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45.倒れた原因は……?

 待つことしばし。朱さんが来ました。こんな時ですけど、今日も着物姿の朱さんは麗しいです。でも、その姿で歩くように走るのは、どんな技術ですかと問いたくなりました。

 淑やかに歩いているようにしか見えない朱さんですが、近づいてくる速さが異様です。凡人が出せるような勢いは通り越しています。競歩の選手も顔色真っ青なスピードでした。


 その表情はいつも通りにも見えましたが、まとう空気がささくれ立っています。肌に突き刺さるほど痛い空気、とはこういうものを言うのでしょう。それほどに酷いです。

「ユズの様子はどうですか?」

 ユズさんを挟んで私とは反対側に膝をついた朱さんが少し固い声で問います。

「目は覚ましませんけど、寝ているだけのようです。紗菜くんがそう教えてくれました。急に倒れた時は紬ちゃんがしっかりと支えてくれましたから、どこも打ってはいないはずです。それに蓮ちゃんが回復する術、ですか? それを行ってくれましたから、倒れた時より顔色も良くなっています」


 手で確かめたりしながらユズさんの状態確認をしている朱さんに、私がわかっていることを告げます。そして、溜まりに溜まってしまった疑問を口にしました。

「……ユズさんは病気ですか? ここ最近、日に日に顔色が悪くなっていることには気づいていました。様子もおかしかったんです。でも、私には話せないことだったのか、訊いても教えてくれませんでしたし、逆に気を使わせて無理をさせてしまったような気もします。朱さんは何か知っていますか?」

「いいえ。私は最近、ユズと会っていませんでしたから何も。会っていれば、こうなる前に気づいたでしょうに――」

 朱さんの声に苦さが見え隠れしています。

 ささくれ立った空気は、何も知らなかった自分に苛立っていたから、ですか。今、朱さんの顔には、見るからに後悔の念が浮かんでいました。


「ユズは何かの干渉を受けていたようです。でも、今はそれもないですね。正確なことは専門外の私には読み取れませんので、専門の者に見せる方が良いのでしょうが――」

 朱さんの言葉が止まりました。その視線の先には、私と繋がれているユズさんの手があります。

 驚いたように瞳が見開かれた後、朱さんは何かを考えるような思案顔になりました。

「なんですか?」

 私の手が問題なのでしょうか。でも、これは繋いでいることがユズさんのためだと、絢くんと紬ちゃんが教えてくれたことですし、二人とも朱さんと同じ見解でしたから正しい対処法だと思うんですけど――無言の朱さんに、段々と自信がなくなってきました。


「朱さん?」

 困って名を呼べば、何度か瞬きを繰り返した後、朱さんがその顔に困ったような笑みを浮かべます。

「……すみません。ユズの傍にセリさんがいてよかった」

 そう言われて悪い気はしません。ですが、私は素直にその言葉を受け取ることもできませんでした。それならばなぜそんな顔をしているんですか、と問いたくなるような表情を朱さんはしています。

「セリさん。すみませんが、もう少しだけユズの手を握っていてくれますか?」

 その言葉に異存はなかったので、私は頷きました。私が手を握っていることが意味のあることだというのなら、拒否することでもないです。

「これから少し騒がしいことになると思いますが、セリさんに被害が及ぶようなことは私が絶対にさせませんから。ここに呼ぶ阿呆のことは大目にみてくれると助かります」

 そう私に前置きしてから、朱さんはどこかに連絡を取りました。


 ……私の聞き間違いでしょうか。

 朱さんの口から阿呆なんて暴言が飛び出した気がします。しかも、その部分だけ、背筋が寒くなるような冷たい空気が漂っていました。一瞬でしたけどね。

 いったい誰を呼んだんでしょう。


 視線を彷徨わせれば、目があった紬ちゃんが微妙な顔で首を横に振りました。まるで私に振らないでといった感じです。絢くんはと見れば、こちらはもっと顕著な拒絶反応を示しました。眉間に深い皺を寄せていた絢くんですが、私と目が合ったと思ったらふいっと視線をあからさまにそらせてしまったんです。

