53.お家賃支払い攻防戦、のはずが……?
お待たせしました。のんびり更新再開します。
今日はお給料が出る日です。振り込みなので少々実感は薄いですが、お給料はお給料。自分で働いて稼いだお金です。
今回こそはお家賃の支払いを! 自立の第一歩はここからです。と、意気込んだのはいいのですが、またしてもけんもほろろな状態の真っ最中。
「どうしてですか。私は自立をしたいんです。受け取ってくださいよ~、明さん!」
「要らん」
「そもそも、ここのお家賃本当にいくらなんですか? そこから教えてください」
支払いについて、私の部屋のソファで明さんと向き合って座り、攻防すること何度目になるでしょう。
初めは信さんに言ったんですよ。お家賃払いますって。でも、断られました。先に明さんから受け取っているから私からは受け取れないと言うんです。契約者は明さんだから、と。
どうしてもと言うなら、それは明さんに渡せばいいと言われてしまいました。
ですが、当の明さんはこのありさまです。取りつく島もありません。
「どうしてですか? 毎回毎回毎回、私もお給料をもらえる身分になったんです。これ以上、明さんにご迷惑はかけられません。お家賃、払います。ぜひ、払わせてください」
まずはそこからだと思ったんです。
生きているだけでもお金はかかります。衣食住の問題が発生するんです。どうやら私の食費の部分も明さんが払っているようなので、このマンションでの生活のお金の出所は明さん、ということになります。
……人外の者の生活圏にいた時と何も変わっていないじゃないですか。
「初めに言わなかったか? おまえを食わせるくらいの金はある、と」
明さんが呆れも露な顔で私を見ます。その顔が面倒そうに見えるのは私の穿った考えのせいでしょうか。
確かに聞いた覚えがあります。でも、ですね。
「明さんに養ってもらう理由がありません」
私と明さんは他人です。言うなれば、私は明さんに拾ってもらったようなものです。このまま甘えるわけにはいきません。
「おまえは俺の伴侶だ。理由はそれだけで十分だと思うが?」
ああ、またこの問答ですか。
そう思ったのは明さんも同じですよね。こうなると常に平行線です。どちらも折れないので結論は出ません。
「十分じゃありませんよ。私は明さんの伴侶になったつもりはありません。確かに明さんにはお世話になりました。現在進行形でお世話になっていますよ。でも、だからといってそれとこれでは話が別問題です」
伴侶というのは特別なもののはずです。そんなほいほいと気軽に応えるような恥知らずにはなりたくありません。
「そうだな」
そう明さんが言いました。その顔は真面目そのものです。
肯定した、ということはついに私の言いたいことを理解してくれたんですか!
期待のこもった視線を明さんに向ければ、
「俺はおまえに恩をきせるためにおまえの世話をしているんじゃない。おまえが俺の伴侶だから世話をしているだけだ」
肩透かしをくらいました。
……えぇ~と。とりあえず、私の喜びを返してください。ようやく私の言い分を理解してくれたのかと思えば、そうでもなかったようです。
「わけがわかりませんよ。そもそも私が伴侶、という考えはどこからきているんですか?」
伴侶って生涯を誓いあった方のことですよね。好きより上の感情を抱いた人に対して、お互いが納得済みで初めて成立する関係ですよね。まあ、政略的なものもないわけではないですけど、私と明さんではそれはないわけでして。
私達の間に、恋愛的な感情が芽生えているとは思えないんです。私も、明さんも。
「……直感、か?」
首を捻る明さんを、私はジト目で見ます。
「そこで疑問系。しかも、直感って――答えとしておかしいです。間違っています。却下です。私の伴侶認定を取り消してください!」
まったく。私をなんだと思っているんですか、明さんは。
でも、そんなふざけた返答でも明さんならと思えてしまうんですから――女の敵ですよね、この方。
「無理だな。ウイの一族はな、一度、これが自分の伴侶だと認識してしまえば、それを覆すことはしない。そういう一族だ」
……なんですか、その種族特性は。
「無茶苦茶です。私の意思はどうなるんですか。人間は相手のことが好きだから、特別だからお互いに一緒にいようと誓うんです。それが伴侶です。明さんの言い分は逆です。私には納得できません」
根本的な考えの部分が違っています。
「納得しろとは言わんさ。だが、逆でもないぞ。おまえの言い分だと俺がおまえを好きでないように聞こえるが、俺はおまえのことを気に入っている。面白いと思っている」
気に入っている、はいいとして、面白い……?
