34.新しく家族ができました。
「さて。それでは、ここの住人の紹介をセリさんにしましょうか」
徐に信さんがそう告げました。テーブルを囲む人数は、私と明さんを含めて八人です。
「今、ここいる者の他にもあと数名入り浸る者がいますけどねぇ。そちらは追い追い紹介するとして、ここで昼間に活動している者は主にこれだけです。私の右隣が聖。左隣が陽さん。その隣が槇くん。そっちに座っている者が朔良くんで、その隣が睦月くん。私は信です。以上、紹介終わり」
「………」
扇子で指し示して各々の名前を告げ終えた信さんが、ニコニコと笑っています。
名前はわかりました。皆さん個性的なので、顔と名前の不一致とかはないと思います。でも、これだけですか?
そう思ったのは私だけではなかったようです。
「信。それだけでは後でセリさんが困りますよ。自分が気にしないからと、あなたは説明を省略しすぎです」
淡々と、それでも睦月さんが信さんをたしなめました。
「そうかい? まあ睦月くんがそう言うなら、そうだねぇ。聖がウイの一族、陽さんが夢族、槇くんが狼族、朔良くんと睦月くんが吸血族、私が異人だよ。よろしくね、セリさん」
信さんの笑顔は変わりません。けれど、いっそう微妙になった空気を、私にいったいどうしろと言うんですか。私にそんな高度なスキルを要求しないでください。
ここは素知らぬ振りですか。私はな~にも知りません。
「はい。人間のセリです。よろしくお願いします」
そう言った瞬間、隣の明さんがテーブルに突っ伏しました。
「阿呆」
……そう呟く声が聞こえましたが、反論できません。ちょっとこの空気、どうやって解消しましょう。
先程の私の言葉に妙な部分があるとするなら、種族くらいでしょう。でも、種族をわざわざ教えてくれたんですから、こちらも言わないのは礼儀に反する気がします。
そして、ここが肝心ですが、嘘はついてもバレてしまうんです。私の場合、だいたい顔に出ますし、その場凌ぎの誤魔化しくらいならなんとかなっても、それは長く続けられません。
こちらの方達は、これからの日常に長く関わっていくだろう方達です。言えないことはあっても、すぐにバレてしまう嘘はつきたくありません。
「信の説明の仕方もどうかと思いましたけど、その上を行く方がいましたね。明。説明をお願いします」
睦月さんが淡々と明さんに問います。
そこでなぜ、当事者の私ではなく明さんを指名するんでしょうか?
そう思ったのは私だけではなかったようです。
「なんで俺……」
明さんが顔を上げることなく不服そうな答えを返します。
「この場でおまえしか事情を知らんからだろうが。お嬢ちゃんはこの世界の常識を知らん」
この世界の常識、と朔良さんは言いました。どうして私が別の世界から来たということまでバレたのでしょう。本名は告げていません。
「明さん。私の言動のどこに、そこまでバレる要素があったんですか?」
考えてもわかりません。
しぶしぶ顔を上げた明さんが、深いため息を吐きました。
「俺の言葉を忘れたか? 今のおまえは人間には見えんと言ったはずだ」
それは忘れていません。それなりにショックな言葉でしたからね。でも、やっぱり私は人間なんです。それに――。
「種族を名乗ってくれたのに、こちらが名乗らないのは変です」
私はただ、名乗られたから名乗り返しただけです。それなのにどうしてこの場の空気が呆気に取られたようなものに変わるんですか。
「信と同じだ」
軽やかな笑い混じりの声が聞こえました。そちらを見れば、先程、聖くんと熾烈な豆大福争奪戦をしていた、陽さんと呼ばれた少女と目が合います。
笑顔でヒラヒラと小さく手を振られたので、振り返してみました。
「陽さん。それは異人ということですか?」
「そうとも言える、かも?」
睦月さんの問いに、陽さんはコテッと首を傾げます。
「はっきりしろよ」
槇くんが苛立たしげに、陽さんを睨みつけました。
「槇、うるさい。セリはね、信よりも複雑で遠いんだよ。だから、見えにくい」
その言葉に、明さんが舌打ちします。
「勝手に見るな」
陽さんを睨みますが、彼女はどこ吹く風でした。
「明に言われる筋合いないよ~だ」
べぇっと子供のように明さんに向かって舌を出しています。
「陽さんは悪くないですよ。私が頼みました」
そう告げる信さんは笑顔です。でも、これは仮面だとわかります。先程まで浮かべていた好々爺然とした笑顔とはまったく異なる、薄ら寒い印象を受ける笑顔なんです。
「どこまで私達に誤魔化しが効くと思っていたんです、明?」
もしかして、先程の自己紹介は罠だったのでしょうか。なんとなく逃げ場を失った気がします。
これは絶体絶命のピンチですか!
