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57.クソ爺の正体は超若作りなお爺さん?

 こうしてちょっとだけもやっとしたものを感じながらも、露さんとせっちゃんと別れました。今度会う時は、ゆっくりとお茶でもしながら二人とお話したいです。

 と、未来の願望は置いておいて――。


「明さん。なんだかこれって本当にデートみたいですよね」


 本当に今更ですが、手を繋いでお店を覗いて買い物をしてご飯。

 これぞ、健全なデートのあり方だと思います。

「今更それを言うか」

 相変わらず菜食主義な明さんは、注文したスティック野菜を摘まみつつ呆れた顔をしています。

 でも、ですね。今更と言いますが、それでも言いたくなったんです。だって、そうしているのは私と明さんですよ。


 ちなみに、私の前にはここのお店のオススメ日替わりランチセットが置かれています。本日のメニューはゴロゴロお肉の入った煮込みスープ、見た目に反して薄味でした、に、何かを揚げた物とサラダ、パンでした。揚げ物はどうやら魚のようですが、骨まで食べられる仕様になっているようです。

 明さんの食べる量と私の食べる量。物が違うわけですから、量だって違いますが――。どう見ても明さんの方が少食です。まさにダイエット中な女子、みたいな?

 いえ、明さんにダイエットの必要がないことくらいは重々わかっています。むしろ、毎食野菜ばかりでどうしたらその体型が維持できるのか知りたいくらいです。

 細身ではありますが、ひょろっとしているわけでもなく、ほどよく筋肉がついているといいますか。無駄な贅肉はなく必要な筋肉はしっかりあるという――非常にうらやましい体形です。いわゆる細マッチョというものなのでしょうね、これが。


「とりあえず妙なことを考えてないで、食え。おまえにやましい考えがないのはわかっているが、そんな風に見られると妙な気分になる」


 ………。


 はっ。

 そうですね。服の上からとはいえ、他人様の身体をぶっしつけに見るものではないですよね。

 えぇ。いろんな意味で他意はないです。ちょっと微妙な言葉が出ていましたが、純粋にそう思っただけです。他の意味は含んでいません。

 ……本当ですよ!


 心の中で力説していたら、明さんがため息を吐きました。

「そんなこと微塵も疑ってないから落ち着け。おまえにそんな色気のあるようなものは期待してない」

 ……それはそれでこう、ぐさっとくるものがあるんですけどね。

 明さんの言葉に少し心をえぐられながらも通常思考に戻った私は、ご飯を再開することにしました。


 ……ご飯に逃避したともいえます。色気って――確かにないかもしれませんけど、私だっていい歳した大人の女の人です。そんなバッサリと否定されるほど皆無ではないと主張したいのですが、できるでしょうか。

 う~む。悩ましい問題です。

 そもそもですね。

「明さんはやっぱり失礼だと思います」

 他人に言われると余計に傷つく言葉ってものがあるんですよ。それにですね。

「デリカシーが欠けています」

 そういうものは口に出して言うような事柄ではないです。


「……そういう言葉は今の自分の状態を振り返ってから言え」

 反論したら、呆れたような口調で言葉が返ってきました。

 ……色気より食い気に走っていることは否定できません。でも、ここのご飯もおいしいんですよ。おいしいご飯は正義です。

 そう思ったら明さんがまた、ため息を吐きました。そして、なんだか残念な子を見るような目で私を見ます。

「なんですか?」

 そんな風に見られると気になります。私、おかしなことは考えてないですよ、ね?

「いや、なんでもない」

 視線を私からそらした明さんは、その後無言になりスティック野菜を口に運んでいました。


     *     *


「さて、そろそろ行くか」


 微妙な空気で昼食を食べ終えた後、再びお店を冷やかしながら街中をぶらぶらしていた私達ですが、そんな中ふと立ち止まった明さんが急に私と繋いだ手を引っ張りました。なんの気構えもしていなかった私は、勢いのまま明さんの方へとよろめきます。

 そのまま明さんに突撃してしまった私ですが、何事かと見上げれば意味ありげな顔をした明さんと目が合いました。


 なんでしょう、このデジャブ。

 本日、二度目です。


「明さん。いったい何事ですか。ここは往来ですよ。この手はなんのための手です。なんか私、獲物のように確保されている気分になるんですけど――」


 なぜか明さんの腕の中にいるのですが、色気は皆無です。羞恥心もわく要素がないくらい嫌な予感がします。

 往来とはいえ、この道は人通りもまばらなのでこうしていても誰も私達のことなど気にかけていないんですけどね。引きずられるように物陰に連れ込まれるに至って、さすがにどうかと思って軽く明さんの腕を叩きました。


