22.お勉強は苦手です。
※今回、話の区切り上、いつもよりも短いです。およそ1500字ほど減↓
着物美女は手続きと言いましたが、私には何がどうやって手続きとなったのか意味不明でした。
書類作成が必要なのかと思いましたがそんなことはなく、水晶玉みたいな物に触れただけです。でも、ほんのちょっとですよ。チョンと突く程度の軽さです。
水晶玉が光ったり、手が水晶玉にめり込んだり、水晶玉からカードが出てきたり。
というような、ファンタジー的な反応は微塵もなかったです。まったくの無反応。ファンタジー小説の定番、便利アイテムの一種かと思ったのですが、違ったのでしょうか?
そして、水晶玉に触れることを求められたのは私だけでした。
明さんはやらなくて良いんですか? これをおかしいと思う、私の考えの方が変なのでしょうか?
声を大にして訴えたかったです。明さんに余計なことを言うな、と目で止められましたので貝になりましたけど。
明さんと私の対応の違いってなんでしょうね?
手続きが完了するまで少し待って欲しいと言うことだったので、今、私達は入り口の側にある別棟の、ちょっとした待合室にいます。
着物美女は緊急呼び出しを受けて行ってしまったので、この部屋にいるのは私達だけです。
「明さん。あの水晶玉みたいな物はいったいなんだったんですか? 私だけで明さんはやらないって、ちょっと不公平です」
お茶を出してくれましたが、待っている間暇なことに変わりはなく、ちょうど良いので先程疑問に思ったことを訊ねます。
「あれはおまえが人間の生活圏で生活するための、そうだな、身分証明を作るために必要なデータを得るための道具だ」
あんなちょっと触っただけで何がわかるんですか、と思わないでもないですけど、ここには魔術なんて便利なものが存在していますもんね。私の首に掛かっているペンダントと同じような、魔術を付与した代物なんでしょう。
でも、それだと先程の着物美女の言葉に矛盾が生じます。
「中に入るための手続きはまだですか?」
「それならその前にやっただろう?」
呆れた顔をされても、わからないものはわかりません。これといって、水晶玉を触る以外に何かをやったような記憶がありません。
もしかして途中で意識でも飛んでいたんでしょうか。
立ったまま居眠りするような神経までは持ち合わせていないつもりでしたが、この世界に来ることで今まで以上に神経が図太くなったのかもしれません。それはちょっと遠慮したい事態です。
「……安心しろ。おまえの神経が図太いのは元からだ」
失礼ですよ、明さん。何が安心しろ、ですか。その返答は逆に不安になります。
って、もしかして本気で私は立ったまま居眠りしていたのでしょうか。冗談のつもりでしたけど、事実は事実として認めないといけません。
睡眠はしっかり取らないと駄目ですね。気をつけましょう。
「セリ。結論が出たところ悪いが、違うぞ」
全然悪いと思っていない呆れた声と顔で言われても、まったく誠意は伝わりませんよ。というか、何がどう違うのか説明お願いします。
明さんが半眼で、おまえの言動のせいだとでも言いたそうに私を見ていますが知りません。すべて事実ですから。
だから、これみよがしにため息を吐かないでくださいよ。
「そんなにため息をつくと幸せが逃げていきますよ?」
「誰のせいだ、誰の!」
「誰のせいですか?」
ここには私と明さんしかいません。でも、私、明さんにため息を吐かれるようなことをした覚えも言った覚えもないです。
「明さんのせいですか?」
「……おまえとはじっくりと話し合う必要があるな」
低く唸るような台詞に、本気が見え隠れしています。ちょっ、怖いです。
「それで、何が違ったんですか?」
これはもう、強制的に話題を元に戻すべきですね。
「そもそも、いつ入るための手続きなんてやったんですか?」
今、一番の疑問はそこです。知っているなら教えてください。お願いします。
表情も取り繕って真剣に問い掛ければ、一拍の間の後に舌打ちされました。
なんですか、その反応。もしかして誤魔化してうやむやにするつもりだったんですね。しっかりと元の話題くらい覚えていますから面倒がらずに教えてください。
「ここの入り口に術が掛かっている。どんなものか説明するのは面倒だから割愛するが、それに弾かれなければ表の一部には出入り可能だ」
やっぱり説明が面倒だから誤魔化そうとしていたんですね。
ジト目で見れば、同じくジト目で見返されました。
「おまえが気にするのはそこなのか?」
その声が、だから説明する気にならない、と副音声付きで聞こえた気がしました。
「この期に及んで重要な説明を割愛した明さんに言われたくないです。でも、とりあえずの疑問は解消しました。ありがとうございます。できれば、割愛した部分の説明もお願いします」
明さんが嫌そうな顔をしました。
何がそれほど説明を渋る原因になっているんでしょう。ここまで言いたくなさそうな素振りを見せるということは、何か私が知っては困る話の類いなのでしょうか?
