35.白毛玉=弾丸娘、納得です。
さすがに反応が怖くて睦月さんの方は見られませんでした。聖くんがまた、ゲラゲラと笑っています。その隣では、信さんも扇子で口許を隠しながら笑っていました。
信さんは基本、いつも笑っているような方みたいですけど、今回はおかしくて笑っているのがありありとわかります。瞳が完全に笑み含んでいるんですよ。
二人の反応を観察することで、ちょっと現実逃避してみます。
「セリ。おまえはもう少し、自分を偽ることを覚えろ。世の中、正直であれば良いってものでもない」
いつの間にか戻ってきたらしい明さんが、私の頭をポンと軽く叩きました。
「わかっていますよ、明さん。自分でもこの性格はどうにかならないものかと思うことがあります」
そして、それはすべてやらかした後に思うことなんです。学習できないと言いますか、気づけばそうなっているんです。
とにかく今は。
「睦月さんが硬直してしまいました。どうしましょう」
不自然に動きを止めて、そのままの状態な睦月さんをどうにかする方が先決です。
恐る恐る睦月さんを見れば、そんな状態になっていたんです。これは、どう考えても私の発言のせいですよね?
本当に、どうしてこうなってしまうんでしょう。
盛大に心の中で反省しました。
睦月さんの硬直はしばらくして自然に解けました。その後、私に対して睦月さんが態度を変えたということもありません。
でも、口に出た言葉を取り消せないように、一度聞いた言葉を聞いてないことにはできません。硬直していた間に睦月さんがどのような結論を出したのかわかりませんけど、何も物思わないなんてことはないはずです。
それでも、先程の発言を謝るのも何か違う気がします。あれは、事実、私が思ったことです。わざとでも、悪意でもないです。
朔良さんの方はと言えば、この方は顔に感情が出る方です。とんでも発言をした私の頭をグリグリ撫でたかと思うと、
「俺の素顔を見て後で驚くなよ、お嬢ちゃん」
そう告げてニカッと笑った後、睦月さんが元に戻ったことを確認して部屋から出ていきました。なので、たぶん大丈夫です。そんな気がします。
「睦月くん。すみませんけど、陽さんをベッドに運んでくれますか? やっぱり限界だったみたいです」
信さんが睦月さんに声を掛けます。
「起きそうにないですね。わかりました」
陽さんの様子を確認した睦月さんが、ユラユラ揺れるその身体を抱き上げます。そうしても陽さんは起きませんでした。
「少し無理をさせました」
信さんが心配そうに陽さんを見ます。
「大丈夫ですよ。どちらかというと陽さんは夜行性ですから、ただ単に眠くて寝ているだけです」
横抱きに抱き上げた陽さんを連れて、睦月さんが部屋から出ていきます。
その姿を見送った信さんが、パタンと扇子を閉じました。
「睦月くんは昔から感情が顔にあまり出ない子なのです。だから、わかりにくいかもしれませんが。そんなに気にしなくても大丈夫ですよ。睦月くんも朔良くんも、気にしていませんから」
信さんが同じくその姿を見送っていた私に向けて告げます。
「それよりも、もう少し確認したいことができたのですが、よろしいですか?」
信さんの顔から笑みが完全に消えました。そうすると意外に目付きが鋭いです。もしかして常に浮かんでいる好々爺然とした笑みは、この鋭い目付きを隠すためのものなのかもしれませんね。
「私に答えられることであれば……」
そう告げて頷けば、信さんは真剣な表情で口を開きました。
「セリさんは協会についてどの程度理解していますか?」
「奇人変人の巣窟、とは聞いています。でも、明さんはあそこほど安全な場所もない、とも言っていましたよね?」
不安になって、隣に座っている明さんに同意を求めます。
そう言われた記憶は確かにあります。でも、先程のここの方達の反応を考えると、どうにも疑わしく思えてしまうんです。
「ああ。おまえの場合はな」
明さんがしれっとした様子で答えます。信さんが明さんの真意を確かめるかのように、鋭い視線を向けました。ですが、明さんはそれをまったく気にすることなく私に向けて告げます。
「それにおまえは働きたいんだろ? なら、あそこほど適任な就職先はないさ。特にこちらの常識が危ういおまえにとっては、あの奇人変人の集まりは良い隠れ蓑にもなる」
信さんがため息を吐きました。持っていた扇子を開いてパタパタとあおいで何事か考えている様子でしたが、考えがまとまったのかパタンと扇子が閉じました。
「……単なる明のものぐさの賜物ではなかったのですねぇ」
しみじみ呟かれた言葉に、明さんが苦虫を噛み潰したような顔をします。
「喧嘩売っているのか?」
