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24.謎な方が、さらに謎になりました。

 確か露さんは部族長です。その露さんにシメられた、せっちゃんのお父さんも。

 竜族はいくつかの部族の集まりだと明さんに聞いています。各部族をそれぞれまとめるのが部族長であり、その部族長達をまとめるのが族長になる、ということでした。

 次期族長ということは、せっちゃんは両親よりも偉いことになります。


「姫はまだ成長期ですから、そこまでの権力は持ち合わせていません。ですが、その矜持の高さは族長と遜色ありません。生まれながらに自分の立場を理解しています。だからこそ、滅多なことでは他の者に迎合もしません。まして、それが他の種族ならなおのこと。竜族内ですら、姫がその身に触れることを許すのは、ごく僅かです」


 朱さんは私が知らなかった事情を説明してくれました。でも、あのせっちゃんがまさか、な話です。寝耳に水です。

 だって、あんなに可愛くて真ん丸で真っ白で、ふわふわの白毛玉なせっちゃんがですよ!

「明さんは知っていたんですか?」

 私にとっては驚愕な言葉ですが、明さんは平然とした顔でのんきにお茶を飲んでいます。


 ちょっと、そこ。一口で顔をしかめないでください。で、飲んだことを後悔したみたいな顔でカップを置かないでください。こっちは真剣なお話の最中です。

 確かに、明さんが入れてくれたお茶には劣ります。茶葉の種類や器具、入れた方の腕など。様々な条件が違うことはわかっています。それでも味が劣っていることがわかるくらいには、その差の隔たりが激しいです。

 でも、けして不味くはないです。美味しい方です。私が入れてもこの程度です。

 明さんの腕前は玄人の域。最上位です。比べてはいけません。


「俺が知らんと思うか?」

 傲岸不遜に答えた明さんは、面白そうな顔で私を見ます。

 質問に質問を返すべきではないです。でも――。

「そうですよね。明さんは知っているはずですよね」


 そもそも、せっちゃんのお父さんからせっちゃんを預かったのは明さんです。露さんとも昔からの付き合いのようでしたし、知らない方がおかしいです。だから、私にあんなことを確認したんですね。今思えば、あの時の明さんの態度は妙でした。

 でも、解せません。


「せっちゃんが明さんに微塵も懐かなかった理由には、そのことも含まれていたことはわかりました。でも、それならなぜ、私はせっちゃんにあれほど懐かれたのでしょう?」

 これといって私は何もしていません。せっちゃんが上からぼてっと落ちてきたのが出会いの始まりですが、その時から彼女は私に好意的でした。

 明さんにはしょっちゅう牙をむいたり、唸ったり、キューキュー鳴いて抗議をしたりしていましたけど、私にはとてもお行儀の良い子だったんです。まだ小さいのに自分の凶器をしっかり理解して、私がそれで傷つかないように気を使ってくれていたくらいです。

 不思議ですよ、本当に。


 問うように明さんを見て首を傾げます。

「アレはおまえが来た時から部屋にいた。そういうことだ」

「え? そういうこと、と言われてもわかりませんから」

 何もかもわかったように一人で納得しないでください。ほら、朱さんだって何がなんだかわかっていない顔を……していないですね。


 なんですか、その若人を微笑ましく見守るような生温い笑みは。


「おまえは中身も外身も好かれる体質だとでも思っておけ。自然体なら無敵だ」

 朱さんの表情に気を取られている内に、明さんはこの話はこれで終わりだとでも言いたげに、勝手に打ち切ってしまいました。

 どうしてそういう結論になったのか意味不明です。これは、知らぬは本人ばかり、ってことなのでしょうか。そういうことにしておきます。


「えぇと。とりあえずせっちゃんが基準になっていることはわかりました。でも、私、子供の面倒はほとんど見たことがないです。そんなので役に立ちますか?」


 せっかくぜひにと進めてくれたお仕事です。やる前から駄目だと決めつけるのも申し訳ないです。けれど、やったことがない上に、相手は子供です。物体相手と違って意思があります。

 それに親御さんから大事なお子さんを預かることになるわけで……私で本当に大丈夫ですか?


「見ていただきたいのは、学校に行く前の小さな子達が主です。特に、まだ人の姿には擬態できない子達をお願いしたいのです。中には言葉がまだ正確に話せない子もいるのですが――他にも職員はいますから、セリさん一人に負担が掛かることはありませんし、わからないことはなんでも聞いていただければお答えします」


 私が何を迷っているのか、気にしているのか、朱さんはわかってくれました。

 そろそろ新しいことに挑戦する時なのかもしれません。こだわりは持っても良いですけど、それに囚われて頭がカチコチになる必要はありませんよね。

「とりあえずお試しでも良いですか?」

 やってみないことには何事もわかりません。続けていけるかもまた、やってみて初めてわかることってありますから。

「えぇ。大丈夫です。続けていくことが無理だと思ったら、言ってくだされば別の仕事紹介もいたします」

 にっこり笑顔の朱さんに、私も笑顔を返します。そして、その後に詳しい雇用契約事項の擦り合わせをしました。


 うっかり簡単に了承してしまいましたが、考えてみれば労働時間や賃金、その他諸々の確認をしないで返事をしていました。そういうことは先に確認するべき事柄ですよね。

 これにはなぜか、明さんが色々と注文をつけました。

 私が不慣れなのは事実です。金銭的な相場もいまいちはっきりしません。なので、こういう仕事の平均的な賃金も知りませんし、こちらでは月どのくらいのお金があれば生活できるのかも知りません。

