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25.協会というモノ。

 その日はあのまま電車に乗って家に帰りました。家といっても、私が人間の生活圏に移動した後に目覚めたあの部屋です。そこは人外の生活圏の部屋と同じく明さんの隠し家的なものでした。今度のお部屋はマンションの一室みたいです。


 明さんにはいったい、いくつ住処があるんでしょう。考え出したらドツボにはまる気がします。


 マンションの一室に戻って明さんが持ってきたお昼ご飯食べた後、部屋の中をよくよく確認してみると、初めに暮らした部屋と少しずつ違っていることに気づきました。

 ここの窓はしっかりと開きますし、ベランダが付いています。当然、窓から見える景色もまったく違います。ここから見える景色は、本当に日本とよく似ていました。


 同じような間取りのキッチンですが、蛇口が違います。なんと言いますか、浄水器が付いているような感じでした。明さんに訊いてみたら、こちらの水は飲んでも不味くないので飲み水としても使用できるそうです。

 あと、大きな変化は部屋数が増えていたことです。朝、出掛ける前には見つけられませんでしたけど、扉を開けて確認してみれば、そこにはなんと畳のお部屋がありました。和室です。押入れまであります。

 さすが並行世界。こんな部分でも元の世界と共通点がありました。郷愁を刺激されること満載です。


 そして、早めの夕ご飯は――ちらし寿司でした。


 なぜ、ここで、ちらし寿司、なんですか。いえ、この世界に寿司文化があること自体驚きですけどね。何もこのタイミングで出してこなくてもいいじゃないですか。

 必死で押し込めたはずの里心が出てこようとしています。

 でも、帰れないんです。望んだって不可能なことがあると、私は知っています。それでも。そうわかっていても、これでは帰りたくなってしまうじゃないですか。


 これは――私に喧嘩売っています?


 イケズな気遣いに、ほんのり殺意すら浮かんだのも当然の結果ですよね。

 明さんは私の恨みがましげな視線に不思議そうな顔をしていますから、本当に偶然か、悪気ない行動なんでしょう。それでも色々と込み上げるものはあるんです。

 でも、出されたお寿司は美味しくいただきましたよ。食べ物に罪はありません。ただ、出されたタイミングが悪かっただけです。……忘れられない味となりました。

 ちらし寿司は好きですけどね。

 しばらく見たくも食べたくもないリスト最上位へと移動させました。


 こうして妙なトラウマすら新たに作ってしまったわけですが、その日は特に何を言うわけでも言われるわけでもなく、明さんは「明日の朝に来る」と部屋を去り、私は私でなんとなくどっと疲れを感じて早々にお風呂に入り、まとまらない感情を抱えたままベッドへ直行しました。

 眠れるかと思いましたが、そこは神経の図太い私です。いついかなる場合であろうと、睡魔は何よりも勝るんです。

 ということで、気づけば朝でした。夢も記憶にないほどぐっすりです。


 翌朝。明さんは私が身支度を終えてすぐ、くらいの時間に現れました。その手にはいつものごとく、私の朝ご飯を乗せたお盆を持っています。

 今日は洋食ですね。

 別にそれはいいです。いえ、この期に及んでご飯を持ってきてもらう、というのは申し訳ないですし、問題ではあるんですけどね。

 そうではなくて、どうしてこの絶妙なタイミングで明さんは現れることができるのかってことです。

 これ、実は毎朝なんですよ。今更ですけど。


「おはようございます、明さん」

 朝の挨拶は大事ですから、しっかりしますよ。でも――。

「毎回、素朴に疑問なんですけど……どこかに隠しカメラなんか設置していませんよね?」


 この際ですし、疑問は抱えているよりも訊いてスッキリしてしまいましょう。この世界にカメラが存在するかも私は知りませんが、私の問いに一瞬、明さんの動きが凍りつきました。

 その反応は、あるみたいですね。単語が通じています。


 でも――これは、当たりですか! それはないって信じていたのに……。顔に似合わず、明さんはムッツリですか!?