どうしてでしょう。素直にその言葉を受け取れない私がひねくれているんでしょうか。
「明さん。私は明さんの玩具じゃないですよ。暇潰しの道具でもないです」
自分で言っておいて悲しくなりました。
確かに明さんは性格に難がある方です。でも、私は明さんが嫌いじゃないです。好きな部類に入ります。だから、そんな方からそんな風に思われているとしたらそれは悲しいことです。
ちなみに、誤解しないよう付け足しておきますが、その感情はラブではないです。ライクの方です。
明さんは確かに異性ですが、そういう対象に見るには畏れ多いと言いますか、明さんの超絶美形顔は観賞用としては最高の目の保養ですが、だからこそ、そういう対象としてはちょっと――という感じです。
そこまで考えたところで、明さんの呆れたような視線が顔に突き刺さりました。
「おまえも大概俺の扱いが酷いと思うのは、俺が悪いのか? 顔は生まれつきだ。どうにもならん。それにな、俺をみくびるな。確かにおまえで遊ぶのは俺の特権だと思っているが、俺はおまえを玩具だと思ったことはない。理沙、よく覚えておけ。おまえがどう思おうが、何を言おうが、俺の伴侶はおまえだけだ。ウイの一族とは、そういう生き物だ。死する時まで共にする、それが俺達にとっての伴侶であり、唯一の安らぎでもある。伴侶とは、俺にとっての理沙は、世界そのものだ」
途中から明さんを見ていられなくて顔を背けてしまいました。
いっそわけがわからなかった時の方がよかったのかもしれません。そう告げる明さんの顔があまりに真剣で、とても冗談や誤魔化しを口にしているようには見えなくて、逆に困りました。
そんなクサイ台詞、よくも真顔で口にできるものです。私なら、口にする以前に羞恥で憤死します。
「……本当におまえは、な。気にする部分はそこじゃないだろう。わざとか?」
ため息混じりなぼやきに、ちらりと明さんを見れば、呆れを多分に含んだ視線とばっちり目が合いました。
「意外に情熱的だったんです、ね?」
「棒読みでそんなこと言われてもな。俺がおまえを好きだと思うことがそれほど信じられんか?」
………。
「…………へ?」
口からは間抜けな声がもれました。
言葉の意味をなんとか消化し終えた次の瞬間、顔に血の気が上りました。たぶん、あからさまに赤いです、顔が。
「め、めめめめ、明さ、ん!?」
「驚きすぎだ、阿呆」
ぺちりと軽く額を叩かれました。痛くはないですけどね。
そうではなくて――。
「私、平々凡々な顔ですよ?」
「顔は関係ないだろ」
「明さんは超絶美形顔ですよ?」
「顔の話題から離れろッ」
そんな嫌そうな顔をしたって、超絶美形顔に変わりありませんから。
そう考えたら、ジト目で見られました。なんだかとても悪いことをしたような気分になります。
確かに顔だけがすべてではないです。好みである方がいいですけど、それ以上に中身。相性だとは思いますけど――。
「だって、明さんは明さんですし~」
「どんな理屈だ」
呆れてものも言えんって感じですけどね、確かにその通りなんですけどね。
「それってライクですか? それともラブ、ですか……?」
いつも通りなやり取りに、私の調子もいつも通りになりました。そして、つい突っ込んではまずい問いをしてしまいます。
その問いをした後の明さんの表情は――とりあえず記憶から抹消しました。人間、やろうと思えばできるんですね。
「ごめんなさい。すみません。許してください、お代官さま」
気分的には土下座、ひれ伏している状態です。まあ気分的なものなので、身体は普通にソファに座っているんですけどね。
明さんは呆れた顔でため息を吐いています。
「おまえは――もう少し空気を読め」
……それを明さんに言われるとなかなかに複雑です。
でもですね、私は補食される気はまったくないわけでして、あんな顔をした明さんにも問題があると思うんです。
ほんの少し非難を込めて明さんを見れば、またため息を吐かれました。
「どうしてコレなんだろうな」
嘆くような小さな呟きに、気分はさらに複雑です。
そんなこと、私の方が知りたいです。というか、そんな風に思うなら自分の認識を改めるべきだと思いますよ?