「誤魔化せるとは思っていなかったさ。ただ説明は不要かと思っただけで。気づく奴は勝手に気づくだろうし、わざわざこの場の全員に知らせることでもないだろ?」
「手の平の中で大事に大事に囲っているだけでは、いつかその大事なモノすら壊してしまいますよ? 私達はそれほど信用に足りませんか? それにセリさんにも知る権利があります」
「……露にも言われた」
不貞腐れたような感じで明さんがふいっと顔を背けました。
おぉう。なんだか理由はわかりませんが、明さんが言い負かされましたね。
「そうですか。なら、わかっていますね?」
「セリには説明してある。それに、こいつはおまえとは違うぞ」
「元が人間だから、ですか? 私は混血児ですからね。それもこちらの混血児とは種類が違いますが――」
「おまえの場合、元はこちらの先祖返りと似たようなモノだろう。そうじゃなくて、一応こいつは今でも人間だ」
一応は余分です。人間以外の生き物になった覚えは一度もないです。と心の中で訴えていたら、明さん以外の視線がすべて私に向きました。はっきり言って怖いです。
そんなに見つめられても、何も変わりませんよ。私のこの姿は自前です。平々凡々な容姿ですから、凝視したって面白味もないと思います。
「おや、まあ。それはまた、大変ですね」
そう思うなら、その笑顔の仮面を外してください。信さんの浮かべる笑みが、今、一番の重圧になっています。
「どういうことだ、明?」
朔良さんが訝しげに問いました。その表情がどことなく険しいです。
「どういうことも何も、そのまんまの意味だ。セリは力を使えない、普通の人間と同じだ。わかったか!」
明さんがキレましたね。たぶん、問い詰められて説明するのが面倒になったんでしょう。この場の一同を睥睨する、その瞳が冷ややかです。
「は?」
朔良さんが間の抜けた声を上げていますが、そうですよね。この冷ややかな視線さえ気にならなければ、そういう反応になりますよね。
「セリはな、異人並みの力は持っていても、自分ではまったく使えない。こいつは才能ゼロだ、ゼロ。無駄に力だけは持っているから、タチが悪い」
……明さん。何もこんな大勢の前で、私が気にしている部分を力説する必要はなかったと思います。
私にはその、無駄に持っている力の存在すら感知できないんです。
いくら説明するのが面倒で、イラッときた勢いで言ってしまった言葉だとわかっていてもですね。
異人ではなく人間のままで。私は私のままでいたくてもですね。
それでも私だって、私だって――。
「せっかく魔術がある世界に来たのに。その力はあるのに才能がないから使えないって、あんまりです。私だって使えたなら使いたかったです。才能ゼロって、ゼロって――」
「セリ。ちょっとま――」
明さんが慌てていますが、知りませんよ。
「わざわざ力説しないでください! 明さんは性格が最悪です!!」
なるべく気にしないようにしていただけで、自分で思っていたよりもかなり気にしていたみたいです。
明さんに向けてそう言い放ってから、今更ですがそのことに気づきました。
「……ご愁傷さまです」
淡々と睦月さんが明さんに告げます。
「いや~、なんか俺、悪いことをしたみたいだな」
朔良さんが頭をかきながら、気まずそうな顔をしています。
「伴侶の威力ってすごい……」
聖くんが唖然とした顔をしていますし、
「おぉ~。あの明が尻に敷っかれってるぅ~」
陽さんがケラケラと笑っています。
槇くんはなんだかしかめ面ですし、信さんはと言えば。
「明はデリカシーに欠けたところがありますからねぇ。セリさんはよくわかっています」
好々爺然とした笑みが戻った信さんと視線が合いました。
今、浮かべている笑みは怖くないです。そこに裏があるのか無いのか、私には判断できませんけど、先程の笑みを引っ込めてくれただけでも圧迫感はかなり違います。それに――。
「ありがとう、ございます?」
これはほめられたんですよ、ね?
