54.デート(?)に出発です。
翌日。いつも通りに起きた私は、デート(?)の服装に少しだけ悩み、結局いつもと同じような服装で落ち着きました。
あのマントを羽織ることを考えると、お洒落しても無意味です。いえ、もともとお洒落着なんてなくはない、程度しかありませんけどね。
服にお金を使うより本につぎ込むという、若さとは無縁の生活観をしているせいですが。それはともかく、あれは洒落たところに出向くには向かない代物です。
そんなわけで動きやすさを重視したら、いつもよりはちょっと上、くらいの装いになったのでした。
………。
デートって、冗談ですよね?
明さんって、あまり冗談を言いそうにないんですけど、う~む。考えてもわかんないです。
と、思っているうちに来ましたね。
「おはようございます、明さん」
お盆片手に現れた明さんの装いもいつも通りです。まあ、明さんは何着ても似合いそうですが。
「ああ。とりあえず飯だ」
お盆を寄越されたので、そのまま受け取ります。
今日の私の朝御飯は――カツサンドをメインとした洋食です。分厚いカツががっつりと挟まれたカツサンド。美味しそうではありますが、朝からボリュームたっぷりです。
カツというと特別な日、ベタなところで試験や面接などの前に験担ぎで食べる印象がありますが、こちらでもそういうことってあるんでしょうか。もしそうなら何に勝てと――?
お盆を持って考え込んでしまった私の身体はお留守です。その場で棒立ちになっているのを、明さんが苦笑して見ていたのですが、それにすら気づきませんでした。
「いいから、食え。冷めるぞ」
……そうですね。カツサンドやサラダはともかく、スープは冷めてしまうともったいないです。
ということで、テーブルに着いてまずは食べることに集中しました。明さんの呆れたような視線は無視です、無視。自分で勧めておいてその顔はないです。
そうして食べ終わってから、昨日から引きずっていた疑問を口にしました。
「明さん。今日はどこに行く予定なんですか?」
「ああ、言ってなかったか」
私の今更な問いに向かいに座っていた明さんは少し目を見開いた後、何を考えたのか。意味ありげな笑みを浮かべました。
「行けばわかる」
「………」
ああ、そうきましたか。
明さんをジト目で見るも、どこ吹く風です。答えてくれる気はないんですね。
明さんが私ごときの眼力に負けるわけないんです。確かに行けばわかるのでしょうけど――今、知りたいと思うのもまた、心理です。
でも、内緒なんですね。わかりました。わかりましたよ。
「ちょっと待ってくださいね。今、片付けちゃいますから」
自分が食べ終えた食器くらいは自分で洗います。さすがにそれくらいはしないといけません。
ささっと洗い物を終えて、あとはマントを羽織りました。
我ながら、なんちゃって旅人な感じの仕上がりですよね。自分の姿を見下ろしながら、思わずため息が――。
やっぱりこのマント、この場では浮いています。
「明さん。マントを羽織る必要ってあるんですか?」
悪足掻きで問えば、苦笑していた明さんが片眉を器用に上げました。
「目立たないためにはな」
その答えに私は首を傾げます。
この、目立つだろうマント姿が目立たない場所に行くということでしょうか。
「支度はできたな? なら靴を履け」
明さんに促されるまま玄関に移動して靴を履きますが、頭はまだ先程の言葉の意味を考えていました。そんな中――。
「よし。なら、行くぞ。目はしっかり閉じていろよ」
いきなり明さんに抱き締められました。
へ? ぇえ!?
反射的に目は閉じてしまいましたけど。なんですか、この状況。
デジャブです。前にもこういうことってありませんでしたか?