 それらの態度で、口に出したくない事柄だと十分にわかりました。

 モコモコさん達の中でトップに立つ二人がそんな反応を見せる中、妙に苛立った感じの蓮ちゃんが翼を広げてバッサバッサと羽ばたかせていたりします。

 変ですね~。先程までは落ち着いていたと思うんですけど、どうしたんでしょう。他の子は大人しいままですし、そもそも普段の蓮ちゃんはこんな風に荒れる子ではなかったはずです。こんな姿を見るのは初めてでした。


 そうして、微妙な空気がその場に漂った数分後。

 ドッタンバッタンと大きな音を立てながら、玄関の方から何かが近づいてきました。

「まったく、あの男は静かに来ることもできないのですか」

 ボソリと朱さんが呆れたように呟きます。誰に聞かせるでもなく、独り言のようです。絢くんの呆れたような、諦めたようなため息も聞こえてきました。

「おぉ~、今日も麗しい姿ですね、朱さん。あなたの姿を見ると、私の胸は張り裂けそうな――ブホッ」

 部屋の入り口から現れた男性は、朱さんの姿を見た途端、大袈裟な動作で両手を広げ、怒濤の勢いで胡散臭い口説き文句らしきものを口にしている途中で、猛然と走っていった蓮ちゃんに飛び蹴りをされて倒れました。


 情け容赦ない見事な蹴りでしたが――なんですか、この三文コントのような状況は。蓮ちゃんが倒れた男性の上で、勝利のポーズよろしく翼を天に向けて広げています。

「蓮。お仕置きは後で存分にしてくれて構いませんから、とりあえずその男に仕事をさせてください」

 朱さんがそんな蓮ちゃんに声を掛けました。蓮ちゃんが駄目押しのように男性の顔を踏みつけ、その上から退きます。


 ……本当になんですか、いったい。そもそも、この男性は誰でしょう。


 そう訊きたくても、とても訊ける雰囲気ではありません。

「ッぃたたたぁー。まったくひどいよ、蓮。会えてうれしいのはわかるけど、パパを踏みつけなくても良いじゃないか」

 顔を押さえながら男性が上体を起こしました。

 今、パパという単語が聞こえましたよね。気のせいでしょうか……と思っていたら、いつの間にか男性の背後に移動していた蓮ちゃんがその頭に飛び蹴りをする姿が見えました。

「わかったよ。わかったから、仕事するから蹴らないで。痛い、痛いって! パパが悪かったから許して!!」


 普段はおっとりおしとやかな蓮ちゃんの、意外な一面を見た気がします。

 あれが蓮ちゃんのお父さんですか……。

 実は私、ここの子達の家族に一度も会ったことがありません。私の勤務時間が終わる時間までに、お迎えに来る保護者が今まで誰一人いませんでした。驚きなことに。

 蓮ちゃんに蹴られながら近づいてきた男性は、薄茶の髪に淡い水色の瞳をした、二十代半ばほどに見える優男です。

「おや、見慣れないお嬢さんがおりますね。僕は――」

「さっさと仕事をなさい!」

 朱さんが男性の声を遮り、蓮ちゃんがその顔を羽で叩きます。

 いえ、二人の気持ちは私にもよくわかりますよ。この方、見た目同様に中身も軽そうです。


 白い目で男性を見れば、ようやくこの場の冷めた空気に気づいたらしい男性が誤魔化すように咳払いをしました。

「ユズさんが倒れたと聞きましたが、どのような状況で倒れたのですか?」

 そう訊ねると同時に、男性の雰囲気がガラリと変わります。先程までのナンパで軽い雰囲気が一瞬で鳴りを潜め、真摯で真面目、静謐な先生のような雰囲気です。なんとも器用な変わり身の早さですが、これならこちらも真面目に答えなければ、という気持ちにもなりました。

「急にふっと意識を失うようにして倒れたんです。ここ最近、顔色がずっとよくなかったですし、私にはユズさんが悩んでいるような、迷っているような、そんな風に見えていました」