「……そこで礼を言うのがおまえだよな」
なんだか明さんを凹ませてしまったみたいです。再び明さんはテーブルに突っ伏してしまいました。
もしかして私、止めを刺しましたか? 意図したわけではないです。これは偶然ですよ、偶然。
「セリって天然?」
声のした方を見れば、陽さんがユラユラと揺れていました。
「いえ、天然とは言われたことないです。ただ、顔に考えていることが全部出ている、とはよく言われました」
そう告げた後の皆さんの顔がひどいです。揃いも揃ってなんでそこで納得した顔をするんですか。
無表情がほぼ常だと思われていた睦月さんですら、納得した顔をしています。
私の顔には、そこまであからさまに考えが浮かんでいるんですか。自覚はありましたけど、そこまでとはさすがに思っていませんでした。
「あっ、凹んだ~」
陽さんの陽気な声が聞こえます。
「駄目ですよ、陽さん。ここは素知らぬ顔をしてあげる場面です」
そんな陽さんを諭す信さんの声も聞こえました。ですが、私に聞こえている時点で、その効果は半減です。むしろ、信さんの言葉の方が胸にグサっと刺さりました。
皆さん仲良しなのは確かですが、遠慮がまったくありませんよね。良くも悪くも。そう、種族も年齢も性別も。色々な面でまったく違うだろうに――。
「家族なんですね」
ぽつりと呟きが口から零れました。
それは先程も思ったことです。ここは、本当に懐かしい温もりに溢れた場所です。触発されて、しんみりしてしまうほど――。
「セリさんも今日からうちの家族ですよ」
私の呟きが聞こえたらしい信さんが、好々爺然とした笑みを浮かべたまま告げます。
「そうだよ。ここにいるのはだいたい信が拾ったのばっかりだけど、セリは明が連れてきたんだから遠慮はいらないんだよ。ここでは自分を偽る必要もないんだから」
その隣でユラユラと相変わらず揺れながら陽さんが告げます。目蓋が下がったり上がったりを繰り返していますし、これは眠いんですね。
「信さんが明さんを拾ったんですか?」
言葉のままの意味なのか、それとも何かの比喩なのか。意味はわかりませんが、気になる言葉です。
そう告げてコテッと首を傾げれば、どこからか咳き込む音が聞こえてきます。そちらを見れば、朔良さんがむせていました。微妙に涙目になっているような気もしますが、熊五郎なおじさまの涙目はあまり可愛くないです。
そう考えたら、隣からわざとらしい咳をする音が聞こえました。顔を上げた明さんが、笑いたいけどなんとか堪えた、と言えそうな表情をしています。
「いいえ、違いますよ。逆です。その場合は、明が私を拾ったクチですねぇ」
事も無げに信さんはサラリと告げましたけど、内容がおかしいです。
「明さんが、信さんを、拾ったんですか? 明さんは何気に良い方ですけど、俺サマで性格が明後日の方を向いている方ですよ?」
好んで他人様を拾うような、善意に溢れた方とは違います。
「おまえな。いくら考えていることが駄々漏れだからって、口に出す言葉くらいは選べ」
明さんから苦言が飛んできました。ですが、お世話になっている身とはいえ、言いたいことは言わせていただきます。
「表面だけ繕っても無意味です。それに、明さんは自分でそういう部分をしっかり自覚しているじゃないですか」
今更な部分を取り繕う必要があるとは思えません。
明さんがため息を吐きました。
「取り繕う、取り繕わないという判断は相手を見てしています。誰でも、というわけではないです。それに――ここにいる方達は、しっかりと明さんのそういった部分を理解し、受け入れて付き合っているはずです。だから、大丈夫なんですよ」
なんの根拠もない言葉ではないです。これは、私の人物観察の結果に基づいた結論です。十割とは断言できませんが、八割は間違っていないと言い切れます。
「……なんというか、明。おまえ、尻に敷かれるタイプだったんだな」
珍しく私に言い負かされて絶句した明さんが固まっていると、その肩をポンッと叩いた朔良さんがぼそりと告げて、部屋から出ていきました。
硬直の解けた明さんが苦虫を噛み潰したような顔で、その後を追うように部屋から出て行きます。
「私、何かおかしなことを言いましたか?」
明さんの反応がかなり妙でした。睦月さんは無表情ですが、信さんと聖くんが苦笑しています。気づけば、槇くんの姿がありませんし、陽さんはユラユラと揺れながら完全に眠ってしまったのか、頭を垂れた状態で反応がありません。
