の背中がすすけて見えました。
このメープルシロップには本当に麻薬のような依存性があるのでしょうか、少し心配になってきました。
「お姉ちゃん、どうしたの?」
後ろから近づき、こちらに気がつかない姉に声をかけた。
驚いたのかビクっと肩を震わせたが、ゆっくりとこちらを向いた。
こちらを向いた姉の目は少し濡れているように見えた。
「ニール…」
「どうしたの? お姉ちゃん」
僕が小首を傾げて尋ねると、目が合った姉の瞳からは、決壊したダムのように涙が溢れ出した。
「ご、ごべんで、にーる。おねえぢゃん、にーるの、て、じっでだのに、」
そう言って、手元の小瓶に、目を向けた。
「ぢょっど、なめでみだら、おいじぐで、ごんだの、だべだ、の、ばじめでで、どまらなぐで、きがづいだら、もうなぐで、なぐなっでがら、どうじ、よう、っで」
どうやら、初めて口にしたメープルシロップがおいしくて、気がついたら食べ過ぎて無くなってしまったようです。
しかも、それが僕のものだと知っていたから、どうしていいか分らなくなって途方に暮れていたようです。
姉といっても、まだ13歳の少女です。
普段は大人ぶっていても、初めて食べた甘いものの魅力にはかなわなかったようですね。
僕のお腹に顔を押し付けしゃくりあげて大泣きする姉の頭を優しく撫でました。
あー、お腹の部分、涙と鼻水でぐちょぐちょでばばちいです。
顔をくしゃくしゃに歪めて、泣きはらした顔は、美少女台無しで、かなりの不細工さんでしたが、そんな姉もとても可愛らしいと思いました。
どうやら、甘いものが無かった生活では刺激が強かったみたいですが、依存性も無いようです。
僕は、後ろ手にアイテムボックスの中からメープルシロップの入った1kg瓶を取り出しました。
「お姉ちゃん、大丈夫だよ。」
僕は、不思議そうに、申し訳なさそうに、悲しそうに、僕の顔を見上げる姉に優しく笑いかけました。
姉が落ち着くのを待って、少し距離をとると、後ろ手に持っていた瓶を前に出しました。
「お姉ちゃん、大丈夫。まだあるから、そんなに泣かないで、ね?」
僕の両手には納まりきらない瓶を見て、一瞬顔を輝かせた姉は、安心したのか、再び盛大に泣き出してしまった。
「でも、これくれた冒険者の人はもうこの町から出て行っちゃったから、本当にこれでおしまいだよ?」
僕の話が本当に聞こえていたかどうかは分らなかったけど、うんうんと頷きながら姉は泣いていた。
いつまでも、何回もこんなもの持って来たらおかしいもんね。
僕は姉の隣に座り、姉が泣き止むのを待った。
しばらくすると、姉は落ち着きましたが、涙や鼻水の跡が残り、目は真っ赤に腫れぼったくなっていました。
まだ鼻をグズグズさせている姉は、手元にあった瓶の中の水を一口飲んで微妙な顔をしました。
僕も一口だけもらって飲みましたが、とても薄くて香りと変な後味がするだけの水でした。
全然おいしくありません。
僕もまた微妙な顔をしていたのでしょう。
「おいしくないねぇ」
姉は、こちらを見て苦笑いしました。
「おいしくないねぇ」
僕も、姉を真似してそう言いました。
お互いの微妙そうな顔を見て、クスクスと笑いが漏れてきました。
特に何がということはないけれど、なんだか、おかしくて、笑いが込み上げてきました。
二人でクスクスとしばらく笑っていました。
自然に笑いがおさまると、誰もいない畑には静けさが訪れました。
姉は「よいしょ」そう言って立ち上がると、僕に左手を差し出しました。
僕は瓶を左手に持ち、右手で姉の手を掴んで立ち上がります。
少しだけ手元の小瓶を見つめた姉は、目をぎゅっと瞑って中の薄い水を飲み干して、
「おいしくないねぇ」
そう言いました。
僕と姉は、またクスクスと笑いながら家に帰っていきました。
それ以降、少しずつ減っていくメープルシロップの瓶にこっそりと継ぎ足すのが、僕の秘密に追加されました。
しかし、登場人物が少ないです。
早くキャラクターを増やしたいですね。
それはそれで不安なんですが。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。




