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37.初職場はカオスでした。

 朱さんの案内で連れていかれた場所は別棟でした。表からは隠された森の中の、ちょっとぽっかり空いたスペースに建つ、平屋の大きな木造建築です。入り口で靴はしっかり脱ぎましたよ。

 そして、その中のある大きな一室は――一言で表現するならカオスでした。


「どうやら立て込んでいるようですね」

 その様子に眉をひそめながら、それでも平然と朱さんが告げます。

「おぉ、なかなか派手だな」

 どこか感心したような声を明さんが上げます。


「あの~、そんなのんきに見物していて良いんですか?」


 現代日本だったらありえない現象が視線の先で勃発しています。私にこれを止めろっていうのは無茶ですからね。だって、自然現象なら同居できるとは思えない色々なモノが、一緒くたになって暴走しているように見えます。

 フラフラと動いている火の玉とか、部分的な滝のような雨とか、浮いている氷柱とか。あと、それらを弾き飛ばしているプチ竜巻とか――あれは雷でしょうか。今、バチっと火花が散りました。運動会で使う大くす玉サイズの岩の塊も飛んだり跳ねたりしていますし、室内なのに蔓植物がウネウネとうごめいてもいます。


「あれって、いったい何がどうなっているんですか?」


 考えても答えが出る問題でもないので、困惑も露わに問い掛けました。

 これがここの普通だったりしたら、私はここで働くことなんてできそうにないです。働く前からギブアップするのは情けない話ですが、身の丈に合わないことはするべきでないと思っています。

 あんなものに関わったら確実に死にます。私、まだ死にたくないです。


「チビ達の喧嘩ですね。大丈夫ですよ。すぐに収まります」

 チビ達ということは、私がこれから面倒を見ることになる子達のはずです。でも、あのカオスな場所にそんな子達がいるようには見えないんですけど――。

 というか、どんな喧嘩ですか。

「さすが協会だな。多種多様な上に――面白い使い手がいる」

 視線の先で光の縄みたいなモノがいくつも現れて、どういう仕組みかそこにある事象すべてをその光の縄で捕らえていきます。

「封印師か」

 ボソリと明さんが呟きました。それは私が明さんのすぐ傍にいたからこそ聞こえた呟きでした。


「いい加減に大人しくしろや、ガキ共!」


 その声と重なるように、ずいぶんと荒い女性の声がその場に響きます。

 光の縄によって収縮し、ついには消えた怪奇現象の跡地に、モコモコと何やらいくつもの小さな塊が見えました。そして、そのまた向こう側に仁王立ちした女性がいます。


「珍しいな、長サマ。何か用か?」

 後ろでひとまとめにした長い黒髪が印象的な日本人顔の、どう見ても外見は女性なのですが、そう問う声は女性にしては少し低めで、まるで男性のような口の利き方です。

「何か用か、ではありません。こうなる前に止めてくださいと以前にも言ったと思うのですが、あなたは何をやっていたのですか?」

 朱さんが告げる苦言に、その女性は面倒そうな顔をしました。

「ぁあ? そうだったか? ちょっと休憩している間に、な。怪我する前に止めたんだから、それでいいだろ?」

 そう告げた後、白衣のポケットから取り出した煙草をくわえ、ライターで火をつけています。


「……この建物内での喫煙は禁止にしたはずです」

 朱さんの声があからさまに固くなりました。腕組みされた指が不機嫌そうにトントンと動いていますし、朱さんの機嫌に触発するように場の気温が少し下がった気がします。

「ああ、そうだな。ま、固いこと言うなや」

 それを女性が気にした様子はまったくなく、口からフゥッと煙が吐き出されました。それは見事に煙のリングを作ります。

 ……って、そうではないです。この場の惨状を忘れてはいけません。


「大変です。ちっさなモコモコさん達がクッタリしています!」


 朱さんも女性も平然と話し続けていますが、女性との間にはいくつものモコモコした生き物が伸びているんです。先程からピクリとも動きません。生きていますよね? そう疑いたくなる状態です。

 こんな状態の子達を放置しておくなんてありえないです。

 そんな思いに突き動かされて、私はその場に突撃しました。

「セリさん? ちょっと待って――」

 朱さんの慌てた声が聞こえましたが、走り出したら急に止まれないのは自然の摂理です。それに、モコモコさん達との距離は、私達がいた場所からそれほど離れていません。朱さんの静止の声が終わる前に、モコモコさん達の傍らまで私は到着していました。

 その時、静電気のような青白い火花が散りましたが、痛くもなくそれだけだったので並行世界の不思議現象の一つだろうと流します。それは先程の無茶苦茶な怪奇現象からすれば、些末事で済む規模でした。


 そんなことよりも、今、気にするべきはモコモコさん達の状態です。

「大丈夫ですか?」

 膝をつき、そっと上から様子を伺います。触れて確認したいところですが、他人に触られることを嫌う子もいるはずです。

 動物だろうと、子供だろうと、知らない者を警戒するのは当然です。生存本能です。だから、お互いのためにも了解もなく無闇に触れてはいけません。

 命の危機、というならば別な話ですけどね。大雑把に外側を見た感じだと、どうやら女性の言葉通り怪我はないようでした。


 急に近づいてきた私が気になるのか、クッタリしながらもそれぞれの目が開いていて、私を見ています。その中で一際強い眼光を放つモコモコさんがいました。見た目は子狐さんです。

 この子よりも大きなモコモコさんもいます。でも、この子がこのモコモコさん達のリーダーですね。そんな気がしました。


「どこか痛い場所はないですか? 私にできることはお医者さんに見せることくらいですけど、私でも抱いて連れて行くことはできます。その時は嫌かもしれませんけど、少しの間だけ触らせてくださいね」


 子狐さんに向かって話し掛けると、その子はなんだか驚いたような顔をしました。せっちゃんの時にも思いましたが、人間と同じように思考力があるとはいえ、動物の顔でも表情がしっかりとわかります。

 ちょっと不思議な気もしますが、それはそれとして子狐さんはなんだか困ったような顔になりました。なぜですか?


