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55.明さんの用事、とは?

「わかればいい。ほら、いくぞ」


 再び明さんに手を引かれて歩き出しました。だぶん、私の顔は赤いです。

 見慣れたつもりなんですけどね。ふとした瞬間、明さんの顔の威力に負けます。ふむ、私もまだまだということですね。

 でも、明さんの顔が普通だと思える日なんてやって来るんでしょうか。それはそれで感覚が麻痺しているような気もしますが――いえ、何事も挑戦あるのみですね。


「なんの挑戦だ、なんの――」

 呆れていることがありありとわかる声が明さんから聞こえてきました。

 でもですね。

「そこでその突っ込みは不要です」

 ここは聞こえても流すところです。空気は読んでくださいよ。

 ジト目で明さんを見れば、微妙な顔でちらっとこちらを見た後、視線をそらされました。


 ………。


 って、え?


「明さん。何か変な物でも食べましたか?」

 ちょっと予想と違う反応にこちらのほうが戸惑ってしまいました。

「おまえと一緒にするな」

 ………。

 ふむ。いつも通りの明さんですね。反応が妙だと感じたのは気のせいでしょうか。


「何気に失礼ですよ、明さん。私は怪しそうな代物を口に入れたりしません」

 食べ物だって、やばそうな物を食べればお腹を壊すんですから、それでは美味しく食べられないじゃないですか。

「そうか? おまえの場合、やりそうだからな。あまり信憑性ないぞ」

「明さん。本当に失礼です。私、どこまで見境がないと思われているんですか」

 食い意地がはってないとは自分でも言えません。でも、ですね。分別くらいはあるつもりです。


「なら、あれは食えると思うか?」


 明さんに指し示された方向には、果物らしきものがありました。見掛けはリンゴです。赤いそれは食べ頃に見えました。でもーー。

「美味しそうに見えるリンゴ、ですね?」

 なんとなく何かありそうな気もしたので、素直に思ったことだけを口にします。食べられる食べられない、の回答は口にしません。

 リンゴに見えますが違う可能性も捨てきれないですし、そうなってくると食べられるかどうかもわかりません。例えるなら、きのこと毒きのこの違いですね。あれを分別しろと言われても、知識のない普通の人には無理です。

 それと同じことが、今回のりんごのように見える何かには当てはまりそうです。

 すると、隣から舌打ちが聞こえました。


 って、え?

 今度は舌打ちですか?


 明さんをまじまじと見れば、こちらを見ないようにしている明さんの姿がありました。

「私だってあんな風に訊かれたら何かあると思います。というか、何気に今日は行動がおかしいですよ、明さん。何かあったんですか?」

 いつも通りだと思ったことの方が気のせいでした。

 違和感が消えません。明さんのことをなんでも知っている、とは言えませんが、それでもいつもとは様子が違います。

 なんと言いますか、そう。


 ……余裕がない?


「図星ですか……」


 私の観察眼を甘く見ては駄目ですよ。ほんのわずか、ほんの数瞬ですが、明さんの空気が変わりました。

 ……観察眼関係ない、とか突っ込まないでください。自分で思いましたから。えぇ、ええ。雰囲気をぶち壊しているのは私です。


「明さん。明さんが今日、ここに来た用事ってなんですか?」


 結局、完全に立ち止まってしまいましたから、他の方達の通行の邪魔にならないように明さんの手を引いて端に寄りました。

 原因があるとするなら、それだと思うんです。正直、私が聞いていい事柄なのかわかりません。でも、今、聞いておかないと後悔するような気がするんです。

 そういう時は遠慮しないと決めましたからね。

 だって、今日と同じ日が明日も、次の瞬間も続くとは限らないんです。私は身を持ってそのことを実体験しました。

 だからこそ、そういう後悔はしたくないんです。


 私を見た明さんの顔は苦笑していました。どことなく少し困ったような顔です。

「おまえは……。気づかないでいいところに気づくな。気にしなくていいと言っても、それで納得するわけないか」

 呟きのような、問いのような言葉に私は頷きます。

 明さんから拒絶の意思は感じられません。ただ、こうして私が問わなければ自分から告げることもなかったのでしょう。そんな気がしました。


「ちょっとな。今日、あそこに現れる奴に確認したいことがある」


 あそこと視線を向けられた先にあるのは、街中からでも見える例の大木でした。

 明さんはそこに因縁があるという話を、私はしっかり覚えています。物騒なことを平然と言っていましたからね。

 だから、言うべき言葉はこれでしょう。


「殴り込みですか?」


「……一言多いと言われたことはないか?」


 明さんがにっこり笑顔です。でも、目は笑っていません。

 満面笑顔、目だけ笑っていないバージョンですね。それは止めてくださいって何度も言いましたよね? 本気で怖いです。

 でも、ですね。明さんは前科があるんですから、そう言われたって当然だと思うんです。

 怯みながらも明さんから目をそらさずに向かい合えば、諦めたようなため息を吐かれました。

 え? 私、何かやりましたか? そんな風にため息を吐かれるような心当たりはないです。


「俺は真面目な話をしているんだが――」

「私も真面目に答えているつもりなんですけど――」


 どこに齟齬が生じているんでしょう?

