第11話 半生猪と首無し豚
ということで、またまた森にやってきました。
今回の目的は野草や果実などの食べられそうな植物の採取と、それを探しながらの木材、粘土、腐葉土、岩、鉄、など、これからの作業に必要になりそうな物の収集です。
正直、この世界の植物については詳しくないので、『解析』使います。
基本スタンスは役に立ちそうな物は最低限度残して全て回収です。
それでは、今日も元気に行きましょう。
まずは、山に向かいがてら、植物の採取です。
ナールング草が途中にありそうなので、ナールング草を採取してからの山方面に向かいます。
目的地は前回岩塩を採取した山とは違う方向にある山です。
当分岩塩は必要ありませんからね。
鬱蒼と茂った森の中はどこも薄暗いですが、時折、森の切れ間からスポットライトのように日が差し込むところがありました。
そこでは太陽の光を奪い合うように、多くの草が競い合うように群生しています。
ある程度、木を間引いてしまえば、もっと効率よく薬草の採取ができるのではないでしょうか。
やはり道中のスポットにはタウプ草(麻痺回復薬素材)、ブリュリュ草(火傷に効く薬草)、ハーム草(毒消し薬)、ドローレ草(痛み止め)など、よく分らないけど役に立ちそうな草がいっぱい生えていました。
毒草(即死)なんていうものもありました。
何に使えるかは分りませんが、とりあえず採取です。
役に立ちそうもなければ、後から捨ててしまえばいいのです。
ついでに、間伐して木材も回収しておきましょう。
しばらく散策していると、毒をもつ植物を見つけました。
毒があるのは根っこだけで、草自体には毒が無いようです。
なんだか、見たことがあるような草ですね。
少し興味を持ち、引き抜くと、ごつごつした塊がいくつも付いていました。
その形状はまるであれです。
貴族とか女王とかそういう類のものではないでしょうか。
興奮で鼻息が荒くなるのが抑えられません。
神の指南書の図鑑を開いて確認。
地下の茎の部分に地下茎を形成し、食べることもできる。芽や緑化した塊茎には毒性があり………。
やっぱこいつジャガイモだ。
なんか、よくわからん名前が付いていたけど、これはジャガイモに間違いなかった。
蒸し焼きにしてホックホクのジャガイモに塩だけの味付けで十分に楽しめる。
じゃがバターが良いけど、バターなんて見たことないし、ポテトサラダにするにもマヨネーズが無い。
肉じゃが、カレー、コロッケ、マッシュポテト、フライドポテト。
ジャガイモを引き抜く手も妄想もとどまることをしりません。
これは、岩塩を見つけたときにも負けじと劣らぬ大興奮です。
惜しむらくは、現状素材の味を楽しむしか調理法が無いことでしょうか。
半狂乱でそこら中に自生しているジャガイモを根こそぎ収穫し、アイテムボックスにしまっていきます。
気がつくと辺り一帯にあったはずのジャガイモは姿を消し、代わりに猪がニールを取り囲んでいました。
しくじりました。
あまりの興奮で周囲の警戒を怠っていました。
どうやら、このジャガイモ群生地は猪たちの餌場だったようですね。
どうしようかな。
そんなことを考えていると、一際大きい猪と目が合ってしまいました。
もしかしたら、奴が群れのボスなのかもしれません。
「ゴクリ」思わず唾を飲みこむ。
不審者から敵に格上げされたニールを目掛けてボスが突進してきた。
このままでは、轢かれてぺちゃんこコースです。
まぁ、最悪正面からぶつかっても勝てる気はするんですが、なんだかそれをやるのは人としてどうかと思うんです。
だって、大猪と正面からぶつかって勝てる五歳児とかありえないじゃないですか。
普段から気をつけていないと、いざという時ボロが出ちゃいますもんね。
ニールは猪に背中を見せ、反対を向いて走った。
反対を向いたところで、囲まれているので関係ないのだが、その先には大人が三人が両手を伸ばしてやっと囲めるほどの太さの大木があった。
その様子を見ていた猪達は逃げ出したニールに向かって走り出した。
猪たちは鼻息を荒くして足音を響かせ追ってきた。
猪に追いつかれる前に大木にたどり着くと、大振りの枝によじ登った。
数十頭の猪が走った後は見るも無残に踏み荒らされ、供給過剰で収穫することなく潰されるキャベツ畑のような様相を見せていた。
蹂躙される大地を見下ろしているニールを落とそうと、猪たちは大木に突進した。
その姿はまさに猪突猛進を体現していた。
どれだけ突進しても微動だにしない大木を見ながらも、餌場を荒らされた猪たちの怒りは収まることはなかった。
ニールを見上げ、雄叫びをあげると突進するの繰り返しだ。
次第に大木の表皮は剥がれ、猪たちの鼻面も真っ赤に染まった。
血まみれ猪たちの猛攻。
実際に曝されたら身の毛もよだつような光景だが、まったく攻撃がニールには届いていないため、滑稽にしかみえません。
あれ、鼻血なのかな?