「妙なお嬢さん。そこのガキ共はそのまま放っておいても大丈夫だ。単に、制御できない力を暴走させて力尽きる寸前で止めたから、その反動で動けないだけ。自業自得だ。昼頃には動けるようになるさ」

 振り向けば、黒髪の女性が私の背後でのぞきこむように腰を屈めていました。

 いつの間に回り込まれたのでしょう。いえ、そうではなくて――。

「それでお嬢さんは――」

「それでは風邪をひいてしまいます! どこかに寝かせる場所はないですか?」

 黒髪の女性の言葉と私の叫びが重なりました。女性と向き合うように体勢を変えた私を、途中で言葉を止めた女性がなんだか呆れたような顔をして見ています。


「風邪をひくって――そんな柔な奴らでもないんだが」

 再び煙草をくわえ息を吸ってからそれを手に取り、私から顔を背けてフウッと煙を吐き出しました。これまた見事な煙リングです。でも、ちっさなモコモコさん達の傍でそれは駄目です。

「子供の成育上、煙草の煙は有害です。吸っている方もそうですが、周囲の方の身体にも良くないんですよ」

 確か副流煙と言われていたと思います。自分も周囲も煙草を吸わないので記憶は曖昧ですが。


「おや、今度はお説教か? これはな、煙草に見せ掛けた身体に無害な煙草モドキなんだが、それでもワタシは吸っては駄目かな?」


 煙草を指に挟んだまま振って見せた女性が、ニヤニヤと笑って訊ねました。

「そうなんですか? それなら問題ないです。では、この子達を寝かせられる場所はありますか?」

 煙の出る禁煙パイポみたいな物でしょうか。煙草を吸い慣れた方は口寂しくなるとも言いますしね。それなら問題ないです。

 なので、それならと話題を元に戻したら、黒髪の女性が急に声を上げて笑い出しました。いったい何事でしょう。


「なあ長サマ。この、妙でどこかズレたお嬢さんはどこの誰で、いったいどんな僻地から来たんだ?」


 ……その言葉から察するに、私の答えがおかしかったようです。何がおかしいのかはよくわかりませんが、その疑問は後でも解消できます。

「私のことより、この子達の方が先です。落ち着いてゆっくり寝られる場所で、寝かせてあげたいんです」

 こんな可愛いモコモコさん達がクッタリ横たわっているというのに、このまま何も敷かない板の間で寝かせていいはずがありません。

 黒髪の女性がフウッ息を吐き出し、長めの前髪をかきあげました。


「仕方ないな。あっちの部屋に寝床がある。雑魚寝だけど、これくらいのガキ共にはそれで十分だ。むしろ互いにくっついていた方がここのガキ共には安心できるから、これ以上の文句は無しにしてくれよ。そうだな、お嬢さんはソレとソレをよろしく。ワタシはコレとコレとコレを運ぶとして、長サマ。悪いけど、残りをよろしく。そこのお嬢さんとは別の意味で得体の知れない、おっかない兄さんはここにいてくれよ。あんたがそれ以上近づくと、こいつらが怯える」


 そう告げるが早いか、煙草をくわえた黒髪の女性は自分が運ぶと告げたモコモコさん達を無造作に掴み、示された部屋に繋がるだろう扉へと向かってしまいました。

 なんというか、ものすごくマイペースな方です。でも、どんな態度を取ろうとも、ちゃんとモコモコさん達のことを考えていることはわかりました。

 黒髪の女性に得体の知れないモノ扱いされた明さんですが、苦笑するだけで気にした様子もなく、動く気もないようです。


 私が女性に指示されたモコモコさんは、子狐さんと子熊さんでした。

 少し落ち着いたのか、キョトッとした瞳がこちらに向いています。ナデナデと撫でたくなる可愛さですが、今はまだ我慢我慢です。

 慣れたら撫でさせてくれるといいな、という願望は脇に置いておくとして――。

「運ぶので触らせてくださいね?」

 抱き上げる前に、その旨を話し掛けます。急に抱き上げたりしたら、ビックリしてしまいますからね。

 二匹の瞳から了承の色を読み取ってから、いざ抱き上げて驚きました。

「軽いですよ。しっかり食べていますか?」

 腕に掛かる重みは、二匹分の体重だというのに思っていたよりも軽かったんです。いえ、子狐と子熊ですから、初めて接する私には標準体重がどのくらいなのかまったく見当もつかないんですけどね。


「それは風熊の子供だ。外見ほど重くないのも当然だろ」

 私の驚きを正確に理解した明さんが教えてくれましたけど、もう少し言葉は選んだ方が良かったと思います。腕の中で暴れはしませんでしたけど、子熊さんが牙をむきました。確実に、今の明さんの言葉に怒っています。

「明さんはもう少し言葉を選ぶ勉強をした方が良いと思います」

 この子、たぶん女の子です。小さくたって、女性に体重の話は禁句ですよ。


「……おまえにそれを言われると、地味に傷付くな」


 明さんのなんだか嫌そうな呟きが背後から聞こえました。振り返って文句の一つでも言いたくなるような言葉でしたが、今は腕の中のモコモコさん達の方を優先しましょう。うっかり落としたなんてことになれば大変です。

 でも、心の中で文句くらい言っても良いですよね。明さんの反応はわかりませんけど――。


 私の方こそ、そんなこと明さんには言われたくありません。

 そもそも、明さんはデリカシーに欠けているんです。




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