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15.犬も食わないアレですよね……。

「さてと。セリと話しているとどうにも本題がどこかへ行ってしまうが、戻すぞ。ご覧の通り、術は失敗することなく掛かった。あとはセリにそれを着けてもらって状態を確認するだけだ」

「そうだな。着けるか」


 ムッとしたことは顔に出ていたでしょうに無視られました。気づいていないってことは絶対にないはずです。特に明さん、気づいていて無視ってますね。


 私の手からペンダントを取った明さんはなんの躊躇いもなくチェーンの継ぎ目を外してそれを私の首に回します。なんというか、明さんに正面から抱き締められているような錯覚を起こしそうです。だから、なんだって話かもしれませんけど。


 う~ん。やっぱり何か違うんですよね。

 普通の男性だったら、こんな風にされる時点で、というかされる前に物を奪い取って阻止しています。緊張、硬直以前に、傍に無闇に近づかれるのすら嫌なんですよ、私。

 男性恐怖症とまではいかないと思いますけど、どうにも生理的に馴染めないんですよね。別に同性愛者ではないので、恋愛は異性としたいものですが――。

 それ以前の問題かもしれませんけど、それはそれ、これはこれですからね。


 ん? なんか明さんの手が不自然に揺れませんでした、今。

 あ。着け終わったんですね。


「ありがとうございます。それでどうですか? 何か今までと違って見えますか?」


 あまりこういう物を着け慣れていないので、首元に違和感があります。でも、それだけです。私には何がどう変わったという感じはゼロです。


「ま、これならなんとか誤魔化せるか」

 明さんが微妙な顔で微妙な感想を口にします。

「まあ、あからさまではなくなったね」

 そして、露さんも似たような表情で曖昧な相槌をします。


 これはもしかしなくても予想よりも結果が芳しくなかったということですね。

「あの、どの程度マシになったんですか?」

 重要なことですから、自分ではわからなくても理解しておかなくてはいけません。


「そうだね。異人には完全に見えないけど、人間とも違う別の生物って感じかな?」

「そうだな。外見は人間だけど中身がなんとなく違うから、人間の姿に擬態した人外の者と考えることが一番無難に思える、と大抵の者が思うくらいには変わったな」


「………」


 私、今まで人間に見られていなかったんですね。

 人間以外のモノになったつもりは一度もなかったんですけど……。


 訊いたのは自分ですが、地味に傷付きました。


「そう見えるのは、それなりに強い力を持った奴だけだ。そこらにいる奴らなら、今のおまえは普通の人間にしか見えてない」


 私が凹んだのを読み取った明さんが、慰めるように言葉を取り繕います。でも、あまり意味なさないですから、その言葉。

 だって、明さんにも露さんにも私は人間に見えていなかったってことですよね。もしかしてせっちゃんにもそう思われていたんでしょうか?

 それは悲しいです。


「アレなら普通におまえを妹認識していたぞ。種族なんて関係無しに」

 アレってせっちゃんのことですか? 胡乱に明さんを見れば、なぜか微妙に身体ごと引かれました。ほんの少しですけどね……その態度は失礼です。

「泉ならセリのことを気の効く可愛い妹ができたと喜んでいたな」

 私の心の声が聞こえてないだろう露さんが、明さんの言葉から何を話しているのか察して、その言葉を援護するように言いました。


 妹。妹、ですか。ちょっと複雑です。

 いえ、嫌というわけではないですよ。せっちゃんは可愛いですし、いずれは露さんのように人型にもなれるわけで……でも、今は手の平サイズの白毛玉でして……いえ、これ以上深く考えては駄目ですね。