予告なく身体に掛かった負荷に耐えるため、明さんに抱きつきます。
羞恥心とか、構っている状況じゃないです。
明さんは命綱。現在、それ以上でもそれ以下でもないです。どうしてかって、それは――例のジェットコースターの再来だからですよ。
うぅ、気分が……。
お願いですから、こういうことは先に言ってください~。
* *
「……明さん」
胃がひっくり返りそうだったあの時間は、長かったのか短かったのか。とりあえず終わったようです。
少々気持ち悪いですが、吐くほどではないことは幸いと言うべきでしょう。食後にすることではないですよね、まったく。こういうことは心の準備を先にさせてください。
それにしても、また体験することになるとは思いませんでした。
恨みがましく明さんを見上げれば、苦笑を浮かべて私を見ていました。
「前ほどではないだろ?」
そう問われて、少し考えます。
酷いことに変わりありませんが、
「……それは錯覚です。気のせいです。気の迷いです」
一瞬でもそうかもと思ってしまったのは、速攻で否定しました。こんなものに慣れたくはないです。
「そうか。それはそれでいいが――帰りもこれだぞ?」
「………」
考えたくはありませんでしたが、そうですよね。普通に移動できるなら移動しているはずです。来て早々、帰りのことを考えるのもなんですが、憂鬱な気分になりました。
と。そういえば――。
「ここってどこですか?」
行き先を聞かされていない私は、今、自分がいる場所がわかりません。酷い移動手段のおかげで周りを確認している余裕もありませんでした。
問いながら自分でも周りを見回して、意外な物を見つけます。
「明さん。ここって――」
私の視線の先には、一本の大きな木がありました。天に向かってそびえ立つ大きなあの木にそっくりです。というか、あれは同じ木でしょう。あんな木が何本もあってたまりますか。とにかく何が言いたいかというと、
「ここはあの、人外の者の街ですか?」
確か、月樹街だったと思います。私が人間の生活圏に引っ越す前までいた街です。正確には、その街の外れなのでしょうが。
「ああ」
明さんの答えは簡潔です。
「……私が来たがっていたからですか?」
あの時、逃げるようにしてこの街を去りました。だから、未練のようなものはあるんです。
「……ついでだな。俺もここには用がある」
明さんは私の頭をポンと撫でました。
たとえついでだとしても連れてきてくれたことはうれしいのですが、明さんの用事ですか。なんだかあまり良さそうなことではなさそうな雰囲気です。
そう思っていたら、明さんに頭を今度はグリグリと撫でられました。
ちょッ、やめてください。気にはなりますが、明さんが話したくないことまで聞き出そうとはしませんよ。私、それくらいは空気が読めます。干渉するつもりはありません。
「それはそれとして、だ。さて。デートでもするか。フードはしっかり被っておけ」
「…………は?」
聞き間違いでしょうか。昨日と同じく、妙な単語が聞こえてきました。
たぶん、私は鳩が豆鉄砲でも食らったような顔をしているはずです。明さんの顔をマジマジと見れば、呆れたような顔をして見つめ返されました。
「昨日、言っただろう?」
ええ、確かに聞きました。でも、あれって明さんなりの冗談かと思っていました。
そう考えた瞬間、残念なものを見るような顔に変わりました。って、この場合、私が悪いんですか? 普段の明さんの言動とこのマントからあの言葉を本気で言っていたなんて誰が思いますか。私はそんなおめでたい思考は持ち合わせていません。
「明さん。私と明さんがデート、するんですか?」
改めて訊けば、深々とため息を吐かれました。
「他に誰がいる?」
ええ、そうですよね。でも、そう訊かずにはいられなかったんです。
誤魔化し笑いを浮かべてみましたが、明さん相手では意味がないことはわかっています。それでもまあ、私の気分的な問題です。
「ほら行くぞ」
言及はされませんでしたが、マントのフードを被せられて手が差し出されました。
これは私に手を繋げということですか。ええ、それ以外にこの手の意味はないと思います。でも、デートという言葉の後にこれとなると、どうにもどこぞのバカップルですか的な気分になってしまいます。
「……迷子避けだ」
明さんの手を見て考え込んでしまった私の耳に、ため息混じりな明さんの声が聞こえてきました。
ああ、どこまでも通常運転ですね。わかりました。大人しく手を繋ぎます。前みたいなことは私も御免ですから。
でも、一言言わせていただくとしたなら。
「明さん。デートって言葉の意味、わかっていますか?」
そう問いたくなる私の気持ちも察してください。
「わかっているつもりだが――それで、どこに行きたい?」
明さんに希望を訊かれたので、例の果物屋さんを希望しました。
あれからだいぶ経ちました。きっとあのご婦人は私のことなど覚えていないでしょう。それでも、お礼を言いたいと思っていたのは私の気持ちですから。
とはいえ、場所を覚えていなかった私は、自力でそこまでたどり着ける自信が微塵もありません。それにふと思ったんですが、あのお店は露天でした。今でも同じ場所にあるのかもわかりません。
明さんに手を引かれながら、街中を歩きます。気分は保護者に手を引かれる子供です。
「いや、そのままだろう」
明さんから突っ込みが入りました。
「……何がそのままですか?」
それは、私が子供に見えるってことですか。それとも、あの果物屋さんがまだあそこにあるってことですか。
「考えていること、そのままだ」
「……明さん。口は災いの元ということわざを知っていますか?」
見上げた明さんの顔は苦笑していました。
その麗しい顔を見るとなんだか自分のこだわっている事柄がとっても小さなことのように思えてしまうんですから、ある意味、お得な顔ですよね~。
「……もう、子供扱いでいいです」
自然と下がった視線に自分の小ささを感じてため息を吐きつつ諦めの境地でそう言えば、半歩先を進んでいた明さんが急に立ち止まりました。
なんですか? と思って再び明さんを見上げれば、なぜだか憮然とした顔をしている明さんと目が合います。
「いつ俺がおまえを子供扱いした。そう思っているのはおまえ自身だ」
って、えぇっと。……確かに、そうかもしれません。
返答に困って思わず視線をそらした先にあった、明さんと繋がれた手を凝視します。
明さんは男の人ですから、当然、私よりも手が大きいです。手を繋げば自然と私の手は明さんの手の中です。何を言いたいかといえば、こうすっぽりとですね、包まれているような状態でして――。
意識してしまうとどうにも照れくさくて、結局、視線がさ迷ってしまいましたよ。
……降参です。だから、何も言わないでください。できれば、その、顔に浮かべている笑みも速攻で取り下げてください。色々な意味で心臓に悪いです。