「おまえの言い分もあながち間違ってないかもな。落とすと困るからしっかり捕まえただけだ」

 楽しそうな顔をする明さんに、ひしひしと先程から感じていた嫌な予感が強まりました。

「行き先はあの大木、ですよね?」

 確認は大事です。

「ああ」

 明さんは言葉少なく答えてくれましたが、その瞳がおかしそうに笑っています。

 そもそも私の駄々漏れ思考が伝わっているはずですから、明さんには私が何を言いたいのかもわかっているばすです。

 それでも私の言葉を待っているんですから意地が悪いといいますか――知りたければ訊け、ということですか。


「そこまでの移動は歩いて行くんですよね?」

 できればそうであって欲しいという願いを込めて問い掛ければ、

「そう思うか?」

 明さんからも問いが返ってきました。その楽しそうな顔に、私の顔は自然と引きつります。なぜなら――。

「思えません。この体勢って――」

 空間転移をした時と同じです。私にとっては最悪なことに。

「あそこまでは大分距離がある。ましてや、用があるクソ爺は最上部にいるからな。おまえの足で歩いていけば、日が暮れてもたどり着けない」

 そうですか、嫌な予感的中ですか。

「時間だ。そろそろ行くぞ。目は閉じていろよ」

 そして、拒否権はないのですね。抵抗したところでどうにもならないですし、私に一緒に行かないという選択肢はないので、覚悟だけは決めました。

 なんの覚悟かと言えば、乗り物酔いならぬ、空間転移酔いをする覚悟です。


 ぎゅっと目をつぶれば、それを待っていたかのように身体になんとも表現し辛い負荷がかかります。

 時間は一瞬。それでも慣れません。

 もう目を開けてもいいとのことなので、ぐるぐる回るような感覚をこらえて目を開ければ、視界に鮮やかな緑が映りました。

「大きい……」

 気持ち悪かったことすら忘れてしまうほど、大きな葉っぱがそこにはありました。

 大きな木だとは思っていましたが、葉っぱまでも大きいとは思っていませんでした。一枚一枚が私よりも大きいです。その枝も地面に立っているのと遜色のない状態で私の足下にあります。

 枝の上だというのにまったく揺れません。これなら、この上を歩いても大丈夫そうです。


「地面に行く前には回収してやるが、落ちるなよ」


 うっかり下を見てしまった私がよろめき、そんな私を支えながら明さんは忠告します。

 ……地面がものすごく遠いです。絶対に落ちません。落ちたら死にます。地面に激突する前に落ちる風圧で窒息死です。

 明さんの腕にしがみつき、必死に頷く私は端から見ればかなり滑稽だったのでしょう。どこからか笑い声が聞こえてきました。

 一瞬、明さんかとも思いましたが、それにしては声が遠いです。そもそも明さんはこんな風に私を笑ったりしません。


 明さんを見れば、ある一点を見つめて非常に嫌そうな顔をしています。その視線をたどれば 、そこには見知らぬ青年がいました。

 青年、ですよね? 白髪紅眼です。露さんとはまた趣の違った白髪です。

 どちら様ですか? とも訊きたいですがその前に。


「そこは危ないですよ! もっと足場のしっかりしたところに立たないと――」


 安全確保が先だと思うんです。

 お腹抱えるほど笑われているのは私ですが、その動きで白髪青年の足元が揺れています。枝がしなっているんですよ。私の足元にある枝とは雲泥の差の細さです。

 いつ折れるかと内心ひやひやしている私の言葉に、白髪青年はいったん動きを止めたものの、こちらを見て更に大笑いしています。

 いや、だから、笑うのはまあいいですけど、それはもっと太い枝の上でやってくださいって。


「…………いい加減にしろ、クソ爺」


 先程から隣の空気は冷たく固まっていましたが、その空気同様、ご機嫌の方も非常によろしくないようです。

 聞いているだけで寒くなるほど冷たい声が明さんから聞こえてきたのに、それを向けられている白髪青年は、笑うことは止めたもののなんだか珍しそうに明さんを見ています。


 え~と。この方、本当に誰ですか?

 待ってはみたものの話が始まりそうにないです。空気が重くて、沈黙が痛いです。

 明さんは不機嫌絶好調ですし、白髪青年は私にまで視線を向けて、なんだか面白そうなモノを見つけたとでも言いたそうな顔をしています。


 そういえば見事な白髪ですよね。外見は若そうですが、実は超若作りなお爺さんなのでしょうか。外見と実年齢が一致しないのは、こちらではよくありそうですし。

 そういえば明さんが『クソ爺』とか言っていましたが――今回会いに来た方のこともそう言っていましたよね。

 ふむ。隣に実例もいますし、これはやっぱり超若作りなのでしょう。それならなおのこと――。

「ご老人の扱いには気をつけるべきだと思うんです。明さん、クソ爺は駄目です。そこはお爺さんと言うべきだと思います」

 そう告げたら、二人から奇妙なモノを見るような視線を向けられました。


 なぜですか?