誰にだって間違いや勘違いはあります。そういう感情は一過性の麻疹のようなもの、とも言いますし…………ッう。
「め、めめめめ、明さ、ん?」
今夜は本当に心臓に悪い日です。
憂いを含んだ超絶美形顔は、破壊力抜群です。座っているのにくらりとよろめきそうになる色気のせいで、心臓が早鐘を打っています。
このままでは心臓に負担がかかって早死にしそうです。マジで勘弁してください。
「……それでもコレがいいと思うんだから、どうしようもないな」
ため息混じりの呟きを、その対象だろう私はどう受け止めるべきなんでしょう。
向けられた視線に、先程とは別の意味で心臓がドキリとしました。
明さんは明さんでしかないというのに――ここにいるのは別人のような、そんな妙な感じがします。
そんなわけないんですよ。明さんみたいな超絶美形顔が他にもあってたまりますか!
「ま、気長に待つさ」
諦めたような笑みを浮かべて呟く明さんがいますが――。私的には待たなくて結構です。自分の間違いを認めて、認識を改めた方がいいです。と、どうしても思ってしまいます。
だって、このままだと私の心臓の方がもちそうにないですから。
……本当はわかっているんですよ。明さんは異性です。間違えようもなく男の人です。そして――その言葉が冗談でも嘘でもないって。本気だって。
明さんは私にはもったいないほどの方です。そんな方の隣にそういう意味で立てる自信を、臆病な私はまったく持てそうにないから屁理屈をこねているだけなのかもしれません。
これは私の心の問題です。明さんを異性だとわかっていますが、そういう対象として見ることすら怖い。それが正直なところでした。
それにですね。今の私では明さんと対等にはなれません。おこがましいことかもしれませんが、私は明さんと対等でいたいんです。
色々な考えがないまぜになった私の顔に浮かんだのは、結局、曖昧な笑みでした。それを見た明さんの顔が仕方ないとでも言いたそうな微苦笑を浮かべます。
「ひとりで立とうとしなくていい。もっと俺を使え。頼れ。負い目など感じるな。おまえがどんな存在だろうと、俺がおまえを厭うことはない。ずっと傍にいる」
なんて破壊力抜群な言葉の羅列でしょう。これ以上は明さんの顔を見ていられなくて俯き、自分の膝の上で握り締めた手を睨みつけます。目に力を入れていないと、なんだか泣きそうでした。
どうしてこう、明さんは私が欲しいと思っている言葉をくれるんでしょうね。
「もしかしたらおまえは俺の伴侶だったから、こちらの世界に来たのかもしれん」
…………え?
