第三話:三人一組
「とにかく、規則は守ってください。」
凛星晴がそう言うと、三つ編みの少女がおずおずと手を挙げた。
「あ、あの……。」
――真白さん、だったか。
「何?」
「そ、その……係分担なんですけれど……どのようにグループを分けますか……?」
最後の方は、消え入りそうな声だった。
今日は学校から夕食が支給されると聞いている。
けれど、明日から家事を分担するのであれば、グループは早めに決めておいた方がいい。
――確かに、その方が合理的ね。
「あっ、あの……! 余計なことを言っていたのであれば、すみません……。」
何を先ほどから、そんなに引っ込んでいるのだろうか。
合理性のあることを言っているのだから、謝る必要などないのに。
凛星晴には、よく理解できなかった。
「別に構わないわ。そうね。先にグループを決めておきましょう。」
そう言うと、凛星晴はスマートフォンを取り出し、画面を操作し始めた。
九人もいるのだ。
話し合って決めるより、くじで無作為に分けた方が手っ取り早い。
「……一人ずつ、名前を入力して。」
凛星晴は自分の名前を入力すると、隣にいた翠佳へスマートフォンを手渡した。
「はーい……書けた。次の人、どうぞー。」
翠佳の手から、結璃愛へと渡る。
「あーおーい、ゆーりーあっと♪ はぁ〜い、次の子ぉ、書いてぇ♡」
軽い調子で名前を入力した結璃愛が、隣へスマートフォンを差し出す。
その瞬間。
受け取ろうとした夢雨の肩が、僅かに跳ねた――ように見えた。
「……?」
結璃愛が不思議そうに首を傾げる。
「……あ、ありがとう、ございます……。」
夢雨はスマートフォンを受け取ると、俯くようにして画面へ指を滑らせた。
先ほどから、どこか落ち着かない。
誰かが近づくたびに身構えているようにも見える。
「か、書けたがよ……その……紅松さん、これ……。」
夢雨がおそるおそる、隣の少女へスマートフォンを差し出す。
「ん。」
焔蘭は特に気に留める様子もなく受け取り、自分の名前を入力した。
それからスマートフォンは、一人、また一人と手渡されていく。
山吹凛星晴。
森ヶ丘翠佳。
蒼井結璃愛。
本若夢雨。
紅松焔蘭。
黄瀬恵。
早乙女紫。
真白心珠。
八人。
あと一人、名前を入力していない者がいる。
「木通さん。あなたで最後よ。早く書いて。」
「…………」
返事がない。
「木通さん? 聞いてるの?」
“木通さん”と呼ばれた少女――恋乃羽は、窓の外をぼんやりと眺めていた。
視線の先にあるのは、中庭の木々。
その枝に止まっている鳥でも見ているのだろうか。
「…………」
「木通さん。」
もう一度呼ぶ。
ようやく恋乃羽がこちらを向いた。
「……呼んだか?」
凛星晴はため息をついた。
今までの話をきちんと聞いていたのかすら怪しい。
「……今の話、聞いてた?」
「……何だったか?」
やはり聞いていなかった。
「…………」
凛星晴は、先ほどより深く息を吐いた。
「今から、家事を担当するグループを決めます。くじで決めるから、木通さんもこのスマホに名前を入力して。」
「そうか。」
たった一言。
悪びれる様子もなく、恋乃羽は差し出されたスマートフォンを受け取った。
画面に指を滑らせる。
木通恋乃羽。
ようやく、九人分の名前が揃った。
「これで全員ね。」
凛星晴はスマートフォンを受け取ると、入力された名前を確認する。
「三人ずつ、三つのグループに分けるわ。異論は?」
誰も答えない。
了承したのか、それとも単に興味がないのか。
少なくとも反対する者はいないらしい。
「じゃあ、決めるわよ。」
画面をタップする。
入力された九人の名前が、無作為に振り分けられていく。
数秒後。
画面に三つの組み合わせが表示された。
「……決まったわ。」
凛星晴は、一つ目のグループを読み上げる。
「私、本若さん、黄瀬さん。」
「…………」
名前を呼ばれた夢雨が、僅かに顔を上げた。
恵も凛星晴へ視線を向ける。
「よろしくお願いします……。」
夢雨が小さな声でそう言った。
「よろしく、山吹さん。本若さん。」
恵は静かに答える。
凛星晴も二人を見て、短く頷いた。
「よろしく。」
続いて、二つ目。
「紅松さん、木通さん、真白さん。」
「……あ?」
焔蘭が眉を寄せる。
「…………」
恋乃羽は画面を見ようともしない。
「あ……よ、よろしくお願いいたします……!」
心珠だけが慌てて頭を下げた。
焔蘭はそんな心珠を一瞥する。
「……よろしく。」
「…………」
恋乃羽からは何もない。
心珠は少し困ったように二人を見たが、それ以上何も言えなかった。
「そして最後。」
残った三人の名前を確認する。
「蒼井さん、森ヶ丘さん、早乙女さん。」
「わぁ〜♡ よろしくねぇ、二人ともぉ〜♡」
結璃愛が早速にこりと笑う。
「よろしくねぇー。」
翠佳もいつもの調子で返した。
「…………」
紫だけが二人を交互に見る。
「共同生活である以上、わたくしも役目は果たしますわ。足を引っ張らないでくださいませ。」
「やぁ〜ん、厳し〜い♡」
「あなたは特にですわ。」
即座に返された言葉にも、結璃愛の笑顔は崩れなかった。
「…………」
凛星晴は三つのグループを改めて確認した。
自分と、本若夢雨、黄瀬恵。
紅松焔蘭、木通恋乃羽、真白心珠。
蒼井結璃愛、森ヶ丘翠佳、早乙女紫。
明日から、この組み合わせで家事を分担することになる。
果たして、まともに機能するのだろうか。
特に、二つ目のグループ。
凛星晴は、焔蘭、恋乃羽、心珠の三人へちらりと目を向けた。
一人は不機嫌そうに立っている。
一人は既に窓の外へ視線を戻している。
一人はそんな二人の間で、おろおろとしている。
――大丈夫なの、あれ。
早くも一抹の不安を覚えた。