 静かにテーブルの上にお盆を置いた明さんが、ゆっくりと私の方を見ました。


「阿呆」


 その、短い一言に万感の思いが詰まっています。

 あからさまに残念な子を見る目で私を見ないでくださいよ。そんな風に見られるいわれはないはずです。

 私はあまりにもタイミング良く毎朝現れることに疑問を持っていただけです。明さんの行動こそ、怪しまれた原因ですよ。

「おまえな、俺はほぼ毎回同じ時間に来ているのはわかっているよな?」

 明さんに指摘されて、そういえばと思います。確かにほぼ同じ時間に来ていますね。

 不思議に思い首を傾げれば、明さんにため息を吐かれました。


「……おまえは自分がほぼ、毎朝同じ時間に起きている自覚がないのか?」


 呆れた声で問われて、よくよく自分の毎朝の行動をたどった私は先程とは反対側に首を傾げます。

「そうでしたか?」

 寝起きである朝は半分以上寝ぼけていることが常なので、まったく気にしたことがないです。特にこちらの世界に来てからは時間に追われるような生活をしていなかったので、すべて無意識の域でした。記憶もあやふやです。

「そうだ。単に、俺はおまえの行動パターンを読んで動いていただけだ。わかったか?」


 えぇと。わかったような、わからないような。納得したくないような……。

 それって――私の行動が単純だってことですか。


「規則正しい生活習慣だとでも思っておけ」

 あぁ~。言葉も使い方次第ですね。ここは前向きにそう思っておきます。

「さて。納得したところで、朝飯は食わないのか? 早く食わないと冷めるぞ」

 おぉ~、そうでした。朝ご飯です。せっかく持ってきてくれたんですから、温かい内に美味しくいただく方が良いに決まっています。


「食べます。今すぐ食べますから……食べちゃ駄目ですよ?」

「おまえならともかく、俺が食うか。馬鹿なこと言ってないでさっさと来い」


 明さんがどかっと乱暴な動作でソファに座ります。この方、外見の繊細な様子に反して、その他の部分は結構大雑把です。でも、妙に細かい気遣いをすることもありますし――。

 いそいそとソファへと移動して定位置となった場所へと座り、斜め向かいの明さんを見ます。

 なんか文句でもあるか、とでも言いたそうな顔で見られ、誤魔化し笑いを顔に浮かべて私は首を振ります。


 文句は、ないです。


 手を合わせて「いただきます」をして、朝ご飯の開始です。

 本日はトースト、スクランブルエッグ、ソーセージ、シーザーサラダ、オニオンスープ、フルーツヨーグルトの組み合わせです。トーストにぬるジャムはリンゴジャムでした。

 以上、本日の朝ご飯の内容です。味は文句なしに美味しかったですよ。お腹一杯、余は満足じゃ状態です。


 明さんが持ってくるご飯は美味しいので、ついつい食べ過ぎてしまうんですよね。ダイエットの大敵です。いえ、別にダイエットはしていませんけどね。まだ。

「ごちそうさまでした」

 食べ終わるまで、だいたい無言です。私は食べることに集中して他のことが疎かになりますし。明さんは私がそんな状態で話しても二度手間になるだけと悟ったのか、私が何か食べている時には、あまり話し掛けてきません。

 そして、本日の朝ご飯の後の一服は珈琲でした。


 いったいいつ、どこから出してくるんでしょう。私、珈琲の味の良し悪しはあまりわかりません。コーヒーよりもお茶を常用する人間です。

 けれど、コーヒーもけして嫌いではないです。砂糖は無くても大丈夫です。でも、ミルクは必需品です。ブラックは飲めません。


 って、これ。初めからカフェオレですね。ナイスチョイスです。

「お子さま味覚にブラックは無理だろうからな」

 明さんが私の反応に笑っています。

 一言多いですよ、明さん。


 軽く睨みつけても笑って流されました。まったく。

 それでもせっかく入れてくれた物ですから、ありがたく飲ませていただきます。

 ふむ。見事に私好みの味ですね。砂糖無しのミルクたっぷり。あまり苦くないです。

 不思議ですよね。明さんの入れる物に、というか持ってくる食べ物然りですけど、ハズレがないです。


「明さん。私の好みはけして万人受けするものではないと思うんですけど、どうしてここまでピッタリなんですか?」

「おまえがわかりやすいからだろ?」


 おかしそうに笑っていますけど、他人の味覚はそんなものでわからないと思います。でも、その顔は正直に答える気がない顔ですね。

 こっちは非常に面白くないですよ。

 ぶすっとした気分で、それでも美味しいカフェオレを飲んでいると、真面目な顔になった明さんが仕切り直すように言いました。


「さて。おまえには、協会というものをもう少し勉強してもらわないとな」


 真面目なお勉強ですか。必要なことでしょうから、がんばります。

 ぐっと意気込んでいると、明さんがふわりと笑みを浮かべました。

 ちょッ……それは反則です。

 基本、明さんが浮かべる笑みは苦笑か、満面笑顔、瞳が笑っていないバージョンが主です。だから、こういう本気でやさしい笑みを浮かべて見られると、こそばゆくって逃げ出したくなります。

