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16.引越し先はどこですか?

「竜族は基本、雌が強い。ただ、部族によって考えが男尊女卑と女尊男卑で真逆だから揉める揉める。露のところは女尊男卑、あっちは男尊女卑だからな」


 解説ありがとうございます。根が深いことだけはわかりました。

 でも、そんな他人事のようにしみじみ呟かないでくださいよ、明さん。


「俺には他人事だ」


 しれっと心の突っ込みに肯定されました。確かに他人事でしょうけど、私も他人事になるんでしょうけども、ねぇ。


「そうだとしても解せません。なぜ、ここから逃げなければならないほど、この街が荒れるのか」


 原因はわかりました。ですが、それにしては規模がやはりおかしすぎます。この街はけして小さくないです。私の目には大きな街として映りました。


「それはな、これを煽る奴らがいるからに決まっている。面白おかしく触れ回った奴らは、規模拡大にも手を貸して高みの見物を洒落こもうとしているだろうが……露が逃すはずもない。渦中に巻き込まれるのは自業自得だ。そうなれば、その他のしがらみも芋づる式に引火するに決まっている。この地は様々な種族が緊密に街や集落を作っているわりに、考えや方針はバラバラでまとまりがほとんどないから反りが合わないこともざらだ」


 そう言って心底おかしそうに笑える明さんの神経がすごいです。でも、見習いたくないです。性格が歪みそうなので。

 嫌ですね。睨まないでくださいよ、本当のことを言われたからって。大人気ないです。

 最後の言葉に明さんが怯みました。

 おお、この手は使えるみたいです。と感心していたら……。

 すみません。悪乗りしました。……明さんの顔が怖い笑顔です。


「それはもう、避けられないことなんですか?」


 余分な追撃を避けるために話を戻しました。くわばら、くわばら。

 真面目な話、抗争ともなればこの街自体も無事で済まない気がします。この部屋から見える範囲でしかわかりませんし、この街の方に特に親しい方はいません。でも、無関係な方々まで巻き込まれるのはどうかと思います。

 理由が理由なだけに――。


「無理だな。それが竜族だ。だが、暴れて気が済めば、すぐさっきまで争っていた奴とでも笑顔で肩を組み合うような奴らだからな。加減はわかっているさ。で、巻き込まれたくない奴らはそれまで避難だな。外を見てみろ。いつになくざわついているだろ?」


 窓辺に移動して外を見れば、確かに慌ただしいです。

 防音なのか、外の音はまったく入ってこないんですけどね。だから、今までまったく気づきませんでした。

 皆さん、荷造りしたり、お店を畳んだり、大荷物を背負って移動したり、台車に乗せて引いていたりと、大忙しみたいです。

 あれ? 大荷物で移動する方々は皆、同じ方向を目指していますね。あの方角にある物って確か――。


「大木、ですね」

 どこからでも見えて天まで届きそうな、例の大きな木です。

「あそこが避難所ですか?」

 皆さん、なんだか慣れている気がします。慌てている方なんて皆無です。


「あの木に住む奴らは、いつも争いには加わらない。争いをあの場に持ち込まないことを条件に、臨時難民の受け入れもやっているんだよ。不可侵条約が事前に定められているから、あの木の辺りだけはいつでも無事だ。私もあそこの奴らに喧嘩は売りたくないね。まだ死にたくない」


