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誰も花を散らさない世界へ~悪役令嬢の私を世界が殺そうとするので、ヒロインと存在しないエンディングを目指します~  作者: 日ノ澤しの
第一章 悪役令嬢は、何もしていない

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第5話 原作ヒロインがやってきた


ついに、原作ヒロイン・エリシアが学園へ。


破滅を避けるため距離をとりたいリゼリアですが、どうやら思い通りにはいかないようです。




 エリシア・ベルナール。


 その名前を聞いた瞬間から、私の頭の中はずっと忙しかった。


 とうとう来た、原作ヒロイン。


 乙女ゲーム『花冠のエリュシオン』の物語を始める少女。


 そしてーー。


 私を破滅へ連れていく、最大のきっかけになる人物。


「……リゼリア様?」


「え?」


 声を掛けられて、私は我に返った。


 目の前には、先ほどから話していた令嬢が不思議そうにこちらを見ている。


「大丈夫ですか? 急に黙ってしまわれたので」


「ええ。少し考え事をしていただけですわ」


「やっぱり気になりますよね、特別編入生」


「……まあ」


 できれば一生気にしたくなかったけれど。


 そんな本音は飲み込む。


「光属性なんて、私、初めて聞きました」


「かなり珍しいものね」


「どんな方なのでしょう」


「さあ」


 私はなるべく興味がないように答えた。


 けれどもちろん、知っている。


 エリシア・ベルナール。


 地方の小さな男爵家に引き取られて育った少女。


 淡い蜂蜜色の髪。青緑の瞳。


 明るく素直で、正義感が強くて、困っている人を放っておけない。


 そして、ある日突然発現した光属性の力によって、王立セレスティア学園へ特別編入する。


 ゲームでは、そこから物語が始まる。


 王太子アルベルト、公爵令息レオニス、騎士団長の息子カイル、天才魔法使いノア、神殿の聖騎士セドリック。


 そして、隠し攻略対象。


 彼らと出会い、恋をして。


 そしてーー。


 私が悪役令嬢として立ちはだかる。


 ……最悪だ。


「リゼリア様、また難しいお顔をされていますわ」


「そう?」


「はい。眉間に少し」


 いけない。


 公爵令嬢たるもの、こんなことで顔に出してはいけない。


 たとえ未来の破滅フラグが、徒歩でこちらへ向かってきているとしても。


「とにかく、次の授業へ行きましょう」


「はい!」


 私はそう言って歩き出した。


 大丈夫。


 何度も言い聞かせる。


 破滅しないための三箇条。


 1、ヒロインを虐めない。


 2、攻略対象には必要以上に近づかない。


 3、原作イベントをできる限り避ける。


 エリシアが来たからといって、何も変わらない。


 むしろここからが本番だ。


 私は悪役令嬢にならない。


 ただそれだけ。


 そう思っていた。


     ◇ 


 翌朝。


 学園の空気は、いつもより明らかに浮ついていた。


「今日だそうですわ」


「ええ、私も聞きました」


「一体どんな方なのかしら」


「光属性なんて、神殿の高位聖職者でもほとんどいないでしょう?」


 どこへ行っても、特別編入生の話ばかり。


 それも当然だ。


 数十年ぶりに現れた光属性の少女。


 しかも、王立学園への特別編入。


 私は教室の自席で教科書を開きながら、なるべく周囲の会話を聞かないようにしていた。


 聞いても仕方がない。


 知っている。


 私はその少女を知っている。


 ……知りたくなかったけれど。


「リゼリア」


 名前を呼ばれて顔を上げる。


 アルベルトが立っていた。


「おはようございます、殿下」


「ああ。おはよう」


 彼は私の机の横で足を止める。


「今日、特別編入生が来るらしいな」


「ええ。聞いております」


「王宮でも少し話題になっていた」


 やっぱり。


 光属性の存在はそれほど大きい。


 原作でも、エリシアの力は王家や神殿から強く注目されていた。


 そしてアルベルトはーー。


 いずれ彼女に惹かれる。


 私は、目の前の少年を見た。


 今のアルベルトは、まだエリシアを知らない。


 当然だ。


 今日が初対面なのだから。


 この先、彼が彼女と出会い、少しずつ親しくなり。


 そして、私との婚約が変わっていく。


 そう思うと、胸の奥にほんの少しだけ妙な感覚が生まれた。


 嫉妬。


 ……ではない。


 たぶん。


 ただ。


 八年間、婚約者として接してきた相手の未来を知っているというのは、思っていたより変な気分だった。


「どうした?」


「いいえ。何も」


「本当に?」


「本当ですわ」


「ならいいが」


 アルベルトはそれ以上追及せず、少し離れた席へ向かった。


 私はそっと息を吐く。


