26.ヒトには、向き不向きがあります。
「……おまえは本当に飽きんな」
ようやくまともな対応ができるようになったのは、私が珈琲を飲み終わり、カップや朝ご飯で使われたお皿をすべて洗い終わった後でした。
笑い過ぎのような気がします。まあ笑ってもいいと言った手前、非難はできませんけどね。何がそれほどおかしかったのか理解に苦しみます。
「俺が見た感じだと、確かにアレは俗物をなんとか制御しようとしている側だ。あの万年人手不足な組織では、俗物でも使える者を排除してしまうとにっちもさっちもいかなくなるから仕方ないんだろうが、だいぶ手を焼いているようだな」
おぉ、あれだけ大笑いしておいて、何事もなかったように話を戻してきましたね。
では。私もその流れに乗りますか。
「万年人手不足と言いますけど、それほどに足りないんですか?」
協会と関わることを渋った明さんが、なぜこれほど協会の内情に詳しいのか不思議ですが、元々謎な方ですからね。どこかで暗躍していてもおかしくないです。それらは聞かない方がきっと私のためです。
だから明さん。わざわざ口にしようとしなくて結構ですよ。
心の中で釘を刺しておくと、残念そうな顔をされました。やっぱり何か厄介そうなことを告げようとしていたようです。それよりも私の問いに答えてください。
「まあ足りないな。あの先祖返りも言っていたはずだ。ある分野の仕事量に対して、圧倒的にそれを実行できる人材が少ない。だが、それは仕方ない面もある。人間は人外の者よりひ弱だからな。力を使える適性者が少ないのも事実だが、何よりその少数のはみだし者を排除する社会傾向はいまだに根強い。それに頼らなければ生きていけないことも多々あると言うのに、な」
あぁ、ここでもそうなんですね。悪目立ちする者は差別されやすい。世間一般的に当然とされているモノに合わない存在は、排除される。異質は必要ない、ということですか。
そして、協会という組織はそういう方達の人間の生活圏での受け皿にもなっているんですね。
「ま、それはどうでもいいんだが。そんなわけで、これからのおまえの行動一つで色々と厄介事に巻き込まれること間違いなしだ。だが、これは気をつけろとしか俺には言えん。変なのに絡まれるなよ」
……かなり深刻そうな問題をどうでもいいと言い切りましたね、この方。
まあ、そういうものは根深いですから。個人が動いても、すぐにどうにかなる問題でもないのは確かです。時間を掛けてゆっくりと意識改革していく、という方法しか私には浮かびません。それでも本能的な恐怖を屈服させるのは、なかなか難しいことです。
明さんが人間でないことはわかっています。きっと他人事なんでしょう。でも、それでも。そう言い切れるのはすごいです。マイナスな意味で。
さすが俺サマ、明さん。度量が間違っています。
「……俺の話をしっかり聞いていたか?」
明さんがため息を吐いています。
この光景も慣れると、気にならなくなるものなんですね。
「少しは気にしろ」
そう思っていたら明さんから突っ込みが入りました。
嫌ですね~。乙女の秘め事に突っ込みを入れないでくださいよ。
「返事は?」
グルグルとどうしようもないことを考えていると、明さんの機嫌が降下しました。声に不機嫌な感情が混じっています。
「えぇと、気をつけてどうにかなる問題ですか?」
たぶん求められているのは初めの方の返事だろうと、聞いていて思ったことを口にします。
私だって妙な権力争いとかに巻き込まれるのは御免ですから、そういう方達にはなるべく関わりたくないです。請け負った仕事は子守りですから、親御さんや同じ仕事をする方達とは付き合いもできるでしょうが、華々しい仕事というわけでもありません。だから、そういう方達と関わることもないと思うんです。
それに――。
私をそんなものに巻き込んで、誰になんの得がありますか? 私は普通の人間です。
そこで明さんが再びため息を吐きました。
「何かおかしなことでもありましたか?」
言葉で教えてくれないとわかりません。
「おかしいというか。はっきり言っておくが、おまえを普通の人間だと認識する存在はこの世界にいないと思っておけ。それがおまえのためだ」
そう告げる明さんの顔は真剣ですから、真面目なお話なのでしょう。ずいぶんと直球な鋭い刃です。グサリと胸に突き刺さりました。
「明さん。私は人間以外のモノになったことは一度もないです。過去も今も未来も、人間のままのはずです。明さんだって、私を人間だと言ったじゃないですか」
私は明さんが露さんに私を人間だと告げた言葉を覚えています。それは嘘だったのですか?