 そんな状態ですから、明さんが私の代わりに交渉してくれてとても助かりました。


 ただ、ですね。


 残業は駄目だとか、夜勤や早出は無しだとか、住み込みでなく通いにしろとか。勤務地は、休憩時間は、食堂は、等々。本当に私が口を出す隙がないほど口を出してくれました。


 明さん。あなたは私の保護者ですか?


 そう、言いたくもなるほどの過保護な扱いです。

 明さんと朱さんのやり取りを聞きつつも、私は内心で唸っていましたよ。

 聞きたいことも確認したいこともすべて明さんが言ってくれましたから、それはそれで楽でした。でも、ここに就職するのは私であって明さんではありません。この状態はおかしいです。行き過ぎです。


 そうして、ほとんど私が口を挟む間もなく仮契約は成立しました。ここで話し合った条件を明記した書面は、初日までに作成しておくのでその時にしっかり確認して、それでよければサインをして欲しい、と。それをもって正式な契約完了となる、と朱さんは言いました。

 出勤初日は三日後です。その時に住民登録証明書も渡してくれるそうです。

 朱さんは明日からでも良いと言っていましたが、明さんが三日後にとその言葉を即座に突っぱねました。

 別に私は明日からでもよかったのですが、明さんが三日後と告げたのには、何か理由があったのかもしれません。


 まあ、そんなわけで無事仕事まで決まって協会を出てきたのですが、私の機嫌はあまりよろしくないです。

 あの場で色々と浮かぶ私の疑問に、明さんが答えを返さなかった理由はわかります。知られて困るのは、たぶん私です。でも、消化不良です。もう少し私の意見を聞いてくれても、説明を交えてくれても良かったと思います。

 私のこと、なんですから。

 心の中でブーブーと文句を呟きながら明さんの後について歩いていると、ようやく明さんが足を止めて私の方を見ました。

「不満か?」

 苦笑した顔はいつもの超絶美形顔ではなく霞んだ美形顔ですが、印象に変わりはありません。


「不満というか、消化不良です。明さんは私がお荷物ではないんですか?」


 協会という場所は、本当に手広く色々やっている場所でした。基本が人間の生活圏での、人間と人外の者との折衝機関のようなものらしく、それに附随する諸々のことも大抵扱っているようなのです。

 人外の者の生活圏から来た者は、こちらに住居を持たない、そういう伝を持たない者が大半のようです。そして、人外の者の生活圏と人間の生活圏では法と常識が違う部分も多いとのことでした。

 そういう部分を補って無用な争いを避けるために、当面の住居を紹介したりすることもあるし、協会で働く者なら寮に住むことも可能だと朱さんは言っていました。


 いつまでも明さんのお世話になるわけにもいきませんから、それならと寮に入ることも考えたんですよ。私には元手がありませんし、何より寮の方が費用は安いはずです。食事付きの場所もあると言っていましたから、お得です。

 それなのに明さんは今日、目覚めたあの部屋から通えばいいと言って譲らなかったんです。

 私というお荷物からようやく解放される時が来たかもしれないんですよ。それなのに、その機会を自分から潰しにかかっています。おかしいです。


「そこか。俺はおまえを荷物だと思ったことは一度もない。というか、おまえが働かなくてもおまえを一生涯養えるくらいの金もある。だが、おまえは嫌なんだろ?」

「嫌です。そもそも、どうして明さんは私を養おうとするんですか? 私と明さんは赤の他人です。知り合ってまだ二週間程度です。私には明さんが何を考えているかわかりません」


「時間が問題か?」

 明さんは私の反応を楽しむように笑っています。

 まったく。こっちは真剣だというのに、ふざけないでください。

「今回の場合、問題です。はぐらかさないで私の問いに答えてください」

 質問の答えはまだです。ここは往来なんですから、さっさと答えてくださいよ。


「セリが俺の伴侶だから。それだけだ」


 明さんが笑っています。でも、私は笑える心境ではありません。

「なんですか、それ。なんで、私が、明さんの伴侶になるのかわかりません」

 答えてもらう前より答えてもらった後の方が意味不明って……ないです。あんまりです。

 前にも伴侶がどうの、とか言っていましたけど、あの時はうやむやに誤魔化したのか誤魔化されたのかわからない状態で話は終わっています。まさか、その話がまだ尾を引いているとは思っていませんでした。


