39.初っ端から放置されました。
結局、あの後、あの場の収拾をつけてくれたのは明さんでした。
それは自分の仕出かしたことに脳内パニックを起こしていた私が、まったくの役立たずだったということでもあります。
ポンポンと頭を撫でる明さんの手に宥められつつ思ったのは、やっぱり明さんが大人だということでした。外見は大人で私よりも年上でしたけど、そうではなくて何よりも中身が――。
年の差を感じます。いえ、明さんの正確な年齢なんて知りませんし、知らない方が身のためな気もしますから、知りたくなんてないですけどね~。
でも、私がもう少し歳を取ったとしても、明さんのように面の皮があつ……いえ、なんでもございません。だから、睨まないでください。
コホン。とにかく。
朱さんと黒髪の女性(ユズさんと言うそうです)の生温い視線をものともせず、巧みに話題転換という名の詐欺的にも思える話法で場の空気を戻すと、明さんの職場見学は終了したのか帰っていきました。帰りも迎えに来るのでここで待っているように、という厳命を私に残して――。
やっぱり明さんは過保護です。無論、断ろうとしましたよ。その分の明さんの時間を私のために使ってしまうのは申し訳なかったんです。
時は金なり。
一歩一円。
前の職場ではそんな標語がありました。ですが、結果は推して知るべしです。
明さんの無言の笑顔と、再発した朱さんとユズさんの生温い笑みに、己の負けを悟りました。
とんでもない失態をしましたから、仕事を始める前からクビにならなかっただけでも幸いだったんですよね、たぶん。凍るような薄ら寒さと悶絶するような羞恥を一緒に体験するという、妙な状況に陥ることになったとしても。
そんなわけで、明さんと自分の仕事に戻るという朱さんが去った今。私はユズさんに仕事のレクチャーを受けています。
そのはずです。
「基本、チビ共は食って寝て暴れることが仕事だ。よって、セリの仕事は食わせて寝かせて暴走を止めること。この三つさえ出来れば問題ない。あとは何をやっていようと自由だ」
アバウト過ぎです、ユズさん。そして、その説明では正確なところがわかりません。
「あの、ユズさん。食べさせる、とはそれぞれの子に給仕をすればよろしいのですか?」
外見から判断して、あのモコモコさん達が同じ種族だとは思えません。好き嫌いはよくありませんが、食べられる物食べられない物はあるでしょうし、それは個々で違うでしょう。
「いいや、違う」
そんなことを考えていたら、ユズさんから否定が返ってきました。ここで否定されるとは思っていなかったので、自然と首が問う形に傾ぎます。
「チビ共の食べる物は運ばれてくる。セリはそれをそのまま、所定の位置に置けばいい。あとはそれぞれが勝手に食う。給仕までする必要はない。ただし、個々で食べられる量と食べる物は違うから、それだけは気をつけてくれ」
……量の多い子に少ない子の物をとか、食べられない物をとか。うっかりでもそんなことをやったら喧嘩になりますよね。そうなったらたぶん、あの怪奇現象のオンパレード再びです。
それを思い出して、顔が引きつりました。
あれを再びなんて冗談抜きに嫌です。無理です。
「わかりました。その辺の詳しいことはお昼に実地で教えてください。がんばって覚えます」
意気込んで告げた私を不思議そうに見たユズさんでしたが、深く突っ込む気はないらしく流してくれました。
「他、質問は?」
「質問ではないですけど。ユズさんは暴走を止めることも仕事だと言いましたが、私にあの状況を止められるとはとても思えません」
何事も挑戦する前から弱音を吐くな、かもしれませんが、怪奇現象のオンパレードは死亡フラグです。巻き込まれたら死にます。
この場合、できないことは初めからできないと言うべき事柄です。
「あの状況? ああ、あれか。セリなら大丈夫だ」
いえ、そんな自信満々に言われても無理なものは無理ですから。どう考えても大丈夫ではないです。
ブンブンと首を振って無理だと主張すれば、笑顔のユズさんに肩をポンと叩かれました。
「何事も慣れあるのみだ。セリならあの場に突っ込んで行っても無傷で止められるさ――たぶんな」