「明さん。私が知って困るような機密的なものは話さなくて結構ですよ? それならそうとはっきり言ってくれた方が助かります。自分で言うのもなんですが、私、鈍いので」
少し驚いたような顔をした後、明さんは苦笑しました。
「鈍いという自覚があったのか……」
驚いた部分はそこですか。
そんなしみじみと呟かないでくださいよ。これでも傷付くんです。
「悪い。別に知られて困るような代物でもない。ただな、見えない感じない認識できない者にその手の類いを詳しく説明するには、説明される方に相応の知識量が求められる。どれか一つでも適正があればなんとなく自ずとわかることも、まったく適正皆無なおまえでは無理だろう。わからなかったことが、それを証明している。だから今、説明したとしても互いに無駄なことをするようなものだ。それでも聞きたいか?」
それはちょっと面倒なことですね。どうせ聞くなら理解したいです。でも、こうも無駄になると断言されてしまうと――苦手意識が前面に出ます。人生は常に勉強ですけど、お勉強は好きではないです。
仕方ありませんね。ここは私が引きましょう。
「詳しく聞くのは遠慮しておきます」
明さんの言うことがすべて真実とは限りません。今回、ちょっと怪しいんですよ。誤魔化された感が拭えません。ですが、それも含めてもこれ以上は突っ込まないことにしましょう。
知る必要があるなら、いずれまたその機会が訪れるはずです。その時は教えてくださいね。
にっこりと笑みを向ければ、明さんも笑みを返してくれました。
う~む。黒い含みのなさそうな美形の笑みは眼福ですねぇ。霞んだ美形顔なので目に痛くないです。
って、笑みが消えましたよ、明さん。お馴染みの呆れ顔になっています。
「……おまえの頭の中身は意味不明だ」
それは――お誉めにあずかり光栄です、と言うべきですかね?
明さんが額に手を当て、顔を覆ってため息を吐いています。
「誉めてない」
その隙間から唸るような否定の言葉が聞こえます。
……ですよね。わかっていますよ。だって、冗談ですから。明さんの特技を逆手に取った意趣返しです。まさかうまくいくとは思っていなかったんですけど、奥が深いです。
「……本気のように思えたんだが?」
顔を見せた明さんの声が、少々恨みがましげです。
「冗談は本気も交えていないと真実味がないじゃないですか。それでは面白くないです」
ですから今回の場合、半分くらいは本気だったんですよ~。
明さんが何事か考えるような難しい顔付きになり、結論が出たのかニヤリと笑いました。この笑い方に良い思い出はないです。たぶん、妙なことを言い出す前兆です。
テーブルに置かれたお茶に手を伸ばし、私は関係ございませんと他人事の様相を装います。
「よ~くわかった。俺もこれからはおまえにそういう態度で挑もう」
結果、宣戦布告されました。
「結構です。遠慮します。勘弁してください、お代官さま」
……今、私の中でお代官ブームでも起きているのでしょうか。自分で自分のことがわかりません。
それは明さんも同じなのでしょう。悪徳商人な笑いが苦笑に変わりました。でも、この笑みが一番ホッとする笑みなんですよね。
妙にしみじみとしていると、ドアをノックする音が聞こえました。返事をすれば、ドアが開いて着物美女が顔を覗かせます。
どうやら着物美女の用事も私の手続きも終わったようですね。さて、どういう風に転がることやら。
場所を移して、話し合いに突入と相成りました。