「分類的には人間になる。だが、おまえは異人並みの力を持っているのに、その力を使えない。だから、人間と言うだけだ。こちらの世界の人間と同じとは言えん。何も隠さずに接すれば、その異常な力量のせいで人外の者と認識されるはずだ。種族を問わずな。それでも身体は人間だから脆い。人外の者とは比べものにならんくらいにひ弱だ」
「それは、外見が人間でも中身が人間以外に認識されるせいで、総合的に見れば人外の者とされてしまうってことですか?」
かなり切実に問います。あまり肯定して欲しくないですが、
「そうとも言えるな」
返ってきたのは肯定です。
そうですよね。ここで否定されるわけがないんです。
「明さん。異人というのはなんですか?」
露さんとの会話にも出てきました。けれど、それが何かは聞くタイミングを逃してしまったので、今までわからずじまいでした。
「異なる世界から来た者の中で、この世界の理に順応した者のことだ。持って生まれた理を変異させる時に、だいたいは強大な力を得て使える能力も与えられる。だが、制御できなければ狂人にもなるし、そもそも変異に耐えられない確率の方が高い。異人とは言われているが、元の種族は何であろうと関係ない。むしろ人型になれない者の方が変異に耐えられる」
「………」
私はいったいあの瞬間、どれほどの死亡フラグをへし折っていたのでしょう。今、この場に私としていられることが不思議に感じます。
ここはもう、悪運の強さに感謝しておくべきですね。
「……私は異人ではないんですよね?」
「ああ。驚異的な奇跡の確率でな」
狂人とか、かなり嫌です。それはもう私ではないです。私は私のまま命を終えたいです。
「必ずしも狂人になるわけじゃない」
明さんが苦笑していますが、笑い事ではないです。他人事だからって、笑っていないでください。
「それでま、ここから本題なんだが――おまえの首から下げているそれのお陰で、ある一定以下の力量の奴らには、種族を問わず人外の者が人間に擬態しているようにおまえは見える。普通の、ほぼ力がない又は完全に力がない人間には、おまえは普通の人間に見える。それらは問題ない」
明さんの言葉をフムフムと頷きながら聞きます。
このペンダントは偉大だったんですね。邪魔、とか思ってごめんなさいです。
「だが、露やあの先祖返りくらいになると、そのペンダントでは隠しきれないと思っておいた方が良い。おまえの異常すぎる力の潜在量を感じ取る可能性が高い。どれほど正確に感じ取れるかはそいつの力量と能力によるが、あの協会という組織にはそういう奴らがゴロゴロ所属している。本部に年中詰めているような奴らじゃないが、そいつらには目をつけられないように気をつけろ」
言いたいことはわかりました。でも、肝心な部分で問題があります。
「明さん。私にそんな方達の見分けがつくと思いますか?」
ヒトには、向き不向きがあります。
「……だよな」
自分で言っておいて、それを否定した言葉に頷くって……私をそんなに凹ませたいんですか。ひどいです。
非難を込めた眼差しを向ければ、明さんが苦笑しました。
ムッ。そんな笑みで、私は誤魔化されたりしませんよ。
「だから、不必要に近づいてくる奴には気をつけろ。あの先祖返りもあまり信用するな。たぶん露が何か忠告しているとは思うが、それでもおまえの持つ価値は安くない」
「私の持つ価値とは?」
私、これと言って何も持っていないですよ?
「おまえは鈍いからわからないだろうが、おまえの持つ力は異質だが強大だ。それを利用しようと考える奴だっているだろう。そういうことだ」
鈍いは余分です。ですが、それならと一つ疑問がわきます。
「明さんは私のそのよくわからない力を利用しようとは思わないんですか?」
以前、裏が無いわけでもないようなことを言っていましたよね?
