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11.大災害並みに傍迷惑な一族、の一員ですか。

「泉。母さん達は大人の話し合いがある。起きたなら、ご飯を食べに行ってきなさい」


 頭の上にいたせっちゃんを無造作に掴んだ露さんは、そのまま空中へと放り投げます。なんというか、明さんがよくせっちゃんを空中へ放り投げていたのと同じ動作です。

 私がポカンとその様子を見ている中、せっちゃんは気にした様子もなく、部屋内の空中を一回転した後、窓を瞬間移動ですり抜けて外へ行ってしまいました。どうやら言われた通りに狩りへと行ったみたいです。


「お嬢さん。明の種族は知っているかい?」


 腕を前で組んだ露さんが、徐に問い掛けます。私は困惑した思いで露さんを見、明さんを見、ふむと考えました。


「人間、ではないのですね?」


 薄々、変だとは気づいていました。こちらの人間と私の世界の人間とは違う存在、という可能性も捨てきれなかったのですが、それでも明さんは規格外のような気はずっとしていたんです。私の心の平穏のためにわざと考えないようにしていた部分だった、とも言えます。

 何せ明さんは馬鹿力ですし、人間では稀にしか使えないと言っていた魔術をどしどし使っていますし、何より人外の美貌というか超絶美形ですし。ここ、重要です。


 明さんが嫌そうに顔を顰めています。そういえば明さん、容姿のこと、特に顔について私が考えると、ものすごく嫌そうな顔になるんですよね。自分の容姿、そんなに嫌いなんでしょうか?

 新たに浮かんだ疑問は気になりますが、ここでそれを口にしては、話の軌道がものすごくそれてしまいそうです。そして、私の場合、戻ってこないんですよね。今は我慢です。


 明さんから返事がないので露さんを見れば、彼女はおかしそうな顔をして私達の様子を観察していたみたいです。私の視線に気づいて、ゴホンとわざとらしく咳払いをし、場を仕切り直しています。


「人外の者の中には擬態して本来の姿を隠し、人間の姿になっている者も存在する。ただ明は今の姿が本来の姿でね。でも、人間じゃない。似て非なる者。不老長命。強靭な肉体と生命力、強大な力を持つ、人外の者の頂点に立つ一族。ウイの一族と呼ばれる種族に属する者だ」


 ……正直、あまりに抽象的過ぎと言いますか、想像外だったために理解が追いついていません。それは、いわゆるチートと言われるものなのでしょうか?


 私の顔を見て、私が理解していないことを悟った露さんが困った顔になります。

「お嬢さんの世界には、いなかったのかい?」

 そう訊かれれば、私の答えは一つです。

「人外と呼ばれるような存在は、架空の存在でしかなかったです」

 だからこそ、ここから窓の外を見た時にとても驚きましたし、ショックでしばらく放心していたくらいです。今でこそ、こうして平然としているつもりですけど、こうなるにはそれなりの葛藤があったんですよ。


「あぁ~。それはいきなり理解するのは難しいか」

 露さんもその答えに思うことがあったらしく、更に困ったような表情で明さんを見ます。

「明。知っていたね?」

 何がですか? 意味がわからず明さんを見れば、明さんが苦笑していました。露さんにはその顔が答えだったのか、舌打ちしています。


「このものぐさ男。面倒だからって、自分の伴侶にまでその手間をケチるんじゃないよ」


 え?

 ぇえ!

 ぇええ!?


「なんですか、それ! というか、誰のことを言っているんですか!?」


 その言葉に色々な疑問が吹っ飛びました。

 私の話をしていたような気がするのですが、いつの間にか、どなたか別の方の話に変わっていたのでしょうか。そうだとするならここまで過剰反応してしまうと、恥ずかしい限りなのですけど――。


 勢い込んで立ち上がった私に、露さんはひどく驚いたような顔を向けます。そして、バッと音が出そうな速さで明さんの顔を確認した後、私を見て不味ったとでも言えそうな顔をしたんです。

 誤魔化し笑いを浮かべた露さんをとりあえず後回しにして、私は明さんに向き直ります。明さんはなぜか無表情でした。はっきり言って、その超絶美形顔で無表情になられると無駄に迫力があって怖いです。目の保養を通り越して公害です。


 ならば、目をそらせば良いだけなんですけど――ついつい手が伸びて、ムニッと明さんの頬を摘んでいました。こうすれば表情が崩れて怖くなくなるかな~という浅知恵です。

 一言感想を述べれば、意外に明さんの頬は柔らかかったです。


「忘れろ」


 明さんは私の手をそっと退けてから、静かに告げました。先程の無表情が嘘のように、今、その顔にはにこやかな笑みが浮かんでいます。ただ瞳だけは笑っていないです。声は極寒地を思い起こさせるような冷たさです。

