12.獲物認定、されました。
私が絶句している間にも、露さんと明さんの二人で話は進んでいきます。
「ただ、そういう話は今まで聞いたことが無い。まあ、街規模なら一瞬で消えた、という話はある」
「過去に遡っても、街規模ならともかく世界規模な話は出てこないはずだ。成功する前に、掟に触れた咎で粛清されるだけだからな」
だからなぜ、二人ともこんな物騒な話を平然と話しているんですか……。
「おまえ、俺に見境がないと思ってないか? 言っておくが、ウイの一族は意思のない兵器じゃないぞ」
胡乱に見られても、先程の言葉を平然と告げている時点で信じられません。
「……では、訊きますけど。万一に私が明さんの伴侶だとして。私が明さんに世界征服して欲しいって言ったら、やるんですか?」
その真意を確かめるように、私はその言葉を口にしました。そうして返ってきた答えは、
「本気なら、やってやるぞ?」
どこか捉え処のないものでした。
明さんが苦笑しています。その瞳は面白そうな輝きを宿しながら、私を観察しています。
「ま、長に粛清されるだろうから、できるかどうかは賭けだな」
そう続けられたおかしそうな響きを宿す声は、その言葉とは裏腹です。
「粛清って……殺されるってことですか!?」
「素直に殺されてやるつもりもないが。ま、長相手にはどうしたって勝てないからな。仕方ない」
………。
ブチッと頭の中で何かが切れたような気がしました。
「明さんの馬鹿!!」
人に手を上げたのは、初めてです。気づけば、明さんの頬を思い切り叩いて叫んでいました。手が痛いです。でも、それ以上に心が痛いです。
だって、この人、仕方ないって言ったんです。
自分の命を蔑にし過ぎです。木偶の坊よりも最悪です。意思のない兵器の方がマシです。
殺されることがわかっているのに望まれたからやるって。どういう思考回路ですか。命に対する冒涜です。生きたいのに死んでいくしかなかった人達に対して失礼です。傲慢です。
フツフツとわき上がる怒りから、仁王立ちして明さんを睨みます。
内心は纏まらない思いで、グルグルと荒れ狂っています。たぶん、それらはそのまま明さんにも伝わっているはずです。だからか、明さんが珍しく本気で驚いていました。
「あぁ~、ほらほら。泣かなくていいから。そこの阿呆の戯言は気にしなくていい。気になるなら、時間を掛けてお嬢さんが躾直せばいい」
いつの間にか傍にいた露にやんわりと抱き締められ、泣き止まない子供のように背中をポンポンと軽く叩かれます。
私、泣いていません。いい歳した大人の自分が、人前で泣くわけにはいかないんです。だから――頬が濡れているように感じるのも気のせいです。
でも、こうして露さんに抱き締められるのは嫌じゃないです。柔らかくて温かい、包み込むような感触はお母さんを思い出します。露さんは私より少し年上くらいにしか見えないのに不思議ですね。
せっちゃんのお母さんだから。やっぱりお母さんはお母さん、ということなのでしょうか。
「そいつはもう、三百五十近いぞ」
ちょっとムッとした感じの明さんの声が聞こえてきました。
「明。私はまだ、三百四十六歳だ。勝手に他人の歳をかさ上げするんじゃないよ」
露さんが明さんに牙をむいています。やっぱりせっちゃんのお母さんだけあって、人間でいうと犬歯に当たる部分の牙が鋭いです。
女性にとって、年齢の話はデリケートな問題ですから。特に実年齢より年増扱いされるのは、どんな状況であれ良い気はしませんよね。
でも、三百四十六歳って……この世界の平均寿命はどうなっているんでしょう。種族によって寿命が違うのは聞いた気はしますけど、違い過ぎですね。
まあその辺は後で確認するとして、いくつになろうと女性は歳に敏感なんですよ。明さんはそういう女心がまったくわかっていません。
「デリカシーが足りないです。ダメダメですよ。空気が読めない人は世の中渡っていけません」
露さんに離してもらって明さんを振り返れば、微妙な顔をしていました。
「おまえに言われると、なんか色々間違っている気がする」
なんですか、それは。
「明。おまえはもう少し考えてから言葉を発したらどうだ? お嬢さんはいい子だぞ」
露さん。その言葉もどうかと思います。私、子供じゃないです。
「私、もう二十六歳になったんですけど」
露さんの言葉に悪気がないのはわかっています。でも、だからこそグサッとくるものがあるというか――誰か、この胸の複雑な心境を代弁してくれる方はいませんか~。
「……見えんな」
明さんにマジマジと見られた後、言葉の刃でばっさりと切られました。
「私達からすれば子供でも、人間は寿命が短いから十分大人になるのか」
露さんが困った顔をしています。
「こちらの世界では何歳から成人かわかりませんけど、私のいた国では二十歳が成人でした」
そう説明すれば、露さんが困ったように笑いました。
「私の態度で気を悪くしたならすまないね。人間であるお嬢さんと私達の成長速度が違うのは知っているんだ。ただお嬢さんの実年齢もそうだが、外見がね。泉よりも若い」
そう言われてしまうと私としても困ります。露さんはお母さんですもんね。
