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14.答えは単純明快です。

 しゅんと身を縮めていると、大きな手が頭に乗りました。明さんの手です。そして、髪をくしゃくしゃにされます。

 だからそれはやめてくださいって、何度言えばわかるんですか。

 髪を手櫛で整えていると、せっちゃんを頭の上、たぶん定位置に乗せた露さんから例のペンダントを差し出されました。


「首に着けると何かあった時に対処が遅れる可能性があるから、とりあえず手に持っていてくれないか?」


 そう言われてしまうと、その手にあるなんの変哲もないペンダントが危険物に見えてしまうのですから不思議です。私が躊躇っていると、横から明さんがヒョイと取り、私の手に握らせてしまいました。抵抗する隙すらない早業です。

 そして――。

「この部屋の外に出たいと思うなら、大人しく持っていろ」

 そう言われてしまえば、私には選択の余地がありません。


 観念してこちらを心配そうに窺っていた露さんを見れば、にっこりと笑ってくれました。私を安心させるために笑顔を見せてくれたのでしょうが、

「失敗しても、明が責任を取るから大丈夫だ」

 その言葉は余分です。逆に不安になります。明さんが責任を取るって、何をどう取るつもりですか。

 サッパリですが、そこで真面目に頷いて鳴かないでください、せっちゃん。それは完璧、駄目押しです。明さん、隣で心底おかしそうに笑わないでください。


「大丈夫だ。責任は取ってやる」


 そんな笑い混じりに言われても信憑性ゼロですから……ってちっが~う! 説明してください。まずは、私にも理解できる情報をください!!


 内心で叫んでいても当然露さんに聞こえるわけもなく、彼女はペンダントを持った私の手を両手で包みながら何事か呟いています。そして、説明できるだろう明さんは説明する気がないようで、おかしそうな顔を隠しもしないで私を見ています。


「明さん」


 口から出た声は、我ながら不穏に満ちていたと思います。明さんがわずかに目を見開いた後、その顔の笑みを苦笑へと変えます。


「おまえの特異性はある意味、驚異だ。それなりの者が見ればすぐにわかる。その者の心持ち一つで排除にまわるか利用する道具と考えるかは別だろうが、どちらにしろ面倒事になるだけだ。それを俺は望まん。だから、事前になるべく見つかり難い形で対策することにした。それがこれだ」


 視線の先には、私の右手とそれを握って呪文のような言葉を唱えている露さんがいます。


「言いたい意味合いはわかりました。そのための何かということも。でも、露さんが何をしているのか、それがわかりません」


 問題はそこです。そもそも私の何がそれほど違うのかサッパリです。


「だろうな。セリはかなり鈍い」


 そこ。変な納得しないでください。せっちゃんもです。


「素の俺を人間と判断した時点で鈍いのは間違いない」


 なんですか、その判断基準は。

 明さんは今でも人間にしか見えませんよ。超絶美形で超馬鹿力ですけど。ここはファンタジー世界ですし、そもそも私、明さん以外に人間の外見を持った方を見たことありません。

 でも、私。露さんを見ても、多少外見が人間と違うかな、くらいにしか思えないんですよね~。


「だから鈍いんだ。危機感が足りないとも言えるか。よほど平和呆けした所から来たんだな」

 これは反論できないです。

「私のいた国では私が産まれるウン十年も前に戦争が終結して以来、国土を焼くような大きな争いはなかったんです。他所の国では戦争もあったりしましたが、私は自分の国を出たことがありませんでしたし、平和呆けと言われてしまえば否定できないお国柄でした」


 それが事実です。最近はずいぶんと物騒になりましたが、それでも生と死が常に隣り合わせな、いつ死ぬか殺されるかわからないような日常とは無縁でした。なので、そんな緊迫感が常であるようなことを即実感しろと言われても不可能です。


「おまえ、俺に殺されかけたことを忘れたのか?」


 明さんの呆れたような顔と言葉に、心当たりの乏しい私ははてと首を傾げます。


「……忘れたんだな」


 私の態度に結論を出したらしい明さんが深々とため息を吐きました。


 いえ、別に忘れていませんよ。まだおよそ二週間前のことですから。でも、なんというかアレに関しては不可抗力ですし、私、生きていますから。しかも、無傷で。ここ大事です。