 考えるべきことは他に山とあります。って、明さん。笑わないでください。露さんが不審な顔をしています。

 ほら平常心、平常顔で平常運転をお願いします。


「とにかく、とりあえず大丈夫ってことですね」

 不自然な話の区切り方だろうが構いません。明さんが余計なことを言う前に話題転換です。

「まあ後は何かあったら明がなんとかするだろう」

 露さんからオッケーが出ました。明さんに丸投げとも言えますが、それでも良いんです。


「では、私は外に出ても良いってことですね?」


 部屋の中にずっといる必要があるならこんな措置は必要ないわけです。なら、なんのためと考えれば私を外に出してくれるため、ですよね。


「珍しく察しが良いじゃないか」


 私、かなり真面目なお話を真剣にしていたつもりなんですけどね。明さんが茶化してくれました。

 かなり切実な問題だったので、その態度にちょっとムカッときます。睨みつけたのに明さんは苦笑いするだけです。まったく堪えていません。


「そのための措置なんだろう?」


 露さんも明さんの真意は聞いていなかったようです。

 私達の視線の先で明さんはなおも苦笑していましたが、頷いてくれました。

「出て良いんですね。今更嘘だって撤回したって駄目ですからね。絶対ですよ」

 念を押しておきます。

 ぬか喜びだったら、いっそう傷は深くなるんですよ。それはもう、どん底のごとく。

「ああ。この部屋から出てもいい」


 言質、取りました。


 わ~い。これでこの間の八百屋さんにお礼に行けます。明さんの気迫に負けてあれよあれよという感じでしたから、もう一度お礼も兼ねて行きたかったんですよ。

 あの時にもらった蜜柑は本当においしかったですし。何より縁もゆかりもない、通りすがりの迷子な私に親切にしてくれました。


「ただし――」


 浮かれている私の思考に水をさすように明さんが言葉を続けます。

 条件ですか。背に腹は変えられませんが、呑めるかは別問題です。なんでもいいから、とは言えません。


「この街では駄目だ。移動する」

 口に出す前に、先程の私の考えは拒否されました。

「どうしても駄目ですか?」

 それでも諦めきれずに訊きました。時間も経って今更ですが、それでもなるべく礼を失したくはないです。


「駄目だな。ここはこれから荒れる。その前にずらかるぞ」

「……なんだか夜逃げ前のような台詞ですね」


 もしかしてお金が底をついて夜逃げ決行でもするんでしょうか。私というお荷物もいきなり増えて、余分な出費もかさんでいるでしょうし。


「……おまえが十人増えようが百人増えようが生涯養えるくらいの金はあるし、稼ぐ当てもある」


 一瞬驚きに目を見開いた後、笑っていいんだか呆れていいんだかわからん、とでも言いたげな微妙な表情で明さんが私を見ました。

 ずいぶんとお金持ちなんですね~。声に心外だと言いたそうな響きが見え隠れしていますよ。

 まあ違っていたなら、私の発言はずいぶんと失礼です。言葉は選ぶべきでした。反省です。


 そして、ただの例えでしかないとわかっていても、突っ込みたくなるのが私の性分です。

 私は十人も百人もいませんよ~。ゾンビが存在するくらいですから、ドッペルゲンガーもここには存在するんでしょうかね?

 おっ? 明さんの表情判断からすると、それはさすがにいないみたいですね。よかったです。明さんの超絶美形顔が何人も、とか洒落になりません。


 そんなことを考えたら、明さんがげんなりとした表情になりました。


 後ですね、こちらが本当に伝えたかったことですが――。

 私は明さんにこのまま養われているつもりはないです。自分の生活費くらい自分で働いて稼ぎます。今までの分だって稼げるようになったら支払いますから、覚悟しておいてください。

 その部分は私にとって譲れない一線です。


「荒れるということですけど、この街で何かあるんですか?」


 起きた時に窓から外を見た感じでは、今日も平和そうでした。姿は違いますし、色々と細々した部分、建物とか設備とか魔術とかそういった諸々は違いますけど、そこには普通の日常の営みがありました。

 とても逃げなければならないほど、荒れ模様になるとは思えないんです。


「周辺の街や集落合同の会議が明日から始まる。よりにもよって、この街で」


 頭が痛いとでも言いたそうに明さんが米神を揉み解しています。


「会議、ですか」


 正直な所、それがなんですか的な疑問しか浮かびません。会議ならいくらバイオレンスにぶっ飛んだとしても元々話し合いですから、そんな大惨事になることもないのでは――と思うんですけど、その顔は違いますね。

