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58/58

58.明さんの秘密、今は聞かなくていいです。

「ねえ、明。君の伴侶がこの子でよかったね」

「……おまえが言うと胡散臭い」


 明さんが非常に嫌そうな顔で、警戒しながら白髪青年を見ています。

「なにそれ。僕は純粋に思ったことを口にしただけなのに」

 その言葉だけ聞けば心外と言いたそうな感じですが、白髪青年の顔には面白そうな笑みが浮かんでました。――どう見ても、その顔が言葉を裏切ってますよ。


「……用は済んだ。じゃあ――」

 流しましたね、明さん。突っ込むことすらしないとは――。

「そこはさ。『おまえに純粋なんてあるか』とか突っ込むところだよ」

 明さんが私をしっかりと確保するよりも先に、白髪青年が真顔でそう言いました。

 自分で自分に突っ込みますか。というか、そう言える要素があると自覚しているなら、性格改善しましょうよ。

 たぶん今、私、ものすごく呆れた顔をしていると思います。


「僕ね。今、すっごく機嫌が良いんだよ。だから、さっきの言葉は本心からなんだけどね」

 私達のしらっとした視線を受けて、白髪青年が苦笑しています。

「……発生したのか」

 発生した?

 明さんは何か思い当たったみたいで、なんだか意外そうな顔をしていました。

「そう。ようやく押しつける相手ができたわけ。僕もお役御免。そろそろ寿命かもね」

 押しつける?

 というか、寿命ですか? 髪は白髪ですけど、外見は十分若いですよ。それに、どう見てもまだまだ現役続行、元気そうです。


 そんなとりとめもないことを私が考えてる間にも、明さんと白髪青年の間で会話は進んでいました。


「それでさ。どこに出たと思う?」

「……海のところか」

 明さんの言葉に、白髪青年がふくれました。

「僕の考え読まないでよ。ま、いいか。そう。海のところ。それがさ、なかなか面白いのが出たんだよ。まだ成長段階だけど、完全に育てば今いる一族の中でも飛び抜けて大きな力を持つだろうね」

「……俺には関係ない」

「ま、そうか。あれが長になる頃にはもう、明は――」

 白髪青年が意味ありげに言葉を区切って私を見ました。


 そこでなぜ私を見るんでしょうね。まるでそのことに私が関係しているみたいな態度です。でも、先程の会話の中に私と関係ありそうな話なんて含まれていましたか?