「明さんはあの時、本気で私を殺す気があったんですか?」


 ちょっと疑問なんですよね、その点。寝入り端にいきなり妙な感じで起こされたからって、それだけで人を殺すなんてありえるんでしょうか。

 ああでも、ここは日本ではないですし……今更ですが、ありえたかもしれませんね。


「おまえがあそこで俺の言い付けを守らずに俺を起こしていたら、今、ここにおまえはいなかったかもな」


 そうあっさり認められると、逆に現実味がないです。

 それにさっきの言葉も。伴侶云々言っていましたけど、なんだかそうなると矛盾します。


「明さんは殺そうとした相手を伴侶だと言っていることになりますよ?」

「そうだな」

 これまたあっさりとした言葉が返ってきました。

「あの、明さん。どうしてその二つが両立するんですか? 私にはそれが両立するようにはどうしても思えないです。理解できそうにないです」


「……一生理解できない方が良いかもな」


 それは理解するなってことですか。理解しようとしても理解できそうにないですけど、初めから放棄するのは違う気がします。


 たぶん、私はだいぶムスッとした顔をしていたんでしょう。明さんが乙女の柔肌、私の頬をぶにっと摘みました。


 ちょっと。やめてくださいよ。十人並みな顔がより不細工になるじゃないですか。


 明さんを睨み付け、その手を左手で外します。右手は露さんに捕まれたままですからまだ動かせないんです。

 ちなみに私達が妙な会話をしている間も露さんは何事かずっと唱えています。これが本当に呪文だとするなら、ずいぶんと長いものなんですね。

 そして、せっちゃんはと言えば、露さんの呪文を唱える声と私達の噛み合わない会話を子守唄にスースーと寝入っていました。


 マイペースですね、せっちゃん。あなたのお母さんは頑張っていますよ~。

 でも、それを指摘するなら、私達もずいぶんマイペースな会話を続けていますよね。


「おまえは別に不細工じゃないぞ。こういう顔を愛嬌のある顔と言うんだ」

「……明さん。自分の顔を鏡で見たことってありますか?」


 私がそう言いたくなる気持ちって、明さんの顔を見た世の女性なら絶対に理解できると思います。この方はある意味、女の敵です。


「鏡くらい誰だって見るだろう?」


 さすがにこの言葉だけでは伝わらなかったみたいですね。訝しげな顔をしたって美形の顔は崩れないんです。こうなってくると憎たらしいですね。


 キッと睨みつければ、明さんが心外そうな顔をします。


 えぇ、ええ。顔は選べませんよ、自分では。元々の造作は整形でもしない限り変えようがないです。別に、私は自分の十人並みな顔が嫌いではないですよ。

 でも――。


「その顔で言われても逆に傷付くのでお世辞は結構です」


 お世辞なんて言いそうにないとわかっていても、そういう風に聞こえるんです。そして、かなり凹みます。


「ひねくれているな」


 ぼそっと聞こえた言葉は空耳ですよね。


「空耳だな」

「………」


 ……嘘つき。そう言ったんですね。


 ジト目を向ければ、明さんが明後日な方向を見ました。

 あからさまに誤魔化したし~。

 自覚のある美形なんて、最悪です。最低です。


「顔はどうにもならんだろうが。確かに便利な時がないこともないが、大抵は面倒なことにしかならん。今のおまえの反応とかな」


 明さんは明さんなりに、顔で苦労しているようです。なら仕方ないですね。……と、私がそこで納得すると思ったんですか?

 不潔です! 不純です!!


「死刑宣告ですね」

「……どういう結論だ」


 呆れた顔をしていますが、私はほだされたりしませんからね。


「人類の敵です」


 ビシッと正面に指を突きつければ、明さんは気にした風でもなく私の手を下ろしました。


「それは否定しない」

「……そこは否定しないんですか?」


 ちょっと予想外な返答に、正常な思考が戻りました。そこは否定しておいて欲しかった部分です、なんとなく。


「人間の敵ではあるからな、たぶん」


 微妙に曖昧ですけど、人間の敵――って、まさか殺人鬼の如く人間を無差別にバッタバッタ殺しているとかですか?

 目の前に殺人鬼。これが殺人鬼……。


「おまえ、それは絶対に口に出すなよ。聞いたら鬼族がキレる。あいつらキレると見境がないから、おまえなら一発で肉塊にされるぞ」

 鬼族という種族もあるんですね。肉塊は嫌です。できれば五体満足で命を終えたいです。……じゃ、な~い!

