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23.衝撃の事実です。

 そうして通された部屋は、来客対応に使われるような部屋でした。テーブルとソファ、ちょっとした装飾品と観葉植物が置かれた、当たり障りのない部屋です。

 勧められるままにソファに座れば、タイミングよくお茶と茶菓子が出されました。お茶は煎茶、茶菓子は饅頭や煎餅です。

 ナイスチョイスです。日本茶には和菓子ですよね。ここは日本じゃないとか、そういう突っ込みは不要です。気分的な問題ですから。


 座り方としては明さんと私、テーブルを挟んで着物美女です。

 お茶と茶菓子を運んできた秘書さんらしき方は、それが終わると部屋を出ていきました。なので、部屋の中には三人だけです。

 勧められるままにお茶と茶菓子をいただきます。せっかく出してくれたのに、手をつけないのは失礼になりますからね。

 頃合いを見て、着物美女が口を開きました。


「改めまして。協会の長をしております、(あけ)と申します。先程は失礼いたしました。露から話は伺っています。セリさんのこちらでの住民登録をしたいとのことですが、間違いないですか?」

「それでいい」


 ……って、明さん! そんな横柄な答え方はないと思います。ここはそう、間違いないです。よろしくお願いします。とか言い様があるじゃないですか。

 着物美女は自己紹介してくれました。協会の長の朱さんと言うんですね。

 ……ぅん? 長ですか。もしかしなくても協会のトップですよね。バリバリに偉い方じゃないですか。会社だと代表取締役、社長ですよね?


「すみません。明さんは礼儀を知らないんです。ご無礼はちょっと見逃してください。私はセリです。こっちが、私がお世話になっている明さんです。こちらで生活したいので住民登録で間違いないです。よろしくお願いします」


 横柄な座り方をしていた明さんの膝をバシンと叩いてから、私はペコリと頭を下げます。

 こういう態度も明さんには似合っていますよ。今は霞んだ美形顔ですけど、それでも美形顔に横柄な悪徳社長座り。威圧感満載な空気をかもし出しています。元のインテリ風味は影も形もありません。

 でも、頼み事をしに来た態度ではないです。たとえ明さんが頼むことではなくても、一緒に来た私はお願いをしに来たんです。そのことをわかっていてそういう態度はないです。


「おまえな、いくらなんでも礼儀を知らないはないだろう。俺だって礼儀くらいは弁えている」

 隣から即座に上がった抗議の声に、私は明さんをギロリと睨み据えます。

「その態度のどこに、礼儀を弁えたと言える要素が含まれているんですか。俺サマは今更ですから仕方ないです。それも明さんの持ち味だと思います。でも、今、ここで、その態度はあり得ないです。もう一度、一から常識を学び直してください、と宣言できるレベルです!」


 そう傲然と言い切ったら、明さんが微妙な顔で沈黙しました。その、おまえにだけは言われたくない的な表情は反省していない現れですね。

 さて、どうしましょう。と考えていると、視界にふと朱さんの顔が入りました。

 私達のやり取りに、朱さんが困った様子で視線を泳がせています。露さん辺りなら、ニヤニヤと笑いながらのんびりくつろいで観察していそうですが、朱さんはどうやら生真面目な方みたいですね。


「明さんのことは置物とでも思ってください。それで、私の住民登録は可能ですか?」

 こうなったら明さんの態度は棚上げです。無視です、無視。本題である話を進めましょう。

「……ええ。大丈夫です。それで差し障りなければ確認させていただきたいことがいくつかあるのですが、よろしいですか?」

 強引に戻った本題に、一拍の間の後、笑顔で朱さんは答えてくれました。しっかりと意識を切り替えてきますね。さすがです。

 隣で明さんが何事か面白くなさそうな顔をしていますが、知りませんよ。私は怒っているんです。


「初めに言っておきます。答えられないこともあるかと思いますが、それでもよろしいですか?」

 ここに来る前、明さんに口にしてはいけない事柄の確認をしました。なので、それに触れることに対しては訊かれても答えられません。

「答えられる事柄だけで大丈夫です。先に教えていただければ、こちらでもそれ相応の対応が取れるようになる程度の質問ですから。強制的なものではありません」


 朱さんは自然に見える笑顔です。きっとあの笑顔の下では色々と画策しているんでしょう、と思われます。自然に見えるだけで、自然な笑顔ではないんですよ。今、朱さんが浮かべている笑みは。