 実際、かなり本気で腰が引けています。顔に血が上っているような気もします。


 明さん。明さん。明さん。お願いですから――。


「明さんッ!」

「なんだ?」

「……私で遊ばないでください」


 そんなおかしそうな顔で、しげしげと私の反応を観察しないでくださいよ~。

 現在、初めに私を照れさせた笑みは幻のごとく消えています。気づけば明さんに遊ばれていました。


「人聞きが悪いことを言うな。俺は真面目に話をしようといていたのに、急に照れだしたのはおまえの方だろうが」

 ええ。確かにその通りです。でも、あれで照れなかったら女を捨てている気がします。

「……わけがわからん」

 呆れた顔をされましたけど、これは理屈とは別問題です。私にだって、それなりに羞恥心というものがあるんです。


「……話を戻すか」


 一拍の間の後、心の中の主張を明さんにあっさりと無視られました。その顔に、そんな主張をされてもわからんことに変わりはない、とか書いてありますけどね。女心をもう少し察してくださいと言いたくなります。

 まあそう考えている時点で伝わっているでしょうけれど。


「昨日、あの場では言わなかったが、協会というものも一枚岩じゃない」

 派閥争いとかですか? あれだけ大きい組織だったら、色々と泥々としたものも抱えていそうですよね。

「まあそういうことだ。種族がバラバラならば考えも単純にまとめられるものでもない。それでも成り立っているのは、あそこが人間の生活圏での最期の砦的な役割を果たしているからにすぎん」


 最期の砦的な役割って……なんとも物騒な言葉ですね。でも、それで成り立っていると言うなら、正義感の強い方達の集まりなのでしょうか?


「何をもって正義とするかは個人の考え方にもよるが、本気でそう思っているならおまえはずいぶんとおめでたい思考の持ち主だぞ?」

 ですよね~。組織っていうのは、きれいなお題目でどうにかなるものではないです。知っていましたよ。


「権力とお金、ですか?」

「まあ中にはその綺麗事を本気でまっとうしようとしている奴らもいるだろうさ。だが、おまえが言うような俗物がいるのは事実だな」


 明さんは手を膝の上で組んで、こちらを興味深そうに見ています。これは私がどう答えるか、試していましたね。

「面倒なことになることがわかりきっているので、そういう方達とは関わりたくないんですけど……朱さんは、俗物とは違うような気がしました」

 それは私があの場で感じたことです。


 朱さんとて、すべてを私にさらけ出して見せてくれたわけではないはずです。きっとあの笑顔の下に、色々な物を隠し持っているでしょう。けれど、それは社会で生きていれば当たり前になってしまうことです。

 そういうものを抱えても、いかに相手に誠実でいられるか。そうしようと思って実行できるか。

 大切なものはそういう部分だと思います。すべて信じられないと思っても、少しは信じてもいいかなって気にもなりますし~。


 私の返答に、明さんが意外そうな顔をしています。まあ、あの時の私の考えを聞いていればそういう反応もしますよね。ですが――。


「私をみくびり過ぎですよ、明さん。確かに腹芸は苦手ですけど、まったくできないわけではないです。それを見抜く目も養ってきたつもりです。初めに言ったじゃないですか。私の判断基準は、勘と経験だって」


 にっこりと笑って告げれば、明さんが私から視線をそらして俯きました。その肩が小刻みに震えています。

 これは――。

「笑いたいなら堂々と笑った方が楽ですよ?」

 怒っているのでもなく、打ちひしがれているのでもなく。大笑いしたくて堪らない態度ですね。

 それは正解だったようで、明さんは現在、私の視線の先でゲラゲラと豪快に笑っています。私の呆れた視線など、ものともしていません。


 超絶美形の大笑い……。


 さすがにここまで笑われると、見ている方は微妙な気分になります。視覚的にというよりも、心理的に。

 私の答えのどこに笑える要素があったんでしょう。




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