「明さんに誤魔化されました」

 その言葉に明さんが呆れた顔をします。

「誤魔化したつもりはまったくない。おまえの迷子な思考回路が勝手にぶっ飛んだだけだろう。他人のせいにするな」


 うっ。明さんの癖に何気に痛いところを突いてきますね。あながち事実なだけに否定しきれません。


 私の悪い癖なんです。親友にも何度も指摘されました。でも、改善しないんですよね。よく見捨てられなかったものです。

 彼女は元気でしょうか? 私がいなくなっていることに誰か気づいたでしょうか? 心配させてしまいますが、気づいてくれているといいですね~。


 ちょっとしんみりしてしまいました。


 私はあの世界に色々と大切なモノを置いてきてしまったんです。二度と戻れないだろうあの世界に。

 頭では理解していますし、諦めてもいます。それでも心の片隅で、やっぱり帰りたい希望を捨てられない自分がいました。

 それが哀しいのか愛しいのか情けないのかわかりません。自分の気持ちだというのに……。ただ、私は今、この世界で本当に独りなんですね。


 明さんが無表情です。なんであなたがそんな顔をするんです。

 私は哀れみなんて要りませんよ?

 聞こえていますよね?


 明さんの瞳がユラリと揺れました。私には読み取れない感情で、暗緑色の瞳が不思議な色を湛えています。でも、私は明さんじゃありませんから、言葉にしてくれないと何を伝えたいのかわかりません。

 

 明さんが何かを言おうとして、躊躇うように口を閉ざしました。そして――。


「お~わりっと。お二人さん。こっちは間違えないように必死で術を編んでいたっていうのに、その目の前で出来立てバカップルな会話を続けてまぁ。そういうのは二人っきりの時にやるもんだ」


 術を掛け終えて口がようやく自由になった、ご立腹で腰に手を当て仁王立ちな露さんの言葉に遮られ、聞く機会を完全に逃したのでした。

 その頭の上で、スヤスヤ眠っているせっちゃんの姿がミスマッチです。


「露さん。私と明さんはそういう関係ではないですよ。清いお付き合いです。というか、私が一方的にお世話になっている関係です」


 どこをどうしてそういう結論になったんでしょうね。

 不思議そうに露さんを見れば、なぜか深々とため息を吐かれました。なんでしょう、デジャブです。明さんもよくこういうため息を吐きますよね。


「年頃のお嬢さんは、よくも見知らぬ異性に頭を撫でられたり抱き締められたり膝の上に乗せられたりしたら、もう少し焦ったり全力で抵抗したり嫌悪感を露にして嫌がったりするんだよ。間違っても、そんな風に寄り添って普通に会話することは無いね」


 露さんの言いたいことはなんとなく理解できました。確かに私の行動は少しそれにそぐわないですよね。でも――。


「相手は明さんですから」


 答えは単純明快です。きっぱりと言い切ったら、なおさら呆れ顔をされました。明さんはグッタリとソファに寄り掛かり、手で顔を覆って天を仰いでいます。


 それ以外の答えなんてありますか?


「セリ。そんな自信満々に告げられても答えになっていないから」


 そうですか?


「だって、明さんですよ。完全に私のことを子供扱いしているじゃないですか。保護者然としているんですよ。お父さん扱いはさすがに失礼だとは思いますし、実際に父に同じことをやられたら引きますけど、遁走して二度と口を利きたくないくらいには引きますけど、なんというか明さんは違うんですよ。そう。生臭さがない、と言いますか。うまく言葉になりませんけど」


 自分の行動を振り返ってみても、ちょっとおかしいとは思うんですよ。でも、明さん相手だとそうなってしまうんです。取り繕う必要がないからですね、きっと。


「明。こんなこと言われているが、おまえ何か言うことはないのかい?」

「……わかっていたことだから今更だ」


 明さんが深く深~く息を吐き出しています。


「あんたの忍耐が途中でぶちキレないことを願うよ、セリのためにも」


 露さんが痛ましげな顔で明さんを見ています。

 明さんは何か我慢していることでもあるんでしょうか。言ってくれれば、直せることなら私だって直しますけど……。

「我慢は身体に悪いですよ?」

 今の私に言えることはそれだけです。なのに、二人ともなんですか、その変なモノを見るような目付きは。


「もう少し具体的に行動で示してやらんと、セリは一生気づきそうにないぞ?」

「おまえに言われんでも、それは今の言葉でよ~くわかった」


 うんうんと二人で妙にわかりあった顔をして頷いています。 


 なんとなく不愉快です。




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