落ち着くまで明さんの顔なんて見られないと思っていた私ですが、その言葉に思わず顔を上げて明さんを見てしまいました。大分情けない間抜け面をさらしている自覚はありますが、そんなことよりも明さんの浮かべている表情に驚きました。
笑みは笑みでも、自嘲の笑みを浮かべています。
明さんでもこんな表情をすることがあるんですね。ちょっと、いえ、かなり意外です。
「私は偶然開いた穴に落ちたと説明された気がするんですけど――」
悪運と強運が重なったことにより、私はここにいると理解していたつもりです。そして、こうして平和に生活できているのは明さんのおかげです。
「それは間違っていない。だが、その偶然をおまえに引き寄せたのは俺の存在かもしれないってだけだ」
「……明さんが私の面倒を見るのは、私に負い目があるからですか?」
その言葉から導き出された私の結論はそれでした。それに対しての明さんの返答は冷笑です。超絶美形顔なだけに、無駄に迫力があります。
「そんな感情、はなからない。妙な勘違いはするな。それはそれとして、おまえが俺の伴侶だからだ」
傲岸に言い切られ、ちょっとほっとしてしまいました。返答自体は堂々巡りになっているだけなんですけどね。
負い目でここまでよくしてくれたとしたら、それはそれでとても申し訳ないことをしてしまったような気がしたんです。他人様の弱味につけこんで胡座をかくようなことはしたくないですから。
「それは、よかったです」
この言葉は正直な感想でした。
「よかったのか?」
意外そうな顔をされて問われ、私は顔をしかめました。ちょっと明さんを睨んでしまいましたよ。
「私をなんだと思っているんですか」
そんなことされたってうれしくないです。迷惑です。
いえ、こうして生きていられるのは明さんのおかげではあるんですけどね。それでも、負い目なんて、そんな償いみたいな感情が今までの明さんの私に対する態度の根底にあったりしたら――。
そう考えると、傷ついている自分がいるんです。勝手な話ですけど、悲しいです。
「おまえの考えていることはよくわかった。そんな顔するな。そうだな……。おまえ、明日は休みだったな? なら、デートでもするか?」
…………へ?
「……明さん。変な物でも食べましたか?」
なんだか変な単語が聞こえました。それとも私の幻聴でしょうか。疑いたくはないですけど、夕御飯に食べた物の中に変な食材が混入していたとか。
徐に明さんがため息を吐きました。そして、私に残念なものを見るような目を向けます。
この場合、私が悪いんですか?
明さんとその単語と私。
まったく結び付かないんです。というか、明さんの口からそんな単語が出てくることに違和感があります。だって、そんなこと言いそうにない方ですから。それに――。
「なんでそんな脈絡もない話になっているんですか?」
元々はなんの話題だったかと言えば――そうです。お家賃と食費についてのお話だったはずです。そこからどう行き着けば、デートしようなんて話になるんでしょうね。わけがわかりませんよ。それに、情緒もへったくれもないです。
デートに誘う話題運びとして何かが間違っていますよね?
思わず疑わしい目を明さんに向けてしまいましたが、そんなことで怯むような方でないことも知っています。
「別に脈絡がないわけでもないさ。金はいらん。だが、おまえがそのことを気にするというなら、明日は俺に付き合えと言っただけだ。俺は金の代わりにおまえの時間をもらうということだな」
苦笑しながらそう告げた明さんの顔をマジマジと見つめます。
そういうことなら、確かに筋は通っているような気もしますね。
「わかりました。そういうことでしたらお付き合いします。でも、本当にそれでいいんですか?」
そう訊き返せば、明さんが意味ありげに笑いました。
「ああ。なら、決まりだ。明日の朝、いつもの時間にまた来る」
立ち上がった明さんがどこからともなく取り出した物を私に放ります。反射的になんとか受け取りましたけど、なんですかこれ? 深緑色の布――どうやらフードのついたマントみたいですね。
明日はこのマントを羽織れってことですか? このタイミングでくれたんですから、それしかないですよね。愚問でした。
私が布の塊だったマントを確認している間に明さんは帰ってしまいました。だから、質問しようにもできません。
行き先は――ご近所ではなさそうです。それなら、このマントは不要ですから。むしろ、ここらで羽織っていたら周囲から浮きます。引かれます。ドン引きです。
それにしても、明さんとデート、ですか。現実味がまったくないです。
そもそも、デートの定義ってなんでしたか? ……まともな恋愛経験のない私には、とても高いハードルがそびえ立っていますね。う~む。考えるだけ、無駄ですね。寝る準備をして、お風呂に入って、さっさと寝ちゃいましょう。
大丈夫。明日がどんな日になろうと、眠れる自信だけはあります。




