21.協会に到着です。
私が頭の中で唸っている間にもSLもどきは進みます。二駅はあっという間でした。ですが、街の雰囲気はがらりと変わっています。
乗った駅のある街が郊外のベッドタウンのような雰囲気であるのに対し、こちらの駅がある街は主要都市な雰囲気です。
駅舎も立派でしたが、駅舎から出て広がった景色に圧倒されました。周りが高層ビル群です。
どこから生えたんですか、このビル達は。
なんとも間が抜けた感想が頭に浮かびました。
「さすがに、こんなものは自然発生しないな」
私に合わせて立ち止まった明さんが隣で苦笑しています。
「当たり前です。竹の子じゃないんですから」
私の反論に、明さんが微妙な顔をしました。
竹の子はおいしいですよ。ただ、ニョキニョキと地中で根が届く範囲ならどこにでも生えるのは難点です。成長速度も早いので、後で取りましょうとか思っていたら、一日後にはおいしく食べられる時期を逃してしまったということもあります。あれは手痛い失敗でした。
「このビル群から竹の子を連想して同列に扱う、おまえの感性が俺には理解できん」
失礼な。同列じゃないです。
灰色のビル群なんて目の保養にもなりません。竹は管理さえしっかりすれば、加工次第で食器に箸に家具にと有効活用出来ますし、春先には竹の子狩りだって出来るんです。
竹の子は、煮物にも炊き込みご飯にもそのまま焼いてもおいしいです。竹林だって緑が目にやさしいんですよ。
これのどこが同列だって言うんですか。
ドヤ顔で明さんを見れば、何かを諦めたような顔でため息を吐かれました。
「……行くか」
短く告げて、明さんが私の手を引いて歩きます。
誤魔化しましたね。私は真っ当な考えを述べただけですよ。食べられる物は偉大です。
「おまえの主張はよくわかった。わかったから、何も考えずに歩け」
歩いていますよ、明さんの手に引っ張られるようにして、ですけど。無心になれなんて不可能なこと、要求しないでください。努力はしますけどね、努力は。
……この手はいったい、いつまで繋ぐつもりなんでしょうね。
「明さん。そろそろ手を繋ぐことに飽きませんか?」
主要都市規模の街並みだけあって、道を歩いている人々の数も多いです。そして、そのすべてが人間です。もしかしたら違うかもしれませんが、人間の外見をしています。
ただ人種は様々です。白色人種、黄色人種、黒色人種の三代別は確実にあります。
当然のごとく、彼らの中には日本人顔の方もいました。同じ黄色人種アジア系でも微妙に違ったりしますから。欧米系の顔付きには疎いので、私には詳しく語れないです。
服装はスーツが一番多いですが、カジュアルウエアの方達もいます。民族衣装の方達はほんの少しです。
そんな人種のるつぼな場所なので、現在の明さんならあまり目立たないことが判明しました。整い過ぎた超絶美形顔だったら埋没は不可能でしたけど、今の霞んだ美形顔くらいなら近くを通った女性が少しの間目を奪われるくらいの反応があるだけです。
ですが、相手は明さんですから、その姿をまったく気にした様子はないです。
その反応こそ、私はすごいと思います。
総スルーですか。中には美人さんもいましたよ~。きれい系のお姉さまが私のことは眼中に無く明さんに秋波を送っていましたが、それすら無反応で無視していました。
私の問いに対しても、明さんからの答えは返ってきません。明さんは私よりも少し前を歩いているので、その表情ははっきりとわかりません。
ということで。
「この中には人外の方も交じっているのですか?」
質問を変えてみました。明さんがチラッと私を見た後、再び前を見て歩きます。先程よりもその歩みが早いです。質問前は私が普段通りに歩けるくらいの速度でしたが、今は早足でないとついていけないくらいに速度が上がりました。
もしかしなくても、こんな他人の耳目がある場所で話題にしてはいけない話だったのかもしれません。
「その話は後でな」
明さんが囁くように告げます。どうやらその通りだったようですね。失敗しました。
何が口にして良い話題でどれが駄目な話題なのか判断がつかない以上、ここは黙るしかないですね。
「わかりました」
素直に了承して、私は歩くことに専念します。
自意識過剰でしょうか。
妙に絡み付くように感じる、周りから向けられる視線がものすごく煩わしいです。
目的の建物に着いたらしく明さんが止まりました。
「ここですか?」
目の前にそびえているのは、周りの高層ビル群からすればこぢんまりとしたビルの前でした。ただ、このビルの後方には自然公園のような、場違いに思えるほどの緑が広がっています。そして、その緑に埋没するようにちらほらと建物が見えます。ここから先は自然と調和することを目指して作られた区画なのでしょうか。
「このビルが協会本部だ」
協会は想像したものとは違いました。もっと巨大なビル……。
「ここから先の森林地帯は、すべて協会の敷地だ」
……想像よりも規模が大きいです。大き過ぎです!