「いいえ。気紛れではなく、それなりに考えあってのことだったと感心していただけです。確かにセリさんの特異性を隠すには適任な職場ですからねぇ。ただ、あそこだからこそ起こりうる問題もあるでしょうに……」
苦笑する信さんはどことなく呆れ口調です。
「なあ、信」
ずっと黙っていた聖くんが信さんの着流しの袖を引っ張りながら口を開きました。
「どうかしましたか?」
「異人を排除しようとしている協会の奴らが、異人に近いお姉さんの存在をなんで受け入れたのか、俺、すごく疑問なんだけど……。しかも、職種が保母さんなんてさ」
聖くんが私を見て、表情を曇らせました。この子は本気で私の心配をしているのだと、その顔からも察することができます。聖くんは良い子です。
それにしても異人の排除、ですか。
なんだかきな臭い話です。協会で働くと言った途端に、周りの空気が激変した理由はそれですか。
「今の協会は一枚岩ではないのですよ、聖。長い年月を掛けて大きくなった協会ですが、巨大化し過ぎて頭の指示が隅々までいかない分、それぞれが勝手を始めています。だから、私を狙っているのは一部の者達でしかない。協会の総意とは違うと、前にもお話しましたよね?」
「……覚えてない」
聖くんが誤魔化し笑いを浮かべながら肩を竦めます。それに信さんがため息を吐きました。
「まったく。仕方ありませんねぇ。私のことはとりあえずよろしいです。今更ですから。でも、なぜ、あの協会で保母さんなのでしょう。それは私も不思議に思いました」
なぜと問われれば、勧められたからとしか答えようがありません。でも、協会で保母さんはそれほどおかしなことですか?
働く親達にとって、子供を預ける場所がなければ困ります。日本ではそれで待機児童なんてものまで発生している状態です。そして、いざ預けるとするなら近くに預けられた方が何かあった時に安心なはずです。
話せば話すほど、私の考えている普通とここの方達の普通が食い違っていくような気がします。
なんだか落とし穴に埋まっていくような、そんな感じがしました。底の見えない暗い落とし穴です。
ポンッと。頭に何かが乗りました。確認すれば、それは明さんの手でした。
「こいつにあの白毛玉が懐いた。原因はそれだ」
明さんは信さんの方を見たまま、親切とは言えない答えを返しています。
ポン、ポン、ポン。
私の頭の上で明さんの手が軽く撫でるような、宥めるような、そんな動きをする震動が伝わってきます。言葉はなくても、心配しなくていいと言われているような気になりました。
「白毛玉、ですか。どなたのことでしょう?」
そうですよね~。そんな言葉で誰か判断できるわけがないです。
信さんが首を傾げる隣で、聖くんが微妙な顔をしています。
「白毛玉って。あの、白毛玉?」
どうやら聖くんにはそれだけで思い当たるモノがあったようです。明さんに訝しげな様子で問い掛けています。
「どの白毛玉だ?」
明さんが面白がって問いに問いを返しました。
これは遊んでいますね。真面目な話の最中に遊ばないでください。
仕方なく口を挟もうとしたところで、聖くんが勢いよく立ち上がりました。
「どのも何も。白毛玉って言ったら露の所の、あの、弾丸娘しかいないだろ!」
聖くんが力説するように叫びます。正直、ちょっとうるさいです。
そう思ったのは私だけではなかったようで、信さんがたしなめるように聖くんの足をパシンと手で軽く叩きました。聖くんがバツの悪そうな顔で元のように信さんの隣に行儀良く座ります。
それにしても、弾丸娘ですか。言い得て妙ですが、せっちゃんを表すのにこれほど相応しい言葉はないと思います。
「どうしたんですか? 弾丸娘がどうの、と言う聖の叫び声が聞こえてきましたけど……」
戻ってきた睦月さんが変わらぬ無表情で問います。
「ああ、睦月くん。ありがとうございます。セリさんがなぜ協会で保母さんをすることになったのか、その理由を訊ねたのですよ。そうしたら――」
信さんが苦笑します。睦月さんは無表情ながらも、その続きを理解したらしく頷きました。
「露さんの所の泉の名が出てきたのですね?」
確認するように睦月さんが告げます。
「もしや、セリさんはあの気難しい泉に気に入られたのですか?」
気難しい、ですか。聖くんの反応と信さんの苦笑と睦月さんの言葉。そして、明さんの意味ありげな笑みは、なんでしょうね。
私の知っているせっちゃんは、そんなこと全然なかったです。彼女は気遣いのできる良い子でしたよ。
「大いに懐いていたな?」
明さんの浮かべる笑みがなんだか怖いです。どうしてここでその、満面の笑み、目だけ笑っていないバージョンなんでしょう。今回、私は何もやっていないはずです。
腑に落ちない思いを抱えつつも、私はそれに答えます。