 距離を置く。


 そう決めていたはずなのに。


 人は、八年も一緒にいれば、どうしてもただの『攻略対象』ではなくなる。


 だからこそ、今度こそ余計なことはしない。


 エリシアが誰を好きになっても。


 アルベルトが誰を好きになっても。


 私は関わらない。それでいい。


「みなさん、お席についてください」


 教室へ入ってきた教師の声で、ざわめきが止まる。


 生徒たちが次々と席へ戻った。


 私は教科書を閉じる。


 教師は教壇の前に立つと、教室を見渡した。


「すでに話を聞いている方も多いと思いますが、本日からこの学園へ特別編入生が加わります」


 分かっていたのに。


 心臓が一つ、大きく鳴った。


「どうぞ、お入りなさい」


 扉が開く。


 教室中の視線が入口へ集まった。


 そこに現れたのは。


 淡い蜂蜜色の髪を揺らした、一人の少女だった。


 青緑の瞳。華奢な身体。


 まだ貴族の学園制服を着慣れていないのか、少しだけ緊張した様子。


 けれど、間違いない。


 エリシア・ベルナール。


 ゲームの中で何度も見た。


 『花冠のエリュシオン』のヒロイン。


「はじめまして」


 少女は少し緊張した声で言った。


 私は、拍手をしながら、ただ彼女を見ていた。


 本物だ。


 本当にいる。


 ゲームの立ち絵ではない、ちゃんと息をして、緊張して、こちらの世界に立っている。


 8歳の頃、初めてアルベルトに会った時と同じ感覚がした。


 知っている人物。


 でも、知っているようで、何も知らない人。


「ベルナールさんの席は……」


 教師が教室を見回す。


 私は少し身構えた。


 原作では、エリシアは編入直後、攻略対象の一人と席が近くなる。


 どのルートでも最初の接点になるようにつくられていたはずだ。


 私の近くではない。大丈夫。


 そう思った。


「そこの空いている席を使ってください」


「はい」


 エリシアが歩き出す。


 良かった。


 私から数列離れている。


 十分遠い。


 私は内心で安堵した。


 これなら、必要以上に関わらずに済む。


 エリシアは席へ向かう途中、何気なく教室を見回していた。


 そして、その視線が私のところで止まった。


「……」


「……?」


 目が合う。


 一瞬だった。


 けれど、エリシアの目が大きく見開かれた。


 驚いたような、信じられないものを見たような顔。


 私は思わず瞬きをした。


 何?


 なぜ、そんな顔をするの?

 

 次の瞬間。


 エリシアの表情が変わった。


 ほんの少し、本当に少しだけ。


 ほっとしたように。


 ーー嬉しそうに、見えた。


「……?」


 私は首を傾げる。


 けれどエリシアは、すぐに前を向いてしまった。


 見間違い?


 たぶん、そうだ。


 だって、原作開始時点でエリシアとリゼリアはほぼ初対面。


 エリシアが私を見て喜ぶ理由なんて、どこにもない。


 そう、理由なんてあるはずがない。


     ◇


 午前の授業を終えた私は教室を出た。


 初日ということもあって、エリシアの周りには多くの生徒が集まっている。


 質問攻めだ。


「どちらからいらしたの?」


「光属性って、どんな魔法が使えるんですの?」


「ベルナール男爵領は王都から遠いのでしょう?」


 困ったように笑いながら、一つ一つ答えている。


 ゲーム通り人当たりが良くて、誰に対しても丁寧。


 私は横目でそれを確認して、そのまま廊下へ向かった。


 これでいい。


 近づかない。


 関わらない。


 嫌がらせなんてもちろんしない。


 それなら未来は変わる。


「リゼリア様!」


「……」


 足が止まった。


 今、呼ばれた?


 いや、同じ名前の人がーー。


 いるわけがない。


「リゼリア・アーデンベルク様!」


 フルネーム。


 逃げ道がなくなった。


 私はゆっくり振り返る。


 人込みから抜け出して、こちらへ駆けてくる少女。


 淡い蜂蜜色の髪。


 エリシアだった。


 ……どうして原作ヒロインが……?


 なぜ、悪役令嬢の私を追いかけてくるの?


「エリシア様?」


 私が名前を呼ぶと、彼女は一瞬だけまたあの表情をした。


 驚きと、どこか安心したような顔。


「はい!」


 それから、とても嬉しそうに笑った。


「はじめまして、リゼリア様」


 私はその笑顔を見ながら、頭の中で原作の記憶を必死に探していた。


 こんなイベント。


 ーーあったかしら?




お読みいただきありがとうございます。


ついにリゼリアの前に現れた、原作ヒロイン・エリシア。


ところが、ゲームで知っている彼女とは少し様子が違うようで……。


次話では、リゼリアとエリシアの初めての会話を描きます。




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