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41.撫でられる時に撫でられてください!!

「……セリって、もしかしなくても超がつくほど箱入りか? それともドがつくほど田舎から出てきた?」

 絢くんが呆れたような顔をしています。

「……物知らずな自覚はありますよ」

 どう考えても、私には絢くんの言葉を否定できるほどの下地がないんです。


 ド田舎出身。並行世界とはいえ別の世界から来た身ですから、否定できません。遠い遠~い場所ですからド田舎と置き換えても支障はないでしょう。

 箱入り。これも否定できません。明さんが過保護なほど面倒を見てくれています。その範囲は物資という金銭的な物から、精神的な部分まで幅広く及んでいました。


 初っ端の出会いは良くありませんでしたけど、今はそれもチャラです。利子を払う必要すらある気がします。

 この世界に来てから、ずっと私の支えになってくれていたのは明さんです。八つ当たりだってたくさんしましたけど、それでも笑って許してくれたのはやはり明さんで――気持ちはどうにも複雑になります。


 明さんは甘えていいと言いました。我が侭くらい叶えてやる、と。

 でも、このまま甘えていたら、これ以上甘えてしまったら明さんがいなくなった時に、私は自分で立っていることができるでしょうか?

 このままずっと同じ、なんて虫のいいことを思えるほど、おめでたい頭はしていないつもりです。

 時は有限であり、変わりゆくモノです。形あるモノも形なきモノも。同じであり続けることなどできないとわかっています。

 だから――怖いです。今が当たり前だと思ってしまいそうになる自分が。


 物思いに沈み自然と俯いていた私の頬に、パタッと軽く何かが当たりました。これは、絢くんの尻尾ですね。

「そんな顔するな。俺が泣かせたみたいだろ」

 私の顔を下から覗き込み、口を屁の字にさせた絢くんが眉間にしわを寄せて不機嫌そうに呟きます。

「泣いていませんよ?」

 これくらいで泣けるような柔な精神は持ち合わせていません。


 不思議に思って首を傾げれば、先程よりも勢いよく尻尾の先端が顔に飛んできて頬を叩いていきました。

 見掛けはフサフサな尻尾ですが、これまた意外にしっかりとしていて――痛いんですけど。この尻尾は攻撃にも使えるんですね。


「……知らなければ聞けばいい。調べればいい。俺に答えられることだったら、教えてもやる。だから――そんな顔するな」

 言うだけ言って、絢くんはプイッとそっぽを向いてしまいました。

「あなた達の世話をするために来たのに、それではアベコベなんですけどね」

 絢くんの言葉がうれしくて、自然に顔には笑みが浮かびます。

 ここにも、私を助けてくれようと手を差し伸べてくれた子がいました。明さん以外にも、私はたくさんの方達に助けられてここにいます。とてもうれしいことです。そして――。

「ありがとうございます」

 とても、ありがたいことです。

 衝動的にその頭をナデナデしたくなって、その思いのままに撫でれば、すぐに絢くんの手が抗議するように伸びました。


「撫でるな!」

 頭から私の手を退かした絢くんが睨みつけてきましたが、まったく怖くはありません。可愛いだけです。

「絢くんは良い子ですね。それで実際、幾つなんですか?」

「うるせー。俺の歳なんかどうだっていいだろッ」

 ムッとした様子で、絢くんの口がまたへの字になっています。眉間に寄った皺がミスマッチです。

 年齢はやっぱり教えてくれないんですね~。


「難点は、口が悪くて素直じゃない部分ですね」

 可愛い子はナデナデと撫でるに限ります。

 答えてくれそうにない年齢の話はまた今度にしましょう。

「だから、撫でるなって言っただろッ」

「撫でてもらえるのは子供のうちだけなんですよ?」

「だからなんだって言うんだ!」


「それはもう、撫でられる時に撫でられてください!!」


 キリッとした表情を作り、キッパリはっきり宣言しました。

「………」

 絢くんが絶句しています。言葉も出てこないのか、口はパクパクと動いても声になっていません。なので、その間に遠慮なく撫でさせてもらいました。


 こうして自分が撫でる立場になると、なんだか不思議な気分です。明さんに出会ってからは、なぜか明さんに頭を撫でられることが多かったので、撫でられる身としてはたぶん今の絢くんと同じ心境だったのですが、ふと考えてみれば頭を撫でられたのはずいぶんと久しぶりでした。