 顔を見合わせ、お互いの主張を確認すること数秒。


「おまえにまともな反応を求めた俺が間違っていたな」

 自己完結したらしい明さんが残念なものを見るような目を私に向け、再びため息を吐きました。

「ものすごく不愉快な奴だが、そいつに聞きたいことがある。それだけだ」

 そう告げた明さんは、ものすごく嫌そうな顔をしています。

「本当に殴り込みじゃないんですか?」

 疑いたくはないですが、そんな顔でそんな発言をされてしまうと、否定の言葉の方が信憑性ないです。


「殺して死ぬような奴じゃない」


「………」


 そういう言葉は期待してないです。それに、普通は殺したら死ぬと思います。

「なら、どういう言葉を期待していたんだ?」

 呆れたような顔で問われて、私は首を傾げました。

 具体的にこうだとは考えていませんでしたが――そうですね。


「その方とはどういった関係なんですか?」

 目的も今、聞いたばかりですが、相手がどんな方かも知りません。明さんの交遊関係って謎ですよね?

「どういった関係、か。しいて言うなら、腐れ縁だな。他人事をかき回すことが趣味なクソ爺だ」

「…………悪趣味な方ですね」

 それ以外になんと言えばいいんでしょう。そんな方と腐れ縁な明さんって――。

「あいつと同列に扱うな」

 類は友を呼ぶとも言いますし、とか考えていたら、思い切り顔をしかめた明さんが速攻で否定しました。


 よっぽどですね~。

 そんな方にわざわざ自分から会いにいくほどの確認事項ってなんでしょう。

 いえ、そこまでは教えてくれなくても結構ですよ。なんでもかんでも詮索するのはよくありませんからね。訊きませんよ、気にはなりますが。


「その間は露と遊んでもらえ」


 予想外な明さんの言葉に、一瞬、思考が止まりました。

「え?」

 間抜けな声が口から零れて、それによって思考が再開します。ですが、言葉の意味を理解するのに少し時間が掛かりました。

「露には話をつけてある」

 私が理解したことを悟ってから、そう明さんは言葉を続けました。


 露さんに会えることはうれしいです。きっとせっちゃんも一緒でしょう。

 でも――。


「嫌です」


 気づけば、そう口にしていました。

 今の明さんと離れるのは、どうにも嫌だったんです。なんと言いますか、漠然とした不安とでも言うんでしょうか。考えてもよくわかりませんが、とにかく一緒にいないと駄目な気がします。

 主張を通すように明さんの顔をじっと見つめれば、諦めたようなため息を吐かれました。


 ……勝った、のでしょうか?


「駄目だ」


 …………押し切れていなかったようです。明さんから返ってきたのは否定の言葉でした。

 でも、ここで引き下がるつもりはありません。


「駄目だと言われても、嫌なものは嫌です。明さんと一緒にいます」

 じっと見つめれば、明さんがまたため息を吐きました。

 そんな態度取られても私は引きませんよ。

「一緒に来ても面白いことなんて何もないぞ。どちらかというと不愉快になるだけだ」

 ………。

「それでも一緒に行きたいです」

 間が空いたのは、忠告の言葉に迷ったからじゃないですからね。

 つい言い訳じみた考えが浮かんでしまいましたが、気を取り直しまして。


「そもそも面白いとか面白くないとか関係ないです。私が一緒だと都合が悪いのですか?」

 不快に感じるかどうかも、実際に会ってみなければわかりません。

「都合は、悪くない。ただな――会っても、害はあろうが益はないぞ?」

「…………明さん。いったい――」

 それほど念押ししなければならないほどの相手って――?

 それを承知で、その方にどうしても確認しなければならないことって――?

 そこまで考えて、ハッとしました。

 いけませんね。他人様の事情に不躾な問いはいけません。明さんの場合、考えただけで伝わってしまいますから、気をつけなければいけませんよね。

「すみません。答えなくていいです」

 慌てて謝り、明さんの顔を見れば、明さんはその顔に困ったような笑みを浮かべていました。


「本当に一緒に行きたいのか?」


 そう問う明さんに、私は少し迷いました。

 一緒に行きたいです。でも、私がこうして我を張ることで明さんがこんな顔をしていることも事実です。

 今更ですが、返事に詰まりました。

 そんな私の様子に、明さんがポンポンと私の頭を軽く撫でます。


「変な気遣いはするな。別におまえがいたところで都合が悪いわけでもない。ただ、あのクソ爺に関わるとろくなことにならないとは覚えておけ」

「…………わかりました」


 その時はなるべく目立たないようにしていましょう。私だって自分の身は可愛いです。要らぬトラブルは避けるべきですからね。

 ……それなら大人しく露さんと一緒にいろよと言われてしまいそうですが、明さんと一緒に行くと決めていますから、それ前提の行動です。

「さて。話もまとまったことだし、行くか」

「はい」

 そうですね。デート(?)を再開しましょう。

 とりあえず、今の目的地は果物屋さんです。




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