「いいえ。明はあれで、かなり不器用なのですよ。気恥ずかしかったのでしょう。照れている姿を見せたくなかっただけですから、落ち着けば戻ってきますよ」
きっと信さんも明さんと長い付き合いがあるんでしょう。明さんのことがよくわかっている発言でした。
それがちょっぴり羨ましいです。ほんのちょっぴり、ですよ。
「セリさんはやはり面白い方ですねぇ」
なんの脈絡もなくそう告げた信さんは、ニコニコと笑っていました。
「こういう家ですが、よければ家族と思ってくれるとうれしいですねぇ。家族が増えるって喜ばしいことですから」
たぶん、これは信さんの本心からの言葉です。
「お茶のおかわりはいかがですか? 明ほどの腕はありませんけれど」
睦月さんが空になった私の湯飲みに気づいて訊いてくれました。
「ありがとうございます」
色々な意味合いを込めて、感謝の言葉を口にします。
睦月さんがほんの少しだけ顔を綻ばせ、すぐに元の無表情に戻って茶葉を新たにしてお茶を入れてくれました。口に含めば、ホッとする味でした。
「そうそう。我が家は総合的に見れば血の繋がらない他人の集まりですけどね、血の繋がっている人達もいるのですよ。陽さんは三人姉妹の真ん中ですし、睦月くんと朔良くんは双子の兄弟でしたねぇ」
「………」
信さんが思い出したように告げた言葉に、飲んでいたお茶でむせました。陽さんの話は了解です。この場にいなかっただけで、彼女には姉妹がいるんですね。
でも。でもですね。
「あの、熊五郎なおじさまの朔良さんと睦月さんが双子って、本気ですか!?」
どうにも叫ばずにはいられなかったんです。
外見がまったく似ていません。二卵性の双子なら同じ歳でも兄弟と同じで、一卵性の双子よりも違いが顕著になることもあるでしょう。でも、いくら兄弟でもここまで違うと、カッコウの卵説を疑います。
「熊五郎なおじさま……」
聖くんがボソリと小さく呟きました。そこで私は自分の失敗に気づきます。
いくらなんでも、その方の家族に向かって、勝手につけた渾名を告げるのはまずいです。悪気はまったくないですけど、聞いて不愉快になる可能性も否めないという。
「いえ、あのですね。それは――」
自分でも混乱した頭の収集がつきません。空回りする頭では誤魔化す言葉も思いつかなくて、アワアワしていると――。
「何、その見事に的確な表現。もしかして、明が笑っていたのってそれ?」
お腹を抱えてゲラゲラと笑い出した聖くんを、信さんがたしなめます。
「聖。そんなに笑っては駄目ですよ。朔良くんのアレは、そう、単なる無精によるものです。しっかり身嗜みさえ整えれば、彼は睦月くんとよく似ているのですよ」
一応たしなめてはいるんですよ、ね? 本人が聞いていたら、駄目出しで逆に心を抉る言葉な気がします。って。
「朔良、さん」
何気無く見た入り口に、話題の本人が立っていました。いったいいつからいたんでしょう。
「普段から身嗜みに気を使わないあなたが悪いんですよ」
そこに睦月さんの容赦のない、淡々とした言葉が追い打ちをかけました。
「どうしたんですか? 寝に行ったのだと思っていました」
「……ああ、忘れ物を取りに来た」
朔良さんが座っていた所に、小さな箱があります。なんかサイズ的に煙草みたいですね。
「煙草は身体に良くないと前にも言いましたよね?」
そう言いつつも、睦月さんがその箱を手渡しています。
「わかっているが、なかなかな。止められない」
朔良さんが苦笑しながら答え、煙草の箱を受け取っています。
二人並んでいる姿は、よくよく観察すれば似ていないことも、ない、ですか? 黒に見紛うほどの藍色の髪とグレイの瞳は共通しています。でも――。
やっぱりよくわかりません。
「なあ、お嬢ちゃん。俺が熊五郎なおじさまなら、睦月は何に見えた?」
私の視線に気づいた朔良さんが問います。
何に見えた、ですか。言わないと駄目、みたいですね。
朔良さんの視線が痛いです。突き刺さるような強い視線なんです。これでは、誤魔化しは無理です。話題転換もできません。沈黙も駄目みたいです。
……ここはもう、覚悟を決めるしかないですね。
「睦月さんは、皆のお母さんです!」
もう、こうなったら野となれ山となれ。女は度胸です。