「そうですか……。朱さん。僕を呼んだということは、ユズさんが倒れた原因は肉体的なものではないと考えている、ということで間違いないですね?」

 私の答えを聞いた男性が考える素振りを見せ、朱さんに問います。

「倒れた原因は積み重なった疲労、寝不足でしょう。ですが、それは根本的な原因ではありません。ユズは干渉を受けています」


 朱さんが男性に場所を譲ります。男性は今まで朱さんがいた場所に立膝をつき、ユズさんの額に手を当てました。

「確かに――干渉を受けていた形跡がありますね。でも、今はそれもない。ん? そうでもないか。何かが干渉の邪魔をしているから、干渉されていないだけ……。そこのお嬢さんですか、干渉の盾になっているのは」

 ユズさんを観察していた男性の視線が私の方に向きます。

「ふむ。なるほど。ずいぶんと変わった性質を持ったお嬢さんですね。これなら遺憾なく盾の役割が果たせるはずだ。今度、ゆっくりじっくり観察させてください、お嬢さん」


「………」


 えぇと――今まで真面目な話をしていましたよね。なんでいきなり妙な方向に脱線するんですか。発言内容が変態っぽいです。

 言葉もなく、げんなりとした気分で胡乱な視線を男性に向けてしまいましたよ。

 ユズさんも似たような発言をかましてくれたことがありましたが、性別の差は大きいです。同性に言われるのと異性に言われるのとでは、異性に言われた方がより拒否感があります。

 まあ、どちらにしろ実験動物のような扱いはお断りしますよ。私にゆっくりじっくり観察されて喜ぶ趣味はありません。


「……(かおり)。今度、ふざけた発言をしたら問答無用で氷漬けにしますよ?」


 朱さんの冷ややかな声が聞こえてきました。

 本当に。その言葉には、私も本気で同意したくなりましたよ。氷漬けにでもなって、頭をしっかり冷やしてください。ユズさんが大変なことになっているというのに、まったく――。


「嫌ですね、朱さん。女性と会話する時は、紳士に振る舞うことが僕の部族の決まり事ですよ。そんなに目くじらを立てないでください」


 男性(どうやら香さんと言うようです)は気にした様子もなく、にこやかな笑みを浮かべて朱さんに相対しています。

「あなたの言う紳士な振る舞いは、女性と見ればすべて口説くということなのですか?」

 香さんを見る、朱さんの視線が更に冷たくなったような気がします。それにしても――それほどですか。重症ですね、これはもう。

 朱さんの言葉に私が呆れ半分納得半分でいると、

「口説く? 僕が、ですか? そんなことはした覚えもありませんよ? 僕が愛する女性は死んだ妻だけです」

 朱さんの言葉に首を傾げた香さんは、心底不思議そうにそう言いました。とてもとぼけているようには見えません。ということは、本気でそう思っているということで――。


 無自覚天然口説き魔ですか。なんて傍迷惑な!

 しかも、それが部族単位で行われている可能性がある、とか。ある意味、恐ろしい事実です。一般常識をどこに置いてきたと問いたくなる、突っ込みどころ満載な言葉でした。


「……あなたと話していると、頭が痛くなります。それで、ユズに干渉しているのは何者ですか?」

 朱さんが疲れたように眉間に手を当て、そこを揉み解しています。

 その気持ち、よくわかりますよ。私も気分的に頭が痛いです。香さんが来る前に見せた絢くんのため息と紬ちゃんの微妙な顔の意味も、とても理解できてしまいました。そして、蓮ちゃんの香さんに対する態度の意味も――。

「少し探ってみましたが、やはり夢魔のような気がします。しかも、かなり強くて用心深い。干渉を戻すのは得策ではないかもしれませんが、一旦、そちらのお嬢さんの盾を外してもらってもよろしいですか? お嬢さんの影響が強過ぎて、僕の力もだいぶ弾かれてしまっているので」