コテッと首を傾げて問えば、明さんが意外なことを言われたとでも言いたそうに片方の眉を器用に上げました。
「どう思う?」
私の反応を試すような言葉ですが、その顔が面白おかしげに笑っています。そんな顔をされてしまえば、答えを聞かなくてもわかります。
「その気はゼロですね」
言い切れば、良くできましたとでも言いたそうな顔をされました。
「おまえを利用する必要が俺のどこにある? 確実に俺はおまえより強い」
ですよね~。愚問でした。実に納得のできる、明さんらしい答えです。
「明さん。なぜわざわざ出勤日を三日後にしたんですか? そもそも、そんな事情があるなら私はこのままあの場所で働いても大丈夫でしょうか?」
ここまで言われてしまうと、根本的な問題はその部分にあるような気がしてきます。ですが、明さんの返答は意外なものでした。
「外で妙なモノに絡まれるよりは安全だ。どんな選択をしようが対処は考えていたし、だからその点に関しては口を挟まなかったんだ。協会という組織は奇人変人の集まりでもあるが、あそこほど安全な場所もない。心配するな。何かあった時には、俺が責任を持ってきっちり落とし前をつけてやる」
自信満々に宣言してくれた明さんですが。いえ、その自信もあるんでしょうが。そのあり方というべきモノが明後日の方を向いています。
落とし前って……いったい全体、何をやらかす気でいるんでしょう。起こる前から、ろくでもないことにしかならないと思えます。
何気に好戦的なんですよね、明さんって。
とりあえずそんなことに絶対ならないよう、私が気をつけるべきですね。肝に命じておきましょう。
決意も新たにしていれば、明さんがそれは良い笑顔で笑いました。今回は言葉通りの意味ですよ。
何となく落ち着かなくなって無意味に髪をいじります。明さんはそれに更にふっと笑いましたけど、今度は余分なことは言いませんでした。それがいっそう気まずいです。
明さんの浮かべた笑みが、まあ、その、ねぇ。
その場で耐えられなくなった私は、気を落ち着かせるために台所へ逃げました。不自然だろうとあの場で耐えることは不可能だったんです。
いちおう言い訳として「お茶が飲みたくなったのでお湯をわかしてきます」とは言ってきましたが、明さんのことですからそれが建前だってことくらいバレているでしょう。
ここにきて、初めて駄々漏れ思考な現状が不便だと思った私です。
言い訳を言い訳で済ませるわけもなく、微妙にお茶が飲みたかったのは事実だったので、コンロに飲み水を入れたヤカンを乗せてスイッチを押します。
形としてはIHに似ています。ただし、電気ではなく魔石使用です。コンロと呼んでいますが、火は出ません。指定された部分に乗せていると自然と中身に熱が通ります。
それにしても、あの顔は本気で反則です。冷笑とか、満面笑顔、目だけ笑っていないバージョンとかなら逃げたいけど耐えられました。でも、あれはたぶん無理です。馴れることはたぶん不可能です。
なぜなら。
長く眺めていると目が潰れます、たぶん。
ああやって笑うと明さんって、そうですね。慈愛の女神さま、な神々しい雰囲気になるんですね。新発見です。アレを私と同じ人間に分類して見ていたなんて……私の目は節穴でした。あれは拝んでなんぼのも――。
「な、なんですか!?」
なんとなく気配を感じて振り返れば、そこには呆れた顔をした明さんが立っていました。ただ、先程の余韻が残っている関係で、いまだに眩しく感じます。
「あのな、セリ」
明さんがいやに改まったように私を呼びました。その声に反応するように、私の背筋はピンと伸びます。
「おまえの思考がおかしいのはいつものことだし、食欲もいつも通りあるから気のせいかと思っていたんだが――」
口を開けば、いつも通りな明さんでした。ふぅっと身体の力を抜いて、告げられた言葉のひどさに半眼で明さんを見ます。
「何が言いたいんですか、明さん」
「自覚は無いみたいだが、熱があるだろう? 思考回路がいつも以上におかしい」
この方、本当に一言余分ですよね。言わなくても良いことまで馬鹿正直に告げるきらいがあります。
言われてみれば、思い当たらないわけでもないです。こういう感覚は久しぶりすぎて実感薄いですが――。
なんてことを考えていたらズズイと寄ってきた明さんにそのまま頭突きされました。いえ、正確にはオデコとオデコがコツンとちょっと当たりました。なので、痛くはないです。
ただ、視覚的にそれは凶器でしたね。
お願いですから、自分の造作が与える威力を考えてやってください。明さんは妙なところで無頓着です。
「やっぱり高いな」
何がやっぱり、ですか。
熱だったら確実に今の明さんの行動で上がりました。