ちょっと気になるのは、せっちゃんよりも年下扱いされたことですけど――これは、種族の違いということですよね。そこは仕方ない部分があると思います。
ただ、明さんの反応はどうかと思うんですよ。私、ずっと心の中とは言え、大人だと、社会人だと主張していました。正確な年齢を告げたことは一度もありませんけど、ここはしっかり確認する必要性が出てきましたね。
「明さんは私が何歳に見えていたんですか?」
「外見だけなら十六、七だな」
日本人は若く見えるとは言いますよ。私は童顔に見えるタイプなので、元の世界でも年齢よりも年下に見られることはよくありました。明さんも露さんも洋顔ベースですから、平たい日本人顔の私とは違います。それでも十歳も年下に見えるって……喜んでいいのか悲しんでいいのか複雑です。
私、十歳若くサバを読んでもバレないってことですか。
「……明さんが私を子供扱いするのって外見が原因だったんですね」
「いや、それはおまえの性格のせいだ」
打てば鳴り響く鐘のごとく返ってきた答えに、私の顔が引きつります。
「私が子供っぽいってことですか?」
口から出た声は我ながらとても不穏だったでしょう。ずいぶんと低い、唸るような声が口から出ました。
「……そうとも、言えなくも、ないような、気もする」
よ~くわかりました。
明さんに子供だと思われようと、別に支障はないです。子供ですから、我が侭を言おうと駄々をこねようと良いですよね。子供なんですから。
ぷいっとそっぽを向けば、視線の先で露さんが笑っています。目が合って、急に自分の態度が恥ずかしくなりました。
「露さん。真名ってなんですか? 露さんもそうですが明さんも私の名前を呼ばないことと関係がありますか?」
それを誤魔化すようにもう一つあった疑問を口にすれば、ぐいっと後ろから引っ張られました。
何するんですか。いきなり引っ張ったらびっくりするじゃないですか。
すっとんと後ろに転けるかと思いましたが、どういう作用かふんわりとソファに逆戻りしました。ただ、これって明さんを下敷きにしていませんか?
う~む、座り心地がいまいち……なのは確かですが、そうではなかったです。のんきに感想を述べている場合ではないですね。
「明さん、何するんですか。私、重いです。下ろしてください!」
しっかりとお腹に手が回っているので、その手を外さないと退けません。なのに、明さんの手は外れないんです。
「子供扱いは嫌なんだろう?」
意地の悪い問いが後ろから聞こえます。身体を捻ったら、明さんの顔がどアップに見えてギョッとしました。さすがにこれは近いです。
「……嫌ですよ。嫌ですけど、それとこの体勢とどう関係があるんですか。意地悪しないで放してください。私、最近運動不足なんで確実に太っています。重いんです!」
バッと正面を向けば、露さんがニヤニヤと笑っていました。なんですか、その笑いは。笑ってないで助けてください。
あれ? せっちゃんはいつ帰ってきたんでしょう。露さんが暴れるせっちゃんの首の後ろを、指で摘んで留めています。せっちゃんは私を助けてくれようとしているんですね。本当にやさしい子です。
内心、せっちゃんの思いにホロリときていると、明さんからそれを台無しにする言葉が飛んできました。
「おまえは軽いぞ。もう少し太った方が抱き心地が良いはずだ」
「明さん。それはアウトです。セクハラ親父発言です!」
これは聞き流しては駄目です。
私達のやり取りがよほど面白かったのか、露さんが大笑いしています。
やっぱり露さんは笑い上戸ですね~。
「ずいぶんと余裕だな」
少し不機嫌そうな声が後ろから聞こえましたが、無視です無視。ちょっと緩んだかと思った明さんの手は、さらにガッチリと私を囲い込んでいます。
余裕なんて一欠片もありませんよ。ですが、ここで引いては私の沽券に関わります。
「私は事実を言っただけですよ。現代日本では上司がこんなことやったり言ったりすれば、セクハラで訴えられるんです」
明さんはいちおう私の雇い主です。この発言は間違っていません。
後ろからため息が聞こえました。首筋がくすぐったいです。やめてください。
……距離感を意識しちゃうじゃないですか。なんとか頭の隅に追いやっている状態なのに、思い出させないでください。
「いちおう俺が男で、おまえが女だって認識はあるのか」
笑み含んだ囁きに、ムッとした気持ちがわき上がってきます。これはもう、楽しんでますよね。
「遊ばないでください」
明さんの顔を見て文句を言いたいところですが、今、後ろを見るのはヤバイです。いくら見慣れた超絶美形顔だろうと、これだけ間近では破壊力抜群です。要注意物件です。
なので、危険物は見ないように顔は正面固定でいきます。
「遊んでいるように見えるか?」
「……私の反応を楽しんでいるように感じます」
顔は見られませんけど、絶対にたちの悪い笑みを浮かべていますよね。想像くらいはつきます。
「ああ。そういう意味では遊んでいるか」
やっぱり。というか、そこでそう答えるのが明さんですよね。言わないことはあっても、心は偽らないというか。ある意味、正直なんでしょうかね?