 振り返れば、そう告げた露さんが身を震わせていました。よっぽどですね。

 だというのに――。


「そうか? あの連中、単なる引き籠りじゃないか。頭の固い偏屈集団。何が楽しくてあんな辛気臭い場所から出てこないんだか」


 明さんに掛かれば形無しですね。さすが俺サマです。


「それは私も思わんでもないが、あいつらの戦闘能力はこの辺りで一番だぞ。しかも、統率された集団戦闘を得意とする。――私には勝てん」


 悔しそうに露さんが自分の負けを告げます。ですが、その言葉に明さんは思うところがあったのか首を捻っています。


「喧嘩を売る気があるなら、今度時間がある時にでも勝てる方法を教えてやろうか?」


 そして、まるで喧嘩を売って勝ったようなことを口にしています。

 一瞬、聞き間違いかと思いました。ですが、そう聞こえたのは私だけではなかったようです。露さんが驚愕の面持ちで口を開きました。


「明よ。その言い分だと喧嘩を売って勝ったような口振りだな」

「当たり前だろ。俺が負けるか」


 そこ。当然のように肯定しないでください。

 いったい何やっているんですか、明さん。


「……私が知る範囲で、あいつらに勝ったというような話は聞いたことも無いんだが?」


 露さん。気になるのはその部分ですか。突っ込むのはそれ以外の部分でしょう。

 内心ハラハラと二人の会話の成り行きを、手に汗を握って聞いていたのですが。


「おまえが生まれる前の話なら知らなくてもおかしくないさ。おまえの所の集落で知っている可能性があるのは、最長老くらいじゃないか?」


 ……どんだけ昔ですか。


 明さんの回答に呆れを通り越して、微妙な気分になりました。

 確か、露さんは三百四十六歳と言っていました。その露さんが生まれる以前の話。最長老と言われる方が何歳なのかはわかりませんけど、とんでもないほどお年寄りだろうことは想像できます。しかも、その方すら知っている可能性がある、くらいでしかない大昔なんですよね。


 当然、明さんの年齢はその更に上になります。中身もそうですけど、外見もそんなことはまったく感じさせませんけどね。


「どんだけ若作りしているんですか!?」


 最終的に、疑問はその一点に絞られました。

 そして、私は空気が一瞬で凍りつくという、言葉ではない実体験をしました。凍ってこのままご臨終になるかと思いましたよ、本気で。


 年齢の話は男女関係なくデリケートな話題みたいです。


 私が凍死しかけている時、明さんがあからさまに凹んでいたと、後で露さんがこっそり教えてくれました。

 反省です。これから年齢話はタブーですね。気を付けましょう。


「それで、やっぱりこの街をすぐに出るんですか?」


 どこかに行きっぱなしな話を再び修正します。私のせい、という突っ込みは不要ですよ。

 街の人達があの様子では、やはり逃げた方が良いくらいには危ないことはわかりました。そこはもう否定しません。するだけ無駄ですから。


「ああ。早い方が良い。おまえに荷造りしろとは言わん。良ければすぐにでも行く」


 明さんは急かしますが、身一つでっていうのは無茶です。ここに来たのは身一つでしたけど、今は身の回りの物、主に着替えなんかの洋服とかはあるわけでして、それらはやっぱり最低限でも必要ですよね。

 それに――。


「行き先はどこですか? 街の方達と同じくあの大木ですか?」


 色々あったみたいですけど、昔のことは水に流されていますよね、きっと。当時、生きていた方すらいるかわからないくらいの年月が経っているようですし、明さんのことを覚えていることもないでしょう、たぶん。

 ――絶対と言い切れなかったのは、明さんのニヤッとした意味ありげな笑みのせいです。


「そんなわけあるか」


 それはどちらに対する否定ですか。口に出した言葉に対してか、内心の言葉に対してか、どっちです?


「両方だ」


 堂々と言い切ってくれましたけど、せめて内心の方だけでも否定して欲しかったです。それが私の正直な思いでした。

 本当に何をやらかしたんでしょうね。いえ、内容は知りたくないですよ。知らない方が私の平穏のためです。自己防衛です。

 だから、明さん。そこでいかにも残念そうに舌打ちしないでください。


「では、どこに行くんですか?」

「人間の生活圏に行く」


 今度はしっかりと答えてくれました。でも、そこってここからものすごい遠くにあるって言っていませんでした? 私、体力無いです。

 現代日本人のひ弱さをなめてはいけません。地方へ行けば行くほど歩かないんです。移動は基本、車ですから。特に鍛えているわけでもない私に自力での長距離移動は無理です。

 私、ここに来てから車らしき物は一度も見ていません。馬車に似た何かなら見ましたけど、引いていたのは馬ではない別の生物です。


「あっちの方が発覚する確率は高くなるが、外見が同じ分おまえにとっては楽だろう」

 周囲に埋没するには、外見が同じことは重要です。そう言ったのは私です。忘れていません。それはそうですけどね、明さん。

「私に歩いてそこまで行けと言われても、到着する前に遭難、あるいは行き倒れるのがオチです。自慢しますが、私、体力が無いです」


 自慢の使い方が間違っている気もしますが、今回の場合これで良いと思います。

 体力も無いですけど、筋力も握力も平均か平均よりも少ないくらいなんですよね、私。

 昔から運動全般がダメダメでした。努力でなんとかなると思っていた時期もあったんですけどね~。遺伝子の壁は思ったよりも厚くて、突き破る前に心が屈服しました。苦い思い出です。