 そういう年頃はとうの昔に卒業していましたからね~。


 子供時代は今よりも感情駄々漏れで、あからさまに表情に出ていましたから。大人達から見れば、私はまったく可愛げのない子供だったでしょう。そして、良くも悪くも平々凡々で、どこまでも平均値を彷徨っていた私は、親から頭を撫でてもらうような機会も少なかったんです。

 叱られる機会も少なかったですけど、ほめられる機会も少なかったという――浮き沈みのあまりない人生を送ってきていたと言いますか。


 そう思うと、この年になって明さんによく頭を撫でられているというのも、妙におかしな話です。

 でも、悪くはないですよ。ただ、荒っぽく撫でるものだから髪がクシャクシャになって絡むのが困るんです。

 それに、ちょっと恥ずかしいんですよ。明さんの撫で方って、小さな子に対するものと同じだと思います。歳は取りたくなくても、私だっていい大人な年齢ですから、それはねぇ~。


 絢くんは再び口をへの字にして、それでも私の手を頭の上からを退かすわけでもなく、私の好きに撫でさせてくれました。

 本当に良い子ですよね。

 そうして、絢くんとしばらく話をしました。

 彼は自分が狐族だと教えてくれました。そういえば、あの人外の者の生活圏で見た方達で一番多かったのが狐耳と尻尾を持った方達でしたよね。あそこは狐族が多くいる街だと明さんも言っていましたし、今の絢くんの姿とも合致します。


 絢くん曰く、獣系の種族はこうして動物の姿を持つことも多いそうです。なので、種族によっては三つの姿があることになるのだとか。

 動物の姿と人型と、人間に擬態した人間の姿。自分で人間の姿に擬態するのは、ある程度成長しないとできないようですが、動物の姿と人型は持って生まれたもののようです。どちらの姿が本来の姿ということはなく、それでも小さい頃はどちらでいる方が楽な姿かは種族によって違うそうです。

 動物の姿を持たないで人型と擬態した人間の姿しか持たない種族もいるし、人型を持たないで動物の姿と擬態した人間の姿しか持たない種族もいるのだとか。

 ……なかなかに人外の者は複雑なようです。


 ここには動物の姿を持つ子供達だけが集められているらしく、他の場所には人型と擬態した人間の姿を持つ子供達や、人間の子供達が集められている場所も、この協会本部の敷地内にはあると教えてくれました。


「絢くんは物知りですね」

 感心して告げれば、照れたのかプイッとそっぽを向かれました。口許はへの字になってしまいましたが、その頬は先程よりも赤く染まっています。

「セリが物知らずだから、俺が教えてやってるんだよ」

 ただ、口から出る言葉はやはり素直ではないみたいです。絢くんは良い子ですけど、そういう部分でちょっと損をしていると思います。


 それに苦笑していると、絢くんの上体がグラリと大きく傾きました。

 布団の上に胡座をかいて座っていた絢くんですが、子供特有の体格なので頭が重く、身体が柔らかいんです。そのまま勢いよく前のめりになり、ゴンと板張りの床に直接頭をぶつける前になんとかその身体を確保します。

 運動神経が鈍い私にしてはナイスキャッチでした。

 腕の中に絢くんの身体を受け止め、その身体を支えることに成功してホッと息を吐き出します。

「どうしたんですか、いったい?」

「偉そうに威張らないでくださいませ!」

 甲高い声が私の問う声と重なりました。

 声のした方を見れば、そこには仁王立ちした絢くんより少し年上に見える女の子が立っていました。外見年齢は四、五歳だと思います。


「申し訳ございません、お姉さま。そこの不届き者が無礼な態度を取りました」


 私が見ていることに気づいた女の子がハッとしたような顔でパパパパッと居住まいを正すと、申し訳なさそうな顔でペコリと頭を下げました。


 なぜ謝られているのか。

 どうしてお姉さま扱いされているのか。

 この子は誰なのか。


 頭の中は疑問符だらけです。

 ただ、絢くんの体勢が急に前のめりになった理由は、この女の子が原因だとわかりました。先程の態勢は跳び蹴り後の着地態勢ですね、たぶん。


「……何するんだよ、怪力女!」

 顔を上げてバッと私から離れた絢くんが、柳眉をつり上げて怒っています。

 絢くんの動きに違和感はなく、どこも痛そうにしていませんから、衝撃のわりに痛くはなかったのかもしれません。それとも、痛みより怒りの感情の方が勝ったのでしょうか?

