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誰も花を散らさない世界へ~悪役令嬢の私を世界が殺そうとするので、ヒロインと存在しないエンディングを目指します~  作者: 日ノ澤しの
第一章 悪役令嬢は、何もしていない

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第7話 原作の嫌がらせイベント


エリシアが編入してから、少しずつ変わり始めたリゼリアの学園生活。


 そんな中、彼女はある“日付”に気づきます。




 エリシア・ベルナールが学園へ編入してきてから数日が経った。


 そして私は今。


「リゼリア様、こちらで合っていますか?」


「……ええ。そこまでは」


「そこまでは?」


「最後の式が違いますわ」


「えっ」


 目の前で、エリシアが絶望したような顔をした。


「またですか……?」


「またです」


「どこから……」


「ここですわ」


 私は彼女のノートを指差す。


「魔力量を求める前に、属性係数を掛けていますでしょう?」


「はい」


「順番が逆です」


「……あ」


 エリシアが固まった。


 そのままゆっくり机へ突っ伏す。


「もう駄目です……」


「まだ一問目ですけれど」


「だからです」


「だから?」


「一問目から間違っているんです……」


「……」


 私は思わず小さく息を吐いた。


 昼休み、場所は学園の図書室。


 本来なら私は、今日の午後に提出するレポートを確認しているはずだった。


 それがどうして、原作ヒロインに魔法理論を教えているのだろう。


「エリシア様」


「はい……」


「そもそも、昨日も先生に補習を勧められていましたでしょう?」


「だって……」


 顔だけをこちらへ向けて、エリシアが情けない声を出す。


「先生の説明、難しいんです」


「私の説明も同じ内容ですわ」


「全然違います!」


 勢いよく起き上がった。


「リゼリア様の方が百倍分かりやすいです」


「百倍は大げさでしょう」


「本当です」


「そんな真剣な顔で言われても……」


 思わず笑いそうになり、私は口元を隠した。


 エリシアが来てから、なぜかこういうことが増えた。


 廊下で会えば話しかけられる。


 昼食時には、気づけば私たちのテーブルにいる。


 授業で分からないところがあれば質問される。


 昨日など、


『リゼリア様、このリボンの結び方で合っていますか?』


 と、制服の飾りについてまで聞かれた。


 ……私は家庭教師ではないのだけれど。


「もう一度やってみます」


「では、先ほどの式から」


「はい」


 エリシアが羽根ペンを握る。


 真剣な顔で数式を書き始める彼女を見ながら、私はそっと頬杖をついた。


 原作とはずいぶん違う。


 ゲームの中では、リゼリアとエリシアがこんなふうに机を並べることなんてなかった。


 少なくとも私の記憶には。


 そもそも悪役令嬢であるリゼリアは、エリシアが編入してきた時点から彼女を快く思っていなかった。


 身分の低い少女。珍しい光属性。


 そして、アルベルトに近づく存在。


 それら全てが気に入らなくて、少しずつ嫌がらせを始めていく。


 でも、今の私は違う。


 嫌いではない。……むしろ。


「……」


「リゼリア様?」


「何でもありませんわ」


「そうですか?」


「ええ、続けて」


「はい」


 素直に頷く。


 人懐っこくて、思ったことがすぐ顔に出て。勉強は少し苦手だけれど、分からないことをそのままにしない。


 困っている人を見れば、身分も考えずに駆け寄っていく。


 数日前には、廊下で荷物を落とした一年生を一緒になって手伝っていた。


 原作で知っていた通り、いい子なのだ。


 ーーだからこそ、余計に分からない。


 どうして、この子が私にこんなにも近づいてくるのか。


「できました!」


 エリシアがノートをこちらへ向ける。


 私は思考を切り替えた。


「見せてくださいな」


「今度こそ自信があります」


「……」


「その沈黙は何ですか?」


「いえ」


 式を上から確認していく。


 途中までは正しい。……最後もーー。


「合っていますわ」


「本当ですか!?」


「図書室です」


「あっ」


 エリシアが慌てて口を押さえる。


 周囲から何人かに見られていた。


「す、すみません……」


「もう少しお静かに」


「はい」


 小声で答える。


 それから彼女は、本当に嬉しそうにノートを見た。


「リゼリア様のおかげです」


「私は教えただけですわ」


「でも、私一人だったら絶対に解けませんでした」


「次は一人でも解けるようにならなければ意味がありませんよ」


「……厳しい」


「当然です」


「でも優しいです」


「どうしてそうなるのです」


 ーーまただ。


 エリシアは時々、当然のように私を優しいと言う。


 そのたびに妙に居心地が悪くなる。


 原作のリゼリアに、一番似合わない言葉だから。


「リゼリア様?」


「……なんでもありません」


 私は自分の教科書へ目を落とした。


 その時。


「おや」


 すぐ近くから低い声が聞こえた。


 顔を上げる。


「随分珍しい組み合わせだな」


 そこに立っていた青年を見て、私は少しだけ目を見開いた。


「……クロイツ様」


 レオニス・クロイツ。