しばらく、ほうって置けば諦めると思って放置していたが、どうもそうはいかないようだ。
しつこいですね。
諦めず突進する猪が、頭だけでなく体まで赤く染め始めた頃、何かが聞こえてきました。
遠くから猪の行進とは比べ物にならないような地響きが聞こえます。
探知魔法を使うと、すでに周囲は三十を超える何者かの群れに包囲されているのがわかった。
どれだけ血が出ようとも動じることなく突進し続けていた猪も流石に動くのを止め、地響きのする方向を見た。
ニールは猪たちの注意がそれたのを感じて、『偽装』で姿を隠すが、時すでに遅し。
徐々に姿を現してきた群れから、いくつもの火の玉が放たれ、そのうちの一つがニールのいる枝の付近に当たったのだ。
「ちっ」思わず舌打ちしたが、今更隠れることもできません。
あの豚が魔法を使えるなんて知らなかったですよ。
オークの群れが巨体を左右に揺らしながら迫ってくる。
サイズが合っていない兜や鎧で体を覆い、手には手入れをしていないのか錆びた剣や槍、斧をもつ者、はちきれんばかりの肉体を無理やりローブで覆い隠し、棒や杖を持つ者など、各々多種多様な装備をしていた。
あんな大勢と事を構えるのもバカらしいですし、さっさとずらかりますか。
木を伝って逃走しようとするニールを尻目に、完全に姿を現したオークたちに猪たちは一時戦々恐々としたが、リーダーを中心に集まり戦闘準備。
猪たちは一丸となっていた。
満身創痍の体であの数のオークに勝ち目の無い突貫を挑むなんてカッコイイじゃないですか。
猪たちの思わぬやる気に、ニールの男心が疼いた。
これは助太刀するのが男ってもんでしょう。
ニールはアイテムボックスから弓と矢筒を取り出して構えた。
弓は何回か触ったことはあったけど、実際に使ったことは無かった。
今回も練習を兼ねて森に入りましたが、まさかこんなにぶっつけ本番になるとは思いませんでした。
ニールは安定の悪い足場をものともせず立ち上がると、弓を構えた。
弓を番えると、弦を限界まで引き絞る。
なれない弓で狙いを定めているときに、何度も遠距離から攻撃されると面倒くさい。
狙いは先程火の玉を放ってきた杖をもったオークだ。
杖もちのオークに狙いを定め、限界まで引かれた弦を離す。
あっ、ダメだこれ。
弦を離した瞬間に、矢に力が乗っていないのが分った。
弦から離れた矢はあさっての方向に飛んで行き、茂みの中に姿を消した。
矢を放った一瞬の違和感を解消するため、弓の位置を変えて持ち直し、再び矢を番える。
今度は、弓を持つ左手と肩、そして矢を番えた右手の位置が直線になるように構える。
先程は雑念が入ったせいか、的に集中仕切れていなかったきがする。
一呼吸ついて心を澄まし、集中力を高めて右手を離した。
離した弦が右胸に当たり、泣きそうなくらい痛かったが、的からは目を離さない。
さっきよりは力が乗っていたと思うが、まだまだ照準が甘い。
弓を構え、矢を番えると、誤差の修正を試みる。
弦から指を離そうとすると、背筋に何かを感じ集中を乱された。
放った矢は見当違いの方向に飛んで行ってしまった。
集中を乱した原因をさがすと、狙っていたのとは違うオークが今にでも『ファイアーボール』を放たんと周囲に三つほど火の玉を浮かべていることに気が付いた。
咄嗟に『ウォーターボール』を展開し飛んでくる火の玉に備えた。
再び飛んできた火の玉を、危なげなく『ウォーターボール』で相殺し、また弓を構える。
さらに二射したところで大体のところに飛ぶようになり、三射目は隣のオークの胸に刺さった。
思っていた以上に難しいですが、大分狙いは定まってきました。
ニールは自分の不甲斐無さに舌打ちしたくなるが、200m以上離れた的に直線で飛んだ矢を当てたのだ。
普通は斜め上に矢を放ち放物線を描いて落ちてくる矢で敵を射るのだが、重力を力でねじ伏せていた。
しかも、和弓で100mくらいの射程距離なのだから、これはとんでもない事なのだが、本人は気がついていなかった。
魔法でやられ、何匹かはすでに息絶えていたが、残りの猪たちはニールの放った矢で膝をついたオークを見て猪が突貫を開始した。
次は当てます。
走り出した猪を援護するように放った五射目は、力がロス無く伝わり、真っ直ぐに狙った杖持ちオークの右目に命中した。
だが、それでは命中した矢の勢いは止まらず、周辺組織を巻き込みながら突き進む矢はオークの頭を貫通し後ろにあった木に突き刺さった。
立ったまま絶命したオークの顔面には右目を中心に大穴が空いていた。
うわー。
己の放った矢ながら、とんでもない威力に絶句したが、猪たちの援護射撃は続けた。
一射、二射、三射と続き、魔法を使う厄介なオークは姿を消した。
その過程で数匹の猪は火の玉に焼かれていたが、彼らの闘志は消えていなかった。
その後も援護射撃を行い、猪の正面の五匹が倒れた時点で、オークたちも何かおかしいということに気がついたようだが、すでに遅い。
すでに崩れた包囲網を突破して猪たちは森の中に消えていった。
リーダー格の猪が「感謝するぜ」と言って振り返ったような気もするが、完全に気のせいだろう。
オークたちは逃げる猪を追いかけていくが、数匹のオークは大木の根元で息をひきとる半生焼け猪に齧り付こうとしていた。
それはおれんだ!