「余計なことは言うな!」


 怒気を含んだ鋭い明さんの声に、二人の会話をなんとなく聞いていた私は驚きました。これほど本気で拒絶した明さんの声は初めて聞いたような気がします。

 私の視線に気づいたらしく、明さんがこちらを見ました。そして、一瞬ばつの悪そうな顔をしたんです。

 それを見て、逆に確信してしまいました。


 明さんは白髪青年が言いかけて止めた言葉の続きを、私に聞かれたくないのだと。そして、その内容は確実に私が関係しているのだと。


「隠したって遅かれ早かれわかることだと思うけどね。ま、それも僕には関係ないことだけど」

 白髪青年が苦笑しながら、他人事のようにさらっと告げます。確かに白髪青年からすれば他人事でしょうが、こっちは爆弾を落とされ知らん振りされてしまったような気分です。

 そう思っていると、隣からため息が聞こえました。明さんの顔を見れば、私と同じようなことを考えていることがわかります。


「だから、俺はお前が嫌なんだ」

「そう? 僕は君のこと嫌いじゃないけどね」


 にこやかな白髪青年に、明さんが再度ため息をつきました。これは、諦めのため息ですね。

「さて。そろそろ行ったほうがいいんじゃない? 明はどうにでもなるだろうけど、その子はまずいんじゃないかな」

「……おまえが止めたんだろうが」

「そうだっけ?」

 悪気なく首を傾げて問う白髪青年に、明さんはもうため息も出ないのか無言になりました。


 白髪青年はどこまでも我が道を行く方らしいです。上には上がいるものですね。明さんも我が道を行く方だと思うのですが、その明さんが振り回されています。

 これは、この白髪青年を見習――。

「見習うな!」

 最後まで思うまでもなく、明さんが否定しました。

 嫌ですねぇ。冗談ですよ、冗談。……半分くらいは。この方を見習ったら、人間終わっているような気がします。


 明さんが無言で私を抱えました。荷物運びの要領でぐいっと掴まれたのでお腹に自分の体重が――! 正直、苦しいです。

 これ、する必要ないですよね。来るときはこんな体勢取りませんでしたから。

 怒っているんですか、明さん。

 顔が見えないのでよくわかりません。


「じゃあな、伯。……しっかり目を閉じていろよ」

 前半は白髪青年に、後半は私にでしょうね。言われるままに、大人しく目を閉じます。

 次の瞬間、あの不愉快な感覚に襲われました。

 その時、白髪青年が何かを言ったのですが、私には聞き取れないものでした。言葉が日本語じゃなかったんです。でも、明さんはわかったみたいです。

「……余計なお世話だ」

 呟かれた言葉には聞かなかった振りをしました。白髪青年が私の知らない言葉を使ったのは、私に知られたくなかったことだからでしょうし、なにより明さんの呟きの響きが力無いものでしたから。

 こういう時は、見ざる言わざる聞かざる、ですよね。


     *     *


 こうして行きはよいよい、帰りもよいよいで帰ってきました。が、気持ち悪さは健在です。

「明さん。この乗り物酔いのような気持ち悪さ、本当になんとかならないんですか」

 明さんが私をソファーに下ろしたので、そのまま沈み込みました。

 いかんともしがたい気分の悪さです。

 確かに移動距離を考えればとても便利な代物ですが。

「慣れだ」

 明さんにきっぱりとどうしよう無い言葉をもらって撃沈しました。


 あ~、そうですか。

 ……無理です。やっぱ慣れるなんて、無理ですよ。


 う~う~唸る私の頭に明さんがぽんと手を置きました。そのままゆっくりと頭を撫でる感触が心地良よくて目を閉じます。

 だから、その言葉をどんな顔で明さんが告げたのか、私は見ていません。

「聞きたいことがあるんじゃないか?」

 反射的に目を開けそうになって、思い止まりました。

 聞きたいこと。無いとは言えません。でも――。

「今は聞かなくていいです」

 明さんが私に知られたくないと思ったことですから。きっとその理由にも意味があるのでしょう。


「知る必要があるのなら、今でなくてもいずれ知ることになります。だから、いいです」

 白髪青年だって、そう言っていたじゃないですか。それに――。

「私が聞きたいと言っても、肝心要な部分ははぐらかすんじゃないですか?」

 明さんなら私に違和感を持たせることなくやりそうです。

 まあ、他人様の告げたくない事柄に対して土足で踏み込むようなことはしたくないですし、するつもりもないですが。


 私の答えがおかしかったのか、明さんの笑い声が降ってきました。

「おまえは相変わらず変な部分で敏いな」

 そういう明さんは相変わらず酷いです。私は空気読める子ですよ。

「いや、おまえは絶対に空気読めてないぞ」

「……心の声を即否定しないでください」

 じとっと明さんを見上げれば、苦笑する明さんと目が合いました。その目を見て、言っておかなくてはいけないような気になった私は、次の瞬間、こう口にしていました。


「明さん。私、今、幸せですよ。明さんが側にいてくれるから淋しくないですし、偶然でも必然でもどちらでも構わないのですが、こうしていられる毎日が楽しいです」


 向こうの世界の家族に申し訳ないと思うくらいに、私の今はとても充実しています。だからこそ、こうも思うのです。

 同じような日の繰り返しでも、それは同じ日ではない、と。そんな尊いことも、当たり前と思ってしまえば色褪せて見えてしまうのだ、と。

 同じ日は二度と来ない。

 今日という日は何度来ようと、それは同じ今日ではない。

 向こうで過ごしている時、私はそんな単純で当たり前のことを何気なく通り過ごしていました。そのことに気づいたのはこちらに来てからです。


「私は明さんに出会えたことを感謝しているんですよ。引き合わせた何かに感謝しているんです」


 これは偽りのない本心です。だから、そんな壊れ物のように扱わなくたって大丈夫なんですよ。

 親しき仲にも礼儀あり。ですが、一本線引きされたような遠慮が明さんにはありました。まるでそうしないと壊れてしまう、とでも言いたそうな。

 でも、意外に頑丈なものです。取り扱い要注意、ではないですよ。注意、くらいでいいと思います。


 明さんに笑いかければ、なんだか驚いたような顔をしていた明さんも笑みを返してくれました。でも、なんだか顔が近くないですか?