 黒髪に灰色の瞳。


 クロイツ公爵家の嫡男であり、『花冠のエリュシオン』の攻略対象の一人。そしてーー。


 私の幼なじみ。


「レオニス様」


 エリシアも慌てて立ち上がろうとする。


「そのままでいい」


 レオニスは短く答えた。


 それから私たちの机を見る。


「魔法理論か」


「はい。私がわからなくて、リゼリア様に教えていただいていたんです」


「なるほど」


「何です、その反応は」


「別に」


 そう言いながら、レオニスはほんの少しだけ目を細めた。


「お前が人に勉強を教えるのは昔から変わらないなと思っただけだ」


「……」


 私は一瞬言葉を失った。


「昔から?」


 エリシアが興味深そうに反応する。


「はい」


「リゼリア様とレオニス様って昔からのお知り合いなんですか?」


「まあ……」


「幼なじみだ」


 私が濁そうとしたのに、レオニスはあっさり言った。


「そうなんですか!」


 エリシアの目が輝く。


 ……どうしてそんなに嬉しそうなの。


「幼い頃は両家の行き来も多かった」


「クロイツ様」


「事実だろう」


「それはそうですけれど」


 私は少しだけ眉を寄せた。


 レオニスは昔からこうだ。


 余計なことは言わないくせに、こちらが言ってほしくないと思ったことは、妙にあっさり口にする。


「では、リゼリア様の小さい頃もご存じなんですね」


「それなりにな」


「どんな子だったんですか?」


「エリシア様」


「はい?」


「お勉強は終わったのかしら?」


「あ」


 視線をノートへ戻す。


「……まだです」


「でしたら、続けましょう?」


「はい……」


 明らかに残念そう。


 レオニスはそんな私たちを見て、小さく息を吐いた。


「相変わらずだな」


「何がです?」


「いや」


 答えずに、彼は本棚の方へ向かっていく。


 その背中を見ながら、ほんの少し昔のことを思い出した。


 まだ、私が彼を『レオ』と呼んでいた頃のこと。


 そして彼が、私を『リゼ』と呼んでいた頃。


 ずいぶん昔のような気がする。


「リゼリア様?」


 エリシアの声で我に返る。


「……何?」


「なんだか、寂しそうなお顔をしていました」


「していませんわ」


「そうですか?」


「ええ」


「でもーー」


「エリシア様」


「はい」


「二問目」


「……はい」


 それ以上聞かせない。


 レオニスのことは今は考えなくていい。


 その話はまたいつか。


     ◇


 放課後。


 私は自室の机で授業予定表を確認していた。


 明日の魔法実技、明後日の歴史。三日後のーー。


「……」


 指が止まった。


 日付。


 私はもう一度確認する。……間違いない。


「……まさか」


 胸の奥に、冷たいものが落ちた。


 私は椅子から立ち上がり本棚へ向かう。


 一番奥の鍵の付いた小さな箱。


 そこから一冊のノートを取り出した。


 前世の記憶を思い出した頃、忘れないうちに書き残したもの。


 ゲームのイベント、攻略対象、覚えている選択肢。


 そして、リゼリアが起こす嫌がらせ。


 ページをめくる。


 教科書、ドレス、魔法実技、階段。


 断片的ではあるけれど、覚えている者はできるだけ書き残している。


「……やっぱり」


 指先が、一つの項目で止まった。


『編入から一週間後。エリシアの教科書が破られる。

 犯人ーーリゼリア』


 私はゆっくり息を吐いた。


 忘れていたわけではない。


 ただ、エリシアとの日々が思っていたより普通で、原作と違って少しだけ油断していた。


「最初のイベント……」


 ゲームの中ではここからだった。


 リゼリアによるエリシアへの嫌がらせが本格的に始まる。


 でも、私はしない。


 教科書なんて破らない。


 そもそも、その日、彼女に近づかなければいい。


「簡単なことよ」


 私は自分に言い聞かせた。


 8歳の頃からずっと、このために準備してきた。


 原作を知っている。


 日付も、場所も、起こることも。


 だったら回避できる。


 私はノートを机へ置き、予定を整理する。


 原作では放課後、エリシアが席を外した瞬間にリゼリアが教室へ入り、教科書を破る。


 ーーそれなら。


「教室へ行かなければいい」


 それだけ。


 むしろ、その時間に別の場所にいることを誰かに見てもらえばいい。


 アリバイも作れる。


 魔法制御の課題。ちょうどフェルナン先生へ提出する予定がある。


 東棟の第二実技室


 先生がいるその場で過ごせば、仮に何かあったとしても私が疑われることはない。


「……これなら大丈夫」


 私は予定表に印をつけた。


 少し肩の力が抜ける。


 怖がる必要なんてない。


 原作のリゼリアとは違う。私はエリシアを嫌っていない。


 傷つける理由もない。


 それなら、イベントそのものが起きるはずもない。


 私が行かなければ誰も教科書を破らない。


 ーーこれで最初の嫌がらせイベントは、何事もなく終わるはずだった。





お読みいただきありがとうございます。


ついに、原作で最初の嫌がらせが起きる日が近づいてきました。


リゼリアは事件そのものを回避するために動きますが……

次話では、物語が第1話の時間軸へと繋がっていきます。



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