 これだけ大きな組織のトップですから。色々とあるでしょう。無い方が不自然です。

 私、組織のトップという立場に色々と思うものがあるんですよ。

 笑顔で他人様を騙すんです。――ものすっごく極論ですけどね。

 すべての方がそうだ、と考えているわけではないです。立場的なものがありますから、仕方ない部分があることもわかっています。でも、信用できないんです。こういう笑みを浮かべる方は逆に。

 ごめんなさいと心の中で謝っておきます。


 明さんにそれが伝わらないわけもなく、私の方をチラリと物言いたげに見る視線を感じました。不自然には感じられないよう、さほど間を置かずに外れましたけど、明さんはその範囲外ですよ。


 明さんはわかりにくいようで、本当はわかりやすい方です。


「それはよかったです。どのようなことが知りたいですか?」

 こういうやり取りに笑顔は潤滑剤ですよね。心を隠す武器です。

「私達、協会は人外の者の生活圏から人間の生活圏への移住者に種族を問うことはしておりません。その辺りの部分は自己申告にお任せしています。ただ、主食が人間の臓器や血、精神など人間に関する場合は、その旨のだけでも教えていただかないとお互いのためにもならないので確認しております。失礼かと思いますが、セリさんの主食はそれらに該当しますか?」


 予想外の質問です。いささか、顔に浮かべた笑みが引きつりました。

 露さんが私のことをどのように言ったのかわかりません。ですが、この様子だと詳しい部分はまったく説明していないような気がします。

 そうなると、先程の言葉通り人間の姿に擬態した人外の者と朱さんには私の姿が見えている、ということになります。だからこその、この質問なのでしょう。

 わかっていますよ。でも、やっぱり心の中だけでも言わせてください。


 私は人間です。カニバリズムの趣味はないです!


 明さん。隣でお腹を抱えて笑わないでくださいよ。朱さんに不自然に思われるじゃないですか。

「いいえ。まったく。強制されても絶対に食べたくない物です」

 ここはもう、断固として主張させていただきますよ。考えただけでも、身の毛がよだちます。

「そうですか。先程、そちらの方のお世話になっていると仰っていましたので、共生関係にあるものかと思いました」


 朱さんに悪気はないでしょう。サラリと本当に思ったことをただ告げたように聞こえました。でも、共生関係って私が明さんの血をもらっているとでも思っていたんですか。それはあんまりです。ひどい誤解です。


 ……明さんこそ、人外の者らしいですよ。


「失礼なこと申しました」

 明さんの態度と私のかもし出す雰囲気から、何かを感じ取ったらしい朱さんは謝ってくれましたけど、これは立ち直るのにちょっと時間が掛かりそうです。本気で泣きたくなりました。

「他は何が聞きたい?」

 凹んで浮上できずにいる私の代わりに明さんが問います。


「一番肝心なことは聞けました。あとはそうですね。生活基盤はどうする予定ですか? 協会は人間の生活圏おける、人外の者の生活支援、職業紹介も行っています。必要でしたら、適宜、紹介いたします」


 職業紹介、ですか!? それはおいしいです。これからどう職を見つけるか考えていたところですから。


「力を使った異分子の排除、か? 相手を見てから言え」


 私が何か言葉を口にするよりも、明さんの反応の方が一足先でした。

 口調もそうですが、鼻で笑う明さんの姿からは相手を馬鹿にしている態度がありありと伝わってきます。

 矛先を向けられているのは朱さんのはずですが、なんとなく私も馬鹿にされているような気分になるのはどうしてでしょう。

 それに、内容もずいぶんと物騒です。


「そういう仕事もあります。何せここは万年人手不足ではありますから。ですが、その他の仕事も種類豊富にありますよ。うちほど人間の生活圏全体に伝がある組織はありませんから」


 さすがと言うべきでしょうね。朱さんは顔色を変えることなく笑顔で答えています。戦闘態勢でなければ、私ならムッとした感情がそのまま表情に出ているところです。

「こいつには力を使った仕事全般ができん。それを承知で言っているのか?」

「セリさんは力を使えなくなったので、こちらへの移住に踏み切ったと露に聞いています。詳しい事情までは聞いていませんが、そういう方も組織にはいます。こちらは人間の生活圏ですから、普通に生活するくらいなら力の有無は関係ありません。うちには人外の者に理解のある、力を持たない人間の方々も所属しています。ですから、それ相応の職を紹介できると思いますよ?」