 どうやら話している間も、某かやっていたようです。

 先程から干渉という言葉が頻繁に出てきます。そして、夢魔、ですか。まさか夜な夜なユズさんは悪夢を見せられて寝るに寝られなかった、とか。

 それなら目の下のくっきりとわかる隈の理由にも説明もつきます。


「セリさん。一旦、ユズの手を離してくれますか?」

 朱さんに促され、ユズさんの握っていた手を離します。すると、徐々にユズさんの顔が苦悶するように歪んでいき――。

「お嬢さん。もう一度、ユズさんの手を握ってください」

 香さんの有無を言わさない強い声に促され、私は再びユズさんの手を握りました。すると、徐々にユズさんの顔から苦悶の色が消え、穏やかな顔へと変化していきます。

 その様子に、私が手を握っていることに効果があったと実感しました。

 本当に私が何かを防いでいたんですね~。


「何かわかりましたか?」

 難しい顔で考え込む香さんは、朱さんの言葉に少し困ったような笑みを浮かべました。

「最近、ユズさんが何かを熱心に調べていたことは知っていたのですが、何か変な物でも引き当てたみたいです。うちの図書室、特に資料室には古い物が多いですし、本を開くだけでも呪いが掛かる、なんて代物が交ざっていたりしますから」

 アハハと笑って頭をかく香さんですが、それは笑い事ではないと思います。と言いますか、そんな物騒な本を普通に閲覧できるように置いておかないでください。それでは管理ができていないのと変わりありません。

「僕の見立てでは、かなり強い夢魔が掛けた呪いの掛かった本を開いたせいでその呪いを受け、そのせいでユズさんは眠るたびに悪夢を見せられ、それを食われていたのではないかと思われます」


 私の複雑な思いを他所に、香さんと朱さんの会話は進んでいきます。


「……あなたにはその本がどれか見分けがつきますか?」

「たぶん見ればわかるでしょうが、この呪いは本を処分したところで解けるものではないです。一番確実な解除方法は、この呪いを本に付加した夢魔を探し出して解いてもらうことですね。それも、なるべく早く」

「……どういうことですか?」

 ユズさんから手を離し、香さんが立ち上がりました。

「時が経てば経つほど極上の悪夢を見せられることになります。人間であるユズさんの精神は、このままでは近い内に壊されてしまうでしょう」

 朱さんの息をのむ音が聞こえました。

「僕は必要な物を取ってきます。そこのお嬢さんと同じように、とまではいきませんが、それでも一時的になら呪いの効果を弱めることは可能ですから」

 そう告げて、一旦、この場を去ろうとした香さんの背に朱さんが声を掛けます。


「香。あなたには解くことができないのですか?」

「それは最終手段だと思っておいてください。ここまで複雑な代物は、正直、僕の手に余ります。できないとは言いませんが、リスクが高い。五体満足を望むなら特に。だから、できればやりたくないですね」


 苦い顔で告げた香さんが、今度こそ部屋を出ていきました。朱さんが重苦しい息を吐き出します。

「困ったことになりましたね」

 そう告げる朱さんの声にも力がありません。

「あの……。ユズさんは大丈夫ですか?」

 先程の会話を聞いていると、けして状況が良いとは言えないことが私にもわかります。でも、なんとかできる可能性はゼロではないんですよね?

「……香は協会に所属する者の中でも、治癒にたけた者です。その専門は肉体的なものではなく精神的なものを癒すことに特化しています。言動はあんなふざけた男ですが、その腕だけは確かです。だからこそ、香の言うように呪いを掛けた夢魔を探したいところですが――あれを捕まえることは難しい。でも、そんな弱音を吐いている場合でもないですから。なんとか探索に向く人員を確保して探させてみます」

 朱さんが力ない笑みを浮かべ、ユズさんの頭に手を伸ばし、そっと撫でました。

「私の力が探索に向かない性質なことがもどかしいです」

 ポツリと呟かれた朱さんの言葉が、彼女の今の心の内を表していました。


 苛立ちと悲しみと――後悔。


 何かやりたいのにできないもどかしさは、私にもあります。現に、私はユズさんのために何ができるのか、その答えを持っていません。

 私がこうしていることでユズさんはその呪いというものから守られているようですが、根本的な解決にはなっていませんし、私自身が役立っているという気はしません。だって、これはすべて偶然です。私自身の力ではありません。