「たぶん、あれは懐かれていたんだと思います。でも、せっちゃんは良い子でしたよ。気遣いのできるやさしい子でした」
それは私の自惚れではないと思います。
私がそう告げれば、なぜかどよめきが起こりました。なんですか、その反応は。
「あの、泉さんがねぇ」
信さんが感慨深げに呟きます。
「うげっ。俺には気遣いのきの字もなかった……」
聖くんは顔をしかめて呻いています。
「そうですか。あの泉が良い子ですか。世も末ですね」
睦月さんが無表情に、たぶん黄昏れています。
「……明さん。皆さんの反応がおかしいです」
どうすればいいかわからず、隣で声もなく笑っている明さんに訴えます。
「いや、まあ、な。普通はこういう反応だ。あれに懐かれたお前の方が変わってはいるんだよ」
そんなはずは――ないです。思わず一拍考えてしまったではないですか。
結論を言えば、私は普通です。
「あれがベッタリ懐くんだ。しかも、ほぼ初対面で。それなら他のガキ供だって懐くはずだ。歳が下になればなるほど、人外の者は特に本能でそれが何か判断するからな。これは無害で安心できるモノ認識される。子守りの話は、たぶん露がお節介した結果だ」
最後の言葉だけは納得できました。露さんは私の自立を応援してくれていたんですね。ここはその期待に応えるべく、明日から頑張らなくては。
「あまり気負うなよ。結局、なるようにしかならん」
心の中で気合いを入れていたら、明さんが苦笑混じりに言いました。
「そうですね。私なりに頑張ってみます」
明さんの気遣いは大変ありがたいですが、このまま甘えているわけにはいきませんから。自立するべく、請け負った仕事を精一杯やらせていただきますよ。
「ま、ほどほどにな」
明さんがポンポンと私の頭を撫でます。
なんだか本当に保護者が板についていますよね、明さんって。面倒なことを嫌がりはしても、なんらかんら世話を焼いてくれますもんね。
でも、それに甘え過ぎてはいけないんです。
「仲良きことは良きことかな、ですねぇ」
信さんのしみじみした声が聞こえてきました。そちらを見れば、扇子で口許を隠した信さんの姿があります。その目があからさまなほど笑っていました。これはまた、妙な誤解を量産した気がします。
「本当に。あの明が振り回される姿を見られるとは。世の中何があるかわかりませんね」
後者の言葉は私もよく思いますけど、前者の言葉はもしかして私が明さんを振り回しているってことですか? そんなことはまったくないです。
どうしてそう思うんですか、睦月さん。明さんに遊ばれているのは私の方です。
更に妙な誤解が発生していますが、明さんはと見れば、苦笑しているだけで誤解を解く気すらなさそうです。って。
「笑ってないで反論してくださいよ、明さん。変な誤解が大量発生しているんですよ!」
本気で訴えたのに、なぜかいっそう周りの空気が笑いの色を濃くしています。
「誤解でもないだろ? おまえは俺の伴侶だ」
そして、苦笑を引っ込めた明さんはしれっとした様子でそう告げました。
「明さん!」
そういう言動が更なる誤解を生んでいくんですよ、まったく。
「私と明さんはそういう艶っぽい関係じゃないです」
ここではっきり言っておかないと誤解が更なる誤解を生んで、とんでもないことになるんです。ここの方達との付き合いは、まだまだ始まったばかりなんですから。なのに――。
「嫌よ嫌よも好きのうち、とも言いますからねぇ」
なんだか悪化したような気がします。どうしてですか……。否定するほど、おかしな展開になっています。
「破れ鍋に綴じ蓋とも言いますよ?」
……本気で勘弁してください。私にいったいどうしろと言うんですか。
「……そろそろからかうの止めてあげたら? 冗談で済まなくなりそうだけど」
呆れたような聖くんの声が聞こえました。
ガクリと肩を落として俯き加減でグルグル打開策を考えていた私でしたが、その言葉に勢いよく顔を上げます。勢いが良すぎてちょっと首が痛かったのは内緒です。
とにかく一同をグルリと見回して確認します。
「セリさんは素直なお嬢さんですねぇ」
好々爺然とした様子で笑う信さんの言葉に、答えはありました。
どうやら聖くんの言葉通り、からかわれただけのようです。見抜けなかったとは、私もまだまだです。日々精進しないといけませんね。
さすが明さんのお知り合いです。これぞ類は友を呼ぶと言うのですね。害意もないけど、悪いことをしたという気もまったくなさそうです。
でも、一番タチが悪いのは、私の隣で笑っている明さんだと思います。便乗して、一緒にからかわないでくださいよ。そういうノリは不要です。
そんな顔したって、私はほだされたりしませんからね。絶対に――。
今年の更新はこれで終わりです。来年もよろしくお願いします。