コテリと物問うように首を傾げれば、触れ合った身体沿いに微かな振動が伝わってきます。これは笑っていますね。
「俺だけおまえの考えが丸分かりというのも悪いだろう?」
どうやら明さんなりの気遣いだったようです。正直に教えてくれるのは私としても助かります。他人様の痛くない腹だろうと、探られる方は気分が良くないでしょうし、探る私はと言えば面倒なんです。とても疲れます。
だから、明さん相手にはあまりやりたくないです。疲れ損になりそうですから。
「おまえで遊ぶのは俺の特権だが、遊びだと思われるのは心外だな。ウイの一族はな、狙った獲物は逃がさない主義だ」
「獲物認定……」
なんか聞かない方がよかったかもしれません。私、いつか明さんに捕食されるんでしょうか。
「そのためにももう少し肉をつけろ」
耳元で機嫌良く物騒なことを囁かないでください。くすぐったいです。
「私、絶対に今より太らないようにしますね!」
これはもう、絶対条件です。これから毎日、筋トレと体操は欠かさないようにします。
いつも三日坊主ですけど、さすがに身の危険を感じていれば私でも続くと思います……たぶん。
「そろそろ本気で放してください。明さんのせいで話がそれたじゃないですか。邪魔しないでください。真名について、私は知っておかないといけないんです。無知は時に罪です。知らなかったで済まされるなんて甘い考えではいられないんですよ」
知らないでなんでも済まされるほど、世の中お手軽にできていません。
確かに知らない方が良い事柄というものはあります。でも、これは違いますよね。
「説明してもいいなら、そのままの体勢で聞いてくれても私はいっこうに構わないよ」
露さんが茶々を入れてくれましたが、露さんが構わなくても私は構います。
「説明してやってくれ。俺が言うよりもおまえの方が良い」
明さんが私の内心の声を無視して話を促します。
露さんは露さんで本気で構わないのか、ソファに座り直してちゃちゃっと話を進めてしまいました。
「真名というのはね。この世界の者が生まれながらに持っている真実の名前のことさ。ただこの名前にはとても拘束力がある。真名はその者を縛る。その者の本質を体現することもあってか。時に、知った者が相手の命を握れるほどに。だから普段は使わない。真名を伏せて、普段は呼び名を使う」
「では、親が子に名前をつけることは無いんですか?」
「呼び名はだいたい親がつける。親はなんとなく子の本質がわかるから、それを元につけるんだ。ただ呼び名だから、気に入らなければ自分で新たな呼び名をつけることもできるね」
真名は大事。でも、呼び名はそうでもないということですか。
「それでお嬢さんの名前だが――名乗ってくれた名前は真名なんだ。でも、お嬢さんはこの世界の理とは違う理に属している、その身の大半はね。だからか、真名の縛りがまったく無い。でも、名乗ればそれが真名だと相手に伝わってしまう。しかも、拘束力が皆無な真名だと。先程のお嬢さんは私に名前を告げただけで、自分は理の外から来た者だと自己主張してくれたようなものなんだ。私が何を言いたいかわかるかい?」
本音を言うなら、分かりたくなかったです。
「ものすっごく目立ちますね。周囲に埋没するのが不可能なほどに」
異質なモノというのは排除されやすいです。理解され難いものです。
平々凡々でも平穏な人生を送りたければ、目立つのは阿呆のすることです。絶対に避けなければいけません。
私は今、自分の名前一つでそのピンチに立っていたんですね。ようやく理解できました。