 明さんの顔に違うと描いてありました。


「元凶。説明しろ」


 明さんが顎でしゃくって露さんを促します。

 その態度、ある意味とっても似合っています。高慢ちきな態度そのものなのに嫌味にならないって、顔のせいですね。超絶美形の威力ですね。


 現実逃避し始めた頭で分析していたら、明さんにかなり本気で睨まれた気がします。

 怖いです。迫力満点です。威力はよ~くわかりましたから、睨むのは止めてください。

 ……土下座して謝り倒さないといけないような気分になります。


「元凶扱いはひどいな。私はただ、気に入らない奴を半殺しにしただけだよ。しっかり手加減してやったんだ。感謝こそされても、逆恨みされる覚えはないよ」


 半殺しって……いったい何やっているんですか、露さん。

 サラリと笑顔で告げられた爆弾発言に、ポカンと口が開けっ放しになりました。

 自分で言うのもなんですが、間抜け面ですよ。えぇ、ええ、わかっています。だからって手で閉じようとしないでください、明さん。

 面白そうな顔で手を伸ばさないでくださいよ。自分の口ですから自分で閉じられます。顎でも外れていない限りは。


 あれは痛くてきついです。一度やると癖になるって嘘ですよね。

 まあ私のしょうもない事情は置いておくとして――。


「公の会議の場に私的な恨み辛みを持ち込むことなんて、ありませんよね?」


 それはちょっと良識ある大人、社会人としてどうかと思うんですよ。会議ならお仕事の場ですよ、ね?


 ですが、私の言葉は無残にも否定されました。言葉ではなく、露さんの表情で。


 つ、露さん。その凶悪な笑顔はなんですか、いったい。

 臨戦体勢準備オッケーみたいな雰囲気が怖いですよ~。明さんの満面笑顔、目だけ笑ってないバージョン並みに怖いです。

 そんなことを考えていたら明さんが笑顔になりました。しかも先程私が考えた満面笑顔、目だけ笑ってないバージョンです。

 お願いです。本気で怖いので止めてください。


 ここはもう勇気を振り絞って……やけくそに笑顔を張りつけました。こうなったら笑顔で我慢大会です。

 人間、笑うしかない時ってありますよね? 今がその時です。


「あの馬鹿。今度こそ、本気で抹殺してやろう。報復に報復で返そうなんて腐った頭は、交換した方が今後のためだろう」


 露さんがイッちゃってます。ヤバイです。

 完全に話の方向の振り方を間違いましたね、これは。


「め、明さん。どういうことか、説明してください!」


 出鼻でどもってしまったのも、顔に無理矢理張りつけた笑みが完全に引きつっているのも、気にしないでいただけるとありがたいです。突っ込みは不要です。

 そこら辺よりも事情を教えてくださいね。でないと、納得しませんよ。


「周辺の街や集落には竜族の集落も含まれる。当然、露の集落もな。それと同じく半殺しにあったその白毛玉の父親の集落も含まれる。竜族は部族ごとに集落を形成しているが、同じ竜族ではあっても部族が違うからか、考え方が違うからか。興味がないから俺も詳しい理由は知らんが、二つの集落の相性が悪いのは昔からだ。何かと小競り合いを普段からやっているんだが、部族長が半殺しの目に遭ったら報復にも出るだろう。それがその部族長の意思かは別として、な。やったのは普段から仲の悪い集落の部族長、ともなれば全面抗争になる。そういうことだ」


「………」


 そんなあっさりと締めくくらないでください。何がそういうことですか。答えになっているようで答えになっていないです。

 というか、色々と初耳驚き発言勃発なんですけど――。


「露さんが部族長って、それってトップって言うことですよね。それでせっちゃんのお父さんも同じって……別居ですか。週末婚ですか。って、ちっがう。気にはなりますけど、そうじゃなくて、ああもう。それって単なる夫婦喧嘩じゃないですか!」


 そうです。その言葉です。

 半殺しなんてだいぶ激しい夫婦喧嘩ですけど、それ以外の何物でもないじゃないですか。


「犬も食わないアレですよね。それで街規模の抗争にまで発展っておかしいです。そんな無茶苦茶な」


「犬が食わないかは知らんが、違うぞ」


 へ? 私の聞き違いでしたか?


「違うな。夫婦喧嘩じゃない」


 ようやくこちら側に戻ってきた露さんまで否定しています。


 私、どこをどう聞き間違えていたんでしょうね?

 その疑問は、自分の記憶を振り返る前に解消しました。


「アレは泉の父ではあっても私の夫じゃない」

「……離婚したんですか?」


 何かとっても嫌な予感がします。

 違うって。違うって――。


「竜族は結婚しない。夫婦という関係を持たない。あれは種馬だ!」


 そこから違うんですかぁ~~~!!


 露さんはとても良い笑顔でそう宣言してくれました。

 ……まだまだ勉強することはたくさんありそうです。ただ、可能なら。もう少しお手柔らかにお願いしたいです。




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