「そっちこそ、お姉さまになんて態度を。初っ端からご迷惑をかけたというのに、これ以上の無礼は私が許しませんわ」

 女の子がビシッと指差して、居丈高に絢くんを睨みます。その頭には丸いフォルムのケモ耳がありました。


 この耳は……!


 蛇とマングースならぬ、狐と熊の睨み合いです。この女の子は、明さんが風熊と言っていた子ですね。

 私がそんなのんきな分析をしている間にも、二人の喧嘩は続いていました。


「ふざけんな。俺がどんな態度を取ろうが俺の勝手だ」

「まあ、なんて物言い。寝言は寝てから言う言葉ですわ。お姉さまに今、すぐ、ここで土下座してくださいませ。それであなたの無礼を許してあげてもよろしいですわよ?」

「そっちこそ、ここに、今、すぐ、はいつくばって俺に謝ったらどうだ? 己の態度を悔い改めると。そうすれば寛大な俺は、水に流すことを考えても良いが?」


「まあまあ! 口の減らない、狐ですこと。偉そうに。そんなだから親に捨てられるのですわ」

「……俺が捨ててやったんだ。間違えるな。お前の方こそ、ろくに会いにも来ない親に、今にも捨てられるんじゃないかって怯えてるくせに」


 両者一歩も引かずに睨み合いです。二人は口喧嘩をしながら徐々に寄り合い、今では顔を突き合わせた状態になっています。

 止めるべきかと思いつつもしばらく見物していた私ですが、そんな二人の傍に無言で移動して二つの頭をガシッとそれぞれ掴み、指に力を入れてみました。

 私の握力はそれなりですし、子供の頭は小さいですから、発生する痛みもそれなりなはずです。


 暴力は良くないですよ。でも、あれは捨て置けない言葉でした。どちらの口から出た言葉も、単なる子供の喧嘩では済まされないものです。


 肉体的な痛みよりも、精神的な痛みの方が後に残ります。

 それがたとえ、売り言葉に買い言葉であったとしても。


「痛いですか? でも、身体よりも心の方がもっと痛いはずです。お互いに言い過ぎたと思っていますよね?」

 二人を並べて布団の上に正座させ、それに向き合うようにして座り、目線を同じ高さ合わせて問います。

 私に締められた頭を抱えてうっすら涙目になっていた二人が、その言葉で私の顔を見たのでニッコリと笑い掛け、

「思って、いますよね?」

 念を押すように繰り返せば、なんだか二人に怯えた顔をされました。私は普通に笑っただけなんですけどね。こんな小さな子を笑顔で脅すなんて、とんでもない。

 まあ、コクコクと頷いているので、この反応については流します。

「なら、お互いに謝ってください。悪いことをしたら、ごめんなさいです。ごめんなさいが素直に言える子は、格好いいんですよ」


 歳を取れば取るほど、素直に自分の非を認めて謝ることが難しくなります。沽券とか、プライドとか、そういうものが邪魔をするんです。

 だからこそ、ごめんなさいと心から謝れる人は尊敬に値すると、私は思っています。


「ごめん」

「すみませんでしたわ」


 二人が同時に謝りました。でも、なぜ私の方を向いて謝るんですか。


「私に謝っても仕方ないですよ? ほらほら、お互いに向かい合ってください。仕切り直ししますよ」

 互いの顔を見合わせて、微妙な顔をしています。どちらもその顔に謝りたくないと書いてあります。それでも身体全体で向き直ったのは、二人とも良い心掛けですね。

「先程頷いたんですから、言い過ぎたことは自覚していますよね? なら、二人とも謝りましょう。それで痛み分け、おあいことしましょうね」

 ポンと二人の背中を軽く叩いて促せば、渋々といった感じでしたが、それでも二人の口から謝罪の言葉が出ました。


「言い過ぎた。悪かったよ」

「言い過ぎました。ごめんですわ」


 二人の口から出た謝罪は、先程のものよりも素直さが欠けていました。

 まあ、あの言葉はきついものがありましたから、素直に謝るには互いに抵抗があるんでしょう。ここは言葉にして謝ったことでよしとしましょうか。

「よくできました」

 二人の頭をナデナデすれば、正反対な反応が返ってきました。絢くんはぶすっとした不機嫌そうな顔になり、女の子はニコニコと笑顔になります。