最後の一言はなんですか。それって全然大丈夫な気がしません。たぶん、がついている時点で却下です。
「あんな状態に突っ込んで行ったら、私、確実に死にます。まだ死にたくないです」
モコモコさん達は可愛いです。でも、それとこれとは話が別です。さすがに自分の命はかけられません。
死んだら元も子もないです。死んで花実が咲くものか、ですから。
「……わかった。せっかくの珍しい症例であるセリを、無駄に死なせるのはもったいないしな。しばらくは様子見であの状態時にセリを放り込むことは諦めよう。データは多い方が良いんだが、仕方ないか」
譲る気のない私の主張にユズさんが折れ……たんですよね? なんだか妙な譲歩を勝ち取ったような気がします。
生存本能から、私はユズさんとの距離を取りました。
だってこの方、今、放り込むって言いました。それは問答無用で突撃させる気満々だったということですよね。なんて恐ろしい。
「私は実験動物ですか!?」
声に批難の色が混じってしまったのは仕方ないですよね。モルモット扱いされて当然と思えるような神経を、私は持ち合わせていません。
「さすがにそれは言葉が悪いな」
ユズさんが嫌そうに顔をしかめました。
もしかして、私の聞き間違いだったのでしょうか。それなら妙なことを言ってしまって申し訳なかったと、自分の発言を後悔しかけていた私ですが――。
「セリはあのチビ共の面倒をまとめて見られるかもしれない稀有な存在だ。キミがいなければ、ワタシは本来の仕事に戻れそうもなかった。その上、新たな研究題材まで示してくれるとは。感謝こそすれ、見殺しにするなんてとんでもない。実験体扱いなどするはずもないだろう。セリはワタシの研究意欲を刺激する、いわば――そう、研究対象+チビ共の世話係だ」
そう告げるユズさんは、とっても良い笑顔です。
ユズさん的には私の発言を訂正したつもりなのかもしれませんが、私からすればその意味合いはあまり変わっていません。研究対象なんて宣言してくれちゃった時点で、どんな言葉も色褪せていきます。
ユズさんを胡乱に見てしまっても、この場合、自然な成り行きですよね。ですが、ユズさんは私のそんな視線で揺らぐような方ではありませんでした。
「チビ共はあの状態だし、午前中はセリ一人でも大丈夫だろう。ワタシは図書室で調べ物をしてくる。呼び出しはそこの通信機で。ただし、緊急時以外は呼び出さないでくれよ。ではな」
ヒラリと身をひるがえしたユズさんの颯爽とした姿が見えなくなるまで、思わず見送ってしまいました。その姿はとても自然で堂々としていて、しばしの職場放棄宣言をしてくれた方だとは思えない態度です。
なんてマイペースな……。
「ま、待ってください。ユズさ~ん」
我に返ってユズさんを呼び止めるべくその後を追ったのですが、すでに遅かったようです。姿がもう見えません。
どうしてですか?
私の視界から姿が見えなくなって、それほど時間は経っていないと思います。せいぜい経っていたとしても、ほんの一、二分です。それなのにもう影も形もないって――どんな身体能力ですか! それとも透明人間にでもなれる方だったんですか?
入り口の私の目に映るのは、森林公園のような木々の緑だけです。いくら目を凝らして、その他の要素を見つけようとしても何も発見できません。
このまま入り口で扉にすがっていても仕方ないので、体勢を戻してやるせない思いを息として吐き出しました。そうして腑に落ちない気分を切り替え、室内に戻ります。
誰もいないだだっ広くて天井が高い部屋は、ガランとしていて物寂しい雰囲気が漂っていました。
通信機とユズさんは言っていましたから、せめて物だけでも確認しておこうと思ったのですが――困ったことに、どれがそれに該当するのかわかりません。
そもそも、だだっ広いだけのこの部屋にはほとんど物が置いてないんです。
あるのは、小さなテーブルと椅子二脚のみ。そして、そのテーブルの上にピンポン玉サイズの水晶玉のような物が、台座代わりのミニ座布団の上に置かれているだけです。
……もしかして、コレですか?
