ティアラ その2
「まあ、署長さん。こんばんは。」
普段ならこんな時間に制服なぞ着ていないのだが、事情聴取の相手がマダムと言うなら話は別だ。ロアックス警察サンノア分署長は、客で込み合う時間帯の「オーキッド ブラン」に、わざわざプレスのきいた制服を着てやってきた。バーテンのキムがカウンターの裏へ走り、マダムが顔を出す。
「お久しぶりですな、マダム・ロジータ。相変わらずお美しい。」
社交辞令を完全無視して、マダムは微笑みながら言う。
「署長さんのお好みはバーボンでしたわね。」
「いや、今日はお話をうかがいに来たのですよ。仕事なのでね、酒は結構。」
「あら、どんな大事件があったのかしら。わざわざ署長さんがお出ましなんて。」
「この女性に見覚えはありませんかな。」
表通りのキャバレー「レインボーナイト」の客引き用チラシだった。笑顔で一列に並んだ踊り子たちを、斜めの構図で撮った集合写真の、一番端にいる子を指さす。
「さあ、知りませんねえ。」
「こりゃちっちゃい写真だな。あいにく俺も知りません。」
マダムの横からのぞき込んだキムも言う。署長は仕方なく客にも声をかけた。
「おい、お前さんたちも見てくれないか。誰かこの子を知ってる者はいないか。」
固まって成り行きを見ていた客たちが、我先にチラシに群がった。チラシの束を持たされた若い警官がぽーっとマダムに見とれている隙に、客たちはてんでにチラシを奪っていく。
「どの子だよ?」
「はしっこの、〇がついてる子じゃねえの。」
「これぇ!? 見えねえよ、せめてこの真ん中の子ぐらい大きく顔が映ってないと。」
「おほっ、わし、この子好み。」
「俺はこのオッパイのでかい子がいい。」
たちまちよく見えないほど端の女の子は忘れられて、若い女性の品定めが始まる。署長に小突かれた若い警官が、チラシを回収しながら、「知りませんか」と聞いて回る。
「それで、その子が何かしたんですの?」
「いやいや、この子が悪さをしたんじゃない、逆ですよ。さらわれたんじゃないかと見ています。」
「まあ、こわい。いつのことですの。」
「おとといの朝方です。」
「うちはあいにく、朝にはお掃除の老夫婦しかおりませんのよ。申し訳ないですけど。」
署長はしかたなく、通いだという掃除の夫婦の住所を聞いて帰っていった。
数日後の深夜。
店じまいを終えて、施錠したドアを出たキャバレー「レインボーナイト」の支配人は、暗闇の中から声をかけられた。
「こんばんは、ムッシュー。」
「だれだ?」
ボディーガードのゴリラの獣人が、巨体をゆするようにしてマネージャーの前へかばい出た。
「怪しい者じゃないわ。ちょっとお話がしたいだけ。」
「その声は、…ロジータさん、か?」
「ええ、例のいなくなった女の子のことで、ちょっと。」
「わかった。おいコジモ、おまえは降りてドアの前を見張れ。」
送迎に使っている魔石機動車の運転手をボディーガードとともに車外の見張りに立たせると、二人は後部座席に乗り込んだ。
「あの子の借金はどのくらい?」
「8000だ。まさかロジータさん、あんた、かくまってて、肩代わりしようっていうのかい?」
「そうじゃないわ。ただあっちこっちにある借金をひとまとめにしてあげようっていうだけ。明日、8000、届けます。あの子の捜索願いを取り下げてやって。」
「うちは損さえしなけりゃ、それでかまわねえが。実家はどうするんだ。」
「そっちも片付けるから心配しないで。ただ、申し訳ないけど、本人は帰さないわ。」
「酔狂なことだな。わかったよ。」
黒いベールで顔を隠した細身の黒いコート姿が、するりと車を降りて、足早に離れて行った。
「よーし、帰るぞ、コジモ、シスコ。」
翌日の午後。「レインボーナイト」の事務所へ約束通り8000B分の金貨が配達された。配達してきたのはGOD銀行の専用輸送車。どう見てもゴブリンにしか見えない配達担当者は、むっつりと書類をさし出して受取のサインを求めると、ニヤ、と笑って帰っていった。
「噂には聞いてましたが…。」
「落ち着け。GOD銀行の支店くらいロアックスにだってある。」
昨夜マダムと話をしたキャバレーの支配人とオーナーとが、重厚な内装の事務所の中で話し合っている。
「だってGODと言やあ、魔族の御用達でしょう?」
「魔族領で取引をする会社なら、あそこの口座は持てるんだよ、今はな。だから魔族領の外にも支店があるんだ。」
マネージャーも、ロアックスにあるGODの支店前は通ったことがある。常夏とまでは行かなくても、年中上着を着なくてもシャツ一枚で過ごせる気候のロアックスで、そのゴシック風な造りのビルの前だけは真冬の冷気が漂っている感じがしたものだ。
「とにかくどこから出ていようと、金は金だ。約束通り、警察に行って捜索願は取り下げてきてやれ。」
「わかりました。」
「次の子を仕入れるのを忘れるなよ。」




