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マダム ロジータ  作者: 竹宮 潤


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3/5

ティアラ 

 バー 「オーキッドブラン」 は日没とともに開店する。もっとも閉店時間は決まっていない。たいていの客はマダムが店にいる間はずっといるので、マダムがカウンターの後ろのドアから自室に引っ込めば、閉店となる。

 マダムが店に来るのは月に10日ほど。毎日顔を見せることもあれば、半月くらい御無沙汰な時もある。マダムが来なくても、ウエイトレスのミレーヌとバーテンのキムがいれば、酒は出るので店は開いている。休みは5の倍数の日。

 その日の朝、元気いっぱいのお日様が、無遠慮に酒場のスイングドアの奥まで照らし始めた頃、店には昼間の従業員たちが来ていた。

 グラス洗いのジーク、賄いのメイベル婆さん、掃除のフランク爺さんの3人だ。ジークはフランクとメイベル夫妻の遠縁にあたる。みんな人族(ヒューマ)だ。

 フランクがいつものように店の床をモップがけしていた時、そいつはやってきた。

「助けて! 助けてください、お願い!」

 破れた服から下着をのぞかせた、若い獣人(ビースタ)の女が駆け込んできた。もつれた髪と化粧がはげかかった顔が涙で濡れている。

「こっちおいで。」

 慣れた調子で、メイベルは女を店の奥のトイレの入り口につれこんだ。フランクがすかさず隠し扉のスイッチを入れる。トイレの一番奥の個室には秘密の小部屋があるのだ。

「くっそー、あの女、どこに逃げやがった。」

「こっちにゃいません。」

「さっきの路地は行き止まりでした。」

 朝のすがすがしい空気をかき乱して、ガラのよくない男たちが右往左往している様子が聞こえてくる。そのうちの一人が、スイングドアを押して

「おいっ、ここに女が来なかったか!」

と叫んだ。

「ああ、そこにいるばあちゃんは女だよ。」

とすました顔でジークが言う。

「ちっ、ばばあなんぞに用はねえ。もっと若い女だよ。」

 すると外から、

「おい、そこはやめとけ。マダムの店だ。」

と別の声がかかった。ドアのところですごんだ男は、「へいっ」と返事をして立ち去った。

 男どもの気配が消えてしまうまで待ってから、フランクはさっきの女を隠し部屋から連れ出した。メイベルが温かいスープとパンをテーブルに並べる。

「おなかがすいてると、落ち着かないからねえ。わたしらの朝ごはんの残りだけど、おあがり。」

「あ…、ありがとうございます。」

 女が食べ終わるのを待って、ジークは言った。

「おいら、ジークってんだ。名前は?」

「ティアラ。」

「その化粧だとダンサーかい。生まれはどこさ?」

「イエローベリーヒル。ここからずっとずっと南にある、農場ばかりの小さな村です。」

「大都会の大きな舞台で踊って、お金も稼げるって言われてきたんだろ?」

 女は小さくうなずく。

「たいてい一月やそこらは、故郷での宣伝文句通りの仕事をやらせるんだ。故郷にいい暮らしぶりを手紙で知らせた後を見計らって、難癖付けて仕事を干して、客を取らなきゃ食っていけないように仕向ける。ここらのギャングの常套手段だよ。」

 フランクが痛ましそうな顔で言う。

「そんな…、じゃ、私、最初からだまされて…?」

「ここ、サンノアは、大都会ロアックスのベッドタウンだからね。本当に上玉ならロアックスのカジノ付きホテルのショーガールに連れてゆかれるんだよ。そこで落ちぶれればこの街のキャバレーへ、さらにモノにならなきゃ自分を売るしかない。どこで人生のまちがいに気がつくかは人による。最後まで気づかない子もいるがね。」

 メイベルが気の毒そうに言う。フランクが思い出したように床のモップがけを再開する。女の止まっていた涙がまたあふれ出す。

「…どうしよう、私、お金が要るんです。うちの人の農場は、去年のハリケーンで、オレンジの木がめちゃめちゃになってしまって…。」

「あんた、亭主持ちなのかい。」

メイベルとフランクが顔を見合わせる。

「あたしゃ、てっきりまだ…。」

「私だって、したくて結婚したわけじゃありません。3年前、村に魔獣が出て、仕留めようとした父さんや村の男の人が大勢亡くなって…。仕方なく大地主の息子ダイクンの妻になったんです。男手がないと農場はやっていけなくて。」

「なるほど、お金もだけど、故郷に帰りたくないんだね。」

 とたんに3人の目が輝いた。

「あんた、いい働き先があるんだけど、聞く気はあるかい?」



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