「誰がそんなことを言った。おまえの外見を見れば、体力が無いことくらいわかる。俺はそんな奴を丸裸同然で外に出すほど鬼畜か?」


 呆れたような顔を繕っていますけど、チラチラ私の反応を探って楽しんでいるのが見え隠れしていますよ。


「鬼畜……というより酔狂でしょう、明さんの場合」


 鬼畜説も外れではないような気がしないでもないですけど、肯定されても困るので知りません。感知しません。したくないです。

 知らない方が良いことって世の中にたくさんありますから。

 ミザル、キカザル、イワザルです。


「空間転移だ」

 私の内心の葛藤を聞いた上で、とりあえず突っ込みはしないことにしたようです。明さんが楽しそうに笑いながらも答えを教えてくれました。

「空間転移ってせっちゃんがご飯食べに行く時に窓をすり抜ける術と同じようなものですよね、言葉の雰囲気的に。それでそんな所まで行けるんですか?」


 そう言えば露さんが明さんなら私を人間の生活圏にほんの瞬きくらいの時間で連れていける、みたいなことを言っていましたね。色々、別の衝撃ですっかり忘れていました。

 でも、驚きです。どれだけ便利な世の中なんでしょう。

 魔術って偉大ですね。私、使えませんけど。


 せっかくファンタジー世界に来たんですから、使えたって良かったじゃないですか。なんで使う才能ゼロ宣言なんでしょう。神さまは意地悪です。


「……微妙に違うんだが、同じようなものだ。術者の質が違うからな。同じような術でも威力が違う」


 明さんの言葉に抗議するように、鳴き声が上がります。そちらを見ればせっちゃんが牙をむいて怒っていました。

 いつの間にか起きたんですねぇ、せっちゃん。

 露さん、笑っていないでせっちゃんを宥めてください。今にも明さんに飛び掛かって行きそうじゃないですか。

 そして、明さん。せっちゃんを煽るように鼻で笑わないでくださいよ。性格が悪いですよ。大人気ないです。


 半眼で見れば、さすがに自覚があったのか、明さんがわざとらしく咳払いをして誤魔化しました。

 今回は誤魔化されてあげます。だから、早く説明の続きをお願いします。


「荷物の方も術でなんとでもなるからまとめる必要はない。セリは身一つで移動するだけだ」

 本当に魔術というのは便利ですよね。これさえできれば生活に困らなそうです。

「セリ。その顔だと誤解していそうだから言っておくけど、術は万能じゃない。術を可能にしているのは潜在的に持って生まれた資質と才能だけど、なんでもかんでも術で済ませられるものではないんだよ。特に、ウイの一族は別格だということを忘れてはいけない」

 感心していたら、露さんに諭されました。


 明さん個人でなく、その一族そのものが別格ですか。


「そうだ。だから、俺達は制約に縛られる。どの種族よりも深く強く。世界の理を理解し得る代わりに、それを強制される。この命すら……傀儡だ」


 表情の消えた顔で、抑揚の乏しい声で明さんが告げます。良くも悪くも普段はなんらかの感情を映す暗緑色の瞳すら、今は何も感じられません。

 これもまた、明さんなのでしょう。いつもは存在感があり余っている状態なのに、今はその存在すら希薄です。


 その時。

 明さんの言葉をまるでのろいのようだと、私はほんの少しだけ思ってしまいました。

 できれば、その思いだけは明さんに伝わっていて欲しくないです。


 窓とソファ。この距離感が、少しでもその障害になっていてくれませんか?




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