 疑問のままに二人を見回せば、隣からはため息が、もう一方は明さんに向けて同情のこもったような視線を向けていました。

「俺はおまえの考えが本気でわからん時がある」

 そんなしみじみと言われてもですね。

「私、そんな間違ったことを言いましたか?」

 また、私の常識がこちらの常識に合っていないのでしょうか。

「……常識以前の問題だ。俺の言葉が悪かったな。正確にはおまえの思考回路が理解不能だ」

 ……今までにも何度か言われましたね、その言葉。でも、それってどう直せばいいんでしょう。どこがどうあれなのか、自分ではさっぱりです。


 困って明さんの顔をまじまじと見つめていると、声が掛けられました。

「あのさ。君達の噛み合っているんだかいないんだか微妙な会話を聞いているのも面白くはあるんだけど、ここでいつまでものんびり聞いている暇は今の僕にないんだよね。明がわざわざ来るってことは、何か用があったんでしょ? 何?」

 多分に呆れを含んだ声の聞こえた方を見れば、いつの間にか近くまで移動してきていたらしい白髪が呆れた顔をしていました。


「一族の長であるおまえに確認したいことがある」

 明さんの言葉に、白髪青年は首を傾げます。

「明がわざわざ『長である僕』に確認したいことって――ああ、もしかしてあれかな。君は僕の管轄から外れつつある。いずれ完全に外れるだろうね。これが訊きたかったんでしょ?」

「それもある」

「それもある? なら、こっちか。そこの子は今後もこの世界から弾かれることはないよ。いずれは完全にこちらに馴染むんじゃない? だから、その点については心配しなくていいよ。ついでに言えば、僕の監視対象外」


 白髪青年の言葉は、私には意味がわかるようなわからないような、ちょっと微妙なものです。

 明さんと私、それぞれのことについて告げているようですが――私のことはともかく、明さんのことです。

「あの――明さんがあなたの管轄から外れるって、まるで監視対象のような言い方なんですけど」

 一歩間違えばストーカーですか、とはさすがに言いたくもないですし、考えるだけでも鳥肌ものです。

 と。なぜか隣の明さんに頭をガシッと掴まれました。まさに鷲掴み――というか、明さん。徐々に手に力が入っていくのが地味に痛いので止めてください。


「そりゃ、僕はこれでも長だからね。一応お仕事は真面目にこなしているんだよ。面倒だけど、これって拒否権ないし。だから、一族の者が理から外れれば処分するのも長の役目」

 処分って……必殺仕事……すみません。ふざけている場合じゃないですよね。

 こんな時でもふざけたことが浮かんでくる私の残念な頭ですが、こんな物騒な話題でまでやることはないです。真面目に考えましょう。

 明さんから解放された頭を振って、気分を入れ換えます。


 処分だなんて言葉を使われると、まるで物扱いです。

「というか、まるで、ではなく物扱いですね」

 ちょっと聞いていて不愉快でした。


「あっれ~? 怒ってる? なんで関係ない君が怒るかな。僕は事実を言っただけだよ。僕ら一族って、そういう存在だからね」

 確かに私は部外者です。でも、明さんを知っています。聖くんのことも知っています。

 だからこそ、彼らが物扱いされるのは嫌です。物は自分の意思で話したり、笑ったり、怒ったりしないじゃないですか。


 自然と口がへの字になっていたのですが、私とは対照的に白髪青年の顔には笑みが浮かんでいます。それが馬鹿にした、とかなら余計にムムッとくるところですが、なんと言いますか、とてもやさしいものだったので意表を突かれました。

 この方、こんな顔もするんですね。

「な~に? 僕の反応が意外? 別に、僕だってそのことに納得しているわけじゃない。でも、それは僕を含め事実だし、それがこの世界が望むことなんだから、なるようにしかならないんだよ」

 ……どういう意味ですか? その言い方では、まるで世界そのものに意思が存在しているみたいです。


 意味をはかりかねて首を傾げている私に、白髪青年は近寄って来たかと思えば頭をぽんっと撫でました。

「僕らはね。世界から生まれ世界に還る。世界の子であり、意思の欠片だ」

 耳元でそう囁いた後、白髪青年は文字通り跳ぶように距離を開けましたけど――いったいなんですか?

「隙あり!」

 ……まあ隙だらけでしょうけど、なんだか私の隣が寒いです。そっと窺えば、明さんが静かに怒っていました。


 顔には麗しい笑みが浮かんでいますが、目が笑ってないです。

 そもそもなんで明さんが怒っているんですか。訳のわからない行動をされたのは私です。

「……クソ爺、あまりふざけたことをすると消すぞ」

 これは本気で怒っていそうです。怖いんですけど、こんな場所では他人の素知らぬ振りもできないんですよね。

「あ~、明でもやっぱり怒るんだ」

 対する白髪青年は、相も変わらずのんきでした。

 ……どうしましょう、この噛み合いそうにない人達。放置もできませんが、割って入るのも嫌です。

「お前なら怒らないのか?」

 明さんの怒りを含んだ低い声に、白髪青年は首を傾げました。

「いや、怒るけど。アレは僕のだからね」

 しれっと即答した白髪青年に、明さんは深々とため息を吐きます。

「……お前とまともな会話をしようとした俺が間違っていたな」

 疲れたような声に、私も同意したくなりましたよ。


 それって自分のモノは自分のモノ。他人のモノも自分のモノ。な、理屈と同じ次元ですよね。

 なんとも自己中発言ですが、この方だと脱力するのはどうしてでしょう。

 明さんの怒りがどこかにいってしまったことは良いことですが、どうにも、こう、ね。脱力感が半端無いです。




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