 正直、これは相手にしたくないです。遁走したいです。


 ……明さんは笑顔の使い方を間違っています。


 でも、忘れろって――それは横暴だと思いますよ。何がどうなっているのかサッパリですが、私、まだ痴呆症ではないので、そんな顔と瞳と声で言われてしまうと印象がバッチリ頭の中に残ってしまいます。逆効果です。

 通じるとは思っていませんでしたが、ヘラっと誤魔化し笑いを顔に浮かべてみました。


「そういうところがおまえは図太いよな」


 ……そうですよね。考えが駄々漏れな相手に、誤魔化し笑いなんて通じませんよね。ただ。

 どういうところが、ですか? ちょっとその点、詳しく説明してください。その、根拠を!

 女性に対して図太いは失礼ですよ。たとえ図太いと思っていても、口に出して相手に告げる時点でダメダメです。


 実際、私、神経が図太いんでしょうけどね。ええ、自他共に認める図太い神経を持ち合わせています。だって、そうでなければ世知辛い世の中を渡れませんでしたから。いくら適性があったとは言え、色々と鍛えられてきたんですよ。

 でも、私が好んで鍛えたわけではないですからね。そんなマゾっ気はないです。


 私の内心の抗議に、明さんが苦笑します。


 おぉ、今度はちゃんと笑っていますね。苦笑ですけど、しっかり笑顔です。

 それを目にして、ちょっとホッとしました。


「明さんはその方が良いです。満面の笑顔なんてされると、逆に怖いので止めてください。絶対、目が笑っていないので」


 真剣に忠告すると、露さんが噴き出しました。それとは対照的に、明さんは渋面になります。


 露さんはよく笑っていますが、もしかして笑い上戸なのでしょうか。笑うのは良いことですけど、笑い過ぎるとお腹の皮が痛くなりますよ。

 笑い過ぎて筋肉痛とか、ちょっと悲しいです。そういう時、自分の運動不足と年齢を思い知らされるんですよね~。


「さて。それでは教えてください。先程の伴侶という言葉はそのままの意味ですか? 私の話をしていたのですから、それは私のことですよね? でも、私は明さんと結婚していません。というか、出会ってまだおよそ二週間です。スピード結婚にしても早過ぎます」


 元の場所に座り直します。思考がズレてきたので自力で話を戻せば、明さんが舌打ちしました。

 残念でした。そう簡単には誤魔化されませんよ。さすがに捨て置けない台詞だったんです。


「……ああ。結婚なんてしてない。そもそもウイの一族にはそういう概念が無い」


 じっと答えを待っていると、しぶしぶといった様子でしたが、それでも明さんが答えました。

 これぞ種族の違い。世界の違いなんですね。結婚の概念が無いって……。私が知らなかっただけで、地球上にはそういう方々もいたのかもしれませんが。


 それはともかく。

 その言葉では私の質問に対する答えになっていませんよ、明さん。


 思考駄々漏れなので、口に出さずに続きを催促します。

「ただ伴侶という考えはある。伴侶は――出会った後の生涯を共にする者、という意味合いだ」

 ということは、結婚という言葉では無くても同じなのですね。私の考えているものと言葉の齟齬はないと思って良い、ということですか。

 その点に関しては納得しても良いですけど――。


「ってことは、やっぱりおかしいです。私、明さんの伴侶ではないです。勘違いして大騒ぎしちゃいましたけど、別の方の話でしたね」


 そういうことですよね? そういうことにしてください。

 なんとなく雲行きが怪しくなってきたので、逃げを打って出ます。


「明さんが私相手にそんな態度取ったこと、一度もありませんものね。自意識過剰だったようです。すみません」


 それは事実です。そういう態度に出られたことは、思い出せる限りで一度もないです。どちらかというと子供扱いされっ放しなんですよ。女性扱いすらされてないというのに――それはそれで複雑なんですが、今はそれよりも勘違い説を強調すべきです。なんとしてもそれで押し通すべきですよね。


 そう考えていたら、明さんが深くため息を吐きました。

 ……私の考え、筒抜けでした。今更ですね。


「おまえがそういう態度に出ることがわかっていて、言えるか」


 結果、そう呟いて明さんは不貞腐れました。

 フイッと私から顔を背けてしまいます。態度が完全に子供です。


 ため息を吐きたいのは私だって同じですよ~。


 私の言動はしっかりと読まれていたんですね。まあ相手は明さんですから、それは仕方ない部分もあります。ですが、出会ってからおよそ二週間。たったそれだけの期間で、どうして伴侶認定なんてできるんでしょう。しかも、相手に認識させないまま。