「明さん。この先って、私に見える範囲はすべて自然公園のような森林地帯なんですけど――」
人間の生活圏全土に及ぶとは聞いていましたけど、どれだけの規模ですか。規模が大きいですし、本部ということは他所にも協会関係の建物があるんですよね。
こんな都市部の中に森林地帯を維持して、すべて協会の敷地って――協会という組織を、甘く見過ぎていたようです。
「気にするな。ここは見掛け倒しだ。万年人手不足の貧乏性――」
「うちの悪口をうちの前で堂々と告げるとは、いい度胸しているじゃないか」
声のする方を見れば、明さんの後ろに背の高いスレンダーな着物美女がいました。
着物に合わせてしっかりと結い上げられた髪は淡い水色で、その瞳は群青色という人間にはあり得ない色を持っています。ですが、その姿は人間のものです。見える範囲にその他の要素は見当たらないです。
いつから後ろにいたんでしょう。これほど目立つ髪と姿をしていたら気づきそうですが、声を掛けられるまでサッパリでした。
隣の明さんは気づいていたのか、余裕な態度で酷薄な笑みをその顔に浮かべています。
……って、え? これ、明さんですよね?
目の前の女性よりも、明さんの方が驚き桃木山椒の木でした。この方、こんな顔もするんですね、と繁々とその顔を観察します。
「事実を言って何が悪い」
完全に喧嘩売っていますよ、その言葉。浮かべたその笑みといい、相手が受ける印象は最悪なはずです。
初対面の方に喧嘩を売るのが明さんの趣味ですか。なんて迷惑な趣味でしょう。
他人の趣味をとやかく言う権利は私にはありませんけど、私とは関係ないところでやってください。他人の喧嘩に喜んで巻き込まれるマゾっ気は、私にはないです。
馬鹿にしたように鼻で笑う明さんは、たとえその容姿が霞んだ美形顔で、元の雰囲気がインテリ風だろうとも、雪女並の冷気を放っています。
眼鏡が冷気を更に冷たく感じさせるのに一役買っていました。完全に眼鏡の役割が変わっていますね。
それでも明さんの化けの皮は剥がれていません。もしかして、この態度は芝居ですか?
「見かけない顔だな。うちに依頼をしに来たとも思えない態度だが、反協会派の連中にも見えない。そちらのお嬢さんは人外の者みたいだが、もしかしてうちに就職に来たのかな?」
前半は明さんに値踏みするような鋭い視線を向けて告げ、後半は私ににこやかな笑顔を見せながら告げるという器用なことをしてくれた着物美女さんですが――間違っています。
「就職じゃない。ただの顔見せだ。こちらに住む以上、協会に顔を出しておかないと後で色々と面倒なことになるからな。勝手に拘束や処分をされては困るから来ただけだ」
それはすべて事実です。ですが、やはり喧嘩を売っているようにしか聞こえません。内容は普通なのに、今の明さんが口にすると、何か文句でもあるかぁ、ぁあ? というガラの悪い言葉がその後に付け足されて聞こえます。
私の耳がおかしいんですか? それとも明さん。本気で喧嘩を売りに来たんですか?
「無作法な男には訊いてないよ。私はお嬢さんに訊ねたんだ」
着物美女の顔から笑みが消えました。無表情ですが、それが逆に彼女の怒りの深さを感じさせます。
「無作法な女には無作法で対処しただけだ。この敷地内で他人の背後に気配を消して近づくのは、反射的に殺されても文句は言えん所業だが、それは無作法には入らないと?」
明さんの指摘に一瞬目を見開いた後、着物美女は顔をしかめました。
「……私はあなた方を試したつもりで、逆に試されたわけだ」
そう呟いたかと思うと、ピンと姿勢を正して着物美女が頭を下げます。
「申し訳ありません。私が浅慮でした。あなた方のことは露から聞いております。詳しいお話は中で致しましょう」
「その必要を感じん。顔は見せた」
取りつく島もない明さんの言葉に、顔を上げた着物美女は慌てた様子で告げます。
「すべて私の一存です。申し訳ありませんとしか……」
背を向けかけた明さんと繋がれた手を私は思い切り引っ張ります。
「明さん。意地悪はいけませんよ。着物美女の態度に問題があったのかもしれません。でも、私からすれば明さんの態度もほめられたものではなかったです。着物美女は自分の非礼を謝りました。これ以上の謝罪は必要ないですし、何よりここに来る必要があったのは私です。私はまだ、こちらに用がありますから手を離してください」
こちらの常識に疎い私には、明さんと着物美女のやり取りは謎な部分が多いです。なので、内容に関してはどうのこうの言える立場にないです。けれど、潔く自分の非を認めて謝った方に、その行為を無下にする態度を取るのもどうかと思います。実害はなかったのですから。
正義の味方でいる必要はないでしょうが、わざわざ悪役のような振る舞いをする必要もないんです。
それに――。
「明さん。本当は着物美女がどう対応するのか楽しんでいますよね。悪趣味です」
内心で笑っていたでしょう。本気かと疑いもしましたが、これは芝居なはずです。私の目は誤魔化せませんよ?