「朱さん。夢魔とはなんですか?」

 何ができるのかわかりませんが、情報収集は必然です。夢魔とは、私の知っている夢魔と同じなのでしょうか。

 元の世界では、悪夢をもたらす悪魔と言われています。ですが、こちらの世界にも悪魔はいなかったはずです。明さんが悪魔はいないと断言していましたからね。

「……ああ。セリさんはこちらに来て日が浅いですから、夢魔族のことを知らなかったのですね」

 こんな状況ですが、知識のない私に朱さんは夢魔族について説明してくれました。


 夢魔、正式には夢魔族とは、主に人間の悪夢を好んで食べる種族のようです。なので、夢魔族の生息圏は人間の生活圏になるのだとか。人外の者の生活圏から来た私が夢魔族の存在を知らなくても、別におかしくはないようです。

 悪夢を食べてくれるなんて良い種族なのかも、と単純な私は思ってしまいましたが、良質な悪夢を常時提供してもらうために人間に呪いを掛けることがあるみたいです。今回のユズさんの件も、それに当たりそうですね。


 眠る度に悪夢を見せられる呪いだそうですから、そんなものを掛けられたら堪りませんよね。

 ただ、ですね。それで悪夢を生産している側が死んでしまったら、元も子もないと思うのは私だけですか?

 ここは殺さず生かして長~く悪夢を生産してくれた方がおいしいと思うんです。だって、死んでしまったら悪夢は生まれませんから、夢魔族からしたらせっかく常時提供されていた食事ができなくなるってことじゃないですか。非効率的です。


「そうですね。セリさんの言う通りです。そもそも、ユズに掛かった呪いはおかしいです。本来ならその手の類いの本は、ユズが閲覧できないようにされているはずでした。その者が対処できない附加がある場合、その本を開くことができるはずがないのです。そういう措置が施されています」


 疑問に思ったことを指摘すれば、朱さんも違和感に気づいたのか、考えをまとめるように妙に思った部分を口に出して確認しています。

 ああ、そうなっているんですね。なんて物騒な図書室だろうと、何も知らずに使っていた私は香さんの話を聞いてぞっとしたのですが、そうなると香さんの言葉が今度は疑わしくなってきました。


「香が嘘を? いえ、あの男に限ってそれはないですね。ええ、わかっていますよ、蓮。あなたの父を疑ってはいません。香にユズを殺して得になるようなことはありませんし、あの男は根っからのフェミニストです。女性を害するようなことはしないでしょう」


 朱さんの傍で申し訳なさそうに縮こまっていた蓮ちゃんの頭を、朱さんは安心させるように撫でます。

 そう言えば、香さんは蓮ちゃんのお父さんでした。いえ、あの天然無自覚口説き魔である香さんとおっとり淑やかな蓮ちゃんが父娘というのは、こんなことがなければかなり衝撃的な話だったのですが――。


「誰かが本に掛かっていた閲覧制限を外した、ということですか? できる者もいるでしょうが――面白半分や興味本意でやりそうな者が数名でも浮かぶ時点で、そちらの線を疑った方が良さそうですね。ユズにもしものことがあったら、この世の地獄を味合わせてやりましょう」


 どうやら朱さんの中では疑惑ではなく、決定事項となったようです。濡れ衣だった場合は――と思わないでもないですが、他人事として聞き流しました。

 今の朱さんに口答えなんて、私にはできません。

 ただ、モコモコさん達が怯えていますから、朱さん、今はその物騒な気配を抑えてください。

 朱さんにとって、ユズさんはとても大切な方ということですよね。冷静なようで、取り乱している朱さんの姿を見て思いました。


 大切な友人。

 私にも、元の世界にはいましたから。

 ユズさん。呪いの悪夢になんて負けないでくださいよ。


 ぎゅっと握っている手に力を入れ、今は穏やかな顔をして眠るユズさんに向けて、私はそう心の中で語り掛けました。




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