それを指で摘まんで目の高さまで持ち上げ、ジロジロと観察してもなんの反応もありません。
協会に初めて来た時に触った無反応な水晶玉のような物と、大きさは違っても似通っていますから、これも何かの魔術的な作用のある道具の類いだと思うのですが、知識もない私には判断できないのが現状でした。
私に魔術的な才能があれば、これもまた違った見え方なり反応なりしていたのでしょうか……。
もしも、を考えればキリがないですし無意味なこともわかっていますが、ふとそんな考えが浮かんでため息が零れ落ちました。
と、いけませんね。ここはため息ではなく深呼吸です。
幸せを逃さないために、今度はため息の代わりに深呼吸をして自分を落ち着かせます。
コレがその通信機だとしても使い方がわかりませんし、いつまでも悩んでいて答えが出ることでもありません。そう結論付けて、それを元のようにテーブルの上のミニ座布団の上に置きます。そして、続きの部屋、モコモコさん達が寝かされている部屋へと向かいました。
先程から少し時間が経っていますし、少しは元気になっていると良いのですが――どうでしょうね?
仲良く並べて寝かせていたはずのモコモコさん達は――モコモコさん団子と化していました。これは、少しは動けるほど元気になってよかったと素直に喜ぶべきか、一番下の子はこの状態で大丈夫なのかと心配するべきか、悩ましいところです。
と、のんきに考えるよりも、この状態を何とかする方が先ですね。これは布団詰め状態と同じです。下にいる方は重いし苦しいし、状態によっては息が続かなくなる危機的な状態です。
……子供の頃の実体験は、それなりにトラウマになるので意外と忘れていません。
「えぇ~と。とりあえず状態改善のために少し動かしたいので、すみませんけど触りますよ」
見える範囲で目を開けている子はいませんでしたから、皆、グッスリと眠っているのでしょう。私の言葉が聞こえていたか怪しいところです。
でも、そんな状態のせいか、モコモコさん達の抵抗はまったくありませんでした。そうして上から退かして元のように並べて寝かせます。そうして現れた、一番下敷きになっていたモコモコさんは小熊さんでした。
明さんが風熊と言った、私がここまで運んだ子です。現状、ここにいるモコモコさん達の中で一番大きな身体をしていますが、それでもあの状態はきつかったのではないかと思ったのですが――。
モコモコさん達は移動させても眠ったままで、移動させた先で眠ったまま自分の寝やすい体勢を整えて、そのままクークーと寝息を立てています。
寝る子は育つとも言いますし、こういう姿を見るとなんだかせっちゃんのことを思い出します。せっちゃんもよく眠る子でしたからね~。
一番下敷きにされていたにもかかわらず、小熊さんもクークーとよく眠っていました。上に乗っかっていた重量は、彼女の睡眠になんの邪魔にもなっていなかったようです。
それは何よりですけど――。
「あなたは寝なくて大丈夫なんですか?」
小熊さんの陰になって見えていなかったのですが、子狐さんも彼女の隣で一緒に他のモコモコさん達の下敷きになっていたようです。しかも、この子は目がパッチリと開いています。
寝惚けている様子はなく、瞳に理知的な輝きがありました。この様子なら初めから眠っていなかったと考える方が妥当です。
私を観察するように子狐さんがジッと見つめてきます。
可愛らしい外見と小さな体格に似合わず、強い眼差しにどうすればいいか対応に困った私は、結局、その場で正座してその視線を見つめ返すことにしました。
子狐さんは私に何か告げたいことがあるのかもしれません。けれど、私は日本語しか理解できませんから、それ以外の言語を使われたとしても理解できませんし、聞こえていない可能性もあります。その場合の手段は、表情と態度と雰囲気でそれらを察するしかありません。
そうして奇妙な睨めっこをしていたら、先に視線をそらした子狐さんがため息をつきました。
「……なんでそこで呆れたような、諦めたようなため息なんですか」
明さんもこういうため息をよく吐きます。こんなちっさな子にまで同じようなため息を吐かれるなんて――大人として情けないような、精神的なダメージが半端無いです。
ガックリと肩を落とし、床に手をついて項垂れていると、
「あんた、何?」
甲高い子供の声が聞こえました。