「俺もわからん」

 明さんが苦笑しています。

 顔は霞んだ美形顔だろうと、いつもの明さんの笑い方です。でも、自分でそう言っておいて、それがわからないって……その答えは変です。

「ほらっ、俺は答えた。こんな所でいつまでも立っていないで、今日は帰るぞ」

 来た時と同様に、手を繋がれて引っ張られます。自然と私の足は動いていました。


「明さん……」


 名前を呼んだものの、その後に言葉が続きません。ただ、前にある明さんの背に答えを求めるよう視線を向けます。


「俺にもなぜ、おまえなのかはわからん。だが、おまえだけが俺の伴侶だと、それだけははっきりわかっている。おまえの世話を焼く理由、というならそれだけだ」


 明さんの言う伴侶と私の考える伴侶は、違うモノなのかもしれません。でも、昨日聞いた限りだと同じような気もします。本当に意味不明です。

「別に納得しないでいい。ただ、俺がこうしたいと思ったから、今こうしているだけだ。おまえが気にすることじゃない」

 駅へと向かう道を、来た時とは反対にたどっていきます。ビル群の中、会社員らしき服装をした方達が忙しなく歩いていたり、そうかと思えばベビーカーを押したお母さんがゆっくりと散歩していたり。街路樹が道の両脇に繁って、歩道のみの道です。雰囲気は都会のお散歩コース、ですね。


 今はもう、誰も私達の存在を気にいている人はいません。


 なんだかその雰囲気にホッとしました。

「明さんが気にしなくても私は気にするんです」

 そう告げた瞬間、明さんがふっと笑ったような気がします。完全に背中を向けられているので表情は見えませんけど。

「なら、気にしていろ。俺は俺の気が向くまま勝手にするだけだ」

「……身勝手ですね」

 それしか言葉が出ませんでした。


 俺サマで傲慢で身勝手で――。

「俺達はそういう生き物だ。それを許された者だ。だが、選択権ならおまえになくもない。嫌なら俺から逃げるんだな。死だけはどうにもならん」

 でも、やさしい方です。そのやさしさに私は今、生かされています。だから、申し訳なくも思っているんです。


「明さんは自分が嫌いですか?」

 先程の、自嘲するような響きを持って紡がれた言葉は、明さん自身に突き刺さっているようでした。明さんと繋がれた手に、私は少しだけ力を込めます。

「実は私、自分が嫌いなんです。なんらかんら理由をつけて他人のためのようなことを言いつつも、結局は自分のためでしか動けない自分が私、大っ嫌いです。幻滅しました?」

 なんでこんなことを明さん相手に今、告げているんでしょうね。こうして、誰かの手を取るには勇気が要ります。臆病な私には殊更に。


 今、明さんの顔を見る必要がないのは幸いです。さすがにこんな言葉は、他人様の顔を見て告げられる言葉ではないです。

「だから、どうした」

 明さんの答えは苦笑混じりでした。握った手を、今までよりも少しだけ強く握り返されます。ですが、その足は止まりません。明さんは私に背を向けたままです。


「おまえが自分のことをどう思っていようと、俺のことをどう考えていようと、なんの関係がある。俺がただ、おまえを慈しみたいだけだ」


 ……白昼堂々。何を言っているんでしょうね、この方は。

 私も何を言っているんでしょうね発言をしましたけど、それとは別方向の変化球な何を言っているんでしょうね発言が、まさか明さんから返ってくるとは思ってもみませんでした。


「明さん。そんな告白もどきな発言を私に告げてどうするんですか。そもそもそういう言葉は、こんな往来で相手の顔も見ずに告げる言葉ではないです」

 色々と空気と周りを見てください。いえ、誰も私達に注目はしてませんけどね。

 お説教でもしていないと逃げ出したい気分だったんです。

「告白もどき? そんなこと言ってない」

 ほ~。あれは無自覚ですか。

 本気で自覚がないらしい明さんは、首を捻っています。

 ……なんて傍迷惑な。動揺した私が馬鹿みたいではないですか。


「明さんは天然たらしだったんですね」

 まだ二週間程度の付き合いでは見抜けていませんでした。これは要注意ですね。

「おまえな、どこをどう考えて、結論を出したらそういう発言になるんだ」

 心底不本意と言いたそうな声が聞こえましたけど、無視です。知りません。

 乙女心を弄んだ罰です。


「駅に到着ですね。今度は私に切符を買わせてください」

 ようやく止まり、隣に並んだ明さんの顔を見ます。明さんは苦笑して私を見ていました。

「仰せのままに。俺のお姫さま」

 そっと手を取り直され、手の甲に口付けされます。それは、無駄に精錬された動作でした。


 私の思考が一瞬、停止します。


 いったいどんなノリですか。相手を見てやってください、そういうことは。とにかく何を言いたいかというと――。

「こっ恥ずかしいので、本気でやめてください~」

 羞恥で悶絶できます!


 結果。

 周囲など気にする余裕もなく叫んだ私は、その場でしゃがみ込んで頭を抱えました。

 明さんがわからないです。元からよくわからない謎な方でしたけど、よりいっそうわからなくなりました。


 誰か~。だ、れ、かぁ~。解説プリーズ。

 明さんという存在を、私に理解できるように説明してください。




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