 そう思った時には、ものすごく不自然なほど近くに明さんの顔がありました。

 唇に柔らかなものが当たる感触があって、目を見開きます。

「そんな可愛いこと言ってると食うぞ」

 離れた明さんの顔を見て、一拍後、私の顔は真っ赤になったと思います。

「……食ってから言う言葉じゃないと思います」

 反論すれば、明さんが心外そうな顔になりました。

「これくらいかじった程度にも含まれないだろ」

「………」

 その言葉を聞いた瞬間の私の心境は、複雑そのものでしたよ。

 ええ、そうですね。明さんにとってはその程度なんでしょう。でも、ですね。

「~~明さんの馬鹿!」

 私にとってはかなり重大事なんです。そんな軽々しく流さないでください。


「はいはい、わかったわかった」

 子供みたいに頭をぽんぽんと撫でられて、よりいっそう複雑です。

「絶対、明さんわかってないです」

 なんなんでしょう、本当に、まったく。

「別に軽くなんて考えていないさ。したくなったからした。それだけだ。それに――俺が本気で迫ったら、おまえ、逃げるだろ?」

 ちらりと見た明さんの顔には苦笑が浮かんでいました。

「理沙のほうこそ、わかってないぞ。俺が男だって忘れるな。あんまり無防備だと――襲うぞ」

 ……別に忘れていませんよ、明さんが男の人だって。それ以外に見えませんし。

 それに――。

「そんな笑いながら言われても真剣味に欠けます」


 次の瞬間。私の視線を遮るように、頭が撫でられました。

「だから、わかってないって言うんだ。そんなに襲われたいなら今すぐ襲ってやるが――どうする?」

「遠慮します」

 即答しました。私に捕食願望なんてありません。滅相もない。

 ぶんぶんと首を振って否定すれば、明さんの苦笑が深くなった気がします。

「だろうな」

 そう告げる明さんに、私はジト目を向けます。わかっているなら初めから聞かないでくださいよ。そんなだから真剣味に欠けるって言うんです。


「待っていてやるから、俺が死ぬ前には結論を出せよ」


 その唐突な言葉に私は本気で驚きました。見開いた瞳でまじまじと明さんを見つめます。

「どういう意味ですか?」

 まるで明さんの方が私より先に死んでしまうような言葉です。誰にも先のことはわかりませんし、明日死ぬなんてことも起こり得ないとは言えません。

 でも、この言葉は――。

「そのままの意味さ。ま、俺が死ぬよりもおまえの方が先に寿命で逝きそうだがな」

 明さんが私より先に死ぬ可能性をまったく考えていなかった自分に気づきました。そして、気づけばこう宣言していたんですよね。


「大丈夫ですよ。私、絶対に明さんより長生きしてみせます。死に水はとってあげますから安心してください」


 次の瞬間、明さんが吹き出しました。そのままお腹を抱えて笑い出します。

「なんで笑うんですか」

 私が憮然となってしまったのも、この場合仕方ないと思います。私は真面目に告げたのに、この言葉のどこに笑う要素があるんですか。

「そうか。おまえは死ぬまで傍にいるってことだな。悪くない話だ」

 くつくつと笑う明さんの顔はうれしそうで、なんだか目撃した私の方は恥ずかしくなりました。

「私は長生きする予定なんです。だから、明さんも長生きするんですよ」

 その言葉に対する返事で、私の髪の毛はくしゃくしゃになりましたが、今回ばかりはこれも悪くないと思いました。




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