弦を引き絞り、近距離から容赦なくオークたちの頭を射抜いた。
オークたちの頭は射抜いた矢によって首から引きちぎられ、地面に縫い付けられていた。
ニールはオークが完全に息を引き取ったのを確認して、大木から下りる。
これは盛大な焼肉パーティーができますね。
一人だけど。
若干自虐的なことを考えつつ地面までたどり着くと、血の臭いの中に違う香りが混ざっていることに気がたいた。
あれ?
周囲には血を撒き散らしたオークの死体と丸焼けの猪の死体しかないのに、なぜか香ばしい甘い香りが混ざっている。
砂糖を焦がしたような香ばしい甘い香りをさせていたのは生焼け猪だったが、香り自体は違うものからも漂ってくる。
香りをたどると、香りの元はニールの登った大木の根元で、猪たちの削った木の傷口からだった。
これは、アレじゃなかろうか。
本日二度目の期待に胸を膨らませ、ニールはアイテムボックスから取り出したナイフで、おもむろに大木を切りつけた。
ナイフでつけた切り口からは、トロリとした樹液が溢れ出した。
予想が正しければ、間違えなくアレだ。
興奮冷めやらぬ心を押し殺して、そっと指の腹で掬い取ると、真っ黒な樹液は軽く糸を引いた。
光にかざすと樹液は赤く見えた。
どうやらあの猪たちは大木にぶつかって怪我をしたのではなく、樹液にまみれて赤く染まっていただけのようだ。
ニールは樹液を舐めてみると、予想通りのアレだった。
あまーーーい!!
メープルシロップです!!
間違えなくメープルシロップです!!
ジャガイモに続いてメープルシロップまで手に入りました。
これは確か煮詰めれば、メープルシュガーと呼ばれる砂糖になるはずです。
商業ベースに乗ることはありませんでしたが、戦後の日本でも北海道や東北でも試みられていたはずです。
五年しか生きていませんが個人的世紀の大発見です。
塩に砂糖。
料理には欠かせない調味料の二つ目が手に入りましたよー。
上白糖とは違い、少し癖はありますが、これはこれでよいアクセントです。
狂喜乱舞で、ニールは即席で作った鉄の筒を木に打ち込み、瓶をセットした。
解体の手間も惜しいので、首筋を切り裂き血抜きをしつつ、落ちているオークと猪を拾い集めた。
足元に血溜りができるのも気に止めず、同種の木に鉄筒を打ち込みガラス瓶をセットしていった。
手持ちの瓶をセットし終わると、すでに血抜きが終っているオークと猪に『解体』を使いアイテムボックスに納めた。
普段なら自分で挑戦するところですが、こんな大変な時にやってなどいられません。
瓶にメープルシロップが貯まるまでのタイムラグで山まで一っ走りし、鉄とガラスの原料を急いで収集。
急いで戻って、さらにメープルシロップの収集。
通常、メープルシロップの原料の樹液は水のように透明でサラサラしているが、この樹液は煮詰めていない初期状態で十分甘いメープルシロップだった。
戻った時点で一本一リットルの瓶百本はすでに溢れており、瓶を作りながら交換していく。
日が暮れるギリギリまで作業を続け、結局一リットルガラス瓶三百本になった。
本日の収穫
諸々の薬草
間伐した木材:十本
猪(半生):三匹
オーク(首無し):九匹
メープルシロップ:三百リットル
鉄:四百キロ強
英石:二百キロ弱
世の中、気合と根性で何とかなることもあるんですね。
ですが、それにも限界はあると思います。