 はあ、なるほど。露さんはそんな風に私のことを説明したのですね。前例もあるみたいですし、不自然ではないです。私には力があるらしいのに使えないのは事実です。ただ、それは初めからですが――。

 真実に嘘を織り混ぜること。それが、嘘が発覚しにくい最良の手段です。


 明さんがどうする? と言いたげに私に返答を求めています。どうやら私の好きなように答えても良いようです。

 ならば――。

「私にもできそうな仕事はありますか? たぶん無難にできることはすごく少ないです。それでも大丈夫ですか?」

 働きたいです。自立できる職が欲しいです。

 でも、ちょっとだけ弱音を吐くなら自信がないです。不安です。


 そんな私の心境を知ってか知らずか。朱さんが笑みを浮かべた顔で私を見ます。相手を安心させるような、そんな笑顔です。これは本心からの笑みですね。

「露に聞いたのですが。あの姫が陥落してセリさんには懐いた、と。一つの選択肢としてでよろしいですから、うちで小さな子達の面倒を見ることを考えてはいただけませんか?」


 ……姫って誰ですか?


 まず浮かんだ疑問はそれでした。


 陥落という言い回しも微妙ですけど、そんなことをした記憶がないです。そもそも誰かを陥落できるような特殊な技能を、私は持ち合わせていません。


 次に浮かんだ言葉がそれでした。

「万年人手不足ですが、人員が少ないわけでもありません。対応する人数に対し、仕事量が多すぎることが原因でして。その中には当然、小さな子を抱えて共働きをしている者達もいます。ここは人間だけでなく、私のような先祖返りも人外の者もいますから。子供も人間の子だけではありません。むしろ純粋な人間の子の方が少ないです。親に受け入れられなかった、人外の者の血を継ぐ子も引き取っていますから。そういう子達の面倒をセリさんには見ていただきたいのです」

「………」

 朱さんの言いたいことは理解できました。でも、なぜそれを一番におすすめするのでしょう。


「あの。私、保母さんのような仕事はしたことがないですよ? そもそも姫って誰のことですか?」

 困惑を隠すことなく顔に出しながら問い掛けます。本気でよくわかっていないんです。

「姫というのは、露の末子のことです。そして、我ら竜族の次期族長になります」


 ほ~。露さんはせっちゃん以外にもお子さんがいるんですね。しかも、次期族長。すごいです。

 私がしみじみと感心していると、明さんが私の頭をグリグリとかき混ぜました。

 なんですか、いきなり。その手は止めてくださいって何度か言いましたよね。私の髪は明さんみたいにサラサラじゃないんです。そんな風にかき混ぜられたら絡まって痛いじゃないですか。


「わかってないようだから言うが、露の末子はおまえがせっちゃんと言って猫可愛がりしていたアレだ」

 必死に明さんの手を頭から退かしていると、呆れたような声で明さんが告げました。

「え? せっちゃんが露さんの末子ですか? 露さんにはせっちゃんの上にもお子さんがいるんですね」

 露さんの年齢を考えれば、もっと年上の子がいてもおかしくないです。でも、まだまだお若いですからせっちゃんの下にだって……できますか? そういえばせっちゃんのお父さんを再起不能なほどシメてきたって言っていましたね。本気で抹殺してやろうか、なんて物騒な宣言もかましていました。


 原因が原因なだけに、当然の報いのような気もします。もし子供がいたら、私だってそういうことをする旦那さまは願い下げです。さすがに暴力に訴えるのはどうかと思いますけどね。


「……気にする部分はその後の部分だろうが」

 明さんの言葉の前に妙な間があった気がするのですが、気のせいでしょうか?

 その後の部分、ですか。え~と。確か露さんの末子が次期族長。露さんの末子はせっちゃん。ということは、次期族長イコールせっちゃん。おぉう!


「次期族長って、せっちゃんが竜族の中で二番目に偉いってことですか!?」


 それは、私にとってかなり衝撃な結論でした。

 明さんが隣で額に手を当て、わざとらしくため息をついています。

「鈍いな」

 ボソリと呟かれた言葉は、隣に居れば当然聞こえます。明さんを軽く睨みつけ――。

 ほっといてください。

 そう、内心で小さく反論しました。




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