 色々な考えがあるのはわかります。でも、私自身は一目惚れとか信じてないです。どうにも軽い感じがします。

 相手をしっかりと知りもしないで、惚れた腫れたが言えるなんて、ある意味すごいなぁとは感心しますが、それが自分に向けられるとなるとありえないという気持ちになるんですよ。十人並みな容姿ですし。こういう性格ですから。


 直観は大事です。第一印象も大事ですよ。

 でも、結婚は別です。それだけで決められるものではないです。


 生涯を共にする者、という長い目で見た場合、私は相手を知る時間が欲しいです。そうでなければ判断できません。私はそういう人間です。

 そして、それを言う以前に、もっと根本的な問題を私は抱えています。


 きっと私の心は欠陥品なんです。


 生涯という長い道のりを一緒に歩む、大切な誰かというものを私は想像できないんです。むしろ、必要ないとすら思っている節があります。

 自分一人ですらままならないのに、その誰かの人生にすら干渉することが、はっきり言って怖いです。それに対し嫌悪に近い感情すら持っています。


 一人は確かに淋しいです。でも、気楽です。自分にだけ責任を持てば良いのですから――。

 誰にも関わらないで生きていくことはできないとしても、誰かの心に深く入り込むのは――。いえ、違いますね。私はきっと、自分が傷付きたくないだけなんです。

 一人でいれば、誰かを傷付けることも、傷付けられることもありませんから。


 …………あぁ、いけませんね。思考がまたズレました。マイナス思考もいけません。だから、明さん。私の頭をグリグリ撫でるのは止めてくれませんか? 髪がぐちゃぐちゃに絡まるじゃないですか。

 私の髪は明さんの髪みたいにサラサラヘアーではないんですよ。


「子供扱いしないでください」


 頭に乗る手を退かして乱れた髪をなんとか手櫛で整えながら、私はそっぽを向いたままの明さんを睨みつけます。すると、退かされた手で反対に私の手を掴んだ明さんがこちらを向いて、にっこりと笑いました。


「大人扱いして欲しいか?」


 そう問い掛ける声は低く艶やかで、その表情は扇情的に見えます。でも、明さんの顔を観察し終えた私からすれば底が浅いです。


「結構です。明さんが大人扱いしてくれなくても、別に私はもう大人ですから。関係ありません」


 表面的な表情を取り繕っていても、明さんが私の反応を楽しむためにやっていることだとわかりましたから。本気か嘘か、私に見破られている時点でまだまだ甘いです。


 握られた手を離して、私は露さんを見ます。彼女は私達のやりとりを面白そうな顔で見物しながら、のんびりくつろいでいました。その手には果物籠から取っただろうオレンジがあります。

 どうやらせっちゃんの柑橘系好きは、お母さんから受け継がれたもののようですね。


「露さん。訊きたいことがあります。露さんは私を明さんの伴侶と言いましたけど、何をもってそう思ったんですか?」


 周りに変な誤解が広まっていては、外に出た時に大変です。こういうものは完全放置か、初期消火しなければ面倒なことにしかならないんです。ただし、完全放置は尾ひれが付きまくって、よりいっそう変になることも考えられるので、今回は論外な対処法ですが。

「明の態度とあの一族に関する前情報を私が知っていたから、かな?」

 少し考える素振りを見せた後、露さんが苦笑しながら答えます。


「ウイの一族っていうのは非常に珍しい種族なんだよ、お嬢さん。数も少ないし、出回っている情報も少ない。人外の者の間ですら、ほとんど幻扱いされている種族なんだが――私の祖父が縁あって、過去に関わったことがあるんだ。そこで注意勧告されていたことが幾つかあってね。基本、危険物扱いなんだが、伴侶に対しては神経質なほど過保護だから、関わる時は気をつけろとか。伴侶にはものすごく甘いから、もしもの時はその伴侶を盾にしろとか。あれは伴侶以外どうでもいいと思っている種族だから、伴侶に下手なちょっかいは出すな、街が一瞬で消えるとか。そんなことを真顔で教えられた」


 あっはっはっ。と笑っていますけど、露さん。それは笑い事ですか。どう考えても大災害並みに傍迷惑な方達じゃないですか。それに――。


「あの~。その言い方だと、伴侶が望めば世界すら滅ぼしそうな気がするんですけど……?」


 極端な例ですが、なんというか露さんの言葉の端々から伴侶絶対主義的な印象を受けました。こんな公害な方達なのにストッパーが無いに等しいって、この世界は本当に私の世界と元は同じだったんですか? ありえないほど異世界です。


 そして――。


「やるぞ」


 否定して欲しかった答えを、明さんがあっさりと肯定してくれました。


「やるだろうな」


 同じく露さんも頷いています。

 顔が引きつったのが自分でもわかりました。


 なんですか。この当然という雰囲気。

 おかしいです。それとも私の考えの方がおかしいんですか?




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