その言葉が正しいことを示すように、背けられていた明さんの肩が小刻みに揺れました。
着物美女が困惑した表情をしていますが、もう少し待ってくださいね。明さんの芝居をぶち壊して見せます。
「趣味を持つのは良いことです。でも、他人様に迷惑のかかるような趣味は公害にしかならないので止めてください。そういうことをしていると、もてませんよ? 美形顔の効果も半減です」
明さんが非常に嫌そうな顔で私を見ました。でも、私は意見を翻す気はありませんから。今更後悔しても遅いんですよ~だ。
「……セリ。言いたいことはそれで全部か?」
今のところは全部ですが、何か声に不穏なものが含まれている気がします。図星だからって、不機嫌にならないでください。
明さんの暗緑色の瞳をじっと見つめ返します。先にそらしたのは明さんの方でした。
勝った。私は勝ちましたよ!
心の中でガッツポーズをしながら勝ちどきを上げていると。
「まともな反応を期待した俺が無謀だったんだな」
明さんがじみじみと納得した様子で呟きました。
……私の反応はまともですよ。そのはずです。
明さんの暴言な呟きに反論していると。
「理解していないようだから言っておくが。俺はな、この顔に寄ってくる輩なんぞ必要としていない。迷惑だ。もてなくて結構」
きっぱりはっきり言い切った明さんの言葉は、ほんの少し触れただけでもスッパリと切れそうな刃物です。ですが、諸刃の剣です。
「明さん。いつか刺されますね」
これは親切心からの言葉です。
これぞ、もてる男の傲慢ですね。いったいどんな女性遍歴をしてきたのやら。いえ、返答は不要です。
赤裸々で生々しい他人様の恋愛事情は、まったく見ず知らずだから楽しめるんです。知っている方の話だと色々と支障が、ねぇ。その後そういう目でその方を見てしまうじゃないですか。
どういう目って聞かれても答えられませんけど。
「すべて返り討ちにすれば済むことだ。問題ない」
不敵に笑っていますが、笑い事じゃないです。明さんなら確実にそうしますよね。愚問でした。
いつか明さんに刃物を向ける輩の方を、私は心配するべきだったんですね。
とにかく。
「ご覧の通り。明さんはこういう方です。俺サマで毒を吐くことも多々ありますけど、基本親切で悪気はないんです。このままここで立ち話もなんですから、できれば中でお話をしたいのですがよろしいですか?」
蚊帳の外で私達のやり取りをポカンと立ち尽くして見ていた着物美女に話し掛けます。
すみませんね、お待たせして。
心の中で謝っておきます。明さんを普段仕様に戻すのに手間取りました。
さすがというべきか。着物美女はキリリと表情を引き締めたかと思うと、
「ぜひに。中へどうぞ。ただその際、簡単ではありますが手続きが必要になります。よろしいでしょうか?」
こちらに合わせて話を進めてくれました。そのことに明さんが舌打ちしています。
手続きが必要なのは当然ですよね。これだけの規模です。機密情報もあるでしょうから、建物内のセキュリティだってしっかりしているでしょう。無関係な者に中を荒らされたりして情報を持っていかれないためにも、警備上必須項目です。
「大丈夫です。明さんも良いですよね?」
無理だったらここでお別れですね。今までありがとうございました。
「おまえ、わざと言っているだろ?」
あら、やっぱりバレていましたか。
「本音で言えば、一緒に来て欲しいです」
心細くはあります。でも、これは私の問題ですし、何より明さんにだって都合というものがあります。無理強いはできません。
「俺は付き添いだ。それ以上でもそれ以下でもない。おまえが行くって言うなら付き合ってやる。だが――」
言葉を区切った明さんがニヤリと笑いました。
続く言葉は私にとってよろしくないことですね、確実に。身構えて続きの言葉を待ちます。
「手はこのままでいろ」
……それが条件なんですね。
私はガックリと肩を落としながら、己の敗北を悟りました。それでも話を進める役目は私がすることです。気力で着物美女を見ます。
「交渉成立です。お待たせいたしました」
これ以上待たせるのは申し訳ないですからね。着物美女が微笑ましそうな顔をしているのが、心に痛いです。
これは確実に妙な勘違いをしています。
私と明さんは赤の他人です。そういう関係ではないです。
声を大にして宣言したいですが、それを本当に実行したらそれはそれで痛い人のような気がします。
口に出されない内は否定できないというもどかしさ。無念です。
「では、中へ入りましょうか」
着物美女が案内するために、私達に背中を見せました。
コッソリとため息を吐き、隣の明さんを恨めしげに見上げます。
「どこまで計画通りですか?」
小声で訊ねれば、
「ほぼ予定通りだ」
泰然とした答えがありました。
……どうやら完全に、明さんの手の平の上で転がされたようです。
着物美女の後を追って歩きながら、隣に文句を言います。
「性格が悪いです」
ですが、明さんは上手です。
「何度目だ、その台詞。今更だろう」
ええ、まったくです。そこで気にもしないのが明さんです。
余裕な笑顔ですけど、それが頼もしいのではなく、今は逆にものすごく腹立たしいです。
「ただ――誤算はおまえだな」
小さく呟かれた言葉は意味不明でした。
私がなんだと言うんでしょう。
明さんは曖昧に笑うだけで教えてはくれませんでした。
何はともあれ、協会に到着です。