「撫でるな!」

 絢くんが私の手を払い除けました。

「お姉さまに何するんですの!」

 私が何かを言う前に女の子が怒ります。これは再び先程と同じく喧嘩勃発かとも思いましたが、意外にも絢くんはそれにのってきませんでした。ふいっとそっぽを向くだけです。

「あのですね。慕ってくれるのはうれしいですけど、私、あなたとは初めて会うと思うんです。どうしてですか?」

 この際、言動と外見年齢が合っていないのは棚上げします。それよりも、どうしてこの子は初めから私に好意的なのかということの方が気になりました。


「泉さまにくれぐれもお姉さまのことをよろしく頼むと言われましたの。だから、お姉さまは安心して大船にでも乗ったつもりでいてくださいませ。私がお姉さまを守りますわ」


 それではアベコベだと思うんですけど……ね。こっちはせっちゃんの根回しですか。あの親子にはお世話になりっぱなしです。


「泥船の間違いだろ」

 ボソリと絢くんが呟きました。

「なんですってー! そこに直りなさい。成敗してくれますわ」

 その呟きが聞こえた女の子が眦をつり上げて怒ります。その様はすぐにでも飛びかかっていきそうな雰囲気でした。

「仲が良いのはわかりましたが、この場で喧嘩はしないでください。他の子達はまだ、寝ているんですよ」

 先程の騒ぎでは起きませんでしたし、今もぐっすりと眠っているように見えますが、このまま側で騒いでいれば不用意に起こすことになりかねません。


「仲が良いだなんて――そんなことは微塵も、これっぽっちもありませんわ。誤解です、お姉さま」

「はあ? どこに目ーつけてんだよ。コレと俺を同列に扱うな」


 二人して即座に否定しています。そして、互いの否定の言葉に、今にも戦いのゴングがなりそうな険悪な顔で睨み合っています。

 そういう反応が、仲が良いと思う一因なんですけどね~。でも、それを言ったら今度こそ取っ組み合いの喧嘩が始まりそうです。

「私はセリと言います。今日からあなた達のお世話をすることになりました。よろしくお願いします。あなたはなんと呼べば良いですか?」

 ここはもう、話題を変えることにしました。ということで、先程から気になっていたことを訊ねます。

 すると、女の子はこれまたハッとした様子でこちらに向き直ります。そして、なぜか私に向かって深々と頭を下げました。

「あの……?」

 戸惑って声をかければ、バッと勢いよく顔を上げた女の子ににじり寄られて両手を握られます。


 なんでしょうね、この反応。


 下からキラキラした目で見られて、どうにも気まずいです。悪いことは何もしていないのに、後ろめたい気分になるほど純粋な好意を映した瞳でした。

「申し遅れました、お姉さま。(つむぎ)です。よろしくお願いいたしますわ」

「紬ちゃんですね。良い名前です」

 とてもうれしそうに笑った紬ちゃんは、これまたとてもうれしそうに告げました。

「お姉さまにほめられましたわ。紬という呼び名は、お父さまがつけてくださいましたの」

 誇らしげな様子に、紬ちゃんはお父さんが大好きなのがありありと伝わってきます。

 こちらまでうれしくなるような笑顔につられて、私の顔にも自然と笑みが浮かびました。これぞ、幸せのお裾分けですね。


「紬ちゃんはお父さんが大好きなんですね?」

「はい、お姉さま。でも、お姉さまもお父さまと同じくらい大好きですわ」


 なんとも可愛いことを告げる紬ちゃんを、私は感情の赴くままに抱き締めます。そのはにかみ笑顔が胸にきました。

 先程も主張した気がしますが、私は危ない人ではないですよ。危険思考な趣味もないですからね。これは純粋に可愛いものは愛でるべし、な精神からくる行為です。

 と、誰に聞かせるでもなく心の中で言い訳していたのは、絢くんの呆れたような顔を見つけたからです。


 紬ちゃんを離した後、誤魔化すように咳払いをしてみましたが、効果のほどはどれほどあったんでしょう。

 気にしない方が、私の精神安定のためですよね~。




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